うめ屋


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by netzeth
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イブは私と。

イブの日は朝から曇り空であった。太陽の当たらない日中はたいそう冷え込んで、室内だというのに吐く息は白い。これも、軍をあげて経費節減を謳い文句に冬の光熱費をケチった結果である。どうせ軍なんて体を動かしてなんぼの職業、まして筋肉モリモリの暑苦しい野郎共に暖房なんて不要――といった間違った見解が世間にははびこっているのかもしれないが、中にはデスクワークが主の繊細な寒がりの青年司令官だっていたりするのだ……私のような。
私はかじかんでしまった万年筆を握る右手の指に、はあ~と息を吹きかけた。左手はポケットにでも突っ込んで温める事が出来るが、仕事中の右手はそうもいかない。すっかり冷たくなった手は簡単には暖まってくれそうには無かった。
「失礼します。……大佐、一息入れて下さい」
グッドタイミングとはこの事だろう。熱いお茶が乗った盆を持ってホークアイ中尉が執務室へと入ってきた。彼女は夏も冬も変わらない軍服のボタンをきっちりと止めたいつものスタイルだ。……寒くはないんだろうか。特に女性は男より体が冷え易いと言うし。意外に中に着込んでいるのかもしれない。ババシャツとか。中尉のババシャツ姿というのもなかなか興味深いものがあるな……。
なんて、私がバカな妄想を膨らませていると。
「どうぞ」
中尉は私の前にお茶とお茶菓子のクッキーを置いてくれた。湯気の立ち上るそれは見るからに体を温めてくれそうで。私はありがたく頂く事にする。
東方司令部名物不味い茶もこういう時は美味に感じる。ましてや、中尉が淹れてくれたのなら尚更だ。
「とても早くには終わりそうにありませんね……」
私の仕事の進行具合を確認した中尉がポツリと誰とも無く呟く様に言った。普段ならばため息と共に吐かれるだろう言葉は、今日に限って何か別の響きを伴っている様に聞こえて。私は思わず中尉を見上げていた。
私と視線が合った中尉は慌てた様に視線を逸らした。……彼女らしくない仕草だ。
「ああ、せっかくのイブだが早上がりは無理だな。まあ、定時までには終わるだろう」
「それはご愁傷様です」
目を逸らしたまま素っ気ない口調で返事を返す彼女。おそらく、恒例の女性とのデートはお預けな私に対しての言葉だろうが……君はどこまで気づいているのだろうか。

プレゼントはわ・た・し――なんて言う裸にリボンを巻いた女性は男の馬鹿げた妄想みたいな代物だ。だが、実を言うと私にとってのクリスマスプレゼントは毎年まさにそれなのである。……残念ながら裸では無いが。
クリスマス・イブには仕事を入れる――私は今年も迷う事無くそうした。なにしろイブに休暇を取りたいものなど幾らでもいるため、毎年この日、私は当たり前に仕事をしている。もちろんそれには理由がある。
同じく毎年仕事の彼女――ホークアイ中尉とイブを過ごすためである。今のところただの上司である私には正面切って彼女をクリスマスデートに誘う事などできはしない。だが、それでも聖夜を特別な人と過ごしたいという欲求があるのだ。そして、仕事にかこつければその願いが叶うのである。ついでに仕事終わりに日頃の感謝と慰労を込めて……なんて理由をつけて毎年食事に誘う事も可能なのだ。いつもなら渋る彼女も、この日だけは素直に応じてくれたりする。そのささやかな時間を楽しみに私は毎年このイブに仕事をしている。
しかし今年はちょっとしたミスで、イブの日が中尉の非番にあたってしまった。それを知った当初私は焦ったが、すぐにファルマンに頼まれてシフトを交代したという中尉の言葉に安心した。
きっと、仕事後の慰労……などともったい付けた理由を付けずに、素直にクリスマス・イブだから君と過ごしたいと誘うのが正しいのだろう。そうすれば、イブの夜彼女が他の男と過ごすかもしれないと虚しい嫉妬に苦しまずに済むだろう。
けれど。
私はそこで、彼女に贈る予定のプレゼントに思いを馳せた。一昨年はクリスマスカラーの小さなリース。去年はハヤテ号によく似た黒犬のペーパーウェイト。どれも彼女は大袈裟なほどに喜んでくれた。もちろん、今年もちゃんと選んである。小さな雑貨屋で見つけたスノードームだ。どれも安価なちょっとした小物ばかりなのには理由がある。いくら私が贈りたくても高価な品――例えばアクセサリー類などもっての他だからだ。私たちの関係は上司と部下。そしてちょっとした昔馴染み。その関係を逸脱するような贈り物は彼女に重荷を与えてしまうだけだ。私は、私達のその距離をずっと慎重に見定めて来たのだから。
――恋人には足らず、部下では収まりきれない。
今はまだこれでこれでいいのだ。好きな女を仕事にかこつけてしかデートに誘う事のできない男のままで。
そして、私は今年も同じ台詞を彼女に贈る。
「中尉、もし良かったらだが……」




