うめ屋


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by netzeth
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錬金術師、家を買う

穏やかな春の雨期が去って、アメストリスは初夏を迎えていた。たまには巡る季節を感じたい――と、ロイは起きて早々一人気ままに街へと繰り出す。軍人としてのロイは既に気楽に一人で市井を出歩ける身分ではないので、こんな風に街を散策するのは本当に久しぶりで、ロイの心は自然と躍る。朝の清廉な空気を胸一杯にに吸い込み、軽い足取りで自宅前の石畳の通りを横切って、さて何処に行こうかと思案する事しばし、やはり一番最初に脳裏に浮かんで来たのは金色の髪に鳶色の瞳を持つ女性の顔だった。
上官とその副官が揃って休みを取るなんて業務が滞ってしまうと渋る副官――リザを伝家の宝刀上官命令で黙らせ、晴れて二人一緒にやっと取る事が出来た休日。もちろんロイはその絶好の機会を逃す事なく、リザの部屋へと訪問する旨を既に彼女に告げてある。なんだかんだ言いながらも恋人との逢瀬が嬉しかったのか、リザもロイの申し出を拒否する事はなかった……が。実はロイは昨夜からお泊まりで彼女の部屋に上がり込む事をリザにそれとなく打診していたのだ。しかし、それはリザに丁重に断られてしまった。何故だ? と少しだけムクれるロイに、リザは困った様にこう言い訳した。
「私にだって、恋人を迎える準備というものがあるんです」
顔を赤らめつつ、そっぽを向いてそんな事を言われては、ロイはもう降参するしかない。
もう長い付き合いだというのに、いつまで経っても彼女は初々しく、そしてそれは決してロイにとって不快ではなかった。
だがしかし、そうは言っても不満もない事もない。仕事が忙しくてろくに会う時間も取れないのだから、少しでも長い時間彼女と一緒にいたい、上司部下ではなく恋人同士の時間を持ちたい……と願う自分の気持ちも分かって欲しかったりするのだ。
だから、自然とロイの足はリザのアパルトマンがある区画へと向いていた。まだ、いくら親密な仲であると言ってもひとの家を訪問するのに適しているとは言い難い時刻だ。実際ロイもリザ宅へ向かうのはもう少し後にするつもりで、この外出は単なる朝の散歩で済ませるつもりであったのだが。
逢いたい……と思ってしまったのだから仕方ないと、ロイは己に言い訳しながら(開き直ったともいう)歩く。
しばらく行くと、閑静な住宅街へとさしかかった。この区画を抜けて、更に市民公園の中を通り抜ければ、リザの部屋はもう目前である。この住宅街はちょうど、ロイのフラットと、リザの自宅の中間地点くらいに位置しているといえるだろう。
早くリザに逢いたい、彼女の顔を見たいという逸る気持ちをなんとか宥めすかして気を落ち着け、普段はあまり気にする事もないその静かな住宅街の様子を観察なぞしつつ、ロイは極力ゆったりと足を動かす。あまりに早く彼女の家に着いて、彼女を驚かせない様に、と。
すると、今まで気にもしていなかったこの住宅街の景色が、改めてみるといろいろな発見があることに気づかされてロイは少しだけ驚いた。例えば意外に緑が多い事。ガーデニングに凝っている家が多く、綺麗な庭が見てとれる事。古い屋敷が多いけれど、どの家も暖かみに溢れた造りである事――リザの家への通り道にしか思っていなかったこの住宅街が、ロイの目には改めて新鮮に映る――そして。
「ん……?」
視界に飛び込んで来た木製の看板に、ロイは足を止めた。木の柵にくくりつけられているその手作り感溢れる白い木の板には、こう書かれていた。
――売り家。
「知らなかったな……」
よく通る道であったのに、空き家があったとはまったく気づいていなかった。改めて自分の注意力のなさに苦笑しつつも、なんとなく気になってロイは木の柵越しにその家を覗いてみる。一見して古い家屋であるのが見てとれるが、ここアメストリスにおいて不動産は古いほど価値がある。つまり、それなりの高級住宅という事になるのだろうか。もう少し良くみてみたいという興味がわいて、ロイは家の敷地内へと足を踏み入れた。
建物に人の気配は無かったが、荒れた雰囲気はまったくなく、むしろその家には不思議と生活感が残っていた。まだ、人が出てそれほど時間が経過していないのだろうか。さすがに勝手に建物の中に入るのはまずかろう、とロイは家の裏手へと回り込む。そこには外からは伺えなかった意外なほど広い庭があった。日当たりの良いその庭は、綺麗に整えられていて、今まで居たであろう持ち主の愛情がたっぷりと感じられた。野バラの茂み、アザレアの垣根、ハナミズキの木陰には小さな可愛らしい木製のベンチ。あちらに見えるのは何の木だろうか。
その木に近づこうと、一歩踏み出したところで。
「あら? どなた?」
穏やかな女性の声にロイは呼び止められた。
振り返ると、いつの間にか上品な雰囲気の老婦人が立っていた。
慌ててロイは、居住まいを正した。
「これは…失礼いたしました。ご婦人。勝手にお邪魔いたしまして」
「もしかして、この家に興味を持って下さったの?」
老婦人は勝手に入ってきたロイを咎める事もなく、頷くロイへと朗らかな笑顔を向ける。
「まあまあ、それは嬉しい事。どうぞ、ゆっくり見ていって下さいね。取り柄は古いだけの家だけれども、見た目ほど悪い訳じゃないのよ」
「いいえ、とんでもない。手入れの行き届いた、素晴らしいお宅だと感心していたところですよ。この庭もとても美しいですね」
「あらあら、ずいぶんと嬉しいことを言って下さること。亡くなった主人の趣味が庭いじりでね、女房を放っておいて休日のたびにここに入り浸っていたのよ。おかげで人様に誉められるくらいにはなったけれど、でも、ダメね。私も頑張ってみたけれど、あの人ほどガーデニングは向いていないみたいよ」
コロコロと笑いながら、老婦人は懐かしげに目を細めた。
「この家もずいぶんと住んだのだけれどもね、主人が亡くなって、息子も南の方で商売を始めてね、それが上手くいったからって私を呼んでくれたのよ。だから、手放す事にしたのだけれど。こうしてみると、少しだけ寂しいものね」
どこか遠くを見るような老婦人にさてなんて声をかけるべきか、と少しだけロイは悩んで結局黙っている事にした。すると、婦人はすぐにまたその老成した面に笑顔を浮かべて。
「あら、ごめんなさいね。イヤね、歳をとると話が長くなって。それで……良かったらなんだけれど、家の中も見ていかない? もう、ほとんど荷物は送ってあるから、誰が来て見てもらってもいいようになっているのよ?」
この家に不思議と惹かれるものを感じていたロイは、しばし迷ったが老婦人の提案をありがたく受け入れる事にした。


