うめ屋


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by netzeth
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乙女の悩み

車を降りた所で、ロイはこの日の為に新しくあつらえたスリーピーススーツの襟を正した。
時刻は夕暮れ。約束の時間よりも少々時間が過ぎている事を胸ポケットから銀時計を出して確認すると、ロイは「よし・・・ちょうどいいな」と独りごちた。
――仕方あるまい、女性の身仕度というものは時間がかかるものなのだ。ましてや相手の部屋に迎えにいくのに時間きっかりに行っては、女性を急かすだけだ。それこそ男としてのマナーに反するだろう。
こういう時気の利かない、例えば己のヒヨコ頭の部下などは時間より早く迎えに行って、顰蹙を買ったりするのだ。
その光景が容易に想像出来て、ロイは思わずククっと笑みを漏らす。
――もっとも、今から自分が迎えにいこうとしている女性には、そんな一般的な常識など当てはまらないかもしれないが。
根っから真面目な彼女の事だ、時間きっかりにきっと準備万端で自分を迎え入れるに違いない・・・そんな事を考えながらロイは彼女のアパルトマンの階段を靴音を響かせゆっくりと昇る。やがて二階フロアの廊下に出るとやはりゆったりとした足取りで靴音を鳴らして歩いていく。
いつも彼女は、ロイが訪れた事を彼がアパルトマンに入った時点で察知しているそうだ。何故なら、彼女の大事な愛犬は彼女の教育の成果か殊更優秀であり、ロイの匂いを覚えていて、いつも一緒に遊んでくれる大好きな彼がやって来ると尻尾をふって大喜びするのだという。
リザの家にその黒犬がやって来てからというもの、ロイが部屋をノックする前に彼女はいつもドアを開けて待っていてくれているのが常だった。しかし、今日のところはそうはいかないだろう。
彼女の大事な家族は、今夜は夜勤をしているフュリーが司令部で預かってくれているのだ。犬好きの彼はむしろ喜んでリザからの申し出を引き受けてくれた。
そう、全ては今日この日、今夜の予定のために。
今夜訪れる店はドレスコードのある、イーストシティでも一、二を争う高級レストランだ。ロイとて滅多に利用しないその店に、リザを誘ったのはそのドレスコード故だった。
一度で良いから完璧に着飾った彼女を見てみたかった。普段は武骨な軍服に隠されているそのたおやかな肢体を際立たせるドレスを身に着けて、硝煙の臭いの替わりに香水を付けた彼女はさぞ美しい事だろう・・・その姿を想像するだけで胸が踊った。
そんなロイの願望のこもった誘いをリザが受けてくれたのは、ひとえに今日が特別な日だからだ。
かねてから追いかけていた大きな事件がようやく一段落を迎えたのがつい先日の事。その功によりロイは大総統閣下から直々にお褒めの言葉を賜った。
確実にロイの出世にプラスに働いたであろうこのヤマが解決し、今まで力を尽くしてきたリザも珍しく肩の力が抜けたのだろうか。
ハヤテ号を預けてまでロイの誘いを了承してくれたのは、彼女も多少は浮かれたい気分だったのかもしれない。普段の彼女はむしろ飾り気のない服装を好み、訪れる店もアットホームな気楽に食事を楽しめる店が多い。堅苦しい高級店は彼女の好むところではないのだから。
そして、ロイはいつもより靴音をワザと響かせる様に歩いた――己の来訪を知らせるために。

