うめ屋


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by netzeth
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雷とちいちゃな迷子

「キャンッ」
「こらっダメよ、ハヤテ号」
日が落ちて間もない時刻。リザは日課のブラックハヤテ号の散歩に出かけていた。真夏である今、日中の厳しい日差しによって熱せられた石畳を踏ませるのは子犬の足には酷であったし、何よりリザ自身が仕事を終えた後でなければ出かけられないので、やはり夜の方が都合が良かったからだ。
幸い今日は定時で上がれたため、まだ比較的早い時間である。主人と一緒に外に出られた事が嬉しいのか、いささか興奮気味でグイグイとリザを引っ張っていこうとするハヤテ号を諫めながら、リザは夜の街を歩いていた。
いつもの散歩コースの公園を横切り、閑静な住宅街の通りを歩き、少し遠くに来過ぎたかと引き返す途中、屋台が並ぶ賑やかな一角を通りがかった。ちょうど夕食時だからか、たくさんの人で賑わっている。風に乗って良い匂いが漂ってきて、夕食をまだ済ませていなかったリザは思わず立ち止まってしまった。
「何か買っていこうかしら……」
屋台には手軽に食べられる揚げた魚とアツアツのフライドポテトにビネガーと塩をふりかけたフィッシュ&チップスや、ローストした鶏肉をパンに挟んだサンドイッチなど食欲をそそる品々が並んでいる。肉の匂いを嗅ぎ付けたのか足元のハヤテ号もソワソワしていた。
しばらく時間を忘れて屋台を見て回っていたリザだったが、ようやく買う物を決め、財布を取り出した時の事だ。
ピカリと目の前が光ったかと思うと突然轟音が鳴った。それは賑わう屋台街の雑音を書き消して響き渡る。
「キャウン!!」
「ハヤテ号!」
財布を取り出すために離していたリードが仇となり、轟音に驚いたハヤテ号が走り出すのを止められなかった。
「待って!……ハヤテ号!」
慌てて追いかけるが、黒い小さな体躯はあっという間に雑踏に紛れて見えなくなってしまう。
「ハヤテ号っ!」
再び轟音が響き、ポツリポツリと空から雨粒が降ってくる中、ブラックハヤテ号を追いかけてリザは駆け出した。


降り出した雨はあっという間に激しくなり、彼のその小さな身体を容赦なく濡らしていった。
「キュウン」
とても大きな音がして、怖くて怖くて夢中で走った。走り疲れて周りを見ればそこは知らない場所だった。大好きなご主人を探すがどこにも見当たらない。クンクンと匂いを嗅いでみたけれど、いろんな匂いが邪魔をしてよく分からない。
おまけにお空から冷たい水がたくさん落ちてきて……、
「キュウン……」
心細さにハヤテ号は鳴くけれども、行き交う人々は、突然降り出した雨に関心を取られていてハヤテ号に注意を払ってくれない。
雨はますます強くなり、ムクムクの毛並みはペションと濡れてしまう。体温が奪われて、ハヤテ号はぶるぶると震え出した。そして、自分が拾われた日の事を思い出す。あの日もこんな雨だった。
ハヤテ号の記憶はまだ子犬で、あいまいな部分が多かったけれど、その時の事は覚えていた。
寂しくて、お腹も空いて、とてもとても寒かったあの時の事。
「クーン……」
ご主人に会いたい。
するとトボトボと歩くハヤテ号の伏せられていた耳が突然ぴっと立ち、盛んに尻尾が振られ始めた。
とてもとても弱いけれども、微かにご主人の匂いがしたのだ。その大好きで安心できる匂いを目指して、最後の力を振り絞ってハヤテ号は地面を蹴った。


