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小さなリザちゃんのお話。 後編

(中身が)小さくなった中尉――リザちゃんを連れて私はひとまず私専用の司令官執務室へと人目を忍びつつ移った。何しろリザちゃんは私から離れようとしてはくれなかったので、手を繋いでの移動であったのだ。こんなところを事情を知らない第三者に見られようものなら、そこれこそスキャンダルである。幸い廊下を歩いている最中に誰にも会うことはなく、無事に司令官執務室へとやってくる事ができた。本日の私のシフトは休みであるので、この部屋を訪れる者はいないはずだ。人目の無いここならば安心してこの小さなリザちゃんを置いておけるというものだった。
さて、と。
私は来客用にと置いてあるソファーが気になったのか、早速上に座ってそのフカフカ具合を確かめているリザちゃんになるべく優しい口調で話しかけた。
「リザちゃん。おにーさんはちょっとご用事があるんだ。ここでいいこにおとなしくして待っていてくれるかな?」
きょとんとした顔で私を見上げたリザちゃんは、しかしすぐに顔を歪めると。
「いや!!」
きっぱりとお返事してくれた。……うん、そう言うんじゃないかと思ってたよ。だが、私としてもできるだけの事はしたいんだ。なにより、ハボック達だけに任せておくのも心配だし、資料室にでも行って私なりに催眠術の解除法を調べてこようと思ったんだが……。
「リザ、いいこじゃないもん、わるいこだもん…ひとりはいや……」
再びその大きな瞳に涙を溜めて、何かを訴えるように私を見上げてくる。
……やめてくれ、そんな潤んだ瞳で見つめられて否と言える訳がないだろうが。ましてや、相手は普段涙など絶対に見せる事のないあのホークアイ中尉なのだ。そのギャップにクラクラしつつ、既に私は彼女の望み通りKOされてしまっていた。
「分かったよ、リザちゃん。どこにもいかないよ…一緒に遊ぼうか?」
「うん!!」
嬉しそうに笑ったリザちゃんに、私も頬を弛める。
「そうか、じゃあ何して遊ぶ?」
「あのねえ……リザねえ……」
「なんだい? なんでもいいよ?」
リザちゃんがちょっと言い出しにくそうにしているので、私は助け船を出してやる。するとリザちゃんはちょっと恥ずかしそうに頬を赤くすると、まるで思い切った告白をするみたいに言った。
「高い高いしてほしいの!!」
は……?
「あかちゃんみたいだけど……リザ高い高いやってみたいの……」
ちょっと、待て。するのか、私が。中尉を。高い高い。
いや、一応私だって軍人のはしくれ、体は普段から鍛えている。大人…しかも同じく鍛えており、平均的な女性よりも大柄でかつ体重も重いと思われる中尉くらい簡単に持ち上げられるはずだ。なんなら今すぐにでもお姫様だっこでベッドに――も可能……じゃなかった。話がずれた。
物理的に私が中尉を高い高いする事は可能なはずだ。だが、しかし。本当にしていいのか。道徳的?な意味でなんかいろいろやばい気がする。成人女性高い高いとか。
「だめ……?」
とは言っても私の葛藤など、リザちゃんのお願い潤んだ瞳の前では脆くも崩れさり。
「もちろんいいとも!」
結局私はリザちゃんが心ゆくまで高い高いをしてあげたのだった……。


