うめ屋


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by netzeth
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1. リザは逆ナンをした

リザはその日、イーストシティの時計台の前に立っていた。時刻は正午前。休日のお昼前ともなればここはたくさんの人々で賑わう、イーストシティでも有名なスポットである。
そんな場所に女一人で立っていれば嫌でも人目を引く。それに加えて、ただでさえリザは目立つのだ。元々美しい顔立ちをしているリザであったが、普段はそっけない化粧しかしていない彼女が今日はしっかりとメイクしている。薄く引いたアイライン、いつもより濃いルージュの唇――それらはよりリザの美しさを引き立てており、道行く男性達がちらちらと彼女に視線を送っている。中には眺めるだけでは我慢できない輩もいて・・・。
「お嬢さん、お一人ですか?」
と、こんな風に声をかけてくる男もいる。
いわゆるナンパである。
それも無理はないだろう。リザはこの場所にて、すでに小一時間ほど立っているのだ。一人だと見られても仕方がない。
はあっと目の前に立つ男に悟られぬよう小さくため息をついて、
「・・・・・ごめんさい。嫌ですって」
「え?」
少々なげやりな、そして他人事の様な言い回しに、ナンパ男は面食らった顔をする。
「とにかく、ごめんなさい」
リザのきっぱりとした拒絶に、脈なしと諦めたのか、男は大人しく去っていった。
その後ろ姿を見ながら、リザははあーと今度は大きくため息をついた。そして誰ともなしに呟く。
「これで、もう五人目なんだけど・・・」
(嫌ったら、嫌! 私はナンパしてくるような軽い男は好みじゃないの。それに、顔もいまいちだったわ)
「・・・妥協って言葉知ってる?」
(そんな言葉、私の辞書にはないわ!)
「・・・」
そう、リザはこの場所で別にナンパ待ちをしている訳ではなかった。むしろ、逆・・・逆ナンをさせられているのである――さっきから結局一人も成功していないが。
――なにが悲しくてせっかくの非番の日にこんな事しなければならないのかしら・・・。
そうして、リザは思わず遠い目をしてしまうのである。
――ちょっと可愛そうかな・・・なんて同情したのが間違っていたのかも・・・。
(ほら! がんばって! あっあの人なんか良さそう・・・)
今、リザの頭の中?(リザ自身よく判らない)で好き勝手にしゃべっている女性・・・彼女こそリザが今現在苦労している元凶であった。
彼女の名はシェリー。
リザに憑りついている・・・自称幽霊である。


