うめ屋


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by netzeth
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サンクチュアリ

リザ? 何してるのそんなとこで」
レベッカが親友を見つけたのは、西側の物品倉庫がある二階廊下の窓辺だった。滅多に人が通りがからないだろうその一角で、彼女は彼女らしくないぽうっとした様子で、窓の外を眺めていた。
レベッカに声をかけられたリザは、弾かれた様に窓から離れると、
「レベッカっ……何でもないわ」
いかにも慌ててますと言わんばかりにブンブンと手を振った。
「な、何でもないの!」
常にない様子の親友に違和感を覚えたレベッカだが、リザがあまりに必死だったため追求するのは止めておいた。
「そう、ならいいんだけど」
じゃあねと隣を通り過ぎる。
――ただ何時になく、優しく笑っていた親友の口許だけが、ひどく印象に残っていた。


その空間は司令部の中庭の奥まった場所にあった。植えられた木々と建物とがちょうどうまく重なって、周囲から容易に見えない、死角になっている。座り心地のよい芝生と爽やかに吹き抜ける心地よい風、木々の間から零れる木漏れ日とが相まって、非常に過ごしやすい空間となっていた。大人数が行き来するこの東方司令部の中にあって、忘れられた様にポツンと存在しており、まるでそこだけ時間を切り取った様にゆったりとした時間が流れている錯覚すら覚える。
昼ご飯片手に司令部中を歩き回っていたレベッカは、ようやく見つけた安住の地に満足すると、大きな木の根元に座り、柔らかい芝生の上に弁当を広げた。
そのままサンドイッチをパクついていると、
「良い匂いだな」
「んぐっ」
低い男の声が響いてきて、思わずパンを喉に詰まらせてしまう。
トントンと胸を叩いて何とか落ち着かせると、ヒョイと木の陰から黒い頭が覗いた。
「ああ、すまん。驚かせるつもりはなかったんだが」
「マ、マスタング大佐……」
黒髪に切れ長の瞳の男がどこか申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。……レベッカもよく知る己の上官である。
「ど、どうしてここに?」
「何、ここは私の秘密の場所なんだ」
よく見ると、彼の頭には草が何本か付いていた。どうやらここで昼寝でもしていたらしい。
なるほどと内心でレベッカは呟いた。ここはサボり癖のある上官殿の逃走場所だったという訳か。自分はどうも、彼のテリトリーを侵してしまったらしい。
「すみません、大佐。お邪魔したようで」
「いや、かまわんさ。それより、君こそこんな所で独りで食事とは珍しいな」
「……実は、避難中なんです」
レベッカが溜め息をつくと、ロイがおやという顔をする。お邪魔させて貰った手前、自分の事情も話さねばなるまい。
「ウェイン准尉って知ってます?」
「ああ。茶色い髪にソバカスのある……」
「そう、そいつです」
渋い顔をするレベッカに、ロイは少し考える素振りをした。
「彼は――確か君の……」
「ええ。彼氏です。元ね」
元を強調すると、ロイは驚いたようだった。
「……それは」
「別れたんです。昨日」
「そ、それは……ご愁傷さまだな」
「それは良いんです。でも、ちょっと派手にケンカ別れしたんで、顔、合わせたくないんですよ。それに、軍部内恋愛だったせいで、司令部にいると、外野がいろいろうるさいんです。食堂なんて行けたもんじゃないですよ」
「それで、避難、か」
「はい。ほとぼりが覚めるまでこの場所使わせて貰えません?」
「……良いだろう。ここは軍の敷地であって、私の私有地じゃないからな。ただし、先住者という事で条件が一つある」
とロイは難しい顔をするので、レベッカもつられて居住まいを正し、真剣にはいと返事をした。
「ホークアイ中尉にはこの場所の事は言わないで欲しい」
それを聞いてレベッカはなんだと肩の力を抜いた。
(サボり場所をリザに知られたくないだけじゃないの)
まったく、困った上官である。
レベッカは先程歩き回っていた時に会ったリザの事を思い浮かべた。あんな場所にいたリザを不審に思っていたが、大方このマスタング大佐を探していたのだろう。
(まったく、リザも苦労するわね……)
――結局呆れはしたものの、レベッカはその条件を呑んだ。リザには悪いが、実際、誰の目にも触れない場所というのは今のレベッカにとってありがたかったし、何より上官と秘密の協定を結んだというのも、なかなかスリリングで魅力的だったのだ。しかも、相手はあのロイ・マスタングである。
失恋でくさくさした気分転換にはもってこいかもしれない……とこの時のレベッカは気楽に考えていた。


