うめ屋


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by netzeth
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愛情の味は。

がちゃーんだのぱりーんだのという不穏な音をBGMに彼は一人でキッチンに立っている。気になって仕方がない私はその物騒な音が聞こえる度に立ち上がって様子を見に行こうとするけれど、その度に彼が大丈夫だ! 問題ない! 今直している! と私の機先を制してキッチンから叫ぶので、(直してるって・・・やっぱり割ったんですね)結局私はソファーに座ってただそわそわと待つしかない。
足元には同じくそわそわした様子のハヤテ号が私を見上げている。子犬の頭をクシャリと撫でて。
「・・・待て。ですって」
仕方なく浮かせかけた腰をソファーに沈めて、とりあえずテーブルの横のラックから適当な雑誌を取り出して膝の上に広げてみた。
ページをめくって目で文字を追うが、まったくもって集中出来ない。
そう、誰かに――よりにもよって彼に手料理を作って貰うなんて、慣れない体験に私は完全に動揺していたのだ。

事の始まりは、休日に彼が私の部屋を訪ねて来た事だった。それ自体は別段、珍しい事ではない。それこそ、非番の重なる時などは希少であるのだから、その機会を逃すまいと彼は必ず私との約束を取り付けていたし、私自身、彼と過ごせるのを密かに嬉しいと思っていた。互いの部屋を行き来するような関係になって既に久しい私達の間には既に遠慮も何もなく。よって今日も彼は約束通り、私の部屋へとやって来た――両手いっぱいの荷物を持って。
彼が持ってくるものは大抵は花や可愛いらしい雑貨といった私へのプレゼントか、さもなければ、彼自身が読みたい学術書がほとんどで。
けれども、今日、彼が持って来たのは大量の食材だった。
野菜や肉、ミルクに卵・・・そして調味料などなど。
これは何事かと目を見開いた私に、彼は満面の笑みを浮かべると、
「今日は私が夕食を作ろう」
――と、興奮気味に宣言したのだった。