家の中は意外に広く、古い割にはしっかりとしていた。キッチン、リビング、客室に、バスやトイレといった場所まで老婦人はロイに見せてくれた。二人で二階へと上がりさらに、寝室と、子供部屋、そして亡くなったという旦那さんの部屋へと案内される。
その家の中でも一際重厚な古びたドアを開けると、そこでロイを出迎えたのは。
「これは……」
壁一面に作り付けられている大きな本棚と、そこに並べられた本達だった。
「うちの主人のものよ。これだけはまだ処分できていなくって。ずいぶんと、古い本ばっかりだから価値のあるものあるっていうし、なかなか片づけられなくてねえ……」
亡くなった旦那さんというのは婦人の話ではかなり高名な学者だったらしい。
ロイは本棚へと近づくと、そっと本の題名を覗いてみる。おそらくは専門書なのだろう。ロイすらよく知らない単語で書かれているそのタイトル。部屋全体を古びた本独特の匂いが支配している、そう、ここは研究者の部屋だ――。
強い既視感を覚えて、ロイは目を閉じた。
本の香り、分からない本のタイトル。そして、机に座っているのは……。
(師匠……)
ロイは目を開ける。……やっとどうしてこんなにもこの家が気になったのか、分かったような気がした。
――似ているのだ。あの己が青春を過ごした懐かしいホークアイ邸に。
あちらの家の方は経年による綻びを修繕する余裕もなく放置してあったため、むろんこの家の方が立派ではあるのだが。なんというか、そのたたずまい――屋敷の持つ風格、雰囲気とでも言おうか、それがとても良く似ているのである。
ロイは改めて先ほど見た庭を思い起こす。それさえも、少女が荒廃させまいと必死に守っていたあの小さな庭と、広さも、規模も、様相も違えど、それはどこか良く似ていたのだ。
「ご婦人」
「はい?」
「さきほどの……庭の、奥側の方に植えられていたのはなんの木ですか?」
唐突なロイの質問にも気を悪くした様子もなく、老婦人は答えてくれた。
「ああ。あれはリンゴの木ですよ。初夏には白い花が咲いて、秋には赤い実がなるんですよ」
……ああ。そんなところまで同じだったのか。
同じセリフをその昔、とある少女から聞いたな…とロイは我知らず笑みをこぼした。


