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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

Birthday

時計は20:00を少し回ったところ。
待ち合わせをした、身の丈に合わない(とリザは思っている)高級レストランで、壁掛け時計を見上げ時間を確認したところで、リザはさてどうしたものかと悩んでいた。約束は19:00だったはずだ。すでに一時間以上経過している。そして、この場所を離れて彼を迎えに行くべきか、もう少し待ってみるべきか……リザは決めかねていた。
だいたい互いに軍人なんてやっていれば、予定が時間通りにいかない事など日常茶飯事である。例え二人とも非番で部屋でくつろいでいたとしても、有事の際には必ず軍部から電話がかかってくるのだから。実質的な司令官である彼がその呼び出しに応じない訳にはいかず、そしてまた、彼の副官である自分も同様なのである。
「お飲物はいかがですか?」
既に一時間以上席で待ちぼうけをくらっている女をどう思っているのか、給仕がやってくるとリザに声をかけてきた。
……きっと恋人にフられた可愛そうな女だと思われているんでしょうね。
少々捨て鉢な思いでそんな事を考える。
「いいわ」
「……失礼いたしました」
去っていく給仕の背中を見送って、リザは空のままのワイングラスを指で弾いた。ピインと澄んだ音が鳴る。
この日のためにと贈られたシックな黒のドレスも、いつもより装飾華美なピアスも、見せる相手がいなければなんの意味もない。丸いテーブルの中央に飾られた一輪のバラがやけに寂しく見えて、リザはフウとため息を吐いた。
――必ず行くから待っていてくれ。
そう言ってこの店と時間を指定した男は未だに現れない。今日、彼は仕事で自分は非番であった。仕事で何かあったとしたならば、これほど遅れているのも頷けるというものだ。彼は女の支度には手間がかかる事を考慮して、わざわざ自分が非番の日を選んでくれたのかもしれないが、こんな事なら仕事をしていた方が良かったのかもしれない。少なくとも今現在の様に、彼が来ないとやきもきせずに済んだだろうに。
待つのは構わない。彼が待て言うならば自分は何時間だって待っていてみせる。けれども、彼が自分の元に来られない様な事件が起きていたとしたならば……自分はこんなところで彼を大人しく待っている場合では無いのだ。すぐにでも司令部へ赴き自分のなすべき事をせねばならない。
……そこが問題なのだ。
彼はリザがこの店で待っているという事を知っている。そして、何か重大な事件が起きたとしたならば、彼は必ず自分を呼び出すはずなのだ。リザはその点においてロイを信頼していた。ロイはリザの事を恋人の前に一人の軍人として扱ってくれている。女だから、自分の恋人であるから……などと言った理由で自分を特別扱いする事は無い。使える駒は何でも使う、出し惜しみはしない――それがロイだ。よって、今のリザに何らかの伝令がないという事はロイは自分を呼び出すほどの事では無いと判断しているということ――ロイがそう判断しているのに、リザがでしゃばる事は出来ない。
だとしたならば、リザはロイを信じてここで待つ事しか出来ない。
……それにしても待たせ過ぎである。
理性では行くべきではない思っていても、リザの感情はロイの元へ行きたいと訴える。もしかしたら彼の身に何かあったのではないか? 自分を呼び出す事もできない様な何か……そんな思いに捕らわれてしまう。
「もうっ、待つって性に合わないわ……」
ぽつりと呟いた声は、我ながら虚しく響いた。


24:00。
とうとう閉店の時間になり、レストランを出ざるを得なかったリザはそのレストランの入り口でまたも悩んでいた。
いくらなんでも遅すぎる。
そもそも、今回のように、ロイがリザと外で食事をしようとする事自体珍しい事であるのだ。上司部下という関係であっても、恋人同士である事自体は軍の規律上問題はない。けれども、ロイの足下を掬おうと狙っている輩は多いのだ。部下――しかも直属の副官とのスキャンダルなど格好の餌となってしまうだろう。
だからいつも、二人で外を歩く時は極力人目を避ける様にしてきた。もちろん恋人同士の触れ合いなどもっての他だ。もし誰か関係者に見られても、常に言い訳ができるようにーーそれがロイとリザの恋人同士としてのつき合い方だった。双方それで納得していたし、部屋でゆっくりと時を過ごす事が嫌いでなかったリザはロイと自宅デートできるだけで満足していた。
そんな二人であったから、今日はどうしてもと約束を取り付けてきたロイにリザは驚いたのだ。
しかもリザが滅多に訪れる事のないような高級レストラン。人目が気になるところではあったが、食事だけならなんとでも理由はつけられるとロイに押し切られる形で了承したのだ――彼が約束を破る事はありえない。
……やはり何かあったのではないか。そんな不安が再び首をもたげてくる。
――やっぱり軍部に顔を出してみよう。
そう決心した刹那、
「中尉!!」
自分を呼ぶ声がして、リザはその方向へと振り返った。
乱れた髪と服装の男が肩で息をしながら立っていた。
「大佐!?」
ようやく現れたリザの待ち人は、全力で走ってきたのか額に汗が滲んでいる。
「す、すまん……待たせたな……」
「そんな事はかまいません……それより何か事件が?」
「ああ……それがだな…ここでは何だ、場所を変えよう」
「え、あ、はい…」


