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ジューンブライド・ラプソディ (1)

ずっと捨てられずにいる手紙がある。
その手紙に込められているのは正直思い出すのも苦い思い出だけなのだけれども。
――それでも手放す事が出来ずに、それは私の部屋のデスクの引き出しにひっそりとしまわれている。



「ジューン・ブライドって知ってる?」
「は……?」
それは春になってまだ日の浅い頃の事だった。
ロイは忙しい軍務の合間を縫い、東方司令部においての己の唯一の上官――グラマン中将閣下の執務室にて、彼のチェスの相手を務めていた。チェスをしながらの彼との世間話――情報交換はロイにとっても有意義な時間であったため、美しい副官に眉を顰められるのを承知で、グラマンとのチェスに興じていたのだが。
彼からの唐突な問いかけにロイは思わずポカンと口を開け、間抜けな返事を返してしまった。
グラマンが中央の連中から『東方の変人』と呼ばれているのは、司令部では周知の事実であったが、同時にそれが事実の全てを指す言葉ではない事もロイは知っている。グラマンがその茶目っ気たっぷりの言動とニコニコとした好々爺然とした笑顔の裏に、怜悧かつ冷酷な野心家の顔を隠し持っている事を彼と過ごした年月でロイは十分に理解していた。
だがしかし。
本当に時々グラマンは、その『変人』の名にふさわしくロイを驚かせる突飛な事を言い出すのだ。
今回がまさにそれである。ロイは慌てて口元を引き締めると、恭しい態度でグラマンに返事を返した。
「ジューン・ブライド……といいますと、あのジューン・ブライドでしょうか? 六月の花嫁は幸せになれるという……」
「うん。そうだよ。そのジューン・ブライドだよ。他にジューン・ブライドって何があるの?」
いや、他には無い。が、しかし。仮にも東方を統括する軍拠点の最高司令官の言葉なのだから、何かの作戦(コード)名とか、隠語とか、暗号とかそういう可能性だってあるかもしれないではないか。
まあ、当のグラマン本人に否定されたためその可能性はないのであるが。
だったらなおさら今、自分に、その単語――ジューン・ブライドという言葉が向けられた意味がさっぱり分からなくて、ロイは首を捻るしかない。
上官の言葉の意味も察せられないなど愚鈍な男と思われるかもしれないが、自分とグラマンとの間に今更そんな見栄も無用だろうとロイは正直に疑問をグラマンにぶつけてみる。
「それで…閣下。そのジューン・ブライドがどうかしたのですか?」
「ああ、うん。もうすぐ六月じゃない? それでさー、まあ、ただの迷信っていっちゃそれまでだけどさあ? やっぱりこういうのって気持ちの問題なわけだよね~」
「はあ……」
話がさっぱり見えずロイはだいぶ適当なあいずちを打つが、そんな事を気にする様子もなくグラマンは妙にうっきうきとした口調で話を続ける。
「ワシとしちゃあ、ね? 孫みたいに可愛がっている君にはぜひにも六月に結婚して欲しいんだよね~。という訳で、お見合いのセッティングしたから」
「はい……て、はいいいい!?」
「ほら、さ。六月に結婚式をあげるなら、急がないとね!」
「いや、六月ってもうすぐじゃないですか。いくらお見合いしたからって、そんなすぐに結婚式なんて無理…手配や準備の時間が……ってそうでは、なく!」
閣下!っとロイは思わずその場に立ち上がった。
上官を上から見下ろすという無礼を犯しながらも、今はそんなところにまで気を使う余裕もなく。
「いくらなんでも急過ぎます! それに私にはまだ結婚する気は……」
ロイの必死の言葉にもしかし老人はどこ吹く風。
「もう先方に言ってあるから。今度の非番の日ね」
「閣下!」
「あ、そうそう、安心してね。リザのお見合い話も進めといたから」
……何を安心しろというのか。
更なる爆弾を投下されて、二の句が告げないでいるロイに、グラマンはとどめをさすように続ける。
「だって~ワシ、可愛い孫にも六月に結婚して幸せになって欲しいんだもん。マスタング君はいくら言っても『我々はそんな関係ではありません~』とか言ってのらりくらりとかわすだけで、リザを貰ってくれる気配はないみたいだし?」
別にいいよね? なんて、嫌みったらしくこちらを上目使いで見上げる狸な老人の視線をロイは受け止めかねた。
「今からでもマスタング君がリザを貰ってくれるっていうなら話は別だけどね?」
どう? というグラマンの問いかけにロイ目を閉じる。そして、ゆっくりと首を振った。
「……我々はただの上司と部下です。そういう関係ではありません」
「そう……」
ふうっとため息を吐くと、グラマンは肩をすくめて残念だね、と小さく呟く。
「とにかく、見合いの件は了解いたしました」
そんな彼から逃げるようにしてロイはそう言うと。仕事がありますのこれで、とグラマンに退室の旨を告げその場を後にする。
すると、扉へと向かうロイの背中にグラマンが言葉を投げかけてきた。
「まあ、気が変わったら何時でも言いにおいで」
「……失礼いたします」
それには答えずに頭を下げると、ロイは最高司令官執務室を退出した。そっと扉を後手で閉めてからその背を扉に押しつけて。ロイはしばし廊下に一人佇ずむ。そして、乱れた心で先ほどのグラマンとのやりとりを思い返した。
――孫を貰ってくれ。というグラマンの信頼は素直に嬉しい。それだけ自分を買ってくれているという事だし、ロイだってグラマンの事は野望を共にする仲間として、また祖父のような存在として親しみを持ってはいる。
だがしかし、それは不可能なのだ。
脳裏に浮かぶのは金の髪に鳶色の瞳の女性。
何故なら――自分はとっくに彼女にフラれているのだから。




続く
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by netzeth | 2012-06-01 00:00 | Comments(0)