という訳で、私は落ち着かない自分を持て余しつつも彼の手料理が出来上がるのを待っているのである。
本当に、一体どういう風の吹き回しなのか。
私は彼の思考回路が読めずに内心首を捻るしかない。
まあ、確かに彼は時々突拍子も無い事をしては私を驚かせてくれるけれども。
――錬金術師の考える事は良く判らないわ・・・。
そんな事を考えつつ、再び膝の上に広げた雑誌に意識を移すと、見逃せない文句が目に飛び込んで来た。
それはその雑誌の特集ページなのだろう。デカデカとした派手な色合いの文字で強調されているその特集のタイトルは。
『今、男料理が熱い。貴方の手料理で恋人はメロメロ!?』
「・・・・・」
忘れていた。確かに彼は時々突拍子も無い事をしてくれて、私にその行動を読ませないところがあるが・・・実は、根はものすごく単純だという事を。
特集ページに目を通していくと、
『普段料理をしない貴方のキッチンに立つ姿に恋人は釘付け!』だとか、『凝った料理を作って恋人を驚かせよう☆』などの煽り文句共に、料理の詳細なレシピなんて載っていたりして。
どうやら今、巷ではちょっとした男の料理ブームらしい。
なるほど。彼も例に漏れず、そのブームに乗っかろうと言う訳か。
ようやく突然彼が料理に目覚めた訳に得心がいって私の口許は我知らず弛んでしまう。
誰かに手料理を振る舞って貰う機会など今まで無かったから、こうやってやきもきしながら料理が出来上がるのを待つ――なんて新鮮な経験である。
それがましてや、彼――ロイ・マスタングの手料理だなんて。
理由は何にせよ私には彼の気持ちがとても嬉しかった。
「中尉・・・中尉?」
「・・・あ、はいっ」
「・・・さっきから呼んでいるんだが。・・・出来たぞ」
気がつけばミトンではなく、何故か発火布をはめた手で鍋を持ったエプロン姿の大佐が私を見つめていた。
「・・・何故、発火布を?」
「ああ、料理に使ったんだ」
何でも無い事の様にサラリと言う彼。
・・・料理の何に使ったのかは非常に気になるところではあった。
「さあ、ディナーにしよう」
彼に促されるまま、私はテーブルへと座る。
私の予想に反して、夕食のメニューは至って普通だった。
サラダにシチューそして、オムライス。
・・・オムライスにはケチャップらしきものでハートが描かれていたりするが。
「さあ、食べてくれ」
「・・・いただきます」
私はスプーンを手に取った。
大佐は真剣な顔で私の一挙手一投足を見守っている。その様子はまるでテストの採点を待つ子供みたいで。私は込み上げてくる笑いを堪えるのに必死だった。だって、ここで笑ったりしたら彼はきっと臍を曲げてしまうだろうから。
そして、先ずはシチューを一口。次にオムライスを食べる。
「ど、どうだ?」
「・・・美味しいです」
決して特別に美味という訳では無いけれども、彼の料理を私は確かに美味しいと感じた。・・・愛情は最高のスパイスとはよく言ったものだ。ちょっと焦がし過ぎて苦いオムライスの玉子も、シチューの不格好な形をした野菜達も、少し塩が多めの味付けも。
彼が私を喜ばせようと作ってくれたと判るから。そのどれもが私にとって最高のディナーだった。
「そ、そうか!」
彼は目を輝かせる。
料理に目覚めてしまいそうだよははは・・・なんて笑いながら彼は自らも料理に手を付ける。そして、モグモグと咀嚼して・・・けれど次第に彼の顔は曇っていった。
「・・・大佐?」
「・・・中尉。無理はしなくて良いんだぞ・・・美味くない」
「そっ、そんな事はっ・・・」
「良いんだ。自分で食べればわか・・」
「そんな事ありません!私にとって貴方が作ってくれたものなら・・・それは全て、いつだって美味しいものなんです!」
彼の言葉を遮った私は、思わず立ち上がっていた。
――それは私の本心だった。
スプーンを片手に握り締めての私の力説に、どう思ったのか彼はちょっと驚いた顔をして。やがて、ふっと表情を弛ませた。
「私と同じだな・・・」
「え?」
聞き返す私に彼は笑って。
「昔から・・君が作ってくれたものは私にとっていつも美味しかった。――そう、君が初めて私の誕生日を祝って作ってくれたあの料理だってね」
「あ、あれは!・・・あの料理を食べた後、大佐はお腹を壊されましたよね」
「そうだな。だけども私にとっては美味しかったんだよ、とても。・・・それはきっと、君の作る料理には君の気持ちが入っていたからだと思うんだ。――私のために美味しい料理を作ろうというね。だから、私はその気分を君にも味わって欲しかった。結果はこんなだったがね。・・・慣れない事はするものじゃないな」
自嘲気味に笑う彼に、私は首を振った。
「大佐、ありがとうございます。誰かに手料理を作って貰うなんて今までに無くて・・・。こんなに嬉しくて暖かな気持ちになるなんて知らなかったです。・・・貴方の気持ち確かに頂きました」
・・・だから、私にとって大佐が作って下さった料理は美味しいんですよ。
私は焦げたオムライスに乗っかるハートを玉子ごとスプーンで掬い上げ、パクリと口に含んで・・・美味しいです貴方の気持ちと彼に微笑みかけた。
彼はちょっと顔を赤くして・・・そして私につられた様に彼も笑顔を見せてくれた。

――私がした事を彼が私にしようとしてくれて、そうやってお大事を想いあっている事がとても嬉しいから。
私は暖かく優しい気持ちに満たされながら、今度は私がハートを描いてあげようか、などと考えるのだった。




END
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by netzeth | 2011-07-29 21:22 | Comments(0)