うめ屋


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by netzeth
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君を想う

元気にしているだろうか。すまない、今年の夏至休暇は顔を出せそうにない。まあ、行っても師匠はまだ私を許してくれそうにないから、きっとまた門前払いなんだろうけどね――。


最後はロイ・マスタングと結ばれているその手紙を読み返すのはもう何度目になるだろうか。いつの間にか覚えてしまった彼の筆跡。特徴のあるRの文字をリザはそっと指でなぞってみる――そんな事をしても彼に会えないのは分かってはいたけれど。それでも過去に貰ったこの手紙で少しでも心を慰められたら……などと思う自分は大概女々しい。
ふっとリザの口元に自嘲の笑みが浮かぶ。
――彼に胸を張って会える様になるために、と、彼に追いつきたい、少しでも彼の助けになりたい、と、この道を選んだのは自分であったはずだ。それを何を今更センチメンタルになど浸っているのだろうか……。
「ちょっと! なあにやってのよっ、リザ!!」
想いをふっきる様に手紙を机の引き出しへとしまったところで、突然後ろからかかった声に、リザは文字通りビクリと肩を震わせた。声の主は振り返らずとも分かっている。けれど。リザはゆっくりと振り返ると、何事も無かったかの様な顔を作ってみせた。
――こういう時、己のあまり感情のでない顔は便利だ。
「レベッカ。……別に何もしてないけど」
部屋に入ってきたのはルームメイトのレベッカ・カタリナだった。
いかに同室とはいえ部屋に入る時はノックくらいして欲しいわと苦言を呈すと、彼女はいつも通りの明るい顔とあっけらかんとした口調で謝ってくる。
「ごめん、ごめん。つい…ね。でも、リザが忘れてるみたいだったからさ」
「忘れている……?」
首を傾げるリザにレベッカはほらやっぱりといった顔をした。
「ほーらー、約束してくれたじゃない? 今年の夏至に例の作戦を決行するから協力してくれるって」
「例の作戦……て、まさか、あれ本気だったの?」
「あったりまえでしょ! あたしの将来がかかってるんだからっ!!」
「将来って……そんなおおげさな……」
「と・に・か・く! 作戦概要を説明するから。ちゃんと頭に入れてよね」
本気も本気、大真面目な友人の迫力にいささか呑まれながらも、リザは仕方なく頷いたのだった。


リザがアメストリス東部に在るこの士官学校に入学して、もうすぐ二年が経とうとしていた。六月の夏至休暇を経て、八月の夏期休暇が終わればとうとう最終学年である。
夏至休暇を迎え大半の生徒達はそれぞれ帰省していて、リザ達が生活するこの女子寮も人はまばらだった。既に待つ家族も無いリザは当然寮に残っていたが、両親も健在で帰る家もあるレベッカまでが何故帰省しないのか不思議に思っていたのだが……そんな彼女から打ち明けられたのは、夏至の夜にまつわるとある伝説であった。
「学校の敷地内にさ、古い礼拝堂があるの知ってる?」
「礼拝堂?」
「そう、昔は日曜日になるとちゃんと礼拝の時間っていうのがあったらしくてさ。ま、それはおいといて。今はとっくにそんなのなくなってずいぶんと寂れててね、誰も近づかないし、忘れられちゃってるんだけどね。でも、昔から士官学校生の間では有名なのよね」
「どういう事?」
「それがね、夏至の夜、午前0時にその礼拝堂にある御神像の台座の裏に好きな人の名前を書けば、その人と永遠に結ばれるっていう伝説があるのよ!」
「……うさんくさいわね」
「何よ、その反応。これ、すごく信憑性があるんだから。何人も実例があるのよ?」
その実例をつらつらとあげるレベッカにリザははいはいと適当に返事をする。彼女は明るく、人前で背中をさらせないリザに理由も聞かずに何かと気を回してくれる優しい人間なのだが、こと恋愛事となると目の色が変わってしまうところがある。士官学校に入ったのも将来有望な男を捕まえるためだと公言してはばからなかったりするし、夢は金回りの良い、いい男を捕まえてさっさと寿退職する事らしい。
「ちょっと、聞いてるの? リザ」
「……ちゃんと聞いているわ」
「そ、ならいいわ。チャンスは今年だけなのよ。来年になったら実践研修もあるし、それどころじゃなくなるだろうしね。で、協力してくれるわよね?」
「……私にできる事ならいいわよ」
そして、うっかりとそんな約束をしてしまったのである。