せっかくお金持ってて将来有望な良い男が集まるパーティの招待状をゲットしたっていうのに、そしてせっかく誘ってあげたっていうのに。イブは仕事だから無理ってどういうこと? あんた去年も一昨年もそうだったじゃない。イブよ、イブ、よりによってクリスマス・イブに毎年仕事しているなんて信じられない。なんて言ってやったら大佐が仕事を残しているから仕方ないの、ですってえ? いかにも苦労してますなんて顔をしてたけど、お姉さんの目は誤魔化せないわよ? あんたにとって上司とお仕事はデートと同義語じゃあないの。いくら渋って見せたって口元が弛んでるってーの!……なんて指摘しようもんならきっと真っ赤になって否定するのよね、この子。ま、自覚が多少あるみたいなのは良い事よね。……あ~あ、私も男が欲しい。どこかに良い男いないかしら?


クリスマスは仕事だデートも出来ないとこの世の終わりの様な顔を中尉にして見せたって口元が弛んでますぜ、大佐。あんたわざと仕事を入れたんでしょうが。本音を隠し通せないしょうじゃまだまだだな。ま、どんな男だって惚れた女の前じゃどんなに取り繕ったところで、形無しだな。


中尉にクリスマス・イブの予定を聞かれて一瞬ドキリとした僕を笑わないで欲しい。男なら綺麗な女の人にそんな事を言われたら期待するものだと思うんだ。もちろん中尉からのお誘い…なんて無かったけど。僕はハヤテ号をイブの日に預かって欲しいと頼まれた。中尉の助けになれるのはもちろん嬉しいし、クリスマスを犬と過ごすっていうのも案外悪くないかもしれない。それにしても中尉はイブも遅くまで仕事なのかあ……大変だなあ。


クリスマス……聖人の降誕を祝う祭日。クリスマス・イブとはその前夜に辺り一般的に親しい者……家族や恋人とパーティをしたりデートをして過ごす――。そんなクリスマス・イブの日に私はちょうど勤務に当たってしまいました。まあ、特に予定もないので良かったんですが。ところが、非番だった中尉がシフトを変わって欲しいと申し出てきたんです。もちろん快く了承しました。中尉にもきっと何か用事があるのでしょう。困った時はお互い様です。ところで……変わったところで、やっぱりなんの予定も無いのは困ったものですな。


リザをクリスマスパーティに誘おうとしたら、あっさり断られちゃった。あ~あ、つまらない。せっかく綺麗な子を連れていって見せびらかしたかったのにな。やっぱり、あの年頃の子はおじいちゃんより男の人をとるんだね。だって、仕事~なんて言ってたけど結局はマスタング君と一緒なんだもん、そういう事でしょう?……意地悪してじゃあ、マスタング君を上官命令でパーティに呼んじゃおうかな。そしたら、リザも悔しがるよね~。でも、きっとマスタング君パーティじゃあ女の子に大人気なんだろうなあ。そしたらワシ、つまらないなあ。……やっぱりマスタング君呼ぶの無し!


念願のイブを非番にして貰い、俺は意気揚々と気になっていたクリスティちゃんを誘ったんだ。そしたらOK!! おれはこの日のために気合いをいれて俺の財布には少し厳しい高級レストランの予約を入れた。本当は事前にいろいろデートしてから来る予定だったんだけどな。クリスティちゃんの事情で急遽レストランで待ち合わせになった。まあ、女の子にはいろいろあるもんだからな。俺は気にしてなかった。レストランにまだクリスティちゃんは来てなかったもんで、俺は席で暇を持て余しつつ、周囲のカップル達を眺めながらタバコを吸ってた。別に羨ましくなんてないぜ、これから俺もクリスティちゃんとラブラブするんだからな。そしたら、すごいもんを見ちまったんだ。見間違いじゃないかって? いいや、あれは確かに大佐と中尉だったね。俺は時計を見た。……確かに定時で上がれば今の時間に食事するのも不可能じゃないけどな。ここは予約が必要な高級レストランだ。仕事帰りにちょっと気軽に食事に来ましたって寄れるような店じゃない。しかも今日はイブ。この日に予約を入れるにはそれこそ何週間も前から頼まなければ無理だ。俺だって苦労して入れたんだから。なんだ、あの二人とうとうクリスマスデートをするような仲になったってのか? それはめでたい事だけど、俺たち部下からしてみれば、やっとって感じだな。端から見てたらほんとに焦れったいったらなかったもんなあ、この二人。良かった良かった……って、クリスティちゃん、遅いな……。