「えへへ~リザすごくたのしかったーー!」
連続20回高い高いに大満足したのかリザちゃんは、ご機嫌である。
「そうか……それは良かった……」
さすがに成人女性連続20回高い高いは腰にくる。私もまだまだだ。腰に手を当ててちょっと情けない体勢の私であったが、リザちゃんが嬉しそうなのは何よりだった。
「リザ、高い高いしてもらったのはじめてなの! おにいちゃんありがとう!」
「はじめて? おとうさんにはして貰わなかったのかい?」
言ってしまってから私はしまったと思ったがもう遅い。リザちゃんは途端にその顔を曇らせてしまった。形の良い眉毛が八の字に歪んでいる。
「おとーさんはれんきんじゅつのごほんをよんでるから、じゃましたらめーなの」
……考えてみれば、あの師匠が中尉に高い高いしてあげていたかどうかなんてすぐに分かる事だ。師匠は決して中尉を愛していないわけではなかったろうが、父親としては不器用で、十分に娘に愛情を示してやれていなかったのではないかと思う。
「リザねー、おかーさんがしんじゃって、おとーさんとふたりでさみしいんだ……」
私はその昔ホークアイ家でやっかいになっていた時の事を思い出していた。「マスタングさんが来てくれて嬉しい」中尉がはにかみながら言っていたあの時の言葉は彼女の本当に本当の本心だったんだな。
「そうか……」
「でもね、リザ、おとーさん、好きだよ?」
そう、笑うリザちゃん。でもまだその眉尻は下がったままだった。
「リザね、おおきくなったらおとーさんみたいなれんきんじゅつしになりかったの。でもね、リザ、さいのーがないんだって。だめだって、おとーさんがいってたの……だめなこはわるいこなの」
そういえばさっきから、頻繁に中尉は悪い子と自分を卑下するような事を口にしていた。今、5歳児であるリザちゃんらしくない言葉だと思っていたが、そんな理由があったとは。
私は内心嘆息した。
師匠は錬金術の事になると周りが見えなくなる人だったからな。娘に錬金術師の素養がなくて落胆したのだろうが、それをまだ幼い娘の前で吐露してしまったのはマズイだろう。みろ、幼い中尉のトラウマになってしまっているぞ。私が出会った頃の彼女はもうそんな様子を見せる事は無かったが、おそらく彼女にとって錬金術師の娘であるのに錬金術を使えないという事は最大の負い目だったのだろうか。もちろん彼女の気持ちをすべて察する事は出来ようもないが、私にはそれがあの背中に残る秘伝に繋がっている気がしてならなかった。
しんみりとしてしまったリザちゃんを元気づけたくて、私は彼女の頭に手を伸ばした。掌に柔らかな金髪の感触を感じながら、いいこいいこしてやる。
「リザちゃんは悪い子なんかじゃないさ。とってもいい子だよ」
「ほんとう?」
「ああ、しっかりもので、気が利いて、やさしくて、みんなリザちゃんが大好きだよ」
「おにーちゃんも? おにーちゃんもリザの事好き?」
「……ああ、大好きだ」
「じゃあ、リザ、おおきくなったら、おにいちゃんのおよめさんになってあげるね! リザ、れんきんじゅつしにはなれないけどおよめさんにはなれるよね!」
「……そうだね」
その無垢な笑顔に、実は君は将来上司に足払いしたあげくに無能と言い放つ立派な軍人になって順調にいき遅れている……などと口が裂けても言えないが。お嫁さんになってくれるなんて嬉しい言葉に、5歳児の言う事と分かってはいても、私の口許はついつい弛んでしまう。
「本当におにいちゃんのお嫁さんになってくれるのかい?」
「うん! やくそく!!」
そう言ってリザちゃんはちょっと背伸びをすると、止める間も無く私の唇へとちゅっとキスをしてくれたのだった。
……撃沈である。


あの後、私にキスをした途端ぱたりと中尉は倒れてしまった。慌ててソファーに寝かせて介抱すると、幸いすぐに彼女は目を覚した。そして、その時には既に元のホークアイ中尉へと戻っていた。キスがショック療法になったのかどうかは分からないが催眠術は解けたようだった。彼女は顔をリンゴの様に赤くして変によそよそしい態度をとる私に対して、不思議そうに首を傾げていた。そう、催眠術にかかっていた時の事を中尉はまったく覚えてはいなかったのだ。すぐにハボック達から事の詳細を聞いた彼女は、私に迷惑をかけたとしきにり恐縮していた。そのせいかその後しばらくの間少し優しかった気がする。まあ、それもほんの一時の事ですぐにいつもの調子に戻ってしまうのだが。
ホークアイ中尉は相変わらず手厳しい副官であるが、あの時唇に感じた柔らかな感触とリザちゃんがお嫁さんになりたいと告げた時の笑顔を思い出す度に私は「君、私のお嫁さんになってみない?」と言ってみたい衝動に駆られ……そして、ひょっとしたら色よい返事が貰えるかもしれないという気がするのだが……いまだに実行に移す事は出来ないでいる。




END
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by netzeth | 2012-02-05 20:28 | Comments(0)