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ジューンブライド・ラプソディ (6)

「どういう事か説明して頂けますよね?」
とにかく、エリーゼの知り合いらしき女性にしっかり口止めしてから、話を聞くためにロイは近くのカフェへと入った。当然後ろにいたリザとサムも一緒に、だ。
リザには既に先ほどのエリーゼの知り合いらしき女性の言葉を伝えてある。それを聞いた彼女もロイと同じく困惑の表情を浮かべていた。
彼女と二人でサムとエリーゼに強い視線を向けると、焔の錬金術師と鷹の目の眼力に一般人が耐えられる訳はなく、そして特に隠し立てをするつもりも無かったようで、サムとエリーゼはあっさりと事情を説明してくれた。
「実は…私達はグラマンのおじさまに頼まれたんです。上司と部下でなかなかうまくいかない子達がいるからって……」
「悲劇の恋人達を演じればきっと二人は協力してくれるからと……」
二人の話ではホワイト家とブラウン家は確かにライバル関係にある会社だが、別に家同士が仲が悪いという事は一切なく、サムとエリーゼの仲は反対されてもいないという事だった。むしろ二人の仲は両家公認であり、来月六月には結婚式あげる予定だというのだ。
そんな二人のもとに今回の話を持ち込んだのが、昔から顔馴染みだったグラマンだったという訳らしい。彼はサムとエリーゼにこう言ったそうだ。
上司と部下で人前でなかなかデートも出来ず、互いに素直になれない、そんな二人を一緒に過ごせるようにしたい、と――。
そして、グラマンは今回の様なこみ入った内容の作戦を考えついたという訳だ。
つまり、敵対する家同士の不幸な恋人という嘘をでっち上げ、その人助けをするというもっともらしい名目があれば、ロイとリザがデートする…という目算だったらしい。
確かに彼の計算通りロイとリザは一緒の時間を共に過ごす事になった。……どうも、それで自分とリザを本気でくっつける気だったようだ。
「結婚式を間近に控えて、僕達ももう特にする事もなく時間を持て余していて……。嘘をつくという事には少し気が引けたんですけど、恋の仲立ちという話だったので、結局おじさんに協力する事にしたんです。実際、僕のしていた事はエリーゼとデートする事だけでしたし…彼女と頻繁に会えて僕も楽しかったんです。少し調子に乗っていたのかもしれません」
騙していた事、申し訳ありません。
と、神妙な顔でサムが謝罪の言葉述べて頭を下げ、エリーゼもそれに倣った。
「いえ、頭を上げてください。我々はあなた方を責めるつもりはありません」
痛むこめかみを押さえつつ、ロイは言った。隣でロイとそっくりな顔をしているリザが同じく頷いた。
「悪いのはグラマン将軍閣下です」
サムとエリーゼを責めるつもりは毛頭ない。全てはあの、狸爺さんのたくらみだったのだから。
ロイ達も、そしてサムとエリーゼすらもグラマンの手のひらのの上で踊っていたに過ぎないのだ。
「我々の事で閣下が無理を言った事、こちらこそ申し訳ありませんでした。閣下には苦情を申し立てておきますから」
ご迷惑をおかけしました――と眉を寄せた苦い顔を崩さずに言えば、サムとエリーゼは顔を見合わせた。
「いえ、迷惑なんてとんでもない。むしろ楽しかったくらいです。……あんまりおじさんを責めないであげて下さいね」
彼の作戦に振り回されたにも関わらず、二人はグラマンをかばう様子である。これも彼の人徳故だろうか…とロイは苦笑を漏らす。
「いいえ、甘くするとつけあがるだけですから」
しかし実の孫であるリザは容赦はしない様である。きっと生真面目なリザの事だから、サムとエリーゼ、そして上司であるロイまで巻き込んで今回の騒動を起こしてしまった事を孫として責任を感じているに違いない。
今回の事でリザが一体グラマンにどんな灸を据えるのか、ロイはひとごとながらも恐ろしく思うのだった。


全ての事情を聞き終えてカフェを出ると、思ったよりも時間が経っていたようで、街はとっぷりと日が暮れていた。
「中佐、私は車の手配をしてきます」
気を利かせたリザが二人を送り届けるためのタクシーをつかまえるためにいち早く動いた。
「あ、僕もご一緒します」
女性を一人で行かせまいと、サムがそれについていく。なんとなく出遅れたロイはエリーゼと二人その場に残される事となった。
しばらく二人の間には沈黙が降りたが、しばらくするとエリーゼが遠慮がちに口を開いた。
「二人ともお忙しいのに、この度は本当にご迷惑をおかけしましたわ」
「もう、言わないで下さい。悪いのは全て将軍閣下……という事にしておきましょう」
事実そうなのだから仕方がないですよね、と冗談めかしたすました顔で笑えば、沈んだ顔をしていたエリーゼの顔がほころんだ。
ひとしきり笑うと、彼女はでも、と前置きをおいて。
