うめ屋


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by netzeth
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 早春賦 1

司令部の建物出たところで、吹き付けてきた冷たい風にリザは思わず巻いていたマフラーに口許を埋めた。
既に早春と呼んでも良い時期であるのに、ここイーストシティは相変わらず寒い。おそらく雨など降れば雪になってしまうほど。暖かな春はまだまだ遠いのだろう・・・そんな事を考えながら通用門を通る。ここは司令部に勤める軍人達などが利用する出入り口だ。その通用門を出て直ぐにリザは声をかけられた。
「中尉」
「・・・大佐?」
通用門のわきの壁にもたれかかる様にして、リザの上司であるロイ・マスタング大佐が立っていた。
彼はゆっくりとリザに近付いてくる。
「遅かったじゃないか。・・・私を凍えさせる気かね?」
「・・・まさか私を待っていらしたんですか?」
確かロイはリザより早く退勤していたはずだ。そんな時のロイは決まって女性とのデートというのが通例で・・・いそいそと出ていく彼をリザが複雑な思いで見送ったのはつい先ほどの事だ。
・・・デートはどうしたのだろうか。もしかして相手の女性にドタキャンでもされたのか。それで替わりに自分を・・・? そう、思った事を告げればロイはいかにも心外だという顔をした。
「私が君をデートの穴埋めになんかする訳ないだろう。・・・今日は最初から君を誘うつもりだったんだ」
司令部内で誘ったら君はまだ勤務中だと怒るだろう? だからここで待っていたんだ・・・私と食事に行かないか?
そう続けるロイにリザは意外な思いに囚われていた。
ロイがリザを食事に誘ってくるのは珍しい事ではなかったが、それはいつも勤務時間中の事で。――そんな事より仕事して下さい・・・がリザの断りの常套句だった。
そうリザが返すとロイはいつも大人しく引き下がったので、結局ロイの誘いは本気ではなく、ちょっとした会話中の戯れ以上のものでは無いのだろう・・・そう思っていた。
だがどうだろう、今目の前にいる彼は、いつもの憎らしいくらいの余裕はなくリザの返事を落ち着きなく待っている。まるで初めて女の子をデートに誘おうとする少年のような顔で。
――そんな顔をされたら断る事なんか出来ないではないか。
そして、断る理由も存在しない・・・彼が他の女性とデートに行った訳ではないと知り、ホッとしている自分には。
まだ春というには寒すぎる早春の夜。寄り添う事は無かったけれど、互いの心を暖かく満たして、二人の男女は肩を並べて歩いていった。


 早春賦 2

ロイ・マスタング少年はとある店のウィンドウの前で悩んでいた。もう、この前をうろうろして小一時間は経過したかもしれない。
そろそろ不審者扱いされそうだな、なんて思考を飛ばしてみたが、悩みが晴れる訳ではない。
通りがかった店のウィンドウに飾られていた薄ピンク色のセーター。ふんわりと柔らかな糸で編まれたそれを一目見て、ロイが思い浮かべたのはキラキラした金髪に鳶色の瞳をした可愛い女の子だった。自らの師匠の娘さんであるその少女は、あまり経済的に恵まれない家で健気に家事をこなして父親と暮らしていた。
真冬だというのに生地の薄い服を着ていて、「寒くないから大丈夫」と気丈に笑い、油の節約のために暖房も入れずに過ごしていた彼女。とうとう先日ヒドい風邪を引き長いこと寝込んでしまった。早春に差し掛かりようやく治ったけれど、まだまだ寒いこの時期。
そんな彼女のためにロイはどうしてもこの薄ピンク色のセーターを買ってやりたかった。
だが、自分とてまだまだ保護者の世話になっている年齢で、当然収入などはなく。
財布を何度覗いてみても、ウィンドウに置かれた値札に書かれた数字には到底足りなくて。
はあ~~とロイが長いため息を吐いた時、
「君・・・どうしたの? さっきからずっとうちの店の前にいるけど」
店のドアが開いて、出て来たのは店主らしき女性。
その瞬間ロイは思わず叫んでいた。
「あの! このセーター売って下さい! お金は足らないんですけど、俺、何でもしますんで! これでも錬金術が使えるんです! 何か直す物とかありませんか!?」

