うめ屋


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by netzeth
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プロローグ

その日、リザは特にあてもなくぶらぶらと街を歩いていた。
夏を迎えたばかりのイーストシティはそろそろ夕食時という時刻でもまだまだ日は高くて、特に露天商などが軒を連ねる一角は行き交う人々の活気に満ちていた。
久しぶりに早くに退勤できたこんな日、すぐに家に帰ってしまうのも何となく惜しくてリザはささやかな寄り道をしていた。
色とりどりの花を山ほど並べている店や、はたまた世界中のお茶の葉を取り扱っている輸入品の店などを覗きながらリザは足取りも軽やかに歩いて行く。
明日は非番だ。時間を気にする必要もない。
たまには仕事の事を忘れて自由気ままな時を楽しむのも悪くない――何しろいつもいつも仕事をさぼる困った上司、ロイ・マスタング大佐に振り回されているのだから。
リザは今日も〆切の迫った書類を放り出して逃走をした、その上司の顔を思い浮かべる。ロイは結局彼のお気に入りの場所の一つである書庫で昼寝をしていた。それに銃を突きつけ連行したのはリザだ。その後、彼が素直仕事に励んでくれたおかげで今日は早く上がれた訳だが。
最初から真面目にやってくれれば自分も上司に銃を突きつけるなんて真似をせずに済むのに。
――本当に困った人・・・。
リザの口元に浮かぶ笑みはしかし、思いとは裏腹に優しいものだった。
そこでリザははっと我に返った。
仕事の事は忘れているつもりだったのに、結局自分はロイの事を考えている。
それはリザにとって彼との関係が単なる仕事上のつき合いでは無い事を示していた――もしかしたら、リザ自身自覚していない想いからきたのものであったかもしれないが。
そんな自身の想いには気づかずにリザいけないと首を振る。
――今は大佐の事は忘れよう・・・。
気分を改めてリザはショッピングを楽しむ事にした。


夏の日がそろそろ暮れた頃。
久々に過ごすゆったりとした時間をリザは思う存分満喫し、さてそろそろ帰路につこうと踵を返した時だった。リザの視界の端にポツンと離れた場所に店を広げている一人の老人の姿が映った。
老人は他の店の様に積極的に呼び込みや客引きをする事なく、ただジッと座って身動きしない。
何故か判らないがリザはその店の事が無性に気になった。
特に目立つ外装をしている訳でもない、ただ地面に広げた古びたゴザの上に商品を並べているだけの簡素な店。
リザは引き寄せられるようにその店へと足を向けた。リザが近づいていってもその老人は身動き一つしなかった。
リザはそっとその老人に声をかける。
「少し、見せて貰っても構いませんか?」
「いいよ」
しわがれた声で老人は手短に返事をした。
遠目では判らなかったが、老人はどうやら女性らしい。
ぼろぼろの黒いフード付きのローブを纏ったその姿は、まるで童話に出てくる魔女の様。
けれども身なりの質素さに反して、扱っている品々はきらびやかなアクセサリー類であった。
美しいカービングが施された翡翠のカメオ。繊細な金細工のブローチ。
そのどれもが美しく、目を奪われたが、その中の一際目を引く赤い宝石にリザは目を止めた。
それは銀の鎖のペンダントだった。シンプルな台座に真っ赤な宝石がはまっている。
リザをそれを思わず手に取っていた。
「これ・・・」
「おや、それが気に入ったかい」
ずっと無言だった老婆が口を開いた。
「あ、すいません。勝手に触ってしまって・・・」
「いや、構わないよ。・・・それより、それが欲しいのかい?」
「あ、いえ・・・その、綺麗な石だと思って」
「・・・そうかい。いいよ、持っておいき」
「えっ?」
老婆の言葉にリザは驚いて彼女を見返した。
「お代は要らないと言っているんだ」
「そんなっ。そういう訳にはいきません」
慌てて首を振るリザに、
「石はね、人を選ぶものさ。特にこういう古い、古い物はね。あんたがそれを選んだのはそういう運命だったって事さ」
老婆の口調はまるでリザを諭す様だった。
「ですが・・・」
「そんなに気にするなら、そうさね、あんたの好きな額でいいから置いてきな」
「それでしたら・・・」
老婆の言葉に納得すると、リザは財布を覗き込む。そして、とりあえず手持ちの紙幣を全て老婆に渡した。――何故かこのペンダントを諦めようという気持ちにはならなかった。
「毎度・・・」
ペンダントを手にしたリザはそこで始めて周囲がずいぶん暗くなっている事に気がついた。どうやら自分はいつの間にかずいぶんな時間をこの店で過ごしてしまったらしい。
早く帰らなければ、ハヤテ号がお腹を空かせているだろう。
「ありがとう、おばあさん」
老婆に礼を言って、リザは慌てて自宅への道へと急いで行った。


自宅へ戻ると、案の定、己の愛犬はお腹を空かせていたらしく、リザがドアを開けるとすぐに飛びついてきた。
いつも遅くなっても良いように多めにご飯を置いていくのだが、育ち盛りの子犬にはそれでも足りないらしく、彼のごはん入れは既に空っぽだった。
「遅くなってごめんなさい、すぐに用意するから」
飛びついてくる子犬の頭をくしゃりと撫でてやり、リザはキッチンへと急ぐ。
持っていた荷物をソファーに置くと、シッポを振ってついてくる可愛い愛犬に、
「ちょっと待ってね」
と笑いかけて彼のごはんの用意をする。
その後、自分の夕飯の準備も始めたリザは、買ってきたペンダントの事などすっかり忘れていた。


シャワーを済ませ、愛用の鏡台の前に座るとリザは鏡を覗く。化粧水などの必要最低限の肌の手入れをしようと、化粧水のビンを取り上げようとして、鏡台の上に載せてあった小さなアクセサリーボックスが目に入った。
リザ自身、それほどたくさんのアクセサリーを持っている訳でもないのにそれを所有しているのは、それが親友からのプレゼントだからだ。
「リザもこういうの持って、おしゃれくらいしなさいよ。じゃないといい男を捕まえられないわよ」
そんな言葉と共に渡されたそのアクセサリーボックスには、リザの数少ない手持ちのアクセサリー達が入っているのだが。
「あ・・・そうだわ」
今日はそこに新たな仲間が加わったのをリザは思い出して、愛用の仕事用のカバンを手元に持ってきた。
中から買ったばかりのあの赤い宝石のペンダントを取り出して、目の高さに翳してみる。
光の加減なのか、夕方に見たときよりもその赤い色は複雑に反射し、深い色合いを湛えていた。
「綺麗・・・」
思わずそう呟く。
まるで、焔のようだと思った。そう、あの人が操る・・・。
その美しい石に魅せられた様に、リザはペンダントを首にかけた。
リザの白い首もとで、赤い輝きが光を放つ。
それは既に美しさを通り過ぎて、怪しい輝きであった。
まるで魔性のような。
鏡越しに赤い宝石の輝きを眺めていたリザに、その声が聞こえてきたのはその時の事だった。
(・・・やっと、この時が来たのね・・・)
頭の中に直接響いてきたようなその声にリザは狼狽えた。
「誰!?」
警戒しつつ、素早く引き出しの中から銃を取り出して構える。だが、周囲に人の気配はしない。
「一体なんなの・・・?」
(ふふふ・・・私は・・・)
そして、再び響いて来たその声は・・・リザに驚くべき事を告げたのだった。




続く。
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1. リザは逆ナンをした

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by netzeth | 2011-06-01 00:03 | Comments(0)