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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

DRAGON

「中尉……折り入って相談なのだが」
「……なんですか?」
大佐が改まって真剣な顔をするので。私は書類の確認作業を一時中断して顔を上げ、彼の方へと顔を向けた。
忙しさも極まれり……な12月30日。軍部は年中無休が基本なので、御用納めなどもちろん無い。世は既に年の瀬を迎えて、迫るニューイヤーに向けての祝賀ムードが高まっているが、私達――大佐と私は相も変らずの仕事であった。
「……大晦日に女性の家を訪ねる時には……何を持っていくのが良いだろうか?」
真面目に仕事に励んでいたかと思いきや、そんな事に気を取られていたのか。
彼の口から出た言葉に私はついついムッとしてしまう。
大佐と私は明日、半休を貰えた。お互い、今年は新年を家でゆっくり迎えられるはずであったのだが、早速彼は女性との約束を取り付けたらしい。普段からデートの約束が引きも切らない彼であるから当然といえば当然かもしれなかったが、私は少々面白くなかった。
そりゃあ、私と大佐は別に特別な関係では無いけれど。でも、他の女に会いに行く相談を私にするなんて少し…いやだいぶデリカシーに欠けると思う。
……ヒトの気も知らないで。
だから、その時の私はとっても意地悪な気分だったのだ。気持ちがささくれ立ってカサカサ。乾燥注意報。
――大佐が思いの外真剣だったのも、それに拍車をかけていた。だって、そんな大晦日なんて日に会いにいく女性なんて、それこそ特別だって言っているようなものじゃない? いつも、デートは遊び。本気じゃ無いって豪語しているくせに。
「やはり……新年を祝うシャンパンなどは外せないと思うのだが……」
そして意地悪女の今日の私は、とある事を思いついたのである。にっこりと笑顔をみせて私は彼に言ってやった。
「いいえ、大佐。もっと良いものがありますよ」
「良いもの?」
「はい。……ずばり、下着です」
「し、下着!?」
大佐は驚いた様に私を見た。そりゃあ、そうだろう。大晦日に下着って彼にとっては意味不明なはずだ。私は大真面目な顔で頷いてやる。
「……中尉…それはどういう……」
「昔から東の国では新年は新しい下着で迎えるという風習があるそうです。新たな年を真新しい物で迎えて気分も一新という事ですね。それが昨今、このアメストリスでも女性達の間で流行っているのです。……ですから、大晦日に女性宅を訪れるならば、下着です。これしかありません」
「そうだったのか……」
彼は知らなかった……と呟きながら何度も頷いているが。
……大嘘である。
昔ファルマン准尉から聞いた東の島国の話をテキトーに脚色してでっち上げてみたのだけども。あの大佐が信じているようだから、我ながらうまい嘘だったかしら。
もちろん、恋人ほどのまだ親密でない女性にいきなり下着なんて贈ったらどうなるか……予想できない私ではない。その女性が大佐の事をどう思っているかにもよるだろうけど、大晦日にいきなり下着を貰ったら大抵の女性ならば引くだろう。
私は更に続ける。
「しかも、来年のエトというものが入ったものが縁起が良いとされているらしいですよ」
「エト?……それはなんだね?」
「なんでも東の国では毎年決まった動物がその年の象徴のようなものになるそうです。それをエト……と呼ぶとか」
「なるほど……で、具体的にはそれはどんな動物なんだ?」
「私の知っているところですと……竜と聞きました」
「竜……それはドラゴン…ということか?」
「はい。ドラゴンです」
……ドラゴンの絵が入った下着って。
自分で言っておきながら、私は自分で突っ込んでしまった。正直そのドラゴンパンツをプレゼントされる女性がちょっと可哀想になってしまうほどに。けれど、大佐は私の大ボラにちっとも気づかず、しきりにドラゴンか……売っているだろうか……などと真剣な顔で思案している。……これは本当にドラゴンパンツを買って女性にプレゼントしていまいそうである。
そんな大佐を見ていると、私はだんだん空しくなってきた。こんな嘘をついて彼が女性にフられればいいなんて思って。自分はなんて嫌な人間なんだろうと。
「あの……大佐……」
私は思いきって彼に告げようとした。……下着うんぬんは嘘で、ちょっとからかっただけなんです、と。けれども。
「なあ、中尉。……君だったらその…エトの入った下着をプレゼントされたら嬉しいか?」
大佐の真摯な瞳が私を射ぬいて。いつの間にかノドまで出かかっていた言葉は引っ込んでしまっていた。
「……嬉しいですよ」
嘘か本当かなんて関係ない。こんな風に、彼に真剣に想って貰うならば。例えドラゴンパンツでもきっと嬉しい。
「そうか」
満足げな顔で破顔した彼に、もう、私はそれ以上何も言えなかったのである……。



だから。
大晦日の夜。シャンパンでなく、彼が一体どこで買ってきたのかよく判らないドラゴンがプリントされたおどろおどろしいパンツを持って私の家を訪れた時。私がとてもとても嬉しかったのは……本当に本当の事なのだ。




END
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by netzeth | 2011-12-29 23:22