「おじさまばかりをあまりお責めにならないで下さいましね。おじさまにはおじさまの思うところがあったのだと思います」
そして、ふと真剣な顔をして。
「おじさまはこうおっしゃってましたのよ。……なんとしても可愛い孫を六月の花嫁にしたい、って。きっとお二人の幸せを願っての事だったんですわ」
あまり公にしてはいないリザとグラマンの関係をこのエリーゼは知っているらしい。ブラウン家はグラマンと相当親しい付き合いをしているようだ。そんな事を思いながらもロイはわき上がってきた疑問を口にした。
「そんなに六月の花嫁……というのはこだわる必要のあるものなのですかね? ただの迷信では……おっと失礼。これは純粋な疑問でして……」
「分かっていますわ」
エリーゼも六月の花嫁になる予定だという事を思い出して、ロイは決して批判している訳ではないと謝意を述べた。彼女は特に気を悪くした様子もなくロイを見上げて微笑んでくる。
「きっと、おじさまなりのこだわりがあるのではないでしょうか。もしかしたら、女性よりもロマンチストなのかもしれませんわね」
そして、そんなものなのかな…と思いつつも、ロイはぽつりと呟く様に独りごちる。
「もしもそんなに彼女を六月の花嫁にしたいのだったら、閣下も私ではなく他の相手を探せばよいものを……」
それは想像するだけで胸が痛い事であるけれども。
もし、本当に六月の花嫁が幸せになれるのならば、リザには六月の花嫁になって貰いたいとロイは思った。例え隣に並ぶのが己でなくとも――彼女が幸せなら、自分はそれで――。
「――それでは意味がなかったのではないでしょうか」
答える声があるとは思わず、ロイは思わず目を見開いた。隣のエリーゼはその口元に穏やかな笑みを浮かべている。
「おじさまは貴方がお相手でなければ、リザさんは幸せにはなれない――そう思っていらしたのではないでしょうか」
「……私達はただの上司と部下です」
エリーゼの言葉に驚きながらも、ロイは彼女の誤解を解こうと事実を述べた。グラマンに吹き込まれた嘘で、彼女はまだ自分達の仲を誤解したままなのだと思ったから。
「そんな風には見えませんでした。貴方も、リザさんも」
けれど、エリーゼはゆっくりと首を振った。
「今回の事でお二人とずいぶんご一緒させて頂きましたけれども。……本当にただの上司と部下のお方だったら、私達だって気づいたと思うんです。おじさまの嘘に。きっといつものグラマンのおじさまの悪ふざけだって。でも、お二人は……お互いを想い合っている本当の恋人同士のように見えました」
「貴方の目に、我々はそんな風に見えたのですか……」
「はい。私達から見ても、羨ましいくらいに。とても仲睦まじく」
それを聞くと、フッと口元にロイは寂しげな笑みを浮かべた。
彼女には悪いがそれは見当違いだ。そう、きっとエリーゼは自分達が幸せな恋人同士だから、幸せいっぱいだから、どの男女もそんな風に見えてしまうだけなのだ――。
「……実は私は彼女に失恋しているんですよ」
ロイの思いがけない告白に、けれども、それでもエリーゼは動じなかった。そして、静かに口を開く。
「マスタング中佐。それは――」


エリーゼとサムをタクシーに乗せて見送ると、ロイはリザと共に夜のイーストシティを歩いていた。
既に茶番劇は終わったので、リザは隣ではなくきっちりロイの一歩半斜め後ろの位置をキープして歩いている。
それを少しだけ寂しく思いながらも、ロイは納得してもいた。きっとこの一歩半の距離が自分とリザの距離であるのだと。
後ろをついてくるリザの気配を感じながら、そんな事を考えていたロイの耳にリザの声が飛び込んできたのはその時だった。
「あの、中佐」
「ん?」
「この度は、申し訳ありませんでした。お爺さまがとんだ事をいたしまして…」
足を止めて振り返ると、リザも同じく立ち止まっていた。視線を向けると、彼女の瞳は申し訳なさげな色をたたえていた。
「別に、気にしていないさ。もう、済んだ事だ。それに。あの方が起こす騒ぎに巻き込まれる事なんて、今更だよ」
軽い口調で返事を返したものの、それでもリザは固い表情を崩さなかった。彼女としてはそれでも自分の祖父がしでかした事――という事でロイに負い目があるのだろう。
しかし、今回の事はロイとしてはグラマンに感謝してもいいくらいだった。リザと二人の時間をあんなにも貰ったのだから。けれども、まさか、君と二人で過ごせたから気にしていないとも言えずに、ただ気にするなとしかロイには言えないのだが。
ともかく、リザが責任を感じる必要はない、とロイは極力軽い口調で話しかける。
「……まったくそれにしても閣下には困ったものだね。そんなにジューン・ブライドにこだわりがあるんだろうか。また来年の六月近くにも同じ様な事をなさりそうで、怖いよ」
女性よりもロマンチストだ――というエリーゼの言葉を思い出しつつも、そんな事を述べれば。