ロイは綺麗にラッピングされた包みを大事に抱えながら、ホークアイ宅へと急ぐ。
あの時、店主の女性は驚いた様子だったが、必死なロイを見て、くすりと笑うと。
「・・・良いわよ。ふふ、女の子へのプレゼント?」
とロイの願いを快く了承してくれたのだった。
――気にいってくれるだろうか?・・・喜ぶと良いな。
少女の笑顔を思い浮かべながら、ロイは早春の夜の道を急ぐのだった。


 早春賦 3

ロイと二人リザは早春の夜の道を歩いていた。暦の上では春でも、風は冷たく凍えるようだった。
食事に誘われはしたが、デートと呼ぶにはまだまだ微妙な自分達の関係。腕を組む訳でもなく歩く二人の間の距離がそれ如実に現している。
無言で隣りを歩くロイをチラリと見ると彼と目が合った。するとロイは慌てて目を逸らしたが、彼は先ほどから何かを気にする様にリザの方をチラチラと見ていた。
「・・・何ですか?」
何か言いたい事があるのだろうかと、こちらから尋ねてみる。
ロイは少しの逡巡の後、おもむろに口を開いた。
「・・・そのマフラーいつもしている様だが・・・」
「ええ?」
「・・・自分で買ったのか?」
「はい?」
「いや・・・その・・・君の趣味と少し違うような気がしてな」
リザが今首に巻いているのは、薄ピンク色のふんわりとしたマフラーだ。確かにどちらかというとモノトーンの抑えた色味を好んでいつも身に着けている自分には少々不釣り合いに見えるのかもしれない。ロイの観察眼の鋭さに内心驚きながらも、リザはくすりと笑った。
「ええ、自分で買った物ではありませんよ。貰い物です」
「・・・そうか。まさか・・・男か?」
「そうですよ?」
「なっ・・・」
ロイの顔がさっと焦りを帯びた顔に変わる。パクパクと魚の様に口を閉じたり開いたりして、二の句が告げない様だった。
我慢が出来ずにリザはくすくすと笑う。
「大事な方に頂いたんです」
「大事な・・・」
「ええ。とても大事な」
「だ、誰なんだ!?」
「さあ、誰でしょうね?・・・ナイショです」
今ロイは頭の中で、ぐるぐるとその大事な男とやらが誰なのか考えているに違いない。
そっとリザは首元に手をやる。柔らかな手触りのマフラー。
彼がこれを贈ってくれた日の事は今でも鮮明に思い出せる――。

「これを私に?」
「ああ! まだまだ寒いからね、これを着て暖かくしてくれ。また風邪を引いたら大変だろう?」
「綺麗な色・・・」
「サクラ色っていうんだ。サクラっていうのは春に東の島国に咲く花なんだよ。これからの季節にぴったりだと思って!」
「ありがとうございます・・・マスタングさん」
薄ピンク色のそのセーターをリザは抱き締めた――。
時は経ち、成長したリザにセーターは小さくなってしまった。着れなくなってしまったそのセーターを処分する事なんて出来なくて、けれども、余分な物を持っているほど余裕も無かった頃。リザはそのセーターをほどきマフラーへと編みなおしたのだった。

まさか自分の贈ったセーターが姿を変えてマフラーになっているとは思わないのだろう、まだロイは難しい顔をしている。
そんなロイの様子にリザはいたずらっぽく笑う。
――彼が気がつくまでナイショにしておきましょうか。
早春のまだまだ寒い夜、けれどもリザの心の中はふんわりと吹く春風の様な暖かさに満ちていた。




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by netzeth | 2011-04-07 20:45 | Comments(0)