うめ屋


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by netzeth
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ナイト・フォーク

新緑の季節に中央から地方司令部の視察と称して東方を訪れた老人は、相変わらずの歳に似合わない血色の良い顔つきと、飄々とした態度でロイ以下東方司令部一同を翻弄すると、ロイを伴ってかつての己の部屋、ジェネラルコマンダー室へと足を踏み入れた。
「もう以前と同じようにお一人で司令部内を歩き回られては困ります。皆閣下に恐縮して仕事になりませんでしたよ。ご自分のお立場をお考え下さい」
「ごめん、ごめん。だって東方司令部、懐かしかったんだもん。東部の女の子は美人が多いしね~。しかし、いやだねえ。大総統もなると、自由に動けないし、女の子のお尻も撫でられなくなるんだね~」
「それは大総統閣下でなくとも、撫でられないと思いますが……」
セクハラですよ、と。苦言を呈すロイに、ほっ、ほっ、ほっ、笑い声を上げる老人――グラマン現大総統閣下。そのちっとも悪びれていない様子にロイははあっと内心ため息を吐く。この点――護衛も連れずに好き勝手に出歩く――で言えば己の日頃の態度もあまり誉められたものではないが、ロイは自分の事は棚に上げて、思わずグラマンに説教したくなった。
前任地である東方司令部を懐かしむ気持ちも十分に分かるが、グラマンはもう軍のトップ。泣く子も黙る最高権力者なのである。あまり気安くほいほい出歩かれては下の者に示しがつかないし、女性の尻を撫でるなどと言わずもがなである。軍の風紀の乱れをトップが推奨してどうするのだ。
「まあまあ、そんなに固い事言わずに。マスタング君も将軍になってから、口うるさくなったよね~。リザに似てきたんじゃないの?」
しかし、己の行いを反省する事もなくついには孫娘の名前まで出してきたグラマンに処置なし、とロイは肩をがっくりと落とした。
……リザに弱い自分の事を知った上でのこの物言い。この人にはいつまで経っても勝てる気がしない。
「それより、早くやろうよマスタング君。ワシ、ずっと楽しみにしてたんだよ? 何しろ中央の連中は揃いもそろって手応えがなくてさあー」
ロイの心中を知ってか、知らずか。グラマンはわくわくといったまるで子供の様な表情でロイを促す。
「……了解しました。グラマン大総統閣下」
それに苦笑を浮かべると、ロイは用意してあったあるものを二人が向かい合って座っている机の上に取り出した。
それは昔、東方を去る際グラマンから譲り受けたチェス板と駒。それはかの約束の日以前、ロイがブラッドレイにより部下という手足をもがれ孤立無援となった時、ロイとグラマンを繋げる役割を果たした思い出深いものだ。
チェス板を広げると、嬉しそうにグラマンが早速駒を並べ始める。
この老人は昔からロイとチェスを打つ時間が好きだった。むろん、ロイとのチェスの時間はチェスばかりでなく、二人の情報交換という重要な時間ではあったが、それを抜きにしても、グラマンはこのゲームが大好きだった。そして、このチェスを愛する彼は、このゲームの達人であり、それなりの腕を自負するロイをもってしても勝利を得るのは簡単な事ではなかった。
初めて一勝できた日を思い出すとロイも感慨深いものがある。あれから数年が経ち、二人を取り巻く状況も、その階級も激変したが、ロイとグラマンの関係は変わらずに、今でも会えばその腕を戦わせる仲であった。
変わった事と言えば、以前よりロイの勝率が上がった事だろうか。この老獪な最高権力者はそれを喜び、そして新たな好敵手の存在に胸を躍らせ、このように東方にやってくるたびにロイにチェスの相手をさせる様になったのである。
「おっ、そうきたか! これは…ちょっと厳しいかな? マスタング君、やるね~」
ロイの手にグラマンは一喜一憂しつつも、チェスを指している。
既に国のトップとなったにも関わらず彼の変わる事の無いささやかな趣味。……なんだかんだ言いつつもこの好々爺然とした老人を好いているロイは彼を心秘かに微笑ましく思っていた。
だが。
「で、マスタング君」
「はい」
「いつになったら、うちの孫と結婚してくれるの?」
唐突に、何の脈絡もなく飛び出したグラマンの言葉に、ロイは思わず指そうとしていた駒の位置を間違えた。
「ああっ……」
「お、ラッキー。待ったはなしだよ?」
劣勢が一気にくつがえり手を叩いてグラマンが喜ぶ。しかし、その一手のミスよりもロイには先ほどの彼の言葉の方がよっぽど痛かった。
「……あの、閣下。それはどういう……」
「うん? リザの事? そんなのそのまんまの意味だよ。だってマスタング君、あの時は気が早いとか言って返事を先延ばしにしたじゃない? もう、いい加減リザもいい歳だしさー、そろそろ貰ってくれても良いと思うんだよねー」
「そ、それは……しかし…私は……」
思わぬグラマンからの攻撃にロイはたじろいた。まさか、あんな昔のチェスの合間の戯れ言を、グラマンが覚えていて、しかも本気にしているとは思ってもいなかったのだ。
「あ、リザとは何でもありません、とか言うの無しね。ワシの目はふしあなじゃないよ? 君らがどういう関係かくらいお見通しなんだから」
「や、そ、それは……閣下」
「……ん? もしかして、本当にまだ手を出してなかったりするの? あんなビューティホーで、ナイスバディーの子相手にそんな事ないよねえ……。もしそうだとしたら、ワシ、マスタング君にはあっちの趣味があるとか、下半身の病気持ちとか疑っちゃうけど?」
「……ち、違います! ちゃんと私は……!」
慌てて全力で否定したが、すぐに己が墓穴を掘った事にロイは気づいた。……そこで否定してはリザに手を出してますって白状したようなものではないか。
「なら、いいよねえ? 両想いなんだから、何の問題もないよね? リザと結婚しても、さ」
「そ……それは…、そうだ、軍の規定がありますっ」
「ああ、上官とその直属の副官同士には婚姻関係にあるものは就けないって、いうあれ、ね。あれ、ワシが撤廃するから。問題ないよ」
さらっと公私混同発言をする、現最高権力者。それを諫める言葉も思いつかず、ロイはもうただひたすら首を振るしかなかった。
「いや、その……ですから……」
「もうっ、往生際が悪いねえ……。だったら、こういうのはどう? このチェスにマスタング君が負けたら、リザと結婚するっていうのは。……マスタング君にも身を固めるいいきっかけになると思うよ?」
「そ、そんなっ……」
「何? 自信がないの? マスタング君ともあろう者がやる前から諦めるんだ~ふ~ん……」
明らかにバカにしたグラマンの口調にロイはカチンときた。彼の挑発の言葉は、乱れていたロイの心に闘争本能を蘇らせる。このタヌキな老人を納得させるにはもう、下手な言葉ではダメだ。実力行使というもっともシンプルで分かりやすい手段しか、ない。
「……分かりました。その勝負お受けしましょう」
「……そうこなくっちゃ」
ロイの熱く燃える挑戦の瞳を受けて、グラマンはニヤリと笑う。そして、一考すると、握っていた駒をトンとチェス板に置いたのだった。


