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by netzeth
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待ち合わせ

日が長くなった初夏の夕刻、ようやく道端の街灯に明かりが灯された頃、リザは道行く人々眺めながらそわそわと佇んでいた。
大抵は皆忙しげに足早に歩いて行くが、中には通り過ぎて行く傍らリザの方をチラチラと見ていく者もいて、何となく居心地が悪い。
思わず自分の格好を見下ろして、何処か変な所があるのだろうかと確認してみたりもした。
ふんわりとした薄い水色のシフォン素材のブラウスに膝丈の白いフレアスカート。そして、いつもは履かない華奢なデザインのパンプス――何かあった時のために走れる様にローヒールであるが。
どこもおかしい所はない……と思う。
彼が連れて行ってくれるレストランならきっと高級な店に違いない、とそれなりの服装をしてきたつもりだったが失敗しただろうか。きっと、いつも着慣れない物を着ているせいで落ち着かないのかもしれない。
リザはそう納得すると、いまだ現れない待ち人である男の顔を思い浮かべた。


昨日の事だ。
仕事が終わり、帰り支度をしていたリザの元へ緊張した面持ちで上官であるロイ・マスタング大佐がやってきた。
当初リザはロイの表情を見て、何か重大な事件が起こったのかと危惧したほどだ。
だが、ロイが切り出したのは何の事はない、明日の夕食を一緒にどうかと言う事だった。
その日はリザは非番であるし、特に予定も入っていなかった。いや、予定が例えあったとしても、その予定を取り止めてでもリザはロイに誘いに応じたに違いない。何しろそれはロイからの初めてのデートの誘いだったのだから。
普段のロイはいろんな女性とデートをし、浮き名を流すいわゆるプレイボーイだったが、今までリザには一度もその様な素振りを見せた事はなかった。
自分はきっとそういう対象ではないのだろうと思っていたリザだったが、心の何処かでそれを少し寂しくも思ってもいた。
だから、ロイから食事に誘われて本当に嬉しかったのだ。リザが了承の意を伝えると、ロイはホッとした顔を見せ、待ち合わせ場所と時間の約束をしたのだった。