昨夜、赤い宝石のペンダントを身につけた途端に頭の中に響いてきたのは女性の声だった。最初は幻聴かとも思ったが、確かにその声はリザに聞こえてきたのである。
けれども、警戒して部屋の中を見渡してみてももちろん人の気配などはしない。
部屋の片隅に置かれているバスケットの中で、ふーと愛犬が小さな寝息をたてているだけである。
「・・・私、疲れてるのかしら・・・? 最近休暇も取って無かったし・・・早く休んだ方がよさそうね」
そのままさっさと寝てしまおうとベッドに向かったリザの頭の中に、抗議するような騒がしい声が再び聞こえてくる。
(ちょっ・・・待ってよ! 寝ないで! 話を聞いて!)
「・・・・・」
さすがに二回目ともなると無視できなかった。
――本当は無かった事にして、眠ってしまいたかったが。
そこでようやく、リザはこの声がやはり自分の頭の中だけにしか聞こえていないのだと気づいた。
人が居ればハヤテ号が反応するはずである。
「いったいなんなの・・・?」
思わずといった調子で呟けば、驚いた事に答える声があった。
(うふふ・・・驚くのは無理もないわ。私は・・・幽霊なの)
「・・・そんな、まさか」
あまりに現実離れした話である。
最も、国家錬金術師の上官を持つリザの周りには、そういった現実離れした人々が多かったりするのだが。
そこで多少の耐性は身についていたおかげか、思ったより取り乱すこともなく、リザはとにかくその幽霊だという女性の話を聞いてみる事にした。
「・・・で? その幽霊さんがどうしてここにいるの? 私になんの用?」
(ようやく話を聞いてくれるのね・・・良かったわ。・・・私はシェリー。私がここにいるのはね、貴方がそのペンダントを身につけてくれたからよ。・・・私はそのペンダントに憑りついている幽霊なの)
「このペンダントに・・・?」
思わず首にかけたままだった赤い宝石を見下ろす。
石は相変わらず怪しい輝きを帯びていた。
「じゃあ・・・このペンダントが原因なのーー?」
首の後ろに手をかけて、ペンダントを外そうと試みる。これを身につけるのを止めれば、この現実味のない出来事は全て終わるのだろうかと。
けれども。
「え・・・? どうして・・・?」
いくら外そうとしても、ペンダントのアジャスター部分はビクとも動かなかった。まるで石の様に堅くなってしまったのである。先ほどは簡単に付けられたのに。
(無駄よ。もうペンダントは外せないわ。・・・私が憑りついている限りはね)
「え・・・何それ・・・つまりこれって・・・呪いのペンダントなの!?」
(ちょ、呪いって。失礼ね!!)
「だって外せないって、そういうことでしょう!?」
いつの間にか幽霊とか名乗る女性と、言い合いまでしている。先ほどまでは幽霊なんて存在はとても信じられるものではなかったというのに。
けれども。魂だけの存在をリザは知っている。それどころか彼と実際に話をして、その鎧の身体に触れた事も。
ならば・・・幽霊だっていたって不思議はないのかもしれない。彼とこの女性幽霊を一緒にしてはいけないかもしれないが。
自分の順応性に思わず感心しつつも、もう何が起こっても驚かないわ・・・と思うリザである。
それにしても、ペンダントが外せないというのは困る。こんなものをして仕事に行く訳にはいかないし、(まあ、軍服で隠そうと思えば隠せるが)それに何より、これまでの話を総合すると、ペンダントをしている限りこのシェリーという女性幽霊が自分に憑りついていて・・・年中無休で声が聞こえてくるという事なのである。
冗談ではない。
このままではプライベートも無ければ、仕事にだって差しつかえてしまう。己の上官の野望はまだまだ道半場なのだ。リザはこれからも彼を支えていかねばならない。こんな事で躓いてなんかられないのだ。
「ねえ・・・あなたが天国かどこかに行ってくれれば、このペンダントは外れるし、私からも離れてくれるという訳?」
(まあ、そいうことになるわね)
「じゃあ話は早いわ。さっさと行ってくれる?」
(それは・・・できないわ)
「どうして!」
(私には未練があるの・・・この世への心残りがね・・・それが満たされない限り・・・私は天の国へは行けないのよ)
「そんな・・・・」
リザは愕然とする。
それでは自分はずっとこのままなのだろうか?
訳の分からない幽霊に憑りつかれて・・・このままではロイの足手まといになってしまいかねない。
肩を落とすリザに、それまでは強気だったシェリーという幽霊は途端に申し訳なさそうな声を出す。
(ごめんなさい。別に私はあなたを困らせたい訳じゃないの。・・・私だって早く天国とやらに行った方がいいって判っているのよ。・・・だから、あなたに協力して欲しいの。私は運が良いわ・・・あなたになら・・・私の未練を晴らして貰えると思うの)
「私に・・・?」
自分にそんな事ができるのだろうか?
むしろ、もっと専門家・・・お払い師やエクソシスト?みたいな者を探したほうがいいんじゃないかとも思うリザだったが、この幽霊――シェリーが悪人とは思えなかったため、協力しても良いという気持ちになっていた。
(ええ、むしろあなたこそ適任なのよ・・・)
「どういう事・・・?」
(・・・まずは私の話を聞いてくれるかしら?)


