うめ屋


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命名秘話

「さあ、今日からここが貴方のおうちよ」
抱き上げていた柔らかな黒の塊をそっと降ろすと、早速好奇心旺盛な子犬はトテトテと小走りに部屋の中を冒険し始めた。匂いをフンフンと嗅いではあちらこちらへ。最初の躾が良かったのか幸いにも粗相をする様子は無い。無邪気な子犬の様子をリザは微笑んで見やった。
今日は子犬を連れての事だったのでまっすぐ帰宅したが、さて、この子のためにいろいろ揃えてやらねばなるまい。おトイレグッズはもちろん、首輪にリード、ご飯入れに顎を丈夫にするための骨のおもちゃ……数え上げれば枚挙の暇が無くて。リザはふふと笑った。思った以上に自分は新しい家族が増えた事に浮かれている様だ。父親が亡くなってからというもの、一人暮らしが長かったせいもあるだろが、何しろ動物を飼うなんて初めての経験なのだ。
リザはふと少女時代に拾ってきて飼う事を許されなかった子猫の事を思い出した。
泣く泣く飼う事を諦めた自分がそれでももう一度子猫を放り出す事など出来ず途方に暮れていた時、子猫の里親を探してきてくれたのは……。
「く~ん…」
いつの間にか子犬がリザの足元にすり寄って来ていた。小さな体で懸命にリザに何かを訴えている様に見える。
「あ、ゴメンね。お腹が空いたのよね?」
しゃがみ込んで頭を撫でてやると、子犬はそうだとばかりに小さくキャンッと鳴いた。
とりあえず数日分のこの子のご飯はフュリー曹長から貰ってある。動物好きの彼はこの子を拾った時にわざわざ買ってきたらしい。己の荷物からドックフードが入った袋を取り出すと、キッチンの棚から出した皿の上にあけてやる。途端にお腹を空かせた子犬が皿に飛び付こうとするのを、
「待て」
リザはその手を子犬の前に突き出して制した。子犬はビックリしたのかピタリと動きを止めるとぽかんとした様子でリザを見上げてくる。
躾は最初が肝心だ。そう考えて司令部でも少し厳しくしたつもりだった。そして、食事の時も然りである。
「待て、よ…………」
厳しく子犬に言い聞かせる様に呼び掛けようとして。リザはそこで子犬の名前がまだ無い事に気付いた。
「……どうしようかしら?」
子犬が家にやってきた事に浮かれてまったく失念していた。正直何も考えていない。せっかく出来た家族なのだから素敵な名前を付けてやりたかった。
「……あなた、どんな名前がいい?」
早くご飯が食べたいなあ……という顔をした本人――いや本犬に尋ねてみるが当然の如く答えは帰らず、リザは悩んだ。
愛犬の名前なんてものはきっと見た目のイメージとか、どんな子になって欲しいとかそういう感じでつければ良いのよね……。
リザは良い子に待てをしている子犬の頭を撫でてやる。
キラキラと光る黒い瞳と、見た目より柔らかな黒毛の手触り。
黒い瞳、黒毛……ロイ。
唐突に頭に浮かんだその単語をリザは慌ててブンブンと頭を振って打ち消した。
「有り得ないわ……」
だって、この子にそんな名前を付けたら。自分は事あるごとに彼のファーストネームを口に出す事になる訳で。
「恥かし過ぎる……」
そんな毎日を一瞬でも想像してしまった自分が恥かしくて、リザは顔を赤らめた。
自分は何を考えているのだろう。……もしかして黒毛、黒い瞳のこの子に彼を重ねようとしているのだろうか。それとも深層心理では自分は本当はロイって呼びたいとか考えているとか?
次々と浮かんでくる思考はやはり恥かしいものばかりで、リザの頬の熱は増すばかりである。その時だった。
コンコンという軽いノック音がリザに来訪者を告げた。子犬が待てをしたまましきりに尻尾を振り出したのを見てとって、リザは不思議に思いつつ扉を開けると。
「やあ」
両手に紙袋を抱えた己の上官が立っていた。
「大佐……一体…」
どうしたんですか、と続ける前にロイはズカズカとリザの部屋に入り込むとリビングのテーブルの上に抱えていた荷物を置いた。その紙袋には良く見ると小さな犬のマークの様な物がプリントされている。それがイーストシティにある大きなペットショップのものだということをリザは知っていた。
「必要だろうと思ってな。いろいろ買ってきた。……ほら見ろ、こんなのもあるんだぞ」
そう言って袋の中からカラフルな色をしたボールの玩具を取り出すとロイは子犬にそれを見せつける様に振った。
「後で遊んでやるからな」
「大佐……お気持ちは嬉しいのですが……仕事はどうしたんですかっ、仕事は! まだだいぶ残っていましたよね?」
子犬が居るからという理由で早めに上がらせて貰ったリザだったが、仕事が溜まっていたロイにはきっちりと終わらせる様に言い置いて来たというのに。自分とさして変わらぬ時間にこの場所にいて、しかも買い物までして来ているという事は絶対に仕事は終わっていないだろう。
「あー…それはだな……」
案の定ロイはリザから視線を逸らすとポリポリと頬をかく。
「私もそいつの事が気になっていてだな……仕事が手に付かないというか……とにかく! 明日! 明日今日の分も絶対にやるから!」
「んもうっ!」
開き直ったロイにリザはもう呆れた顔をするしか無かった。本来なら子犬と同じ様に銃で躾てでも仕事に戻らせなければならないのだろうけども。それでもリザの新しい家族のためにいろいろと気を回してくれたのが嬉しくてリザは怒りを収めた――彼は昔からちっとも変わっていない。
「今日だけですからね」
「……判ってるよ」
リザからお許しが出たとホッとした顔を見せたロイに、リザは改めて思う。
……ロイ、だなんて、呼べないわ。
「やっぱり、この子の名前はブラックハヤテ号にします。怠惰な子になっては困りますから」
「やっぱり……? 何がやっぱりなんだ? って、ブラックハヤテ号!?」
「黒毛ですからブラック、そして何事も怠けず素早くこなせる疾風の様な有能な子に育って欲しいという願いを込めて……です。何か問題が?」
「……君、ネーミングセンスは無いん……ゲホゴホッゴホン! いや良いんじゃないか? うん、強そうで良い名前だな!」
「でしょう?」
何故か額に汗を浮かべているロイにリザはニッコリと満足げな笑みを浮かべると。いい加減待ちくたびれて涎を垂らしている子犬にようやく声をかけてやったのだった。
「よし! 食べて良いわよ、ブラックハヤテ号!」



END
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by netzeth | 2012-01-15 23:21 | Comments(0)