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一日遅れのバレンタイン

うっすらと目を開けると、暗い室内にボオッと浮かび上がるオレンジ色の光が見えた。それがベッドサイドに置いてあるランプスタンドの灯だと理解するまで少し時間がかかった。夕刻、薬を飲んで眠る前に果たして灯を付けただろうか。はっきりしない記憶を探るように頭を振りながら私は体を起した。
すると額からズルリとずり落ちた物がある。シーツの上に落ちたそれを拾いあげてみると、それは濡れたタオルだった。
「いつの間に・・・?」
どうやらこれが高熱を出していた私を冷やしてくれていたらしい。私の体温を奪いそれはすっかり生温くなっていた。私はこんな物を用意した覚えはない。
だが、疑問は直ぐに解けた。
戸口にある人物が立っていたからだ。
「大佐・・・目覚められたんですね」
「中尉・・・」
彼女はほんのりとした笑みと共に近寄ってくる。薄暗い室内だったが何故かはっきりと私には見えた。
「どうやってここに?」
思わず尋ねてしまった私は直ぐに自分の愚問に気付く。何故なら、彼女に部屋の合鍵を渡したのはこの私自身なのだから。
案の定彼女は私の言葉に、
「緊急事態でしたので、鍵・・・使わせて頂きました」
クスリと笑って答える。
以前、何かあった時のために必要だろうという枕詞と共に渡したその鍵を、彼女は少し困った顔をしながらも受け取ってくれたのだが。私のわずかな期待をよそにその鍵が使われる事は無かった――今日までは。
「そうか」
私は無表情を装いながらも、内心嬉しくて仕方がなかった。
鍵を使ってくれたのもそうだが、彼女が私を心配してきてくれたのだろうというのが1番嬉しい。
せっかくのバレンタインデーに風邪を引き、寝込んでしまった時は自分はなんて運がないのだずいぶん落ち込んだが、彼女が来てくれただけですっかり浮上して、風邪も治ったような気がする私は現金なものだ。
「良かった・・・熱、だいぶ下がったようですね」
ヒンヤリとした彼女の手が額に当てられるのが心地よくて、私は目を閉じる。
「ああ。夕方に薬を飲んだからな」
「何も召し上がらずにですか?・・・胃によくありませんよ」
しかめられた眉さえも可愛く見えるのは、重症だろうな。
「あの時は食欲が無かったんだよ。・・・今は少し腹が減ったな」
「簡単な物ですが、ご用意しましたので召し上がって下さい」
彼女は直ぐにトレイに食事を乗せて持ってきてくれた。どうやら私のために作っておいてくれたらしい。
彼女が作ってくれた遅すぎる夕食を取る。
腹が減っていたからかもしれないが、野菜がたくさん入ったシチューはたいそう美味かった。
ヒト心地が着くと私は時計を見た。時刻は0時を少し回ったところだった。
「終わってしまったか・・・」
私のポツリと漏らした呟きを中尉が聞き咎める。
「何がですか?」
「・・・バレンタインだよ」
少々迷ったが、正直に言うと中尉は呆れた顔した。
「そんなに欲しかったんですか? チョコレート・・・毎年たくさん貰っているじゃありませんか」
「貰ってない」
「え?」
「貰ってないぞ、君からは」
――自分から言うつもりは無かったんだが、はっきり言わないと彼女にはきっと伝わらない。
「欲しいんですか? 私からのチョコレート・・・」
「ああ、欲しいとも」
「でも・・・大佐は・・・」
言い淀む彼女の態度を不審に思い私は先を促した。
「私が・・・なんだね?」
「いえ・・・」
「言いたまえ。気になるじゃないか」
強く問詰めると彼女は話始めた。

それは数年前、まだ私が中佐だった頃の話だという。その日もちょうどバレンタインデーで私はいつものように大量にチョコレートを貰っていたそうだ。
その時たまたま中央から出張で来ていたヒューズと、私はその大量のチョコレートを前にこんな会話をしていたという。

「やーーお前、相変わらずモテるねえ。これだけチョコレートを貰えば男冥利に尽きるよな~」
「ふん、何が男冥利だ」
「なんだあ?これだけ貰っておいて何か不満なのかよ、嬉しくないのか」
「嬉しくない・・・こんなもの幾つあっても同じだ、数など意味はない。問題は誰から貰うか・・・だろう? 私の欲しいチョコはたった一つなんだ」
「ほーーで、その一つが貰えなくてロイちゃんは拗ねている訳なのね」
「うるさい!」

「・・・ですから、大佐は幾らチョコレートを貰っても嬉しくないのだと思いまして・・・私はチョコレートを渡すのを控えさせて・・・」
「・・・なんでそのたった一つが自分のチョコだと思わないのかね、君は・・・」
「え?」
ドッと疲れた気がして私は頭を抱えた。
・・・せっかく下がった熱がまたぶり返しそうだ。
あんな大作戦を敢行してまで欲しかった中尉のチョコレートだというのに、1番のガンが自分だったとは。
私のあまりの落ち込みっぷりに中尉が焦った声を出す。
「え? だって・・・え? 本当に欲しいんですか?」
「欲しい・・・悪いか」
「いえ、悪くはないですけど・・・」
すると中尉はちょっと待ってて下さいね、と部屋を出ていった。
待つ事しばし、彼女は湯気の上がったカップを片手に戻ってきた。カップからは甘い香りが薫っている。
「これは?」
彼女が差し出したカップを受け取りながら、尋ねる。中にはトロリとしたチョコレート色が見える。
「ホットチョコレートですよ。今の大佐にはこちらの方が良いでしょう?」
「これは・・・もしかして、私のためにチョコレートを用意してくれていたのか? それで作ってくれたとか?」
期待を込めて見つめると、彼女はふいと視線を逸した。
彼女が嘘を吐く時の癖だ。
「ちっ、違いますっ。自分で食べようとたまたま持っていただけです! 偶然ですからね?」
だが、何を言っても既に遅い。私は頬が緩むのを止める事は出来なかった。
「そーか、そーか。ちゃんと毎年用意してくれてたんだな。で? いつも渡せなかったとーー」
「だから違います! 何都合良く解釈してらっしゃるんですかっ。毎年ってなんです、調子に乗らないで下さい!」
顔を真っ赤にして怒ってもちっとも怖くない。
そんな中尉を見ていると、V作戦は無駄じゃ無かったと思えた。
そして、私はホットチョコレートに口をつける。
それは、風邪を引いた私には優しい甘さだった。
美味しいよと中尉に微笑むと、彼女の顔は更に赤くなる。
一日遅れのバレンタインだったが、貰ったチョコレート以上の甘い時間を私達は過ごすのだった。




END
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先にUPしたバレンタイン大作戦から続いてます。

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by netzeth | 2011-02-14 20:17 | Comments(0)