「ツイてないな……」
ブティックの軒先を借りて雨宿りをしながら、ロイは空を見上げた。雷と共に降り出した雨は強さ増し、止む気配はない。
久々に定時に上がれて、情報収集に夜の街へとくり出したのは良いが、いくばくもしないうちに雨が降ってきてこのざまだ。傘を持っていないロイは雨の中を歩く気になれず先程から動けずにいる。
さて、これからどうしようか。もう少しここで雨脚が弱まるのを待つか……それともいっそ、このブティックで傘を買うか……だがいかにも女性物しか置いてないような店だ。男が使ってもいいシンプルな傘はあるだろうか。……流石に花柄なんかは勘弁願いたい。もし、知り合いに見られでもしたら、しばらくもの笑いのタネにされるだろう。
思案に耽っていたロイの耳に、微かな音が聞こえたのはその時だった。
「クーン……」
耳を澄ませないと消えてしまいそうなそれは、何かの鳴き声の様だった。
何事かと辺りをキョロキョロと見渡せば小さな黒い塊の様な物がトテトテと歩いてくる。それはロイの足元まで来ると、
「クーン……」
もう一度小さく鳴いた。
「お前……ブラックハヤテ号じゃないかっ」
ムクムクの毛並みは雨のせいでびしょ濡れだったけれど、この白と黒の色は間違ない。リザの愛犬のブラックハヤテ号だ。
「どうした? こんなところに独りで。中尉は?」
自分が濡れてしまうのも厭わず、ロイはブラックハヤテ号を抱き上げた。寒かったのだろう、その小さな身体は細かく震えている。胸元に抱え混んで温めてやりながら、ロイはハヤテ号を覗きこんだ。
安心したのかハヤテ号はロイの腕の中で大人しくしている。と、赤い首輪に繋がれたままのリードに気付いて、ロイはそれを握った。
「これは……」
その瞬間、再び雷がゴロゴロと鳴り出した。先程よりはだいぶ遠くなっていたが、
「キャン!」
その音を聞いた途端腕の中のハヤテ号がジタバタと暴れ出す。
「あっ、こらっ」
「キュウ……ン」
直ぐにハヤテ号は大人しくなったが、心なしか今まで以上に震えているように見えた。―――どうやら寒さのせいだけではないらしい。
「……そうか。なるほど」
ハヤテ号の様子とつけっぱなしのリードからロイはだいたいの状況を理解した。
おそらくは雷を怖がったハヤテ号がリザとの散歩中に迷子になってしまったのだろう。この震え様ではよっぽど雷が恐ろしかったとみえる。ご主人様の事も忘れて走ってきてしまったのだろう。
「よしよし、もう、大丈夫だからな」
「クウン?」
雷の恐怖とリザとはぐれて心細かったに違いないその小さな身体をロイは撫でてやると、ハヤテ号はパタパタと尻尾を振った。
「さて、お前のご主人を探しにいこうか」
愛犬がいなくってしまい、さぞかし心配しているだろう。ハヤテ号を存外可愛いがっているリザの事だ、この雨の中探しているかもしれない。一刻も早くハヤテ号を連れて行ってやりたいが……ロイは再び空を見上げた。相変わらず雨は激しい強さで降っている。このままではここを出てはいけない。自分はともかく、ハヤテ号をこれ以上雨に濡らす事は出来なかった。
ロイはふうと一つため息をつくと、
「仕方ないか……」
目の前のブティックへと入って行った。


「ハヤテ号――!」
土砂降りの雨に打たれながら、リザは夜のイーストシティを走り回っていた。
いつもの散歩コースの公園にも行き、植木の陰や茂みの奥も覗いて見たが、ハヤテ号を見つける事は出来なかった。
ハヤテ号はまだ小さな子犬だ。こんな激しい雨の中、長時間晒されているかと思うと、心配に胸が痛む。それに雷を怖がっていた様だった。独りで震えている様を想像すると、リザはいてもたってもいられなくて、再び叫ぶ。
「ハヤテ号――!」
誰かに行方を尋ねようにも、街は雨が降って来た事で人影はまばらだ。これだけ探しても見つからないという事はもう、この辺りにはいないのかもしれない。賢い子だから、もしかして家付近に戻っているのかも……リザは自宅への道を引き返した。上がる息を抑えて、自宅まで後角を曲がればという距離まで来た時、
「中尉!」
リザを後ろから呼ぶ声があった。聞き覚えがあり過ぎる声に、内心驚きながらもリザは振り向いた。
「大佐?」
見慣れた黒髪の男が後ろから近付いて来る。何故か彼には不似合いな華やかな花柄の傘がその手に握られており、もう片腕には……、
「ハヤテ号!?」
間違ない、ブラックハヤテ号だ。子犬はロイに抱えられ、その胸の中で静かに眠っている様だった。
フーという小さな寝息を立て、くったりとロイに身を任せている。
「ハヤテ号……良かった……でも、どうして大佐が?」
「何、雨宿りしている所にこいつが来たんだ。……君の匂いが私に染み付いていたのかもな」
リザを己の傘の中に入れながら、ロイはニヤリと笑ってみせた。
「もうっ、馬鹿な事をおっしゃらないで下さい」
一瞬で赤くなってしまった顔を隠す様に、リザはロイから顔を背けた。
「馬鹿は君だろう。見ろ、こんなに濡れて……いくらハヤテ号が心配だからって、風邪でも引いたらどうする。それこそハヤテ号が悲しむぞ」
ロイに指摘されて、改めてリザは自分の姿を見下ろす。髪も服もずぶ濡れ、おまけに濡れた白いブラウスはピタリと肌に貼り付き、肌の色が透けている。身に着けた下着の色まで見えている有様だった。恥ずかしさに慌てて己の身体を手で覆う。
「し、失礼しました……大佐のおっしゃる通りです……って、大佐だって濡れているじゃありませんかっ。……すいません……ハヤテ号のせいですね……」
ずぶ濡れだったブラックハヤテ号を抱いていたせいで、ロイのシャツもずいぶんと水分を吸っていた。
「ああ、このくらい直ぐに乾くさ。気にするな」
「そういう訳にはいきません。……うちにいらして下さい。すぐそこですから」
「良いのか?」
「はい……」
「じゃあ、お邪魔するか。そうと決まれば早く行くぞ。私よりまず君だ」
そうリザを促して歩き出そうとしたロイにリザは声をかける。
「あの……ありがとうございました……大佐……」
少し頬を染めて紡がれた言葉にロイはぼそっと呟いた。
「やっぱり今日はツイてたのかもな……」
「え?」
「……何でもない。早く行こう」
二人と一匹は一本の傘の下、寄り添う様に雨の中を歩いて行った。




END
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花火大会の日に音に驚いて何処かへ走っていってしまった迷子犬の張り紙を見て思いついた話。はたしてあのワンコは見つかったのかなあ・・・。
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by netzeth | 2010-09-09 21:30 | Comments(0)