リザの部屋の前にたどり着くともう一度己の襟を正し、ドアをノックしようとした所で、ガチャリとドアが開き、ロイの手は中に浮いた。
「大佐?」
どうやら己の気遣いが功を奏したらしいとロイは内心苦笑する。
「良く判ったな」
「何を今更。貴方の歩き方などとっくに把握していますから」
それをご存じでワザと靴音を鳴らして来られたのでしょう?
全てお見通しという体のリザに、ロイは参ったと白旗を上げつつも、彼女を眺めやる。
「・・・綺麗だ。似合っているよ」
いつもの軍服姿でもなく、彼女らしいシンプルな飾り気のない私服姿でもない、艶やかなドレス姿のリザがそこにいた。
背中を隠す様に巧みにデザインされながらも、それ意外は彼女の白い肌を惜しげもなく晒すデザイン。ぴったりと身体の線に合ったそのドレスラインはリザのスタイルの良さを際立たせている。深い切れ込みの入った裾から覗く太ももがまた魅力的だった。
ロイがリザのために作らせて彼女に贈ったドレス。己の見立てに間違はなかったと、ロイは満足気に笑った。
ロイに上から下までじっくりと見られて、リザは顔を赤くする。
「あんまり見ないで下さい・・・こんな格好慣れていないので恥かしいんですから」
「何を言う、本当に綺麗だ」
ロイの手放しの賛辞にリザはますます顔を赤らめ、ぷいとロイに背中を向けてしまった。そんなリザの可愛いらしい反応に、ますます気を良くしたロイは後ろからリザを抱き締めようと近付き・・・そしてその違和感に気付いた。
上から下までの完璧なコーディネイト。ドレスからピアス・ネックレスといったアクセサリーそして下着に至るまで一式全て自分が贈った。だが。
「中尉・・・その靴は?」
ロイが贈ったのは繊細な造りの華奢なピンヒールの靴の筈だった。ドレスに合わせてこれもロイが選んだものだ。
しかし、今リザの履いている靴は彼女が普段履いているようなロウヒールのパンプス。
形といい色合いといい、お世辞にもドレスと合っているとは言えないものだった。
「私が贈ったものはどうした?・・・気にいらなかったのか?」
己の審美眼に間違いはないと自信はあったが、好みは人それぞれである。
「いいえ! そんな事は・・・私にはもったいないくらいの素敵なデザインの靴でしたし・・・」
「なら、どうして?・・・もしかしてサイズが合わなかったか?」
リザのサイズはスリーサイズから指輪のサイズまで無駄に把握しているロイである。靴のサイズも当然知っていたのだが。
「いえ・・・そういう訳では・・・」
リザの返事は彼女らしくなく、歯切れが悪い。その様子にロイも不安になる。
ーー何か自分の知らない重大な欠陥があったのだろうか。
「中尉。何か理由があるのなら教えてくれ」
「いえ・・その・・・」
「中尉」
「はい・・・」
言い淀んでいたリザも、ロイに真剣に問い掛けられると観念したのか、ポツリ、ポツリと話始めた。
「その・・・ヒールが高過ぎて・・・あの、それで・・・」
「・・・上手く歩けないと?」
「ち、違います! 私だってこういう靴くらい履けます! 馬鹿にしないで下さい!」
「じゃあ、何なんだ?」
「・・・ヒールが、高くて、その、背、が・・・」
「背が? ほら、はっきり言いたまえ」
「背が・・・大佐と並んでしまうんです!」
叫ぶ様に言ったリザの言葉に一瞬ロイの思考は止まった。
「その・・・決して大佐の背が低いとか、そういう事を言っているのではないんですよ?」
や、言ってるし。
ようやく判明した理由にロイは力が抜ける思いだった。
確かにロイは背が特別高い訳ではないが・・・別に低い訳でもない。どちらかというと男性の平均身長からすれば高いくらいだ。
軍部などというガタイの良い野郎共の見本市の様な場所にいると目立たないが。
今までロイ自身、身長にコンプレックスなど感じた事など無かったし、気にした事も無かった。
「なんだ、そんな事か。鋼のじゃあるまいし私は気にしないが」
「私が気にするんです!」
只でさえ肩幅だってあるし・・・普通の女性より体格がいいというのに・・・。
ごにょごにょと呟くリザ。
軍人ならば長所といって良い部分でも、一般的な女性となると話は別なのだ。
恋人と背丈が同じ・・・というのは女としては複雑な気分であるらしい。
なるほどと、ロイは納得する。身長にコンプレックスがあるのはリザの方だったという訳だ。自分との身長差を気にして高いヒールの靴を履くのが躊躇われたのだろう。
ロイはリザの可愛いらしい女心に苦笑しつつ、
「それは気がつかなくてすまなかったね。私の方がシークレットシューズでも履いてくれば良かったかな?」
おどけた様に片目をつむって見せた。
「もうっ、私は真剣に悩んでいるんですよ?」
「私だって真剣だ。・・・ああ、そうだ。ならこうしようか」
「え?」
リザが瞬く間にロイはリザに近寄ると彼女の膝下に腕を回し・・・、
「よっと」
あっという間に彼女を抱え上げてしまう。・・・所謂お姫様抱っこというやつだ。
「なっ、何をなさるんですかっ」
真っ赤な顔で怒るリザの抗議などどこ吹く風でロイは彼女に笑いかける。
「こうやって君を運べば身長なんて判らないだろう? 車から店まで抱っこして行ってあげよう」
「なっ! 恥かし過ぎます!!」
「ほら、観念してあの靴を履きたまえ。どこに置いてあるんだ?」
リザをお姫様抱っこしながら、ロイはリザの部屋の中へと歩を進めていく。
「履きます! 履きますからっ! とにかく、降ろして下さい!」
「はははは」
夜はまだ始まったばかり――後にはリザの悲鳴の様な声とロイの楽しげな笑い声だけが響いていた。




END
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by netzeth | 2011-04-28 22:00 | Comments(0)