「そんなにうちの孫と結婚したくないの……?」
かくして、勝負は決した。結果はロイの辛勝。途中のミスからここまで挽回しての勝利なのだから、これ評価に値するだろう……とロイはその結果に満足していた。
けれども、いつも負けて悔しがるというよりはロイの成長を喜んでいた風のグラマンもさすがに今回の敗戦には不満が残っている様だった。
ムッとした顔を隠さずに、ぶすりとむくれている老人に、ロイは穏やかに話しかける。
「……閣下。私にも男の意地というものがあるんですよ」
「男の意地?」
「はい。……賭チェスに負けて、仕方なくプロポーズなどしたくはありませんので」
そう、本当に愛する女に、そんな事はしたくない。賭に負けて強要されて結婚するなどという事は。
静かに笑うロイをグラマンは驚いた様に仰ぎみる。しかし、すぐにその顔に納得の表情を浮かべた。
「……そういう事なら仕方がないね。君がリザと結婚してくれたら、大総統の座を譲ってもいいと思ってたのになあ……残念」
それでもやはり無念そうにそう呟く老人に、ロイは今度はうって変わった不敵な男の顔を見せた。
「閣下に情けをかけて頂いて、大総統の座もリザも貰い受ける訳にはいかないのですよ。……まずは実力でその座を頂いてから、彼女と……と、考えております」
リザとグラマンの関係は秘密事項だが、大総統の孫と結婚したから、その座を譲り受ける事ができた――などとー万が一にも言われる可能性は排除しておきたい。
自分はリザを愛しているから彼女と一緒になりたいのであるし、それとは別に実力で大総統にだって登りつめてみせる。
そのロイの決意が伝わったのだろう、グラマンはもう何も言わなかった。
「そうか、そうか。それは……楽しみな事だねえ……」
そしてただ、たくわえたその白い髭を満足げに指でしごくと、出来のよい孫を見つめるような慈しみに満ちた眼差しをロイに向けたのだった。



「お帰りですか、閣下」
「ああ、リザ。帰るよ」
「……軍部では階級でお呼び下さいと申し上げたはずですが」
「……リザも相変わらず固いよね……まあ、夫婦は似るっていうし」
「なんの事ですか?」
「……いや、なんでもないよ。それにしても……愛されてるよね、リザは。マスタング君に」
「……ちょ、な、ほんとにっ、なんのお話ですかっ、お爺様!」



END
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じいちゃん、好きです。グラマンじいちゃん。
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by netzeth | 2012-04-14 23:27 | Comments(0)