宝石にとりついた幽霊、シェリーの話は彼女の身の上話であった。
彼女は代々錬金術師の家系に生まれ、一人娘であったため、跡取りとなるべく、幼いころから厳しい錬金術の修行をしていたそうなのである。
当然、普通の女の子の様な生活は送ることはできず、彼女は学校にも行っていなかったらしい。
友達の一人もおらず寂しい子供時代を過ごしたシェリーだったが、彼女自身、立派な錬金術師となるためにがむしゃらに錬金術の勉強に励んでいたそうだ。
その話を聞き、リザはちょっぴり自分と彼女を重ね合わせてしまった。リザには錬金術師の才能は無かったため、錬金術の修行はしてはこなかったが、それでも寂しい子供時代という点で境遇は似ていなくもない。・・・自分にはロイという優しい兄のような存在がいてくれたが、彼女――シェリーには誰もいなかったのかもしれない。
そして、シェリーがようやく一人前の錬金術師になって、すぐに事件が起きたという。それは錬金術の実験の最中の事故で・・・術が暴走し・・・その事故によりシェリーは亡くなったらしい。
(気がついたら私はペンダントの中にいたの。お母様の形見だったこのペンダントの中に・・・ちゃんと自分の肉体はもう無いんだって事はすぐに判ったわ。・・・そして自分がどうしなければいけないのかも。だけど私にはどうしてもやりたい事があったの。・・・それを成さない限り私は行くべきところに行けないの・・・)
「・・・あなたの未練って・・・?」
思い詰めた様なシェリーの声に、リザはおそるおそる尋ねる。
・・・一体どんなことなのか・・・。
シェリーの言葉の続きをリザは息を詰めて待った。
(それはね・・・)
「ええ・・・」
(私・・・一度でいいから男の人とデートがしてみたいの!!)
「・・・・・は?」
なんだか、今までのしんみりした気持ちが一瞬で吹き飛んでしまった。
(ほら・・・私小さい頃から修行、修行ばっかりで。当然男の人となんか交際禁止。お父様が厳しかったから、ろくに口も聞いたことなかったわー、で、やっと一人前になって、これからは自由にぱあーっと遊べると思ってたらすぐにあの事故でしょ? もう本当にこれが心残りで・・・私の人生錬金術だけだった・・・なんて悲し過ぎでしょ!?)
一瞬この幽霊に同情した時間を返して貰いたい――リザは切実にそう思った。
そして、ものすごく嫌な予感を覚える。
「つまり・・・私の身体を使って男の人とデートしたいって事ーー?」
(そう! その通りよっ。良かったわーこんな綺麗な人と巡り会えて。あなたなら相手には事欠かないわよね)
「ちょっ・・・待って・・・」
(早速よろしくね! あ、言っておくけどデートできるまで私、あなたから出て行けないからね?)
今度こそ、本当に、がっくりっと、リザはうなだれたのだった。


そして次の日。
起きてすぐにリザが確認したのは、昨夜の出来事が夢だったのかどうかという事だった。
夢であって欲しい・・・というリザの願いも虚しく、首にはそのままペンダントをしていたし、頭の中には昨夜と同じく、
(おはよ~いい朝ね!)
なんていう、女性の声が響いてきて。
リザは頭痛により、もう一度ベッドに戻りたくなった。
しかし、現実逃避をしていても始まらない。
幽霊に憑りつかれた・・・という事が現実である以上、なんとかしなければならないのだ。
元々順応力の高いリザである。気持ちをこの問題への対処へと切り替える。
幸い今日は非番だ。だったら今日一日でこの問題に片をつけねばなるまい。
そう割り切り、リザは素早く必要な身支度を整えると街へと出かけたのである。そう――適当な男性を見つけてデートして貰うために。


