うめ屋


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by netzeth
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雨の日と貴方と青い傘

雨の日は憂鬱だ。特に非番で雨の日は最悪だ。
朝からずっと降り続いている雨を窓から見やってリザは小さくため息をついた。
せっかくの休みだというのに、今日は一日中洗濯はもちろん部屋の掃除もろくに出来なかった。愛犬を連れて散歩に行く事もだ。ただ時を無為に過ごすしか出来ない。
性分からか、リザは何もしないをするという事が苦手だった。何かしていないと落ち着かない。幼い頃から家事をこなして、何かと働いていたせいかもしれない。だが、雨を厭うのはそれだけが理由ではなかった。
雨の日はほとんど無力化してしまう焔の錬金術。その錬金術を操る己の上司ロイ・マスタングが無能になってしまう雨の日――彼を護ると誓っている自分にとってまさに鬼門ともいえる日だ。
こんな日は軍部に出向き、彼の護衛をしていたかった。もちろん自分の代わりの護衛はいるだろうし、そもそも雨の日に不用意に外を出歩く事もないだろうけれど。それでも心配は尽きない。悪い事態ばかりを想像してしまう――こればかりはどうにもならない。自分の気持ちの問題なのだ。
むろん、気が乗らないだの何だので仕事をサボろうとする上司のお守り役としての責任もある。要するに雨の日は彼のそばにいたいのだ――。憂鬱になりがちな気分の原因の大半が他ならぬ彼のせいだとそう結論付けて、リザは苦笑した。昔は自分だってそれほど雨を嫌ってはいなかったのに。全部彼のせいだ。
本当に雨の日は気持ちが暗くなっていけない。気分転換に外に出てみようか……どうせ食材の買い出しに行かなくてはいけない。
リザは再び窓の外を見る。先程より小降りになったのを確認すると、ハヤテ号にいい子にしているように声をかけてから、ジャケットを羽織った。
玄関口でドアを開けつつ片手を傘立てに伸ばす。いつも使用している黒い傘を抜き出そうとして。しかし、実際に引っ張り出されたのは別の傘だった。
明るい青地に、裾の部分が可愛らしくギンガムチェックに縁取りされている傘。柄は明るい白。いつも使っている機能性重視の無骨な傘より少し小さめだろうか。
「あ……」
隣りにあった傘を間違えて取ってしまったらしい。
リザは直ぐに傘を戻そうとはせず、その青い傘をマジマジと眺めた。そうだ。とリザは思い出す。そう、思えば自分は昔はそれほど雨の日を嫌っていなかった。いやむしろ……。


もう、傘というより布と骨と呼んだ方がいい物体に成り果てたそれを見て、リザは困ったわと呟いた。
傘はこれ一本しかないのだ。以前からすでに骨が折れて曲がっていたものを、何とかだましだまし使っていたのに。折からの雨と強風のせいでとうとう使い物にならなくなってしまった。
「修理に出せばまだ使えるかしら?」
たかが傘一本分の出費だって、今のホークアイ家の家計を考えると馬鹿にならない。しかも、へたをすると修理代の方が高くつくかもしれない……。
傘――だった物体を片手に、リザは何だか泣きたくなってきた。
これから雨の日はどうしよう……。
その時、玄関のドアが開いた。強い風が吹きつけてくる。その風を遮るように立っていた人物がリザを認めて呼び掛けてきた。
「リザ!」
風に逆らう様にドアを何とか閉めた少年――父の弟子ロイ・マスタング。彼は走って来たのか息を切らしていた。
「マスタングさん、いらっしゃい。雨の中大変でしたでしょう。直ぐに暖かい物でも淹れますから」
 あらかじめ彼が来る事は知っていたリザは特に驚くこともなく、少年にニッコリと笑いかけた。
「いや……それはいいから……これ!」
そう言って、彼は持っていた二本の傘の内の一本をリザに差し出した。
「え?」
訳が分からずとっさに反応出来ずに戸惑うリザに、
「プレゼント、だ」
ロイは青い傘を手に握らせる。
「本当は雨が降る前に渡そうと思ったんだけどね、間に合わなかったな」
もし、良かったら使ってくれ。そう言って彼は笑った。


それからしばらくは、次に雨が降る日が待遠しかった。貰った傘を使ってみたくて、でも、濡らしてしまうのがもったいなくて。
彼が傘をプレゼントしてくれてからだ。幼い頃の自分が雨の日を好きになったのは……。
軽い足取りで歩きながら肩に乗せた青い傘を振り返り、それをクルリと回してリザは微笑んだ。可愛らしい傘のデザインは今の自分には似合わない。けれども、この傘をさしていると少女の頃の雨を待遠しく思う気持ちが蘇ってくる様だった。
先程までの憂鬱が嘘の様に明るい気分で、使い慣れたマーケットに到着したリザは入口の傘立てに傘を置いた。


そして、リザは手早く買い物を終えて荷物を片手にマーケットを出る。必要最低限の物しか買わない様にしたつもりが思ったより買い込んでしまった…などと少し反省しつつ、傘立ての傘を捜す――。
無い。
そんなはずはないとよく捜すがやはり見当たらない。
「そんな……」
傘立てにはリザがマーケットに入る時に既に挿さっていた赤い傘が一本あるだけだった。誰かが間違えて持っていったのだろうか。しかしそれなら間違えた傘が置いてあるはずだ。赤い傘と間違えるとは考えづらい……。
――盗られた。
そう結論付けるまで時間はかからなかった。