ロイに言われるままに二人やってきたリザの部屋で、リザがお茶を入れてやるとようやく落ちついたロイがふーと体をソファーの背もたれに寄りかからせた。
「一体何があったんです?」
同じくロイの隣にリザは腰をおろす。彼の顔を伺うように見上げれば、ロイは体勢を正した。
「……いや事件ではないんだ。今日は君との約束があったから私は全力で仕事をしていた。で、いざ退勤五分前になって、セントラルのトレイシー将軍がいらしてね」
「まあ……将軍が?」
「ああ。それでまさか私が帰る訳にもいかなくてな……あのお方は良い方ではあるんだが…話が長すぎるのが欠点だ。泊まるというのをなんとか説き伏せて、最終のセントラル行きの列車に乗せたよ」
「それは……お疲れさまでした」
リザは心からの労いの言葉をロイにかけた。
自分達がこの東方である程度好き勝手やれているのも、ロイがうまく立ち回っているおかげなのである。上とのつき合いもロイの仕事のうちだろうが、疲れる事には変わりない。
「いや……私の事は良いんだ。すまない中尉…」
「謝らないでください。食事ならまたいつでもできますでしょう?」
「いや、今日……もう、日が変わってしまったな。昨日でなければならなかったんだ」
「え?」
「やっぱり忘れていたな……昨日は君の誕生日だったじゃないか」
「あ…」
ロイに指摘されて、リザは初めて昨日が己の誕生日だった事に思い当たった。今の今までロイに言われるまでそんな事はすっかり忘れていたというのに。
ロイは覚えていてくれたんだろうか。
「……せめて誕生日くらいは…と思ったんだが……」
悔やむ様にロイは言う。その顔を見つめながらリザはロイに問うた。
「誕生日……くらい……?」
「そうだ。……私が君にしてやれる事は少ない。外で堂々と腕を組んで歩く事も、一緒に食事をする事でさえも、人目を気にしなければならない。……これは今更言っても仕方の無い事だが……我々が選んだ道はそういう事だ。君には私の恋人であるという事でずいぶんと我慢を強いてしまっている……ならば、せめて君の誕生日だけはできるだけの事をしてやりたかったんだが……すまない。たったこれだけの事も私は約束通りできない男なんだ……」
リザは初めてロイの心情を知ったような気がした。
今までは恋人同士といっても、互いの部屋を行き来し、体を重ねるだけのそういう淡々とした関係だと思っていた。少なくともロイはそう思っているのではないかと。
「当たり前の他愛もない恋人同士の時間。それすらも君に与えてやれない……」
それなのに。ロイはいつもこんな事を考えていたというのか。
――バカな人。私には貴方さえいれば他に何もいらないというのに。
リザはそっと項垂れていたロイの頭を抱え込んだ。
柔らかな黒毛に頬をうめると、ふわんと彼の匂いがする。
……リザの大好きな匂いだ。
「私は幸せですよ、大佐。貴方と外でデートが出来なくたって、普通の恋人同士の様に振る舞えなくたって、貴方が私の誕生日を覚えていて下さっただけで、私はもう十分幸せなんです」
きっときっと自分は、世界一幸せな誕生日を迎えた女なのだ。
「中尉……ありがとう」
ロイの言葉には答えずに、代わりにリザはロイの頭を抱きしめる力を強くした――言葉にしきれないこの想いが全て彼に伝わるように。



END
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2周年記念SSという事でバースデイと銘打ってみましたが、あんまり誕生日っぽい内容ではない…;;
by netzeth | 2011-11-29 21:49