うめ屋


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by netzeth
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夢の終わりに

眠りについてすぐに見る夢はいつも一緒だ。悪夢ではない。むしろ幸せな夢だと思う。朧気にしか覚えてはいないのだが、私は誰かに甘えている。その誰かの膝の上で、夢の中だというのに私は眠っており、そして、優しく撫でられているのだ。夢の中の私はその手に身体を摺り寄せもっとと強請っている。心の赴くまま何の葛藤もなく、ただ素直に。私はそれを夢だと認識している――何故なら……それは有り得ない事だから。
――私が彼に、彼が私にそんな事するわけがないのだから。


今日はいるだろうか。夜道を自宅へと急ぎながら、半円を描く月が出ている夜空をロイは見上げた。
たまに現れる夜の訪問者。それは必ずロイの帰宅が深夜になった日にロイのフラットの部屋の扉の前にちょこんと座っている。気まぐれに現れてはまた気まぐれに去って行ってしまうそれは、まるで一晩だけの恋人の様だ……そんな思いが脳裏をちらりとよぎり、ロイは笑う。
一晩だけでもいいから恋人になって欲しい相手はただ一人だと言うのに。胸に抱いた想いを、もうずっと言い出せずにいる……。
己の心に住み着いた面影を首を振ってロイはふり払った。そして今夜も彼女――彼女だと思う――に巡り会う。
「ニャア」
白い毛と茶色の毛が交ざったふわふわしたしなやかな体。くりくりとした茶色い瞳が早くドアを開けてくれと言わんばかりに自分を見上げている。
「やあ、レディ。また会ったな」
ポケットからキーホルダを引っ張り出し、鍵穴に鍵を押し込む。ガチャリという音に反応してレディと呼ばれた白と茶の猫は立ち上がった。ロイが扉を開けるやいなやスルリと隙間に体を滑り込ませ、その猫は家主より先に部屋へと入っていった。


その猫が現れる様になったのはいつの頃だったろうか。ある日のやはり帰宅が遅くなった夜の事だったと思う。ロイが家に帰ると猫はドアの前に座っていた。最初は野良猫かと思ったが、それにしてはずいぶんと綺麗だったし、近付いても逃げる素振りもなく、人に慣れている様だった。近付いて来たロイを見上げて、
「ニャア」
一声鳴くと、そのままロイの方をじっと見ている。ロイが部屋のドアを開けるとまた一声、
「ニャア」
と鳴いた。まるで、入ってもいいかと聞かれているようでロイは思わず、
「何も無いが……ミルクくらいは出せる。……どうぞ」
そう話しかけていた。ロイの言葉を理解したのかどうかは分からないが、
「ニャア」
猫はお邪魔しますと言うように鳴くとロイの招きに応じたのである。


それから決まってロイの帰宅が深夜になるほど遅くなった日、その白と茶の猫は部屋の扉の前に座っているよう になった。
最初は遠慮がちにロイの後ろをついて来るように部屋に入ってきていたが、今ではロイより先に部屋に入りお気に入りのソファの上に寝そべる様になった。この猫がいる時にロイが帰って最初にする事は、すっかり猫専用になってしまった小皿にミルクを入れる事だ。
「ほら」
コトリと床に置いてやるが、いまだかつてこの猫がミルクに口をつけた事は無かった。
それもいつもの事だ。特に気にせずロイは着替えを済ませ、寛いだ格好になると自分用のお茶を入れてカップを片手に猫の隣りに座った。
「ニャア」
すると、猫はロイの膝の上に登ってこようとする。そんな猫を抱き上げて膝の上に乗せてやるのもいつもの事。それからしばらくは猫をかまいつつお茶を飲んだり、本を読んだり寛いでいたが、いつの間にか眠ってしまう。目覚めると朝で、猫はいつの間にか消えている――というのがいつものパターンだった。
猫が来た夜が明けた朝は、必ずといっていいほど、スッキリとした目覚めだった。睡眠時間も短いだろうし、しっかりとベッドで寝てもいないのにもかかわらずだ。
朝日の中、シャコシャコと歯を磨きつつロイは考える。あの猫は一体何なのだろうかと。
実際ドアも窓も開いていないのに居なくなれる訳がないのだ。それが朝には消えている――普通に考えてただの猫ではない。だが、ロイは一度も猫を不気味に思った事は無かった。むしろ今日はいないかと心待ちにしているくらいだ。
あの瞳がそう思わせるのかもしれない。
薄茶の瞳は彼女のそれと酷似していたから。
(リザ)
飼っている訳ではないから、名前をつけてはいなかったが、今度来たらそう呼んでみようか。
本当は猫ではなく、彼女にそう呼び掛けたいのだけれど。
臆病な自分を自嘲してロイは笑った。


あの夢を見た次の日はいつも心が浮ついて困る。ふわふわとまるで半分浮いている様。たかが夢くらいで……単純な自分に呆れて、でも気分はすこぶるよくて。あの夢を見ると私は自分を持て余す。それに昨日の夢はいつもより特別だった。だって彼が私の名前を呼んでくれたから。今のような上司・部下の関係になってからは初めてだと思う。たとえそれが夢の中だけであっても、現実には望み得ない事であっても。
私は嬉しかった。


