うめ屋


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by netzeth
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冬の夜に


月の無い星空のカーテンの下、靴音だけがコツコツと鳴っている。シンと静まり返った夜にそれは染み渡る様に良く響いていた。
昨夜まで降り続いた大雪がようやく止んで、今日は一日中快晴だったが、堆く積もった雪はまだまだ溶けずに道脇に残っている。風はないが、空気はぴんと張り詰めたように冷たく、吐き出す息は白い。
その息をはあーと両手に吹きかけて、私はかじかむ手に暖を与え続けていた。いざという時に引き金を引けないと困るからだ……今、目の前にあるこの背中を守るために。


時々重なる二人の帰宅時間。そんな時は途中まで、二人の家への分かれ道まで帰路を共にする――この習慣が出来たのはいつからだったろう。最初はたまたまで始まったものがいつの間にか二人の間の暗黙の了解になったのも。もう、思い出せないほどに彼とこうして歩いてきた。
私はいつも彼――ロイ・マスタング大佐の斜め後ろを歩く。護衛のための最適な位置。勤務中のその場所が仕事から離れた退勤時間においても私の定位置だった。大佐にはそれが不満らしく、一度ならず何度も私に隣りを歩くように言った。
プライベートまで君に守って貰うことはない――自分の身くらい自分で守る――。
だが、何と言われようと私が大佐の隣りを歩く事はなかった。大佐も諦めたのだろう。最近は黙って私の好きなようにさせている。


時折肩越しに二言三言言葉を交わしながら歩く。大佐は立ち止まりはしないが私と話す時は必ず振り返り、私の顔を見て話す。それが仕事中との大きな違いだ。プライベートの彼の表情は柔らかくて、リラックスしているのが分かる。
そんな彼をもっと見ていたくて。この時間が少しでも長く続けばいいと思ってしまうのは困りものだ。
振り返った大佐は私の仕草を見て、
「……寒いのかね」
「手がかじかむと、引き金を引けませんから」
彼の表情が何とも言えない顔になる。あの顔は困っている時の……でもどうしようもないという時の顔。彼は私の意思を尊重してくれている。私の彼を守りたいという気持ちを。それが分かっているから、優しい彼はいつもこんな顔するのだ。
「……そうか」
だから、今日も大佐は何も言わなかった。何も言わない代わりに、ついと彼の手が伸びて。
「……大佐?」
私の片手を掴んだ。彼の手は思ったより大きくて、そしてとても暖かかった。少し骨張ったゴツゴツした感触が彼が自分とは違う……異性なのだと感じさせる。すっぽりと包まれてしまった私の手を彼はグイッと引っ張り彼のコートのポケットにそのまま入れてしまった。
「大佐!」
私の抗議の声を聞いているのだろうに、彼はかまわずドンドン歩いていく。私は自然と彼に引っ張られる様に彼の隣りへと。
「大佐!」
再びの私の抗議の声を聞くと彼はようやく立ち止まり、
「……利き手じゃないから良いだろう」
と、ぼそりと言った。
「そういう問題ではありません」
そう、そういう問題ではないんです。第一、私の手なんか握って何が楽しいんですか。私の手は大佐がいつもデートしているお嬢様方の様に細くも白くもないし、手のひらはタコがいっぱいで硬いし、肌だってガサガサしていて……ああこんな事ならハンドクリームくらい塗っておけば良かった……。
私の内心の葛藤を知ってか知らずか、彼は再び歩き出す。
「大佐!」
「……私は君の手が好きなんだ」
「え……」
「少しの間だ。大人しく握られていたまえ。多少は暖かいだろう」
……そんな事言われたら、もう、どうしようもないじゃないですか。
私は赤くなった顔を彼に見られたくなくて。極力彼の方を見ない様に歩く。幸い彼もそっぽを向いて歩いていて……ちらりと見えたその耳が赤いのは気のせいだったのかしら。


黙ってしばらく歩くと二人の分かれ道まで後少し。
何だかんだ言って私は大佐の手を離せずにいた。
……私だって、好きなのだ、彼の手が。
もう少し。後少しだけ……こうしていたい。そう願う私の足は、主人の意を汲んでゆっくりになる。
と、突然彼が道を曲がった。
「大佐?……道が違いますが……」
「寄り道だ」
そう言って通りを進んでいく。更に角を曲がると、閑静な住宅街に出る。
「綺麗……」
私はその光景を見て思わず呟いた。
そこでは雪玉を重ねて作ったキャンドルホルダーに蝋燭の光が灯されていて、温もりを感じる幻想的な空間が作り出されていた。所々に雪ダルマがちょこんと鎮座している。きっと昼間に子供達が作ったのだろう。
「君にこれを見せたくてね」
彼は私の反応に満足そうに笑顔見せた。悪戯が成功した子供のような笑顔。
……自惚れても良いのだろうか。彼も私と同じ様にこの時間を貴重な大切なものだと感じてくれていると。
私は彼のコートに入れられたままの手で、ギュッと彼の手を握り返した。驚いた様に彼は目を見張る。
……明日からはまた彼の忠実な部下になる。彼の背中を任された彼の副官に戻るから。だから、今だけはこうしていたい。彼の隣りで彼と手を繋いで。
――月の無い星空のカーテンの下、小さな雪ダルマだけが彼と私を見ていた。





END
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by netzeth | 2010-03-12 22:43 | Comments(0)