「お爺さまも、母も六月に結婚したと聞いています。だから……ではないでしょうか」
思いもかけない事をリザが言ってきたので、ロイは瞬いた。
「なるほどね。君の家の伝統みたいなものか?」
「伝統……というほど大げさなものではないと思いますが」
そう淡々と話すリザを見ていたらば、ロイはついつい尋ねてみたくなった。数年前、自分のプロポーズを断った彼女にもジューン・ブライドの願望があったのだろうかと。
「君も?」
「はい?」
「君も、ジューン・ブライドを夢見た事はあるのか?」
「まあ、私も女性のはしくれですから」
自分でふった話題であったが、控えめにそんな事を言うリザにロイの胸はまた痛んだ。
自分が相手では彼女は六月の花嫁になろうと思わなかったのだな、と改めてじくじくと古傷が痛む。
「そういう中佐は?」
「私、か? そうだな…私は別に六月にこだわりはないよ。それに。それ以前に六月だろうが、六月じゃなかろうが失恋したら、結婚もできんしな」
投げやりに言ってしまってから、しまった、とロイは思った。こんな事を言うつもりでは無かったのに、気づいた時にはロイはもう口を滑らせていた。どう考えても、失恋した、自分をフった相手にする話ではない。
ところがリザの反応はロイの予想とは違っていた。
「失恋した事があるのですか?」
彼女は本当にびっくりというか驚いたという顔でロイをまじまじと見ていた。
「意外です。中佐の様な方でも失恋なさるのですね。フった事はあってもその逆があるなんて貴方に限ってはそんな事があるなんて思いませんでした」
しかも続けられたのはどこか引っかかりを覚える様な、なんというか棘のある言葉であった。
しかし、今のロイにはそんな事を気づく余裕が無かった。リザの自分をフった事など…自分のプロポーズを断った事など、まるで覚えていないという態度にショックを通り越して怒りさえ覚えていたからだ。
フった本人がよく言う。彼女にとってはあれはとるに足らない事だったんだろうか。数年も経てばきれいさっぱり忘れてしまえるほどの事だったのだろうか。自分にとっては一生に一度の一大事だったというのに。
それが情けなくも、腹立たしかった。
だから、口について出てしまったのだ。
「フった当人がよくいうじゃないか」
「中佐?……なにをおっしゃって…」
「きみが、私をフった、という事だよ」
リザを睨みつける様にして、ロイは言葉を続ける。一度溢れ出した想いは止めようがなかった。
「とぼけるのか? 私のプロポーズを断ったじゃないか。あれは、失恋に入らないと思っているのか? 君にとっては恋ですらないと? そんな程度の事だったのか!」
「待って、待ってくださいっ、中佐!」
ロイの剣幕をリザの声が遮った。彼女は困惑した表情で首を振る。
「中佐……私…私は、貴方が何を言っているのか分かりません。私は……あの時、お約束通り手紙を差し上げました……」
必死に言葉を紡ぐリザに、ロイは冷たい視線を向けた。
「ああ、そうだ。断りの手紙をね」
忘れるはずがない。あの時のショックは今でも鮮明に思い出せるのだから。そして自分は、その時から今に至るまで、彼女に報われない想いを持ち続けているのだ。だというのに、彼女にはまるで無かった事の様に扱われていて…そんな自分が滑稽でロイは仕方がなかった。
けれども、リザは怯まなかった。それどころか、ロイの返答に更に驚いた様に声を上げた。
「……なっ、本当に、本当に手紙を読んで貴方はそう思ったのですか?」
「なんだって?」
リザの言っている事が、よく分からなかった。いつの間にか彼女はロイをじっと見つめている。その瞳が揺れている様に見えるのは、何故なのだろうか。
「貴方はあの手紙を読んで下さったのですよね?」
「それは……」
ロイの脳裏にその当時の記憶が蘇る。
そのまま、リザの言っている事を、その意味を、改めて頭の中で吟味する。
「貴方ご自身の目で手紙をお読み下さったのですよね……?」
その言葉が脳内に染み込んで来た時、ようやくリザの言わんとしている事に気づいて、ロイは言葉を失った。
――そうだ、自分は、あの手紙を。
「……いえ。申し訳ありません。詮無い事を申しました。忘れて下さい……」
だがロイが言葉を発する前にリザはロイから視線を外し、力無く首を振る。そして、止める間もなく踵を返すと、
「失礼します…!」
小走りに夜の街の雑踏の中に消えていってしまった。
ロイはその後を追わなかった。いや、追えなかった。
――ロイにはリザの後を追う前に、彼女を追いかけるためには、どうしても確かめねばならない事があったのだ。




続く
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by netzeth | 2012-06-10 16:52 | Comments(0)