うめ屋


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by netzeth
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彼のご趣味

「猫はいいよな」
「はい? 大佐は犬派ではなかったんですか?」
「はっはっはっ、確かに犬もいいが……やはり猫だろう」
「……存じ上げませんでした。大佐がそんなに猫がお好きだったとは」
「うん?そうかね?」
そう言ってうさんくさい笑みを浮かべる彼を、この時の私は特に気にも留めていなかったのだった。


「もう、無理だ! 絶対無理だ!」
午前零時を回って久しい時刻――朝から処理し続けた書類がようやく後僅かという頃になって、とうとう大佐がペンを投げ出した。
無理もない。ろくな休憩もとらずにひたすら机に向っていたのだから。
そもそも、どうしてこんな殺人的な量の書類処理をしなければならなくなったのか。いつもだったら大佐がさぼったつけだったり、自業自得な理由なのだが、今回ばかりは彼のせいではなかった。
悪い事が幾つも重なってしまったのだ。
まず一つ目。書類の締切を一週間勘違いしていた事。これは書類を回してきた事務方の完全なミスだった。担当者が蒼白な顔して平謝りに謝ってきたので、こちらとしても強く出られず、仕方なくこちらで全部フォローする事になってしまった。
二つ目。将軍が出張でおられない事。「ワシがいない間は全てマスタング君に任せるからね~よろしく~」の一言を残して将軍は出かけてしまった。当然将軍に上がるはずだった書類は全て大佐に回ってくる。普段サボりがちな将軍は仕事を溜め込んでおり、各課がここぞとばかりに大佐に決裁が必要な書類を持ち込んだため、膨大な量の書類が溜まってしまったのだ。
三つ目。ニューオプティン支部からやっかいな案件が回されてきて、その処理に時間がかかってしまった事。本来東方司令部の管轄だった事件を、ニューオプティンの方で無理矢理扱ったにもかかわらず、結局どうにもならなくなってこちらに投げてよこしたといういわくつきの事件である。結局こちらで解決したものの、初動捜査の段階の資料が大部分欠けており、中央への報告書を作成するのが一苦労だったのだ。
と、諸々の理由により、大佐は朝から大量の書類処理を余儀なくされた訳だが、後少しという段階になって、とうとう彼の中で何かがブッチンと切れたらしい。
「私はもう、一枚だってやらんぞ! 終わりだ! 終わり! 閉店!」
そのままクルリと椅子事そっぽを向いてしまった。
「大佐……お気持ちは分かりますが、後少しです。後少し頑張れば終わるんですよ。もう少しだけ我慢して下さい」
私は大佐を宥めにかかるが、彼は背を向けたままピクリとも動かない。こうなるとまるで子供の様に強情になるんだから。
「大佐……いいですか。ここで全てをやり遂げられれば大佐の評価が上がります。事務方からは感謝されますし、将軍からもきっとお褒めの言葉を頂けます。中央からの評価だって……」
私はせつせつとこの仕事をやり切る意義を説いたが、彼は微動だにしない。残念ながら彼の心は動かないようだった。
「もう……一体どうすれば仕事をなさってくれるのですか……?」
私がため息交りに言うと、そこで初めて大佐が反応した。
クルリと首だけ振り返って。
「ご褒美が欲しい」
ぼそりっと呟いた。
「ご褒美……って大佐っ貴方は子供ですかっ! これは仕事なんですよ!」
「分かっている! だが……」
そこで大佐は体ごとこちらを向いて、ダンと机に手を置いて立ち上がった。
「人間目標があれば何とかやれるものだ。モチベーションを保つためには必要なんだ! ご褒美が!」
拳を握っての力説であった。
こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。
――仕方ない。
……今思えば、あの時の私は大佐と同じく朝から書類に追われて疲れており、少々おかしかったのかもしれない。
私の出来る範囲の事ならという条件で、私は大佐のお願いを了承してしまったのだった。


そして、彼の自宅で。
満面の笑みと共に彼が持ってきた物を見て、私はあの時、彼のお願いを聞いてしまった事を激しく後悔していた。
今目の前に置かれているのは、白いワンピースのミニスカートだった。それは良い。たとえそのスカートの丈が膝上より股下から測った方が早い丈であろうとも。それはまだ我慢出来る。問題はワンピースの腰より少し下、ちょうどお尻の上にあたる部分に白いモフモフとした細長い物がくっついている事だった。そして、その脇には同じく白いフワフワした手触りの三角の形をした物が二つ付いたカチューシャ。
……そう、いわゆる猫耳と尻尾である。
大佐はご褒美として、私にこの猫耳と尻尾を付けろと言うのである。
「一体どんな顔して買ってきたんですかこんなもの!」
我慢出来ずに私は怒鳴ってしまった。
「失敬な! 既製品にこの毛並みの色艶は出せん。これはな、私が一つ一つ丁寧に練成してだな……」
聞かなければ良かった。
こんな事のためにうちの父は錬金術を教えたのかと思うと、涙が出そうになる。果たして、これは道を踏み外したと言えるのかどうかを私は一瞬真剣に悩んでしまった。一方そんな私を余所に大佐は上機嫌である。
「白猫にするか黒猫にするか悩んだんだ。黒猫の妖しい魅力も捨て難いしな。あの艶めかしい尻尾のフォルム……まさに男心を擽って止まない! 君ならきっと素敵な黒猫へと変身してくれるだろう。だが、金髪の君にはやはり白猫だろうと思ってな! 純真無垢な魅力を持つ白猫! 良いじゃないか。何者にも汚されていない白を纏いしその清純さ! まさに君にピッタリだろう!?」
黒か白かで熱い持論を展開し始めた彼。
……まだこれが下着の色とかの方が健全な気がする……のは私の頭も大佐に毒されてきたのかしら。
「さあ約束だ! これを着てくれたまえ!」
異様に高いテンションの大佐から、私は半分諦め気分で猫耳&尻尾付きミニスカートを受け取けとった。
「ああ、忘れていた。それを着たら、喋る時には語尾にニャンと付けるように。そうだなあ……ロイ、大好きだニャンって言って欲しいな」
「…………」
もう、二度と彼のお願いはきくまいと心に誓いながら、期待に胸を膨らませている大佐の目の前で、私はまずはカチューシャを頭に付けたのだった……。





END
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by netzeth | 2010-10-01 21:56 | Comments(0)