うめ屋


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by netzeth
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 寝癖

「大佐、寝癖がついてますよ」
それが朝一番に会った彼女の口から出たセリフだった。
「へ? ・・・ああ今朝は時間がなくてな。まあそのうち直るだろ」
「ダメです! 司令官ともあろう人が寝癖をつけたままでいるなんて、他の者に示しがつきません」
「べ、別に今日は外に出る予定もないし、良いだろう?」
「ダメです!」
腰に手を当てて仁王立ちで彼女は言い切る。そしてどこから持ってきたのか、スプレーとクシをそれぞれ片手に持つと。
「そのままで結構です。どうぞ仕事をお続け下さい」
椅子の後ろに立った彼女はさっさと私の寝癖を直し始めた。
(そのままで良いって言ってもな・・)
気になって仕事どころではない。彼女は丁寧に私の髪を手に取り、シュッと(水だろうか)液体を吹き掛けクシで髪を梳かしていく。
思いの他頑固だったらしい寝癖はそれだけでは直らずひょこりとまだはねている。それを再び手で撫でつけるよう彼女は押さえた。
彼女の手つきはあくまでも優しく、そんな風に髪に触れられていると何だか妙な気分になってくる。
「はい、大佐直りましたよ」
「ん? あ、ああ、ありがとう」
頭に手をやって具合を確かめる。まだ少し湿っていたが寝癖は綺麗におさまっていた。
「もう少し早起きして、身だしなみくらいは整えて下さいね」
「あ、ああ」
そのままぼんやりと寝癖直しグッズを片付けるために部屋を出た中尉を見送っていると、一連の私と中尉のやり取りを、ぽかんとした様子で見ていた他の部下達を代表してハボックがぼそりと呟いた。
「嫁さんみたいっすね・・」
同感だ。
テキパキと私の世話を焼く彼女を見て私は何年も連れ添った妻とはこういうものなのだろうか、と結婚どころか恋人でもない女性に対して思ったのだった。


 call Ver.ロイ

少しの緊張感と共に私は受話器をとった。
回すのはもう、メモを見ずともすっかり覚えてしまった番号。
ワンコール、ツーコール、スリーコール目でいつも必ず彼女は電話に出る。早すぎず、遅すぎないちょうど良いタイミング。几帳面な彼女の性格が現れている様で少しおかしい。
「もしもし・・大佐?」
高すぎず低すぎない耳に心地よい彼女の声。この声を聞きたくて私は毎日電話をかける。私が佐官研修で東方司令部を離れて早一週間。毎日の司令部の様子を知っておきたいから電話をしても良いだろうかと約束を取り付けた。
そんな私の口実に対して、彼女は律義に毎日私に今日あった出来事などを報告してくれる。
南通りで強盗事件が起きたが、たまたま近くにいたハボック隊が迅速に犯人を確保した事から果てはブラックハヤテ号が迷子の子猫を拾って来て飼い主を探した事まで。
淡々と彼女の口から語られる出来事を聞く。私は「そうか」と相槌を打ちながらも、その内容はほとんど頭に入っていなかった。
「・・・今日の報告は以上です。・・・大佐の方はいかがですか?」
彼女の言葉はいつもそう締めくくられる。
私はいつもの様に研修は概ねうまくいっている事を告げる。・・・実際は想像以上にどん臭い田舎司令部の部下達に手を焼いて、思うようにカリキュラムを進められていないのだが、そこはそれ男の見栄ってやつだ。
お互いの報告事項を話終えてしまうと、私達はどちらともなく、また明日と電話を終える――はずだった。が、今日はどこか名残惜しい。このまま電話を切ってしまいたくなかった。
柄にもなくホームシックか?
思った以上に私は彼女を恋しく思っているのかもしれない。
会いたい。
その一言が口からこぼれ落ちそうになって。すんでの所で私は自制をする。代わりに探した言葉は。
「私が居なくて寂しいだろう?」
直ぐに手痛く切替えされるはずの冗談交りの戯言。
しかしそれは沈黙をもって迎えられた。
「・・・・・まさか。サボる方が居なくて、仕事がはかどっています。・・・ではまた明日に。おやすみなさいませ」
「あ、ああ。おやすみ」
たった一瞬の沈黙。
それを自分の都合の良い様に解釈するのは虫が良過ぎるだろうか。通話の切れた受話器を私はしばらくの間見つめていた。


 call Ver.リザ

定時に仕事を終えると友人からの飲みの誘いを断わって私は一路家路についた。夕食とハヤテ号の散歩も早々に済ませ、私はその時に備えてスタンバイする。――もうすぐだ。彼からの電話がかかってくるのは。私の夜勤の日をのぞいて彼は毎日同じくらいの時間に電話をよこす。
彼が地方の司令部に研修に赴いて早一週間。そんな彼に東方司令部の様子を毎日報告する――それが最近の私の日課だった。
そわそわする私につられたのか、ハヤテ号までも落ち着かない様子で私の足元をウロウロする。
嫌だ。これじゃまるで恋人からの電話を待ってるみたいじゃないの。かけてくるのはただの上司。会話の内容はただの業務連絡だというのに。
電話が鳴った。直ぐにとりたい衝動を押さえて私は待つ。だってあんまり早く出たらまるで待ってましたって相手に知らせる様なものではないか。
ワンコール、ツーコール、スリーコール。
そこで私は受話器を取った。
「もしもしホークアイです。・・・大佐?」
「ああ、私だ」
聞き慣れた声のはずなのに、電話越しに聞くと何故かとても甘く響く彼の低い声。
私は冷静を装って、いつもの報告を開始する。
「そうか」
ただの相槌でさえ彼の声は甘く私を捕らえる。受話器越しでも、彼に見透かされてはいないだろうか。
焦る心を隠して私はいつもの報告を終えると彼の研修の様子を尋ねた。
どうやら彼は研修先でうまくやっているらしい。東方司令部と違って定時に上がれると喜んでいたのは最初の日の事だったか。地方司令部の部下達とも楽しくやっていると語る彼の様子に、私はホッとしつつも寂しさを覚えた。
彼にしてみればこの研修は息抜きなのかもしれない。行く前からもヴァカンスだな!とずいぶん楽しみにしていた様だったし。忙しい東方司令部で口うるさい副官と居るより良いのだろう。
そう思うと寂しさと少しの腹立たしさが込み上げてきた。
毎日この電話を楽しみにしている自分が馬鹿みたいだ。だから、不意に発せられた言葉に私は咄嗟に反応出来なかった。
「私が居なくて寂しいだろう?」
一瞬の沈黙の後に、私はいつもの自分を取り戻す。
「・・・・・まさか。サボる方が居なくて、仕事がはかどっています。・・・ではまた明日に。おやすみなさいませ」
「あ、ああ。おやすみ」
・・・寂しいと言ったら彼はどうしたのだろうか。
まだ耳に残る彼の声を思い出しながら、私はそっと目を閉じた。




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by netzeth | 2010-08-24 21:20 | Comments(0)