うめ屋


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by netzeth
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若葉の頃

その日、学校から戻ったリザはその足で父親の部屋の前に立っていた。さんざん迷った挙げ句、ノックをしようと右手を上げて――結局手を降ろしてしまった。そのまま左手に持っていた紙をじっと見つめていると。
「リザ?」
不思議そうな顔をした父のお弟子さんに声をかけられた。
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
そのまま踵を返すと自分の部屋に直行して机の引き出しの奥にその紙を押し込んだ。
紙には、授業参観のお知らせ……と記されていた。


「後を頼む」
「はい」
手短な挨拶のみで慌ただしく出かけていく師匠を、ロイはリザと共に見送った。
師匠が赴いたのは錬金術師の集まりと聞いている。実を言うとロイは自分も連れて行って欲しかったのだが、結局言い出せなかった。師匠が自分を連れて行かないのはまだその時ではないと判断しての事だろう。いつかは一人前の錬金術師として参加出来る様になりたいと思う。だが、ロイを連れて行かないのは彼がまだ未熟だというばかりが理由ではなかった。
家に残されたのはまだ幼いと言っていい師匠の娘のリザとロイだけなのだ。リザはしっかりした女の子だったけれどもまだ十一歳の子供だ。つまり、留守を任されたからには師匠が帰るまでは、この家はロイが守らなければならないのだ。
鼻息荒く意気込んではみたものの、何も起きないとこれといってロイのする事はない。師匠が帰るまでにと言いつけられた課題に取組む事ぐらいだろうか。
リザに書庫に居るからと声をかけて。ロイは書庫に籠る事にした。


授業参観の案内の紙をリザは父親に渡そうかどうか迷い、結局引き出しに仕舞い込んでいた。研究一筋でこういった行事に興味のない父のことだ。見せたところで意味は無いだろう。何故こんな行事があるのか……その日を想像してリザはずっと憂鬱だった。
そして、いよいよ参観日の前日、父は錬金術師の集まりとやらに慌ただしく出かけて行ってしまった。泊まりがけで数日は帰ってこない。
知らせの紙を渡そうと思っていた訳じゃない。来てくれるなんて思った訳じゃないけれども。完全に絶たれてしまった可能性に、リザは思いの他自分ががっかりしている事に気付いていた。
「馬鹿みたい」
期待していた自分を否定したくて、リザは引き出しの奥から引っ張り出してきた紙をキッチンのくず籠に放り込むと、さっさと夕飯の支度を始めた。


腹の虫が鳴いた所で、ようやく読んでいた本から顔を上げたロイは本能の赴くままキッチンへと向った。
そろそろ日付が変わろうかという時間だ。当然キッチンの明かりは落とされていて辺りはシンと静かだった。リザはもう休んでいるのだろう。そう言えば、夕飯の支度が出来たと呼びに来たように思う。本に夢中になるあまり、おざなりな返事を返してしまった。
あの時リザは何と言っていたっけ……?
思い出しているとテーブルの上にメモと布が被せられた料理を発見する。

シチューは鍋の中にあるので温めて食べて下さい。お勉強もほどほどに。

どうやらロイが話を聞いていなかった事などリザには全てお見通しだったらしい。リザの心遣いに感謝しながらもロイは苦笑した。
本当にしっかりした子だ。これじゃどちらが年上か分からないな……。
思えば、ロイがホークアイ家にやって来た頃にはもう、リザはこの家の家事一切を取仕切っていた。それ以来何かと世話になっているロイだったが、少し不満に思っている事もあった。リザがしっかりし過ぎている事だ。母親もおらずあの父親と一緒では仕方のない事かもしれないが、ロイはもう少し子供らしく遊んだり、わがままを言っても良いんじゃないかと思っている。
温めたシチューとパンを腹に納めてようやく腹の虫も落ち着くと、ロイは再び書庫に戻る事にした。
リザに知られたらちゃんと寝て下さいとまた怒られそうだな……そんな事を考えながら歩いていると部屋の隅に置いてあったくず籠を蹴飛ばしてしまった。
「あーあ」
散らばった中身を慌てて拾うと、ある紙くずが目に入った。
「……授業参観?」
丸まった紙を広げてみる。確かに授業参観と書いてあった。
「これ……リザのか?……って明日じゃないか!」
紙には授業参観を明日の日付に行う旨が記してあった。
「リザ……」
どんな気持ちでリザがこの紙を捨てたのか、分からない程ロイは鈍感ではなかった。おそらく師匠には渡せなかったのだろう……そして師匠は泊まりがけで出かけてしまった。
知っていれば師匠は行かなかっただろうか? いや、あの師匠の事だ。決して娘のリザを愛していない訳ではないだろが、こういう事には無頓着なのだ。
ロイにはリザの気持ちが痛い程分かった。
前日にここに捨ててあるという事はギリギリまでこの紙を捨て切れなかったのだろう。そのいじらしさに何とか報いてやりたい。ロイは決意を込めて紙を握り締めた。


