うめ屋


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by netzeth
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彼女の理由

最初は少しだけ伸びたな、と思っただけだった。
その綺麗な金色がたなびいたならさぞかし美しいだろうな、などとありもしない彼女の姿を想像したりした。その髪を一房手にして、口づける事が出来たなら……それは当時、仕事に追われて疲れきっていた私にとって甘美なる妄想だった。そんな風に彼女の事を考えている時だけが、日頃の憂さを忘れさせてくれる一時であったのだ。このまま伸ばし続けてくれればいいな、なんて思ったりもしたが、しかし、その時の私はすぐにそれを馬鹿げた願望だと片づけた。
何故なら、彼女は昔からずっとショートヘアーであったし、そしてその訳も私は知っていたからだ。
――利便性と節約、それこそ彼女が掲げる髪を伸ばさない理由である。
髪が長ければそれだけ手入れも大変であるし、洗髪のために費用も余計にかかる。そう、少女の頃から彼女は見かけやらお洒落というものを重視しない女性だった。
もちろん彼女のそういった性格は好ましく思いこそすれ、ちっとも不快ではなかったし、(少々もったいなと思ってはいたが)ましてや、軍人となった現在ではむしろ尊重されるべき考え方であろう。
そうして、私は己の都合の良い馬鹿げた妄想を忘れる事にした。今はたまたまきっと髪を切りに行っている暇がないのだろう…もう少しすれば何事もなかったかの様に、彼女はその伸びた分の髪を何の未練もなく切ってくるに違いない、と。
そして、忙しい日常にかまけてそんな事を考えていた事自体を忘れ去った頃――気が付けば彼女の髪は肩に届こうかという長さにまでなっていた。
「どういう心境の変化なんだ?」
「は?」
私のデスクの横で処理済みの書類の最終チェックをしていた副官――リザ・ホークアイ中尉は彼女に似つかわしくない少々間の抜けた返事を返してきた。
まあ、それも無理もないだろう。勤務中に唐突に上司にこんな事を話しかけられては。
それでも彼女は私の何の脈絡もないこの問いかけに律儀に反応する。
「……なんのお話でしょうか」
小首を傾げると、彼女のセミロングの髪がサラリと揺れた。そんな些細な仕草まで、今の私には気になって仕方がない。
まさか君をじっと見つめているうちに髪がずいぶんと伸びたのに今更ながら気が付き、それがとても気になって仕事どころじゃなくなっている――などと、馬鹿正直に言おうものなら、銃弾の嵐をお見舞いされそうで、(私自身、なんだか照れくさかったのもあって)私は出来るだけそっけない態度を装って、彼女に尋ねる。
「いや、君の髪がずいぶんと伸びたな……と思ってね」
それでもずいぶんと上擦った声になってしまったのだが。
けれども、幸いにも彼女は私のそんな様子には気づく事もなく、少し困った様な顔をして。
「……申し訳ありません。ご不快でしたか?」
まとめるにもまだ、長さが足りなくて……などとまるで上官に己の失態を叱られた部下の様な顔をするので、私は彼女の誤解に慌てた。
「いや! そんな事は断じてない!! 不快なんかではない!! むしろ大歓迎だ!」
思わず力いっぱい否定したが、勢い余って余計な事まで私は口を滑らせてしまった。
リザはあまりの私の剣幕に一瞬驚いた様な顔をしたが、すぐに表情を緩めると、くすくすと笑う。いつも仕事中は無表情な彼女しては珍しいその笑みに私はほんの一時だけ、見惚れた。
「……特にどう、という理由がある訳ではありませんよ」
くすくす笑いながらも、彼女は当初の私の問いに答えてくる。
「理由もなく髪を伸ばしたのか?」
しかし、その答えに納得できずに更に踏み込んだ質問をする私に、彼女はあっさりと白状した。
「ただ、髪の長い女の子を見て、いいな、と思っただけなんです」
「本当に?」
「え?」
「本当に、それだけなのか?」
髪を切ったり、伸ばしたり、という事に関してたいした意味などないという彼女の言葉は私には半信半疑であった。
少なくとも私が今まで関わってきた女性達――義母の店の女性達や、贔屓にしている店の女の子達が髪型を変える時は、その当人にとっての何かしらの大きな転機や心境の変化があった時だった。それを知っている私からしてみれば彼女の言葉はにわかには信じがたいのだ。
疑うような私の言葉に彼女は戸惑った顔で私を見つめてくる。その鳶色の瞳をじっと視線を逸らさずに見つめかえせば、ふっと彼女は諦めたような苦笑を漏らした。
「……貴方には、何も隠し事はできませんね」
レベッカには、誤魔化せたのですけど。と彼女は小さく呟くと、
「女の子を見て単純にいいな、と思ったのは嘘ではありません。……けれども、それだけではなかったのだと思います」
「……どういう意味だ?」
「私はきっとその子が羨ましかったのですよ。あの子の様になれたなら……あんな風に言葉に出来たなら……そんな思いがあったのかもしれません。でももう、自分はそうはなれないと判ってもいます。だから、せめて髪だけでも真似てみようなんて思ったのかもしれませんね……」
彼女の話す女の子が誰の事か、その子がどういう子で彼女に何を言ったのか、私には判らない。だた、彼女の言葉から断片的にしか伺うしかなかったのだが。
彼女が何を言わんとしているのかだけは、なんとなく判った。
迷いなく私の背中を守り支えてくれている様に思える彼女にも、そんな風に誰かを羨ましく思う事があるのだ。
誰にだって自分とは違う別の自分になりたいと思う事はあるだろう。しかし、それが出来ないのを知っている彼女はならばせめて、と、髪だけでも真似ているのだろうか。
「結局、君は……その子の何がそんなに羨ましかったんだ?」
意志の強い副官の意外な面を知って驚くのと同時に、どうしてもその根本のところが知りたくて、私は思わず彼女に尋ねていた。
「そ、それは……」
すると、何故か彼女は突然顔を赤くして、私から視線を逸らした。耳まで真っ赤にしているその意外な反応に、悪戯心がくすぐられ、私はますまもってその謎を追求したくなる。
「それは?」
「それは……ひ、秘密です!」
「な、なんだそれは。いいじゃないか、別に減るもんじゃなし」
「だ、だめですっ、秘密です!!」
「なんでだ!!」
こうなれば、強情な彼女の口を割らせる事など不可能で。
はたして、本当の彼女の理由を聞ける日が来るのか。いつか聞いてやると心に誓いながらも、私は彼女の髪が更に伸び、そしてその髪に口づける日が来るのを心待ちにするのであった――。



END
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リザさんの髪伸ばし理由。ウィンリィの髪をいいな、と思ったのは彼女が自分の気持ちに素直な子で、それを羨ましいと思ったからで、リザさんもマスタングに対してそんな風に素直になれたらいいのに……などと思っているとか妄想妄想。BGMはぜひ「君の髪~が~肩まで伸びたら~♪」でお願いします。
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by netzeth | 2012-05-07 21:32 | Comments(0)