うめ屋


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by netzeth
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賭け

万年筆を指の上でクルリと回す仕草。その癖が出始めたなら危険信号だ。そう、それはロイがデスクワークに飽きてきた証拠――。
副官席で書類の確認作業をしながら、抜かり無く己の上官の仕事ぶりを伺っていたリザは、内心ため息を吐いた。
やる気になれば嫌いなデスクワークだって完璧にこなせる癖に、気が乗らないとすぐにサボるこの男――そんなムラっ気のある上司の尻を叩いて仕事をさせるのも大事な副官の業務の一つである。
早急に手を打たなければ、早晩、ロイは書類を放置して脱走をはかるか、息抜きと称した無意味なちょっかいを自分にしかけてくるか……どちらにしろやっかいな事には違いないだろう。
有能な副官であるところのリザ・ホークアイ中尉は、当然そんな上司の困った性格など把握していたので、今日もロイの集中力が切れるのを見計らって、適当なガス抜きをしてやらなければと考えていた。
いつもなら、意外に甘いもの好きなロイのためにイーストシティの有名な菓子店のクッキーをお茶受けとして用意し、リザが私物として持ち込んでいるとびっきりの茶葉(なにしろ東方司令部備え付けの茶葉はまずくて有名だ)で紅茶を淹れてやる。
そうすると途端にやる気を取り戻して仕事に取りかかったりするのだから、ロイも単純というか、案外可愛い。
上司が気持ちよく仕事をしてくれるというなら、クッキーと茶葉くらい安いのものである。
ところが。
お茶を用意するために席から立ち上がろうとしたところで、リザはもっとも重要な事を思い出した。
(あ……そういえば茶葉が切れていたんだわ…)
昨日お茶を淹れた時にちょうど無くなってしまったのだ。帰りに買おうと思っていたのだが、結局残業になってしまい、店が開いている時間までに退勤できなかった。
そして、運が悪い事は重なるもので。代わりに持ってこようと思った自宅に買い置きをしている茶葉まで切れてしまっていたのだ。
一日くらい司令部の茶葉で我慢して貰おう…そんな事を考えながら出勤したものの、忙しさにそんな事はすっかり忘れていた。
そう考えると、今の状況でロイに東方司令部名物不味いお茶を出すのは非常にまずい。
集中力を無くしているロイは、いかに仕事をサボってやろうかと考えているはずだ。
そんなロイに今、司令部名物不味いお茶でも出そうものなら、その口実を与えてしまいかねない。きっと「こんな不味い茶ではやる気が出ない」とかなんとか屁理屈をこね始めるに違いないのだ――。(事実、過去に一度前科がある)
(マズい…非常にマズいわ……)
「どうしたんだね? 中尉」
立ち上がったまま固まってしまったリザを訝ってロイが声をかけてくる。
「い、いえ…なんでもありません」
「ふーん、なんでも無いって顔じゃないがね」
「……本当になんでもありません」
「そうかい? 君がそんな風な物言いな時は大抵何かを隠していたりするんだがね……」
ニンマリとロイが笑っている。
その表情を見て、ああ、今日はちょっかいをかけてくる方だわ、とリザは確信した。ここでロイのペースに乗せられれば仕事が遅れるばかり、残業コース一直線だ。
「くだらない事気にしていないで、手を動かして下さい」
ぴしゃりと言ってやるが、ロイはどこ吹く風。一向に仕事を再開しようとはしない。
――こういう時のロイはたちが悪いのだ。
「そうは言っても、朝からずっと書類に追われていい加減疲れたんだよ。こういう時こそ気分転換が必要だと思うんだが」
「気分転換?」
「そう、気分転換……何、ちょっとした遊びだよ」
唇の端をつり上げて笑うロイには嫌な予感しか感じない。ここで、頷いてしまってはロイの思うままだ。だが、頷かない事にはロイはテコでも仕事をしそうにない。リザは一応その遊びの内容とやらを聞いてやる事にした。
「……具体的には?」
「賭けをしよう。……君が勝てば私は君の言う事を何でも一つきく」
「……では、大佐が勝ったならば私が大佐の言う事をきくんですね?」
「そうだ」