で、話は始めに戻る。
とりあえず、イーストシティで一番人が集まるであろう場所にリザはやってきた。
ダメ元でシェリーに、リザの知り合いの男性に頼むというのではダメかと聞いてみたが、
(私には理想があるの!)
と一蹴されてしまった。
仕方なく道行く男性をこうして眺めてシェリーにお伺いをたてながら、選んでいるのである。
が、シェリーの好みはうるさくて、なかなかその理想の男性とやらは見つからない。見かけを気に入ってリザに声をかけさせてもすぐに気に入らないと言い出したりするから困りものなのである。リザは自分から声をかけたくせに、やっぱり断るという訳の分からない行動をずっと取らされていた。
また、立っているだけで男性の方から声をかけてくることもあるのだが、その度にシェリーが嫌だというので、リザはそのナンパを断り続けていた。
「もう・・・いい加減にしてくれない?」
人目があるので、リザは小声でシェリーに話しかけた。
シェリーと会話するにはリザは声を出さなければダメらしい。リザに憑りついているというシェリーの声は頭の中に聞こえてくるのだから、リザも考えるだけで会話ができるかと思いきやそうでもないようだった。まあ、思った事や考えている事まで筒抜けになってしまったらそれはそれで問題があるので、その方がいいのかもしれなかったが。
(だめよ! リザには悪いけど、私、理想の人とデートしないときっとこの未練は晴れないと思うの)
「そう・・・」
諦めて、リザは再び道行く男性達に視線を戻す。
そろそろ、お昼時である。シェリーは平気だろうが、自分は生身の人間なのだ。少しお腹が空いてきた。
昼食を食べて出直そうとシェリーに提案しようとしたところで、
「ねえ、君一人?」
本日六人目のナンパ男が声をかけてきた。
いかにも軽い感じのへらへらした男だ。
(リザ、嫌だからね!)
シェリーが早々に、ノーを出す。
リザもこのタイプは好きではない。シェリーのためのデートはいえ、実際にデートするのは自分なのだ。できればあまりにあんまりな男性は遠慮願いたかった。
「いえ、違います」
きっぱりと断る。
今までの男性はこのリザの毅然とした態度を見るとみんな引き下がったのだが、このナンパ男はしつこかった。
「またまた~君、さっきからずっと一人じゃん。どうせナンパ待ちしてたんじゃないの? 男探してんだろ? だったらいいじゃん、なあ・・・」
ナンパ待ちどころか逆ナンまでしていて男性探しをしていたのは事実なので、リザはとっさに反論できなかった。
リザが強く出てこないのを良いことにナンパ男は調子に乗る。
「あっちにウマい店があるんだ、なあ、行こうぜ? 君みたいな可愛い子にはおごっちゃうからさ」
そして、とうとうリザの腕を掴み引っ張っていこうとする。
「ちょ、離してください!」
女性に許可もなく触れるなんて、論外である。
こんな輩には実力行使に出ても良い気がしたが、ここは人目もある。銃を取り出すのは得策ではないだろう。
リザはぐっと力を入れてその手を振り払った。
すると、男はカッときたらしい。
「優しくしてればつけあがりやがって・・・!」
リザを殴ろうとした腕はしかし、振りあげられたまま、降りてくることはなかった。後ろからがっしりと掴みあげられていたからである。
「女性に手をあげようとするなんて、紳士のする事ではないな」
「なっ、たっ・・・大佐!?」
男の後ろに、リザの上官であるロイ・マスタングが立っていた。軍服姿の彼はすでに発火布まで装着済みである。
「な、なんだ!? 軍人かよっ、か、関係ねえだろっ」
「そうもいかないな。彼女は私の知り合いなんでね?」
「くそっ、邪魔すんじゃねーよ! 離せ!」
ロイが腕を解放してやると、男は噛みつくようにロイを睨みつける。無謀にもロイに喧嘩を売る気のようだ。
だが、
「わっ!」
その時、男の戦意を削ぐようにその前髪がぼっと音を立てて燃え上がった。男はあちちと慌ててその火を消している。
「どうだ? これ以上やるというのなら・・・容赦しないが?」
「く、くそ・・・今日はこれで勘弁しといてやる!」
ナンパ男は悪役のテンプレートの様なセリフを吐くと、あというまにその場を逃げていった。
「さて、こんなところで何をやっているのかね。中尉?」
くるりとリザに向きなおると、その顔をのぞき込む様にロイが言う。
リザとしては、一番今の姿を見られたくない人に会ってしまった気分である。しかし、その内心の動揺を悟られぬように、
「そ、それは私のセリフです! 大佐こそ何やってるんですか!仕事はどうしたんですかっ、仕事は!」
「やれやれ、君はそればっかりだな・・・。せっかくピンチを救ったのにお礼の一言もなしか?」
「あ、あんな男、私一人で対処できました!」
「・・・素直じゃないな」
「なっ、それより早く仕事に戻ってください!」
「今日は午後の視察が前倒しになったんだ。だから、今は仕事の最中だ」
「だったらなおさらです!」
真っ赤になって怒るリザに、しかし何が嬉しいのかロイは笑っている。
「ほら! 大佐を探しているんじゃありませんか? 早くお戻りください!」
軍服の集団を遠くに認めて、リザをそちらを指さす。
リザに促されてロイは仕方なさそうな顔をしながらも、大人しくそちらに向かって歩き出した。しかしふと、立ち止まると、リザを振り返って。
「なあ・・・君は今日・・・」
「え?」
「・・・いや、なんでもない」
途中で言い淀んで、ロイは結局何も言わず大人しく仕事に戻って行った。その後ろ姿が小さくなっていくのを見送って。
「ふう~~」
リザは一息ついた。
思わぬ乱入者によって、だいぶ混乱してしまったが、当初の目的はまだ果たされていないのだ。
「さあ、シェリー。続けましょうか?」
改めて、このわがままな幽霊に話しかけるが、しかし返事は返ってこなかった。
「シェリー?」
もしや、自分から離れて天国に召されてくれたのでは――? なんて期待を一瞬したりもしたが。
(リザ・・・)
ちゃんと、残念ながら彼女の声は相変わらず頭の中に響いてきた。その声は何故だがとても熱を帯びていて。
リザは激烈に嫌な予感がした。
――そしてその予感は正しかったのである。
(私・・・あの人に決めたわ・・・)
去っていくその軍服の後ろ姿をまるで本当に眺めているように、うっとりとシェリーはのたまってくれたのだった。




続く
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2.リザはロイをデートに誘った

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by netzeth | 2011-06-03 00:02 | Comments(0)