今、リザはいくら日頃世話になっているルームメイト兼、友人の頼みだからといって安請け合いしてしまった事を深く後悔していた。
よくよく考えれば夜の0時に敷地内とはいえ外出するのは門限のあるこの女子寮では不可能に近い。いくら休暇中であろうとも学校内にいる限りは規則は絶対である。もし、破れば罰則、悪ければ退学もあり得るだろう。寮の出入り口は門限になれば寮を管理する寮長が施錠してしまう。もちろん生徒達では開ける事は出来ない。また、門限前には教官がやってきて点呼をとるのだ。あらかじめ外に出ているという手は使えない。
「一体どうやって抜け出すつもりなの?」
レベッカの頼みとはいえ、リザは退学になるつもりはない。――自分にはまだやりたい事があるのだから。そんな不安を滲ませて問いかければ、レベッカは胸をドンと叩いた。
「まーかせてっ。そこは抜かりは無くってよ。いい? 今夜、寮長のミス・イングリッドは寮の裏口の鍵をうっかり閉め忘れるわ」
「え?」
「あくまでも閉め忘れだから、0時を過ぎてまもなくしたら思い出して閉めてしまうけどね。だから、それまでには戻ってこないと……」
「ちょっと待って」
リザは真剣にレベッカを制止した。
「……一体どんな手を使ったの?」
いつも厳しい顔をしている、オールドミス、イングリッドの顔をリザは脳裏に思い浮かべる。正直に理由を話して彼女が扉を開けてくれるとはとても思えない。
「ミスは若いイケメンの舞台俳優にお熱でね。その舞台の最前列席のチケットで手をうってくれたわ」
レベッカの情報網とその手腕にリザは内心舌をまいた。正直彼女には軍人より向いている職業がもっと他にあると思う。
「そこまでするのね……」
「何よ、こんなのまだ可愛いもんよ。過去には寮長に一服盛ったっていう強者がいたらしいわよ」
「……」
恋する乙女……強い。
自分も一応乙女ではあるがそんな事を思ってしまうリザである。
「でも……寮の外には出れてもその先はどうするの?」
手段を選ばぬレベッカに呆れつつも感心しながら、リザは更に指摘する。礼拝堂がある場所に行くにはどうしても途中門を通らねばならない箇所がある。そして、その門も当然夜には閉められているのだ。しかも周囲は塀に囲まれている。
「だから。そこであんたに協力を求めたんじゃないの。一人じゃ登れなくても、二人なら登れるでしょ」
「……何を?」
「だから、塀」
そこまでするのか、というツッコミを今度はリザはぐっと飲み込んだ。自分ではきっとこの恋する乙女は止められない。――というかその情熱をもっと別の方面に注げば、金回りの良い男なんて捕まえなくとも自分でなんとか出来そうなものだ。
「いや~、持つべきものは運動神経の良い友達よね! あんたとなら大丈夫よ!」
後でするから、後悔と言うのだけども。
リザは今、再び、簡単にこの作戦に協力する事を了承してしまった事を深く深く後悔したのだった。