鷹揚に頷くロイの顔からはニヤニヤ笑いが消えない。どうみてもあの顔は不埒な事を考えている顔だ。正直この賭けはリザに利は無いように思えた。何故ならば、リザ勝てばリザの要求は当然真面目に仕事をしろというものになるのであり、そしてそれは、ロイにとっては当たり前の事であってなんの損にもなっていないのだ。
かといってこの賭けに乗らなかったら、ロイは絶対に仕事をしないのだろう。それはそれでリザは困るのだ。
リザはどうあっても自分をからかって困らせるのが趣味としか思えない意地の悪い上司に、意趣返ししてやりたくなる。たまにはロイも困ってみれば良いのだ。
「判りました。その賭けに乗りましょう。ですが条件が一つあります」
「なんだ?」
「賭けの内容は私に決めさせて下さい」
「……良いだろう。公平であるならば何でも良い」
「……では、大佐のお考えになっている事を当てます」
「なんだと…?」
リザの言葉にロイは驚く。それも当然だろう。明らかにその賭けはリザに不利過ぎる。しかし、リザは気にした風もなく。
「見事当たっていたなら、私の言う事を聞いて貰いますからね?」
「ま、待て。本当にそれで良いのか?」
「大佐がよろしければ、私に異存はありません」
「……良いだろう。後悔するなよ。……では早速当てて貰おうか?」
「判りました」
リザは自信に満ちた顔で頷くと、スウっと息を吸い込んだ。
「……大佐は……私にキスをしたいとお考えです」
「な!?」
リザの答えにロイは目を見開いて驚きの表情を露わにした。それは簡単な謎かけ。ハズレと言うのは簡単だろう。答えを知っているのはロイだけなのだから。けれども、ハズレと答えれば、それはリザにキスをしたくないという事になる。そして、ロイはそうは答えないだろうという事をリザは知っていた。
「……当たりだ」
諦めたように言うロイにリザはニッコリと笑った。それはロイより上手を行った勝利の笑みだ。
「では、大佐。この賭けは私の勝ちですね?」
「ああ……そうだな。約束だ、君の言う事を聞こう」
降参といった様子で両手を上げたロイは、リザの策略に敬服したのか素直に頷く。
「大人しく仕事をするよ……」
「あら? 大佐、私はそんな事一言も言ってはいませんが」
「へ?」
ロイはぽかんと間の抜けた顔をする。
その顔をリザは胸のすく思いで見やった。今こそ、日頃の恨みを晴らす時だ。
リザはロイの机を回り込むと、椅子に座ったままのロイの肩に手を置いた。ロイを見下ろすと言うのもなかなかいい眺めだ。
「いいですか、私が良いと言うまで動かないで下さいね?」
「な……何をする気だ…中…んーー!」
リザはロイの頬を両手で包み込むと、背を屈め素早く口づけた。いつも一方的に奪われるキス。奪う側というのもなかなか新鮮である。今日のロイは約束を守ってかリザには一切触れてはこない。そのおかげでロイに翻弄されずにリザは思う存分ロイの唇を堪能する事ができた。
頬の手を頭に滑らせてその柔らかなサラサラした黒髪に手を差し入れてグシャグシャにしてやる。
人を好き勝手するというのはすごく楽しい。
いつもロイはこんな楽しい事をしていたのか。
最後にペロリと彼の唇を舐めて身を離すと二人の間を銀色の糸が繋いだ。
見下ろしたロイの顔が赤くなっている。すごく可愛い。
「……これでおしまいか?」
ロイは上目遣いに低く唸る様に言う。
「さあ? 後は大佐次第といったところでしょうか?」
さりげなく彼の唇を拭ってやると、更にロイはぴくりと肩を震わせた。
くつりと笑うとリザはロイに背を向けて執務室を後にする。
仕事をしろなんて言う必要はない。この後おそらくロイは必死に仕事をこなすだろう。今夜リザをデートに誘うために。
振り返る事無くリザは扉を閉めると、背を扉に寄りかからせる。そして、そっとキスの余韻に濡れている唇をその指でなぞったのだった。


「なんだ…キスをしたかったのは君だったんじゃないか……」
後に残っていたのは中途半端に焔を点けられた、そんな男のつぶやきだけだったという。




END
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アイロイ……か?
ロイアイ脳の限界。
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by netzeth | 2011-11-08 01:35 | Comments(0)