それから昼時や休憩時間になると、レベッカは度々この場所へと足を運ぶ様になった。
すると大抵ロイが昼寝をしており、その度にレベッカはこの人は一体いつ仕事をしているんだろうと首を捻ったものだ。
だいたいはそれぞれ勝手に時を過ごしていたが、たまに、ロイから話し掛けてきたりと、いろいろ雑談をしたりもした。大抵は二人の共通する縁深い人物――リザの話題だったが。
「いい加減戻らないと、あの子の堪忍袋も限界だと思いますよ」
「ははは……撃たれるかな?」
「まったくもー。私も親友を裏切ってるようで心が痛いんですよ、ここの事黙ってるの。……そろそろ教えちゃおうかしら?」
「それは勘弁してくれたまえ。ここは中尉に見つからない唯一の場所なんだ」
「他は全部見つかったんですね……」
「彼女は優秀だからね。――だが優秀な彼女もこの場所は見つけられない……何故だと思う?」
「それは……ホークアイ中尉も大佐ばっかり探しているほど暇じゃないからじゃないですか?」
「ははは、そうかもな」
悪びれずに笑うロイにレベッカは処置なしと肩を竦めた。
ロイ・マスタングと過ごす時間はそれなりに楽しく、失恋の痛手を抱えるレベッカにとっては良い気晴しだったが、一方で親友のリザに対して罪悪感が募るのも自覚していた。上司の逃走の手助けをしている…と事に対してだけではない。
親友の想い人と、恋愛感情はないが、秘密の時間を共有している――という事実にである。
リザ・ホークアイ中尉がロイ・マスタング大佐の事を憎からず想っている――というのは本人から聞いた訳ではないが、レベッカから見れば一目瞭然の事実であった。伊達に長年親友をやっている訳ではない。
そんなリザの気持ちを知っていながら、これ以上ロイと過ごすのはいささかまずい気がするのだ。確かにロイはレベッカのいい男基準をかなりの水準でクリアしている、東方司令部一といっても過言ではない優良株だが――親友の男を盗る趣味はレベッカには無い。
いい加減己の失恋のほとぼりも冷めた頃だろうし。
(そろそろ潮時かもね……)
内心そう呟くと、レベッカはリザにこの場所の事を教えようと心に決めた。