夏至の夜は曇りであった。雨でなく、月も星明かりも無いこの天気は今夜の作戦にはうってつけであったに違いない。
六月の夜の少しトロンとした熱気をはらんだ空気の中、リザはレベッカと二人寮を抜け出すと夜の闇に乗じて駆ける。校内に残っている生徒はもちろん教官達も少ないため、幸い誰にも見咎められずに問題の塀まで辿りつく事が出来た。
「良いリザ?」
「ええ」
絶妙のコンビネーションで、まず力のあるレベッカがリザを持ち上げて、リザが塀をヒラリと乗り越えた。そして向こう側へと降りると用意してきたロープを杭に打ち込んで地面に固定してから、レベッカへと投げる。すかさずレベッカがそのロープを登る――。
「っと、ふう……。こういう時錬金術とか使えたらもっとぱぱっとあーら不思議、魔法みたい☆に、こんな塀なんとも無いんでしょうねえ」
しんどかったー。なんて言う割には軽々とロープを登り、華麗に着地して降りてきたレベッカがそんな事を言う。
「そんな便利でもないわよ、あれ」
「え?」
「ううん、なんでもないわ。時間が無いわ、急ぎましょ」
「そうね」
再び二人で闇の中を走り出すと、リザの脳裏に思い出されるのは数年前の夜の事だ。
リザには過去、こんな風に人目を忍んで夜、家を抜け出した事が一度だけある。父の弟子だった、ロイ・マスタングという少年に星を見に行こうと誘われた時の事だ。当然父の許しなんか貰ってはいなかったので、夜そっと寝床を抜けだして、なんとリザは部屋の窓から外に出た。その時ロイは、錬金術を使ってリザの部屋と外を繋ぐドアを作ろうとしたのだが、強い錬成光は目立つという事で断念したのだ。結局、父親にはばれて後でロイもリザもひどく叱られる事となったのだが、あの夜の事は今でもよく覚えている。いけない事をしていると分かっていたのに、とてもわくわくしてとても楽しかった……。
「ちょっと、リザ! 着いたわよ」
「え?」
レベッカの呼びかけにリザは足を止めた。いつの間にか目的の礼拝堂の前まで来ていたのだ。物思いにふけって、通り過ぎようとしていたのを慌てて引き返す。
「行きましょ」
古びた扉を開けると、ぎいっと錆び付いた音が響いた。真っ暗な礼拝堂の中には当然明かりは無く、しんと静まり返っている。不気味――というより荘厳な雰囲気を感じるのはここが祈りのための場所だからだろうか。
レベッカと共に、持参してきた明かりを灯して、礼拝堂へと足を踏み入れる。さして広くもないその場所で、目的の御神像はすぐに見つかった。
「やった! リザ! ここよ、ここ!」
レベッカが喜び勇んで、その台座に走りより、しゃがみ込む。
「ほら、ほら! いっぱい名前書いてあるわよ~!」
過去にこの夏至の夜に寮を抜け出すという作戦を遂行した猛者達の足跡である。興奮しているレベッカにしかし、冷静にリザは告げた。
「そんな事をより、もうすぐ0時よ。ちゃんと書くものは持ってきた? 準備して」
「大丈夫よ。ちゃんと持ってきたから。はい、これ」
リザの分。とレベッカからチョークを渡されて、リザは目を瞬いた。
「……レベッカ? 私はいらな……」
「い、なんて言うんじゃないわよ。なんのためにあんたを連れてきたと思っているのよ」
「それは塀を登るため……」
「だったら、塀んとこで待ってて貰うわよ」
それもそうだ、とレベッカに言われてリザは納得する。ならば何故…? と疑問を乗せて友人を見つめればレベッカはひょいと肩をすくめてみせた。
「あんたにもここに名前を書きたい相手がいるんじゃないかと思ったのよ」
「そんな、私にはそんな人いな……」
「良いじゃない、別に。そんな重く考えずにせっかくだから書いてみなさいよ。……あんたがいつも眺めてる手紙の差出人の名前…とかさ」
最後にニヤリとした笑みと共に付け加えられた言葉に、リザは瞬時に赤面する。まさか、レベッカに気づかれているとは思わなかったのだ。
「な! ち、違うわ! あの手紙はそんなんじゃ無いわよ!!」
今が暗闇で本当に良かった。でなければこの言葉は嘘だとすぐにばれてしまっただろう。なにせ、顔の火照りが収まりそうもない。
「ふ~ん? そう? ま、いいわ。とにかく、せっかくだからあんたも書きなさいよ。ほらあんたはそっちね。あ、書いてるとこを他人に見られると無効になるって聞いたから、こっち見たらダメだからね」
「……」
そう言うとさっさと自分の書くスペースを物色し始めた友人は、もうリザにも目もくれずに集中している様子だったので、リザも台座の裏側に回ると仕方なく適当な場所を探し始める。
――彼の名前を書くつもりなんて、ない。もちろん、こんなものはただのおまじない、迷信だろうとは思っていて、書いたところで、何がどうなる訳でもないとは思ってはいるが、でも、彼の名前を書く事なんてできるはずがない、今はまだ、こんな半人前の自分では。そうは思っていたけれども、……それでも、願うだけなら許されるだろうか。
若い学生達の間で語り継がれている伝説。夏至の夜に寮を抜け出す勇気を持つ者だけが得られるささやかな権利。そんなたわいもないおまじないに願いを託す事くらいは、してもいいだろうか。
……マスタングさん。
ずっと想いつ続けている男の名を心の中でそっと呟いて。リザは自分も無意識にその名前を書くスペースを探した。
台座の一際すみの方へと、目線を移す。
そこに書かれていた良く見なければ見えないくらいの小さな文字。それに目を凝らして、リザは息を呑んだ。
「ほら、リザ。もうすぐ0時よ。用意は良い……ってリザ!? どうしたの!?」
リザへと視線を向けたレベッカは、ぽろぽろと涙を流すリザにぎょっとした。ライトの明かりでは判別し辛らかったが、確かに友人は泣いていた。
「ううん、なんでもないわ。ちょっと目にゴミが入っただけよ。それより、0時になるわよ」
「……そ、そう? なら、いいんだけど…」
釈然としない表情をしながらも、レベッカは当初の目的を完遂すべく視線を戻す。それを確認してから、リザは己の指先にある文字をそっとなぞった。
(夏至に来ないと思ったら……こんな事をしていたんですね、マスタングさん……)
その特徴のあるRの文字。絶対に見間違えるはずのないかの人の筆跡で、そこにはこう書かれていた。
リザ・ホークアイ。
ぽろりとまた一滴涙がこぼれ落ちる。
自分と同じ気持ちで、彼もまたこの文字を書いたのだろうか。それともただのきまぐれか。
いや、それでもここに自分の名前を彼が書いてくれた事がリザには嬉しかった。
今はまだ、会えないけれど。いつか、一人前になって、彼の隣に立つのに恥ずかしくない自分になれたら……その時は……。
時計が0時を指す。
今よ!っとレベッカが合図の声を上げた。
そしてリザもまた彼の文字の隣にそっとこう刻んのだった。
ロイ・マスタング、と――。



END
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北欧にはあるそうです、夏至休暇。いいなあ。
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by netzeth | 2012-03-15 02:34 | Comments(0)