そろそろ暗くなり始めた夕刻の雨の中、トボトボと肩を落としてリザは歩いていた。雨粒がリザの髪を、身体を濡らしていく。傘は買うか、店の人に言えば貸してくれただろうに、そこまで頭が回らなかった。
大切に持っていたのに……。
油断だった。まさか使い慣れたマーケットで。ほんの短時間だし、持っていく人間がいるとは思わなかったのだ。
肌身離さず持って歩けば良かった……。
後悔ばかりが襲ってくるがどうにもならない。よりによってあの傘を盗られてしまうなんて……。
大切な思い出までも失くしてしまったような喪失感に胸が痛くて、リザは思わず俯いて目を閉じた。その時、
「中尉?」
良く知っている声が聞こえた。低いくせに良く響く声。
顔を上げると傘をさしたロイが驚いた様子で立っていた。
「大佐……」
「何をやっているんだ。こんな雨の日に」
ロイは慌てて自らの傘をリザに被せた。
「傘はどうした?」
「それが……マーケットで盗られてしまって……」
「そうか。それは不運だったな。とにかく送ろう。女性が身体を冷やすもんじゃない」
ロイに促される様に歩く。
「大佐、お仕事は?」
「心配するな。ちゃんと終わらせてきたよ。今日は幸い突発的な事件も無かったし、早く上がれたんだ」
こんな時でも仕事の心配をするリザに、苦笑気味にロイは言う。そんなロイの隣りを歩きながらリザは心の中でため息をついた。
――何でこういうタイミングはいいのかしら……。
ロイはいつもリザが困っている時や精神的にまいっている時など、はかった様に現れてはリザを簡単に救ってしまうのだ。
しかし、今日に限ってはタイミングは悪いのかもしれない。ずいぶん前の事とはいえ、せっかくロイがプレゼントしてくれた傘を盗られという申し訳なさで、リザはロイの顔を見る事が出来ないのだから。
しばらく無言で二人歩いていると、ロイがぽつりと言った。
「大事な傘だったのか?」
「え?」
「いや……君、元気がないようだからな」
「……はい」
「もしかして……盗られた傘は青い傘だったりするか? 白い柄の」
その質問にリザは驚き、思わずロイを見上げた。ロイもリザを見ていた。
「……よくお分かりになりましたね」
「何、君がさっきから私の顔を見ようとしないからな。……君は気持ちが顔に出る。本当に裏表がないんだな」
おかしそうにロイに指摘されてリザは観念した。
「……そうです。盗られたのは、貴方が私に下さった、あの青い傘です。……申し訳ありません……」
「謝る必要はない。むしろまだ持っていてくれたのが驚きだ。……大事にしてくれてたんだな」
「……盗られてしまっては大事にしていたとはいえません」
「だから、君のせいじゃないだろう。失ってそれほどまで落ち込んでくれるって事は、やっぱり大事にしてくれていた証拠じゃないか」
「…………」
「私はそれだけで嬉しいよ。贈ったかいがあったというものだ」
と、ロイは突然立ち止まった。
「大佐?」
「ちょっと、待っていたまえ」
リザに自分の傘を渡すとロイは小走りに数件先の小さな店に入って行った。リザも訳が分からないながらも彼を追いかける。ウィンドウから中を覗くと、そこは小さいながらもなかなか洒落た様子の雑貨屋の様だった。
しばらく待つと、カランコロンというドアベルの音と共にロイが店から出てきた。
「お待たせ」
そう言うとリザから自分の傘を受け取り、代わりにはいと細長い物を押し付ける。
「……これ……」
青い傘だった。
「なるべく似た物を探したんだがね。あいにく同じ物は見つからなかった。……これではダメだろうか」
ダメも何も。
リザがあの傘を大事にしていたのは傘自体が気に入っていたからじゃない。もちろんそれも少しはあったけれど。そうじゃなくて。ロイがプレゼントしてくれた傘だったからだ。ロイがリザのために選んで、リザのために買ってくれた傘だったから。
リザは受け取った傘を開いてみた。
縁の部分に赤い上品な薔薇のモチーフがプリントされている。柄はオフ・ホワイト。
胸が暖かくなる――あの時、昔あの青い傘を貰った時と同じ、気持ち。
「ありがとうございます。とても……とても気に入りました……」
嬉しくて、リザは滅多に見せない笑みをその口元に浮かべてみせる。それはまるで花が綻ぶ様。そんなリザをロイは満足げに見て。
「そうか。では行くか。家まで送るから」
「大佐? 傘を頂いたんですし、もう、送っていただかなくても……」
「それはそれだ。私は君との相合い傘を止める気はないからな。さあ、傘を畳みたまえ」
「え?ちょっ、大佐っ」
強引に肩を抱かれ、歩き出すロイに引っ張られながらも、リザは再びロイに贈られた青い傘を大事そうに抱き締めたのだった。




END
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先日、傘を盗られた経験から練成した話。転んでもただでは起きませんよ!
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by netzeth | 2010-04-16 21:15 | Comments(0)