うめ屋


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Sweet pain

あれはまだ私が中佐の副官になって日の浅い……そう、冬の初めの頃だったと思う。任官したての忙しさも落ち着いて、ようやく仕事もスムーズにこなせる様になった頃、その辺りから中佐は堂々とデートと称しては夜の街に出かけて行くようになった。
「よくまあそんな毎日毎日デート出来ますね……今日のお相手は誰なんスか?」
「シンシア嬢だ」
人目も憚らずデートだとわざわざ口に出しては部下達を羨ましがらせるといった態度に、当初私は反発を覚えていたのだと思う。もちろん、プライベートは自由だし、ましてや恋人でも何でもないただの部下が上司の私的生活にとやかく言う権利なんて無かったから、態度に出した事は無かったが。
けれど、デートに赴く中佐の背中を見送る度に、私の胸には何とも言えない痛みが走るのだ。最初は小さな痛みに過ぎなかったが、それはいつしか私を強く苛む様になっていた。正体不明のその痛みを私は持て余し――そう、耐え兼ねていたのかもしれない。


その日も中佐はデートの約束があると公言して憚らず、定時に上がるためにいつもは鈍い書類を手繰る手もフルスピードで動いていた。
私は書類の量と時計とを見比べる。このスピードなら定時までに全ての書類の処理は終わるだろう。そして、中佐はいつもの様にデートに出かけていくのだ――まただ。また、胸に鈍い痛みが走る。ジクジクともズキズキとも取れるその痛み、相変わらず理由は分からなかったが、何となく中佐のデートに関係しているのではないかと今までの経緯から察していた私は、無意識に書類の束を手にしていた。それは明日以降に中佐に見て貰おうと思って仕分けていた書類。それを今まさに最後の書類に目を通している中佐の机の上に、どんっと置いた。
何故こんな事をしたのか……この時の私にはまだよく分かっていなかった。
案の定、中佐は驚いた顔をした。
「少尉……書類はこれで終わりでは無かったのかね?」
「いえ、中佐の処理がお速いようですので、こちらの方もお願いしようかと思いまして」
「……その……今日は定時で上がりたいのだが」
「何故ですか」
「何故って……予定があるんだ」
「それは軍務に優先される様なご予定なのですか?」
「いや……それは……そうだ、大切な約束なんだ」
大切……その言葉が胸に響いた。一瞬感じた悲しみと、そして、私は理不尽な怒りを覚えていた。
軍の仕事より、デートの方が大事だというの?
「そうですか、ですがこちらも処理して頂かなくては困ります。どうぞこちらを終わらせてからお出かけ下さい」
本当は今日でなくても構わない書類を、私は強い口調で中佐に押しつけてしまった。
「……分かった」
観念したように頷いた中佐を見て、私の心はスッとしたと同時に、深い自己嫌悪を覚えていた。
結局、中佐はものスゴい速さで私の持ってきた追加の書類を片付けて、そしていつも通り、夜の街へと消えて行った。
残された私は書類の確認をしながらも、何故あんな事をしてしまったのかを考えていた。
大切な約束……しかもあんなに必死に書類を終わらせて……きっと今日のお相手は本当に中佐にとって特別な人なのだろう。もしかしたら恋人なのかもしれない。それを私は邪魔してしまったのだ。
考えれば考えるほど自己嫌悪の泥沼にはまっていく。自分が酷く小さくて醜い人間に思えて、私は肩を落とした。


その夜、自宅に帰ってからも中佐の事が頭から離れる事は無かった。きっと今頃はその大切な人と過ごしているのだろう……そんな事ばかり頭に思い浮かんで、ベッドに入ってもなかなか寝付けない。
そして、零時を少し回った頃だったろうか、自宅の電話のベルが鳴った。
こんな時間にかけてくる知り合いなどいない。もしかしたら軍部で何かあったのだろうか。
「はい、ホークアイ」
「……もしもし? 遅くにゴメンなさい」
耳に聞こえてきたのは知らない女の声だった。彼女は夜遅くに電話をかけた事を詫びると、困った様な声で、私に中佐が酔って寝てしまったので迎えに来て欲しいと告げてきた。
私は驚いた。何故私に? 女性と中佐の関係は? 疑問は多々あったが私は素早く身仕度を整えると、とにかく指定されたバーへと向かった。


「ほら、ロイさん、お迎えが来たわよ」
バーに着くと、サンディと名乗った女性がカウンターに突っ伏した中佐の横で彼を介抱していた。
「中佐っ、しっかりして下さいっ」
私も中佐を揺すってみるが、彼はあーとかうーとか訳の分からない言葉を発するばかりで一向に起きようとはしなかった。
「ゴメンなさいね、こんな時間に呼び出して……」
サンディは申し訳なさそうに私に言う。彼女は胸の大きく開いた体の線が出る服を着た、いかにも夜の商売をしているといった風な女性だった。
彼女が言うには今日の中佐は少し落ち込み気味で、やさぐれており、サンディが止めるのも聞かず酒を飲んでいたのだという。それでこのざまという訳らしい。
「ロイさん今日、副官さんに冷たくされちゃったらしいの。その事ばっかり話していたのよ」
クスクス笑って話すサンディに私はドキリとした。その副官って……。
「よっぽどその副官さんの事が大事なのね」
私は顔が熱くなるのを感じた。……中佐がこんなになったのは私のせいだって言うの?
サンディはそれから中佐との事を話してくれた。中佐は今とある事件を追っていて、その情報提供をサンディがしていた事。今日は特に重要な情報が入ったのだと言う事。  
サンディの他にも中佐は情報提供をしてもらっている女の子達がいて、デートはそのカモフラージュだと言う事……。
「……どうしてその話を私に?」
「だって、ロイさん格好つけだから言わないんでしょう? ……大事な大事な副官さんなのにね」
片目をつぶったサンディ。……私が彼の副官だと言う事は知られていたのか。
「だって、彼、貴方の話ばかりするのよ」
ころころとサンディは笑い、私はますます赤面する。
「それにね、今日貴方に電話したのも、ロイさんに言われていたからなのよ。自分に何かあったら彼女に電話してくれ。彼女に全て任せれば大丈夫だからって」
……信頼してくれてるんだ……こんな私を。
私は未だ眠ったままの中佐を見つめる。
そっと手を伸ばして頬に触れると、
「う~ん……少尉……悪かった……仕事するよ……」
眉間にシワを寄せてそんな事を言うから、私は思わずサンディと顔を見合わせて笑った。――久しぶりに心の底から笑った気がした。


結局あの夜の出来事を中佐は覚えておらず、次の日の朝、私の部屋のベッドで目を覚ました彼との間にまた一騒動あったのだが……それはまた別の話だ。
今も相変わらず中佐は堂々とデートに出かけ、私は時々そんな彼に書類を追加したりして意地悪をする。
いくらデートに理由があるって知っても、やはりデートはデート、面白い訳はないからだ――そう思う理由を私は最近少しだけ自覚するようになった。
そして、私は今日もデートに赴く中佐の背中を見送る。……もう、前ほど胸は痛まなかった。



END
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by netzeth | 2011-01-20 21:37 | Comments(0)