私にはもったいないくらいの美味しいレストランでの食事を終えて、私達は外に出た。こんな高級なお店でしかもイブじゃあ、きっとずいぶん前から予約が必要なんじゃないかしら? なんて思ったけど、私はすぐにそれを否定する。だって、それじゃあ大佐が私とイブに食事をするためにずっと前から予約を入れてみたいだし。大佐は今日たまたま一緒に仕事をしていた私をたまたまイブだったから食事に誘ってくれたのよ。うんうん。……でも、それがたまたまじゃないって事は私だけが知っている事。本当は非番のシフトだったのを、無理を言って私はファルマン准尉に変わって貰ったのだ。それは毎年、このイブの日。大佐が私を食事に誘ってくれるのを知っていたから。そう、イブを彼と過ごす権利を誰にも譲りたくない――そんな私の…女の身勝手なのだ。
既に日が暮れて久しい12月の街は底冷えがする様な寒さだった。白い息を吐きながら私と大佐は黙々と歩いていた。意外に寒がりな大佐は両手をコートのポケットに入れて歩く。私はいつもの癖でその半歩後ろを。大股で歩く彼に置いていかれない様に少し小走りになったところで、唐突に彼は立ち止まった。何事かと思ったら、
「中尉」
と、彼が突然私を呼ぶ。
その声になんとなく緊張いた色を感じた私は訝りながらも、はいと小さく返事を返した。
「これを」
振り返って彼がそのポケットから取り出したのは小さな小さな小箱。特に何かに包装されている訳でもない本当にシンプルなただの箱だ。あっと、私は思い当たる節があって息を呑んだ。そう、毎年毎年律儀に彼が用意してくれる――クリスマスプレゼント。
「開けても……?」
「ああ」
彼の手からその小箱を受け取った私はそっと箱を開ける。中にはその箱と同じく小さな小さなスノードームが入っていた。
「綺麗……」
街頭の灯りに照らされて、それは幻想的に雪をその小さな世界に降らせていた。
「ありがとうございます……すごく素敵です」
それを掌の上に乗せて眺めながら、私は彼に礼を述べた。彼はいや……と少し照れた様に笑う。
「すいません……私……なにも用意していなくて……」
毎年悩んで、結局私は彼用のプレゼントを用意できていない。だってなにを渡せばいいのか検討もつかないんだもの。なのに、彼は毎年私好みの可愛らしい小物を贈ってくれるのだ。
「いいや、いいんだ。君からのプレゼントはもう、貰っている」
「え?」
「いや、何でもないよ、気にするな」
彼はそう言っていつも笑うけれども、私には毎年彼に訊きたくて、訊けないでいる事がある。
仕事終わりにたまたま誘ってくれているはずなのに、どうしていつもプレゼントを用意していてくれるんですか?……もしかして、たまたまじゃないって思っているのは私だけじゃないのかもしれない。
本当は彼も……イブを私と……?
私は掌の上のスノードームを揺らす。きらきら舞う小さな雪の上に白い影が落ちた。
「あ……」
「雪……か」
本物の雪がちらちらと私達の上に降ってきていた。それはあっと言う間に周囲を白い世界へと変えていく。まるで、スノードームのように。
「これは積もるぞ」
「ええ、明日の朝には除雪部隊を出さねばならないかもしれません」
「仕方ない、司令部に戻って手配しておくか」
「はい」
また、すぐに仕事の話に戻ってしまうロマンチックの欠片も無い私達だけど。私がこの日を彼と一緒に居たいと思う様に、彼も同じ事を思ってくれているのならば。いつか、この想いが繋がる事もあるだろう――。
再び足早に歩きだした大佐の背を追いかけて、私は雪の降りしきるイーストシティをいく。こうして私達の聖なる夜は少しづつ更けていくのだった。




END
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by netzeth | 2011-12-22 01:07 | Comments(0)