その日の午後の授業はそわそわザワザワと落ち着かない雰囲気で始まった。科目は数学。
「来た?」
「うん。ねえあの端の人、誰のお母さんだろうね」
「どこどこ?」
ひそひそと楽しげにおしゃべりするクラスメイトをリザは冷めた目で見ていた。
自分には関係のない事だ。だから、早くこの授業が終われば良い。リザは淡々と板書を書き写す作業に没頭する事にした。
と――突然クラスのざわめきが一際大きくなった。
「ねえ! あの人っ」
「誰?」
「誰のお兄さん?」
「ちょっとカッコいいよね」
――お兄さん?
こういう行事にやってくるのはだいたいが母親だ。むろんリザの様に片親しかいない場合は父親が来る事もあるだろう。しかし、兄弟が来る……というのは珍しい。
好奇心に負けてリザはそうっと後ろを振り向いた。
…………!!
「マスタングさん!?」
思わず叫んで立ち上がったリザに、周囲の視線が集中する。
「え? 何、何?ホークアイさんのお兄さんなの?」
「へ~お兄さんいたんだ」
「あまり似てないよね」
「こらっ、静かになさい! ホークアイさん、授業中ですよ」
「すいません……」
リザは着席するが、もう授業どころではなかった。
どうしてマスタングさんがここにいるの!?
軽くパニック状態である。
一体何しに来たの!?
ロイは周囲のお母様方に何事か話しかけられては、ヘラヘラと愛想笑いをしている。
それも何となく腹が立つ。
しかし、混乱するリザを余所に授業は進んでいって……。
「この問題分かる人」
「はーい」
「ほらっ、リザっ頑張って! 答えは3だっ」
「父兄の方は静かにしていただけますか」
「すいません……つい」
クラス中が笑いに包まれる中、リザは机に突っ伏した。
恥ずかしくて死ねる……。


放課後、ロイはリザと一緒に帰り道を歩いていた。
といっても仲良く二人並んで――という訳ではなく、リザがズンズンと無言で歩いていくのを後ろからロイが追いかけるといった形だったが。学校からここまでリザは一言も口をきいてくれなかった。
「そんなに怒らないでくれよ……俺は師匠の代わりを立派に務めないとって思って……」
すると、ガバリと振り向いたリザがロイを睨み付け、
「マスタングさんは私の父でもお兄さんでも無いんですから、そんな事務めなくていーんです! だいたい! 私と四つしか違わないじゃないですかっ」
「でも、誰もいなかったらリザが寂しいんじゃないかと思って……」
「私はそんな子供じゃありません!」
プイとリザは顔を背けてしまった。
辺りは既に夕暮れ時で、二人の長い影が大地に伸びていた。シンと静まり返った空気に足音だけが響く。
顔を合わせてくれないリザに、ロイは静かに語りかける。
「子供だよ。そんな風に顔を真っ赤にして怒ってるうちはね」
リザが立ち止まる。しかし相変わらず前を向いたままだ。構わずロイは背中越しに話を続けた。
「ねえリザ。君はもう少し甘えても良いと思うんだ。時にわがままを言っても良い。それが子供の特権だから。――だから、来て欲しいならそう言って良いんだ。師匠にだって。……俺はそう思う」
ロイはリザの背中を見つめた。まだ子供らしい小さな肩だ。その肩が小刻みに震えて、そして、小さく消え入る様な声がした。
「……マスタングさんに何が分かるの……」
「うん。ゴメン」
「……お父さんと私の事何も知らないくせに」
「うん」
「……学校にまで来ちゃって……あんなに目立って。……スゴく恥ずかしかった」
「う……ゴメン」
「……勝手にお節介して……」
「うん」
「……スゴく迷惑なんです」
「……ゴメン」
「……でも、ありがとう……本当は来てくれて嬉しかった」
「……うん」

家に戻ってもやっぱりリザは怒ったままで、ロイと口をきいてくれなかったが、夕食にはロイの好きな物を作ってくれた。素直じゃないリザの態度に苦笑しながらもロイは少しはリザに近付けたのだろうか……と思うのだった。

後日――。
学校から戻ったリザがムッツリとした顔でロイのところにやってきた。怒っている様に見えるリザに、まだ授業参観の事を根に持っているのかと不安に思ったロイだが、リザは黙ったまま何かをロイに差し出した。
「俺に?」
「他にいますか」
「えーと……これ何?」
「見れば分かるでしょう。手紙です」
ピンクやイエローといった、パステルカラーのやけに可愛いらしい封筒に入った手紙が数枚ある。
「いや、それは分かるけどさ……そうじゃなくて。手紙って何の? 誰から?」
「……私と同じクラスの女の子達からです! 内容は知りません! 自分で読んでみて下さい! マスタングさんの馬鹿!」
叫ぶ様に言うと、リザは走り去る様に部屋を出ていってしまった。一人残されたロイは何が何だか分からない顔で呟いた。
「女の子って……難しいな……」



END
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鋼世界に授業参観なんてイベントはきっとない(笑)
マスタングが授業参観に来る・・・それだけの話w
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by netzeth | 2010-09-16 22:59 | Comments(0)