「今日は彼女を食事に誘ってみたんだが……断わられてしまったよ、リザ」
薄茶の瞳の猫をいつもの様に膝に乗せて、ゆったりと指の背で撫でてやる。気持ち良さそうに目を細めて猫はニャアと鳴いた。
もう、すっかりリザと呼び掛けるのにも慣れてしまった。詮無い事と分かってはいたが、ロイはこの小さなリザに話しかけるのを止められそうに無かった。
「『そんな事より仕事を片付けて下さい』とか言われてしまった」
彼女の口真似をして、自分で自分がおかしくてロイはプッと吹き出した。
「……彼女もお前みたいに素直だったら良かったのにな」
ロイの手にゴロゴロと喉を鳴らしてその小さな頭をこすりつける仕草がまた可愛い。人間のリザもこれくらい素直だったなら。
知らずにため息を漏らすロイだった。


夢の中の彼はいつも『彼女』の話を私にする。その『彼女』をどうやら彼は憎からず想っている様で。
夢の中の私はその『彼女』がいつも羨ましい。彼がそんなに優しい表情で語る『彼女』の事を聞く度に羨ましく少し妬ましくて。せめて夢の中だけは彼を独り占めしていたい私は一層彼に甘える。
彼に対してずいぶんつれないらしい『彼女』。彼は『彼女』の気を引くためにとても苦労しているらしい。
素直じゃない『彼女』。まるで私みたい……。そう、その『彼女』が私だったら良かったのに。夢の中の話だというのに私はいつもそう思っていた。
だから、彼の口から『中尉』と言う言葉が出た時、『彼女』が『中尉』だと分かった時。私は驚きのあまりその瞬間に目覚めていた……。


今日もロイはいつもの様に、小さな一晩だけの恋人を相手に彼女の話をしていた。何らいつもと変わる事のない夜の筈だった。
「どうしたら、彼女は……中尉は私の方を見てくれると思う?」
白と茶の毛並みを梳きながらのぽつりと呟く様に漏れた言葉に、ロイの膝の上でぴくりと猫は身動きをした。そして、その彼女そっくりの薄茶瞳で私をジッと見つめ、そのまま雪が解けてなくなるように消えた。
今まで目の前で消えた事はなかったので、これには流石にロイも驚いた。
改めてこの猫が不思議な存在に感じられたが、相変わらずロイには怖いだとか気持ち悪いだとかの不快な感情は湧いてこなかった。
ただ何故突然消えてしまったのか。もう、会えないような気がして、それだけが気になった。


「お邪魔します……」
「どうぞ。散らかっているが……」
ドアを開けて、促すとリザは遠慮がちに部屋へと足を踏み入れた。どうしていいか分からず立ち尽くすリザにお茶を入れるから適当に座っててくれ、とロイは声をかける。
キッチンで手際悪くガチャガチャとティーセットを用意していると、手伝います。と彼女がやってきた。
実は女性を部屋に入れるのは初めてで緊張しているんだと言い訳すれば、
「そうなんですか?」
とリザはたいそう驚く風だった。
君は私を何だと思ってるんだと拗ねてみせれば、クスクスと笑う彼女の笑みに一瞬見とれる。
こんな時を一緒に過ごす様になるなんて。あの時には想像出来なかったな……。
あの不思議な猫が消えた日からだったと思う、ロイの誘いにリザが応じてくれる様になったのは。もちろん仕事はしっかり終わらせてからだったが。何度か食事をし、今日はとうとう自宅に来ないかというロイの思い切った誘いも了承してくれた。どういう心境の変化があったのかは分からないが……ロイにとっては喜ばしい事だ。
「大佐?」
「ああ、すまない」
小首を傾げる仕草まで可愛いと感じる。これは重症だな。と相当リザに参っている自分にロイは内心密かに笑った。
「ああ、そうだ。君の前にこの部屋にきた女性がいたな」
「……そうですか」
途端に、顔を強張らせたリザに、本当に素直になったな……とロイは感慨深くなる。二人でティーセットを持ってソファーに移動して。
「ほらそこにいつも座っていたんだ」
リザが腰掛けた場所を示せば、リザはますます複雑な顔をする。
クスリと笑って。
「いつもここに座っていた……君そっくりの薄茶色の瞳の……綺麗な猫だよ」
種明かしをすれば、リザはきょとんとロイを見返して、
「猫……ですか?」
「ああ。君にも会わせたかったな……」
姿を見せなくなってしまってね、とロイは残念そうに言った。
「そう……ですね、私も……会ってみたかったです」
ロイの言葉に深く頷きながら、リザはそう言って笑った。


しかし、多分もうその猫は現れないだろう。とリザは思っていた。何故なら彼のそばには今、自分がいるのだから。
夢は終わって、自分は夢の中でではなく現実の彼に会いにいく事に決めたのだから。
そしてリザはいつかの夢の中の様に、自分からそっと彼に寄り添ったのだった。





END
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by netzeth | 2010-06-01 21:15 | Comments(4)
Commented at 2010-06-02 19:48 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by うめこ(管理人) at 2010-06-02 21:18 x
acco様
こんばんは、再びのお越しありがとうございます!
早速反応を頂けてとても嬉しいです。正直これでいいのか・・・と自問しながら書いた作品だったので、過分なお言葉を頂き感激しております。少しでもacco様の心に残る作品を書けるようにこれからもがんばりますので、よろしかったらまた遊びにきてやって下さいね☆
Commented at 2010-06-13 23:52 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by うめこ(管理人) at 2010-06-14 21:41 x
なっち様
こんばんは、はじめまして!ようこそおいでくださいました!そして、あたたかいコメントありがとうございます☆
うちのつたない小説を大好きと言ってくださり感涙です。本当に励みになります!!
原作は終わってしまいましたが、まだまだロイアイ熱は冷めそうにありません。またなっち様に笑っていただけるような作品を書けるように、これからもがんばっていきますので、よろしければ遊びにきて下さいね!