うめ屋


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by netzeth
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アップル・パイ

中尉、この案件だがアップルパイ」
「……それでしたら昨日の書類の方に……」
「ああ、あった。ありがとうアップルパイ」
「……いえ」
「ところで、今朝の事件の報告書はどうなった? アップルパイ」
「…………それでしたら、今日中にブレダ少尉が提出するとの事です」
「分かった。遅れるなよと言っておいてくれアップルパイ」
「…………はい」
「ああ、それから……」
「いい加減にして下さい!!」
ダンっとリザは確認していた書類を机に叩き付けた。
「まだ何も言ってないが」
「どうせ最後にアップルパイって言うんでしょう!? アップルパイ!!」
「あ、うつった」
「うるさいですよっ」
ギロリとリザはロイを睨み付ける。
ロイは慌てて視線を逸らしながらも、弱々しく反論した。
「……だって君が何時までたっても、私のお願いを聞いてくれないからじゃないか……」


時は逆上る。
事の始まりはロイの親友であるマース・ヒューズ中佐が、東部に出張してきたついでにロイの家に立ち寄った事だった。
久しぶりに会った友とゆっくり酒でも酌み交わそうと、とっておきのバーボンを用意していたロイに、ヒューズが差し出したのは、小さな箱だった。
「何だ? これ」
「いいから開けてみろよ。……酒の肴にはならねえだろうがな」
箱の中身は、こんがりと茶色に焼上がったパイだった。ほんのりとシナモンの香りがする。
「アップルパイか?」
「ああ。それもグレイシアのお手製だ。お前甘いもん好きだろ? グレイシアがさ、お前に持っていけって土産に持たせてくれてさ。く――出来た嫁さんだろっ!? 羨ましいだろっ。だからな、お前も早く嫁さん貰え! まーグレイシアみたいな完璧な女性はいないだろうけどなー」
「……」
喋り続けるヒューズは無視して、ロイは箱の中のアップルパイに手を伸ばした。一切れ口の中に入れる。サックリとしたパイの食感。中からじゅんわりとあふれ出るリンゴの甘みと芳純な香り……。
「美味いな」
「だろー? グレイシアのアップルパイは最高なんだぜ。そこらへんに売っているのとは全然違うね! 何しろ愛情たっぷりだからよ!」
「愛情か……」
ロイの脳裏に一人の女性の姿が浮かんだ。
己の副官、リザ・ホークアイ。
彼女の作ったアップルパイが食べたい。
何故か無性にそう思った。


その次の日、ロイは早速リザにアップルパイを作ってくれるように頼んだ。ヒューズに土産に貰ったアップルパイが美味かったのでまた食べたいんだ、と言ったらリザは考えておきますとだけ返事をした。
それからもう、一月以上経つがリザは一向にアップルパイを作ってきてくれる気配はなかった。
それとなく催促をしてみたが効果はなく――ついに痺れを切らしたロイは仕事中の過剰なアピール作戦に出たのである。もうほとんど駄々っ子の域であったが。


「私は君がアップルパイを作ってくれるまで諦めないからな!」
そう宣言すると、リザは困った様に眉を寄せる。
それほど無茶な事を言っている訳ではないと思うのに、この表情は何なんだ?
と疑問に思いつつも、リザの真意が分からずただ子供の様にゴネる事しか出来ない。
「あっ、中尉!」
「ハボック少尉……」
その時執務室のドアからひょっこり、と黄色いヒヨコ頭が覗いた。
「昨日はご馳走さんでした。美味しかったですよ、あのアップルパイ」
「何?」
聞き逃せない言葉を聞いて、ロイはハボックに詰め寄った。
「何をご馳走さまだって?」
「げ、大佐。いたんスか」
「何が、げ、だ。で、何を食べたって?」
「何って……アップルパイっスよ。昨日中尉が持ってきてくれて……」
「しょ、少尉!」
「大佐は非番でしたからね、運が悪かったっスね~」
「そうか……」
ロイはゆっくりとポケットから発火布を取り出すと手に装着した。
「ハボック。私は今から中尉に大事な話がある。燃やされたくなければさっさと出て行くんだな……」
「わっ!」
ぱちんという音ともに、ハボックの前髪の辺りから火花が跳んだ。
「もう、燃やしてるじゃないっスか~!」
前髪の引火した部分を払いながら、ハボックは一目散に部屋から出ていった。


「さて、中尉? どういう事か説明して貰えるんだろうね?」
邪魔者を追い払うとロイはリザにゆっくりと近付いた。リザが逃げる様に一歩、また一歩と下がる。
「……何をです?」
「決まっているだろう?」
じりじりとリザを壁際まで追い詰めると、ロイは両手を壁についてその腕の中に閉じ込めた。
「どうして、私にはアップルパイを作ってくれないんだ?」
「それは……」
「あいつらは良くて、どうして私はダメなんだ!」
「……だって……大佐は、グレイシアさんのアップルパイが美味しかったんでしょう……」
観念したように、目を閉じるとリザはポツリポツリと話始めた。
「え?」
「グレイシアさんのアップルパイみたいなのが食べたいんですよね?」
「……」
「大佐の比較対象はグレイシアさんのアップルパイなんですよね? あの家事万能のグレイシアさんの。そんな大佐においそれと、適当なアップルパイを渡せるはずないじゃありませんか……」
目を伏せて、弱々しく言うリザにロイは驚く。
「君……そんな事を気にしていたのか……」
「そんな事じゃありません!」
実を言うと、リザはロイにアップルパイを作って欲しいと頼まれてから、密かに何度も試作を重ねていたのだ。
料理もお菓子作りも不得手ではなかったが、ロイの理想はあのグレイシアなのだ。リザは何度作っても納得がいかず、ついには試食も兼ねて、ロイの非番の日に同僚達に振る舞ったりもした。皆は美味しいと言ってくれていたが、それでもリザはグレイシアのアップルパイを越えているという自信は持てなかった。
「大佐、私なんかのアップルパイを食べるより、グレイシアさんに作って貰った方が良いですよ」
リザは少し寂しそうに笑う。
「そうじゃないんだ、中尉」
ロイはリザを真っ直ぐに見つめた。
「私の言い方が悪かった。――私はグレイシアのアップルパイが美味しかったから、アップルパイが食べたかった訳じゃないんだ。君の作ったアップルパイが食べたかっただけなんだ」
「え?」
「グレイシアのアップルパイは確かに美味かったが……そうではなくて、私はただグレイシアにアップルパイを作って貰えるヒューズが羨ましかったんだ」
ロイはヒューズの幸せそうな顔を思い浮かべる。
「味なんてどうだって良かったんだ。君が私に作ってくれる……それだけで良かったんだよ」
「でも……」
「グレイシアのアップルパイは愛情がたっぷりなんだそうだ。……君にそれを求めてはダメか?」
リザは伏せていた顔を上げると、ロイと目を合わせた。
「……それなら……」
「それなら?」
「……負けないと思います」
「そうか」
ロイは満足そうに笑うと、つられてリザも微笑む。
その笑顔を見て――きっと近いうちに自分も自分だけの愛情たっぷりアップルパイが食べられるはずだとロイは期待に胸を膨らませるのだった。




END
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さて作中で何回アップルパイって出てきたでしょうアップルパイ。
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by netzeth | 2010-11-17 21:29 | Comments(0)