またいつでも見に来てくださいね、という婦人の言葉に見送られてロイは当初の目的地であるリザの部屋へと再び歩き出す。ずいぶんと寄り道をしてしまったが、逆に訪問するにはちょうどいい時間になったのではないだろうか。と自分に言い聞かせながら、妙に浮かれた気分で市民公園へと足を踏み入れると、すぐに元気の良い犬の声がした。
「きゃん!」
「わん!」
驚く事にリザの愛犬ブラックハヤテ号が尻尾をふりつつ、自分の方へと駆けてくるところだった。傍らにはハヤテ号より一回り小さい白い犬を伴っている。
すぐにロイの足下にやってくると、犬達はロイへと身体を押しつけて興奮した様子をみせた。
「な、なんだ、どうしたんだ、こんなところで。リザは? 一人か?」
それを落ち着けようと、ロイは膝を折って犬達の頭を撫でてやる。むろんロイの質問に対する答えは帰ってはこなかったが、代わりに聞こえてきたのは、
「閣下?」
良く聞きなれた女の声だった。
「リザ…」
驚いた様子で彼女はロイの元へと走ってくると、興奮する犬達に早速お座り、と続けて伏せを命じる。主人に忠実な忠犬はすぐにそれに応じ、一緒に居た白い犬もそれに倣った。
「どうなさったんですか? こんな朝早くに」
「いや、君の家に行こうと思って。通りがかったんだよ」
ああ、とリザは納得顔をするとふっと笑顔を見せた。
「でしたらここでお会い出来て良かったです。でなければ行き違いになるところでした。もう少しここでこの子達を遊ばせようと思っていたものですから」
そう言ってリザも膝をつくと、行儀良く伏せをしている犬二匹を優しく撫でる。
「そうか。……ところで、この白いのはどうしたんだ?」
君、飼い犬を増やしたのか? とロイは先ほどから気になっていたことを問う。すると、リザはすぐに首を振って。
「違いますよ。この子はこの公園で会った方が連れている子です。いつもその方が散歩に連れてくるので、ハヤテ号とこの子が仲良くなって……いつも朝、一緒に遊んでいるんですよ」
ハヤテ号の恋人なんですよ、と嬉しげに優しく微笑むその笑みは、まるで子供達を見守る母親のようだ。しかし、すぐにその笑みが曇る。
「実はこの子も捨て犬らしいんです。それで、この子を保護している方は捨て犬を引き取って世話をしている方なんですけど……既に何匹も面倒をみているらしくて、常に里親を探しているそうなんです」
「そうか……」
「私にもう少し余裕があればこの子を引き取ってあげたいんですけど……。ハヤテ号も喜ぶと思いますし…」
でも、無理ですね。と、リザは寂しく笑った。 
「どうして無理なんだ? 引き取ったら良いじゃないか。こいつにも」
と、ロイはハヤテ号の頭に手を置く。
「お嫁さんは必要だろう」
「どうしてって……私の部屋では狭くて環境が……。この子達だけならまだなんとかなりますけど、きっと子犬が生まれるでしょうし、いつか子犬達を里子に出すにしても、ある程度大きくなるまでは親子一緒に居させてあげたいですし……。それにはやはり私の部屋では…」
「だから、引っ越せば良い」
ロイはあっさりと言い放つ。簡単に言うなというリザからの抗議の視線も気にも止めない。
そう、引っ越せば良いのだ。犬が何匹居ようと、その子供がどれだけ居ようと、大丈夫な家に。そして、一緒に住んでしまえば良い――そうすれば、いつでも一緒にいられるのだ。もう、会えない時間を寂しく思う事もない。
だから、ロイは歌う様に言葉を紡ぐ。
「ちょうど良い、物件があるんだ。司令部から遠すぎず、近すぎず、近くに公園もあって、緑豊かで、適度に静かで、でも買い物の便もいい。庭にはリンゴの木があって、良い香りの花が咲く。君が毎年楽しみにしていた、実もたくさん生るよ」
そう、とてもとても、良い思いつきだ。これ以上ないくらいのとびっきりな。
「……きっと、みんなで住むにはうってつけだと思うんだ。君も絶対に気に入る」
驚きに目をまん丸くしている、リザ。そんな彼女にロイは微笑んで。そして、ずっとずっと前から用意していて、でも言えずにいたその言葉を今やっと贈るのだった。
「だから、私と――」




END
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ロイのセリフは一緒に住んでくれ、でも結婚してくれでもお好きな様にあてはめてください。
タイトルが全然思いつかず、このようにw
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by netzeth | 2012-05-17 01:45 | Comments(0)