適当な休憩時間になると、レベッカはリザに会いに執務室に行ってみた。あいにくリザはおらず、レベッカは彼女を探して司令部内を適当に歩き回ってみることにした。
射撃場やトレーニングルームといったリザの居そうな場所も覗いてみたが、何処にも彼女の姿はなかった。
「大佐じゃあるまいし、何処に行ったのよう……」
逃亡癖のある上官の様に消えてしまった親友を嘆きながら探し回る事しばし、ようやくレベッカはリザを発見した。――西側の物品倉庫がある二階廊下の窓辺だった。
数日前に同じ場所で会った時の様に、彼女は窓の外をジッと眺めており、近付いてくるレベッカにも気付いていないようだった。
口許にはあの時と同じ優しい笑み。
「リザ?」
呼び掛けるとやはりあの時と同じ様に彼女はヒドく驚いた顔をする。リザ・ホークアイが滅多にする事のない顔だ。
「レベッカ……」
「どうしたのよ、こんなとこで。ずっと探してたんだけど」
「う、うん……」
いつも真っ直ぐな瞳で相手の目を見て話す彼女らしくなく、リザは瞳を伏せた。
そんな彼女を訝しく思ったレベッカだったが構わず用件を切り出す。
「折り入ってちょっとあんたの耳に入れたい事があるんだけど……」
ビクンっ。
目に分かるほどリザの身体が震えた。
あまりのリザの反応にレベッカの方が驚いてしまう。
「リザ?」
「ううん、な……んでもないわ。続けて……」
何でもない人間の反応ではないが。
かたくなに何でもないと主張するリザだったが、彼女の顔は暗く何処か悲しげに見えた。
「……実はマスタング大佐の事なんだけど……」
「ええ……」
「私、彼の―――」
「私、応援するわ。あなたなら大佐にお似合い――」
「サボり場所を知ってるのよ」
リザとレベッカの声が発せられたのは同時だった。
『え?』
その呟きが聞こえたのも同時。
互いに呆然とする中、先に我に返ったのはレベッカだった。
「ちょっとリザ! あんた何言ってるの!?」
「え? 大佐に関しての話ってその事なの……?」
「その事って……他に何があんのよ! あんたおかしいわよ?」
思わずリザに詰め寄れば、彼女が立っていた場所からの窓の外の景色がレベッカの視界をかすめる。
木々に囲まれた緑の芝生に囲まれたぽっかりとした空間。青い軍服とのコントラストも目に眩しく、黒い頭の上官殿が呑気に昼寝をしていた……。
レベッカは瞠目する。
「リザ、あんた知ってたのね……この場所の事」
「……ええ」
リザは愛しげに窓の外にそっと視線を向けた。
「レベッカが大佐と一緒にいる所も、見ていたわ。……私あなたなら大佐にお似合いだなって……」
明らかに無理に笑っている親友を、レベッカは思わず怒鳴りつけてしまった。
「なあに言ってんのよ! 応援するって、まさかその事なの!?」
リザの誤解にレベッカは脱力しそうになる。
昔からそうだ、この子は。思い込むとどこまでも突っ走る。自分とロイが一緒にいるのを見て勘違いした挙句に己の気持ちそっちのけで応援する――なんてどの口が言うのか。
「あんたねえ……そこは応援するとこじゃないでしょうが!」
むしろ、親友に責められても仕方ないのは自分の方ではないのか。そう思ったが、生憎リザにはそんな思考回路は無かったらしい。リザらしいと言えばらしいが。とにかくこのとんでもない誤解は解かなくてはならない。
「いくら失恋したてだからって、あんたの旦那を盗るほど、あたしは落ちぶれてないわよ!」
「ちょっ、誰の旦那よ!」
途端に顔を真っ赤にしたリザを見て、応援する――なんてよく言えたものだと思う。……べたぼれじゃあないの。
「あんたのよ! 好きなんでしょ? ここからいつも眺めているほど」
「……そうね」
観念した様にリザは素直に頷いた。
視線は相変わらず窓の外―――ロイ・マスタングを見つめている。
「とにかく、あたしと大佐はそんなんじゃないから。あんたの誤解。……にしてもリザ、どうしてあそこに行かない訳? 大佐がサボってるの知ってたんでしょ?」
視線で呑気に寝ている男を指せば、リザは少し寂しげに微笑んで、
「……あの場所は大佐のお気に入りなのよ。見てれば分かるわ……うるさい副官に荒されたくはないでしょう?」

――――だが優秀な彼女もこの場所は見つけられない……何故だと思う?

唐突にロイの言葉が脳裏にリフレインする。
――ああ、そうか。そういう事か。
レベッカは納得した。
そう、彼は待っていたのだ。彼のサンクチュアリに彼女が自らやって来るのを。
だとすると。なんて事だ、自分はとんだ侵入者……いや、珍入者じゃないか。
ロイはおそらくは気付いていたのだ。リザがロイの秘密の場所を知っている事も、ここからいつも見ていた事も。知っていて……レベッカを招き入れた。本当にたいした策士だ。
自分はさしずめ呼び水という訳か。本命のための。
だが、まさかリザがどんな反応するかも計算のうちだったのだろうか?
「……案外、うるさい副官が探しに来てくれるのを待ってるのかもしれないわよ」
全て彼の手のひらの上だったというのは癪に障るけれど。避難場所も提供して貰った事だし、大事な親友のために一肌脱ぐのも悪くはない。
え? と困惑気味のリザにヒラヒラと手を振ってレベッカはその場を後にした。いつかここから、彼とその副官が共に過ごすのを見られれば良いと思いながら。




END
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by netzeth | 2010-10-08 21:25 | Comments(0)