そして、当日。
リザは待ち合わせ場所である、時計塔のある広場へとやってきた。ここはイーストシティでは有名な定番の待ち合わせスポットであり、リザ以外にも待ち合わせをしている様子の人々が大勢いる。
待ち人がやってきて、歩き去るのはほとんどがカップルばかりで、何となく気恥ずかしい気分になる。
自分が待っているのは上官であって、恋人ではないのだ。
そう自分に言い聞かせながら、リザはお気に入りの腕時計を確認した。何度見ても待ち合わせの時間まで後三十分以上もある。
ロイを待たせてはいけないと早く来たつもりだったが、いかんせん早過ぎた。これではまるでデートを楽しみにしているみたいだわ……と改めて自分の行動がリザは恥ずかしくなる。楽しみにしていたのは事実だが、それをロイに知られるのは更に恥ずかしい。
それに、とリザは思う。
デートで女性を待たせるのは男性にとっては重大なマナー違反になるのではないだろうか?
もちろんこんな非常識に早い時間に来た自分が悪いのだ。ロイが自分より遅れて来ても、それはロイのせいではない。リザの責任である。しかし、ロイはそうは考えないのではないだろうか。自分の非だと思ってしまわないか。
昔読んだ雑誌に、デートの定番はだいたいは男性が先に待っていて、女性が少し遅れて来て、
「ごめんなさあい、待ったあ?」
「いや、今来たばかりだよ」
みたいな会話を繰り広げる――みたいな事が書いてあった気がする。すると自分はむしろ少々遅刻しなければいけなかったのではないか。
普段の軍隊生活で時間厳守が身に染みているリザだったが、これは軍の任務の話ではない。男女間の話だ。
そっち方面には疎いリザは乏しい知識を何とかフル活用して考え――結論を出した。
――今からでも遅くない。ロイより少し遅刻をしよう!
それこそ、デートを円満に進める第一歩である……と信じて疑わないリザは早速作戦を実行に移す事にした。
といっても何の事はない。少し離れた場所にある植え込みの陰から、待ち合わせ場所である時計塔を伺うだけである。
一度離れて時間を合わせてまた来る……という方法もあったが、もしロイが早めにやって来たらロイを待たせ過ぎてしまうし、それはリザの本意ではなかったからだ。
という訳で、リザはさっきからまるで事件の張り込み中の憲兵の様な事をしている。
おそらくロイは待ち合わせ時間五分前くらいには来るだろう。そうしたらすぐに出て行って、「待ったあ?」「いや、今来たところだよ」をやれば良い。正にデートの正しい形である――リザは満足気に己の脳内シュミレーションに頷くと再び時計塔へと目を向けた。すると、ダークカラーのスーツを纏った男が時計塔の下にやってきたところだった。黒髪が風に揺れている。
――ロイだ。
時計塔の時計は待ち合わせ時間のちょうど三十分前を指している。
……ちょっ早過ぎるわ!
あまりに早過ぎるロイの登場はリザにとって想定外だった。これでは今自分が出て行ったら、リザも三十分前に来た――つまり、デートを楽しみにしていた――とロイに知らせる様なものではないか。それはあまりに恥ずかしい、避けたい事態だ。けれども、約束の時間になるまで待つのはロイを長時間待たせる事になる――それも嫌だ。
どうしようかとリザ悩んでいると、時計塔のロイの元へと近寄る人影があった。
女性だ。
髪は長く、遊びなれた風の派手な格好。
会話は聞こえないが、女の方がやたら笑っているのが目についた。それに対して、ロイは何やら首を振ったり手を振ったりしているようだ。
これは……もしかして……ナンパ? いえ、女性の方から声をかけているのだから……逆ナンパ?
そんなっ!!
もう、恥ずかしいの何だと言ってられなかった。
リザは植え込みの陰から出ると、大股で時計塔の下へと向かった。いまだ女性と話しているロイに呼び掛けようとして――少し考えるとリザは、
「ロ、ロ、ロイさん……ま、待った?」
顔を真っ赤に染め上げながらも、慣れない口調で最後まで言い切った。
リザの声に二人が振り向く。ロイは驚いた顔しており、女性の方はリザを見ると、
「なあんだ、彼女持ちかあ」
と、残念そうに肩を竦めるとじゃあね、とさっさと立ち去っていった。
「……」
「……」
残されたロイとリザの間に沈黙が落ちる。先に口を開いたのは、ロイだった。
「……その……すまない、助かったよ。ずいぶんしつこくてね」
ロイはガリガリと頭を掻くと、照れ臭そうに笑う。
「……私は大佐の護衛ですから」
ロイのそんな様子を見て、リザも改めて恥ずかしくなる。
ロイを助けるためとはいえ、彼をファーストネームで呼んでしまうなんて。
普段なら絶対に出来ないだろう。
ただ先程はとにかく夢中で、ロイがあの女性と話すのが嫌で、咄嗟に呼んでしまったのだ。
それに、そもそもは自分がぐずぐずしてロイを待たせていたのが悪いのだから、あれは仕方なかったのだ……緊急の処置だとリザは自分に言い聞かせた。……でないと恥ずかしくてこの後ロイの事をまともに見れそうにない。
「頼もしいな。……君を待たせて、ナンパでもされたら困ると思って早く来たんだかな……まさか私がされるとは――」
「え?」
「何でもない。……今日の君はとても綺麗だって事さ。似合ってるな、その服」
リザに微笑みかけると、ロイは腕を差し出す。
「では参りましょうか?  お姫様?」
「もうっ」
赤く火照る顔をロイに見られまいと、俯きながらもリザはロイの腕をとると、やがて二人は夕暮れの街の雑踏の中へと消えていった。





END
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by netzeth | 2010-11-03 20:55 | Comments(0)