うめ屋


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by netzeth
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彼女のご趣味

「中尉……どうしても行くのか?」
「はい……」
「行かないでくれ……と言ったら?」
「……それは……出来ません……」
「分かっているのだろう? 下手すれば例え君だって……あれは……戦場だ……」
「存じ上げています……」
「ならば何故っ」
「だからこそ行くんです! あの場所が―――私を待っているんです!」
「中尉!!」
私の静止を振り切って、彼女は出かけて行った―――イーストシティ恒例バーゲンセールの会場へと……。


「俺、昨日中尉のドッペルゲンガーを見たんだ」
「はあ?何言ってんだお前」
朝っぱらからヒヨコ頭の部下が深刻そうな顔して何を言い出すのかと思えば、頭のネジが一本どころか五、六本まとめて弛んだ様な内容で。私と同じ感想を抱いたらしい少々腹の出過ぎの同僚が呆れた様な顔をして、お前大丈夫かと額に手を当てていた。熱なんかねえよ! とヒヨコ頭――ハボックはその手を跳ね除けている。
「いいから、聞けよ。俺、昨日ウォーレンストリートに行ったんだけどな」
「ウォーレンストリートぉ? お前そんなところに何しに行ったんだよ」
ウォーレンストリートというのは、イーストシティ一番のファッション街である。主に女性向けの洋服や装飾品などの店が軒を連ねており、洒落たブティックやらがわんさかとあるのだ。
確かにゴツい男が1人で行く様な場所ではない。
「彼女のお供だ。俺が1人で行く訳ないだろ。にしても女って凄まじいな……スゴかったぜ……あれは戦場だ……」
何かを思い出したのかハボックが身震いをした。顔は心なしか青ざめて見える。
……そう、昨日からウォーレンストリートは年に一度の大バーゲンセールを開催中なのだ。普段は手の出ない商品もこの時ばかりは半額は当たり前、下手すれば定価の九割引きなんて店もあったりする。この時を女達が見逃すはずもない。購買意欲に燃えたうら若い乙女達が己の欲望を満足させるために、ウォーレンストリートに群がるのだ。
「そこに中尉がいたんだ。……それはいいんだけどよ……それがな、並み居る女達をかき分けちぎっては投げ、ちぎっては投げの勢いでさ……」
ハボックが言うには、ウォーレンストリートの一番の人気店に彼女がいたという。当然一番の人気店という事は混雑だって一番だろう。
「半額の商品を更に値切ってたりしててさ……」
「……それ、本当に中尉か? お前幻覚でも見たんじゃねーの?」
「俺だってそう思ったさ! だから、ドッペルゲンガーだって……」
――中尉だ。間違ない。私は確信していた。
何故なら昨日の朝、彼女の家に前日から泊まりルンルン気分だった私は戦闘体制を整えて今まさに出陣しようとし ている彼女の姿を見たのだから。
運良く私は休みではなかったため、付き合わされる事はなかったのだが。引き止める私を振り切って彼女はバーゲンセールへと出かけて行ったのだ。
……きっと中尉は獲物を狩る鷹の目をしていたに違いない。容易に想像できて私は密かにため息をつく。
「そういえば中尉は?」
「昨日が非番で今日は確か週休だろ」
「ほらみろ、やっぱりあれは……」
「お前ら、もうとっくに始業時間は過ぎているんだぞ。いくら中尉がいないからって、真面目にやらんか」
このままでは軍部の中での彼女のイメージを損ないかねない、と判断した私は彼らの話題を断ち切る様に割って入った。
『すんません!』
「よろしい。では、私はこれで上がる。後の事は任せたぞ」
「イエス・サー」
「夜勤お疲れ様っす!」
「ああ」
適当に返事を返して私は一路自宅ではなく彼女の家に向かった。
――気になって仕方がないんだ。


「大佐! 見て下さい!」
なんかキラキラした目で中尉が指差したのは、彼女の昨日の戦利品。
夜勤明けで再び彼女の家に帰ってきた私を出迎えたのは、服にバッグに靴に化粧品……といった品々だった。それも部屋一杯の。あ~あ、ソファーの上まで占拠してるぞ。一体何処に座れば良いんだ。
「これ、スゴく安かったんです。何と七割引きの更に半額なんです! あっ、これなんか最後の一つだったんです。取り合って、勝利したんですから!」
誇らしげに戦利品を見せる彼女に、私はもう突っ込む気も失せた。
仕方あるまい、中尉は非常に経済観念のしっかりした女性――平たくいえば貧乏性なのだ。
まあ、無理もない。錬金術師としては一流だが、経済観念が欠落したあの師匠に育てられたのだ。嫌でもしっかりせざるを得なかったのだろう。私がいた頃でさえ家計は火の車だったし。そうして決して裕福だったとは言えない家庭環境で育った彼女は、非常にたくましくい――たくまし過ぎる女性となったのである。
私は過去に彼女に付き合ってバーゲン行った事があるが、なにもバーゲンでそんなに頑張って買わなくても普通に定価で買ってあげると言ったら激怒された。曰く「そんなもったいない! 馬鹿ですか貴方は。定価で買っては意味がないんです! セールで買うから良いんです。あー得したなーって思うんです!」だそうだ。……そういうものなのか。私には良く分からないが、まあ中尉が喜んでいるのだからそれで良いんだろう。少々やり過ぎな気もするんだが。
「あの~大佐?」
「ん?」
「これ……」
中尉が差し出したのは暖かそうなマフラーだった。
「私にか?」
「はい……男性向けのブランドのお店でもセールをやっていましたので。競争率高かったんですが……大佐のために頑張ったんです! とっても良い品なのに何と半額以下なんですよっ」
紅潮した顔で嬉しそうに言う中尉を見ていると、現金なもので彼女のバーゲンセール好きも悪くないと思えてくる。
「ありがとう、中尉」
受け取ったマフラーを巻いてみながら、今度のセールは一緒ついて行っても良いかもなと私は考えていた。



END
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by netzeth | 2011-01-14 20:25 | Comments(0)