うめ屋


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by netzeth
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夜明けの歌

明け方に見る夢は悪夢と相場が決まっている――覚醒と同時にかばりと上半身を起こすと、ロイは片手を額に当てた。
額には汗が浮かんでおり、髪は冷たくびっしょりと濡れている。
その湿った感触のそれを掻きあげて、ロイは荒い息を吐き出した。
「くそっ・・・」
――具体的にどんな夢であったのかなんてもう、覚えていないけれど。それが悪夢だった事は分かっている。今なおこの身に残る焦燥、恐怖といった夢の残滓がそれをロイに教えていたから。
改めて己の両手を見下ろせば、それは小刻みに震えている。
「はは・・・」
不意におかしくなって、ロイは笑った。
――いい歳をした男が悪夢くらいで情けない。
もう、ずいぶんとこんな悪夢は見なくなったと思っていたのに。
かつてイシュヴァール戦後間もない時期は、このような悪夢に悩まされ続けた事があった。
その当時の自分はそれを当然の報いだと甘受していた。自分がかの地でなした所業を振り替えれば、悪夢にうなされる事ですら生ぬるい罰だと。今思えばあれはただの自己満足でしか無かった様に思う。夢はあくまで夢。自分の犯した罪との間には、どんな因果関係もありはしないのだから・・・それでも。あの頃は悪夢を見る事で、自分が苦しむ事で、少しでも罪の意識を軽減しようとしていたような気がする。きっと、そうやって己の精神的なバランスをとっていたのだと思う。
ところが、時を経て、ようやく悪夢から解放されたはずの今も、それは時々顔を出してはロイを戒めるのだ。
忘れる事は赦されないのだと。
ふうっと、ロイは深い息をつく。
窓辺に目をやるとざあざあと激しい雨の降っている気配がした。
そして、次に己の隣に目を向けるとそこにあるはずの金色が無くて。ロイは周囲に首を巡らせた。
家主の几帳面な性格が反映したようなきちんと整理整頓された部屋。その部屋の何処にも彼女の姿は見当たらない。
おかしい。
昨夜しっかりとこの腕の中に抱き込んで眠りについたはずであるのに。
ベッドのシーツにそっと触れてみる。そこに温もりは感じられなくて、彼女がベッドを離れてからずいぶん時間が経っている事をロイに教えていた。
用足しにしては長過ぎる。ロイは不審を覚えたが、それと同時に納得もしていた。彼女の部屋でしかも彼女を抱いて眠りについたにも関わらず自分が悪夢に捕まってしまったのは、彼女がベッドから、自分の腕の中から抜け出したせいだと。
加えてこのしのつく雨・・・いかにも己の気分を憂鬱にさせるにはぴったりのシチュエーションではないか。
全ては彼女――リザが傍らにいないせいだ。そう決めつけると、ロイは彼女を探すべくベッドから降りた。脱ぎ捨てられていた服を拾い、とりあえずズボンだけ履く。上着のシャツは見当たらなかったからだ。
そして、彼女の姿を求めてベッドルームを出て隣のリビングへと移動した。
さして広くもないリザの部屋は寝室とそのリビングの二間だけだ。寝室に居ないなら、リビングにいるだろう。はたして、ロイの予想に違わずそこには大きめなロイのシャツを身に纏ったリザが立っていた。
その後ろ姿に声をかけようとして。その時、ロイの耳に聞こえて来たのは優しい旋律の歌だった。
後ろに居るロイには気付かずに、リザはゆっくりと身体を揺らして歌っている。
彼女の美しい声で穏やかに歌われているその歌はどうやら子守歌のようで。ロイはその歌声に誘われる様にリザへと近付いた。
――もっと近くで聞きたかった。
「大佐?」
気配を感じ取ったのかリザが振り返える。その歌声が止んだ事をロイは残念に思った。
「すいません・・・起こしてしまいましたか・・・?」
申し訳なさそうに言う彼女の腕の中には、小さな白と黒の子犬が眠っていた。くふーと小さく息を吐いて、その暖かで柔らかな胸に身を預けている。
あどけない寝顔にロイも思わず笑みが漏れた。
「良く眠っているな・・・」
「ええ。ようやく寝たところなんです」
リザはハヤテ号の背中を優しい手付きで撫でてやる。
「この子が鳴く声で目が覚めて・・・」
リザが言うには、ハヤテ号はどうやら雨に怯えて鳴いていたのではないかとの事だった。まだリザの家にやって来て間もないこの子犬は雨の日に拾われた。幼いながらもその記憶が蘇ってきたのかもしれない。雨の中いつ小さな命が尽きてもおかしくないその恐怖が。
それに加えて今日はリザがそばにいなかった。いつもはリザの寝室に据えられている彼の寝床は、今夜ロイがやって来た事によりリビングへと移されていたからだ。そして、怯えて鳴く愛犬をリザは放って置く事など出来ず、起き出して、ハヤテ号を寝かしつけていたのだ。
リザはそっと子犬を寝床であるバスケットの中へと下ろす。その顔に浮かぶ笑みは優しくて・・・まるで母親みたいだなとロイは思った。
「すいません、大佐。こんな時間にお騒がせして」
「いや、気にするな。・・・それに目が覚めたのは君のせいじゃない」
「え?」
「情けない事に悪夢を見てね・・・こんな事でいちいち起きている様なら私もこいつとそう変わらないな」
ロイはそう言ってしゃがみこむと、グッスリと眠っているハヤテ号の頭を撫でた。
その顔には自嘲の笑みが浮かんでいる。
リザはロイを驚いた様にしばし見つめていたが、すぐに、
「大佐、こちらへ」
ロイの腕を引っ張り、彼を寝室へと連れて行く。
「ち、中尉?」
突然のリザの行動にロイは戸惑うが、おとなしく彼女にされるまま従った。
そしてリザはロイと共に自らベッドへと入ると、彼の頭を優しく抱き抱える。
「おい、中尉・・リザ」
「・・・悪夢で目を覚ます事は情けない事ではありませんよ。・・・誰にだってそういう夜はあります。だからこそ私がいるのです」
驚くロイに視線を合わて、リザは微笑んだ。それは先ほど見せた様な穏やかで、優しい顔。
「私が寝かしつけて差し上げます」
リザはゆったりとロイの髪を梳く。
ロイは自分の心が穏やかに凪いでいくのが判った。さっきまでの重苦しい夢の残り香は消え去り、心に安寧が満ちていく・・・。それにうっとりとしながら、ロイはリザに願いを口にした。
「・・・さっきの歌。歌ってくれないか」
「はい?」
「歌っていたろう・・・子守歌を」
「やだ、聞いてらしたんですか・・・」
「ああ、歌って欲しいんだ・・・寝かしつけてくれるんだろう?」
「・・・もう、仕方ないですね・・・」
リザは静かにその旋律を口ずさむ。
しのつく雨の明け方に響く、美しい歌声。それは水面に広がる波紋の様に緩やかにロイへと染み込んでくる――。

そして、ロイはその優しいメロディに誘われるまま穏やかな眠りへと落ちて行ったのだった。




END
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by netzeth | 2011-07-14 21:59 | Comments(0)