うめ屋


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by netzeth
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ジューンブライド・ラプソディ (7) 完

すぐにロイは一番近くにあった電話ボックスへと駆け込んだ。もどかしい思いで、小銭を財布から出すと受話器を手に取り、ダイヤルを素早く回す。きっかり5コール目でロイの目的の人物が出る。
「はい、もしもしヒューズですが?」
しめた、とロイは内心喜びの声を上げた。この時間に自宅にいるかどうかはかけだったのだが、幸いにも彼――マース・ヒューズは在宅だった様だ。
「ヒューズか? 私だ」
「なんだあ? ロイ? 珍しいな、お前さんから電話かけてくるなんてよ」
あ、俺の嫁さん自慢が聞きたくなったとか? と見当違いの事を言い出すヒューズを、
「確かめたい事がある。今すぐに、だ」
強い口調で黙らせる。
ロイの常に無い態度に何かを感じ取ったのか、ヒューズの声に真剣な色が帯びた。
「なんだ? 改まって。何か重要な事なのか?」
「ああ。重要だ。私の人生の一大事だ」
そこで言葉を切ると、すうっとロイは息を吸い込む。
そして。
「単刀直入に聞く。数年前、私の国家錬金術師資格試験の本試験日の日の事だ。あの日、私はお前と電話で話したな? 覚えているか」
一気にそこまで言うとロイはヒューズの返事を待った。しばしの沈黙の後、ヒューズは答えを返してくる。
「ああ、あの時の事か」
ヒューズの返答にロイは胸をなで下ろした。記憶力の良い奴だから大丈夫だとは思ったが、やはりヒューズは覚えてくれていた様だった。
「あの時、私はお前に頼んだな。私の部屋に届いた、ある人物からの手紙の事を」
「ああ。確かに」
「その時の事をよーく、思い出してくれ……」


数年前。焔の錬金術を引っ提げて臨んだ国家錬金術試験。その本試験を受験するために、ロイはセントラルシティにある大総統府直属の国家錬金術師機関へと赴いていた。
精神鑑定や筆記テストを終え、残るは実技試験だけ――という段階で一時休憩を迎えたロイは急ぎイーストシティの己が普段生活している軍の寮へと電話をかけていた。
どうしても最後の試験前に確かめておかなければならない事があったからだ。
それは、一ヶ月前にロイが大切な女の子と交わした約束――プロポーズの返答を手紙で欲しいというロイの人生を大きく左右する事柄についての事だ。
本当ならばセントラルに赴く前に彼女からの返答の手紙を受け取るはずだったのだが、郵便事故で彼女からの手紙はイーストシティとは真逆のウエストシティへと配送されてしまったらしい。手紙を待ちきれずにポストオフィスへと尋ねたロイはその事実を知り、そして手紙がウエストシティから戻ってくるのが今日、本試験の日である事を告げられていた。おそらく、もう寮の己の部屋の郵便受けには彼女からの手紙が届けられているはずだった。
ロイは同じ寮に住んでいる士官学校時代からの親友に電話をかけて、手紙が届いているか郵便受けを見てくれるように頼んだ。
ロイの頼みを快く引き受けてくれた親友はすぐにロイの部屋へと赴き、そして一枚の手紙を手に電話口へと戻ってきた。
「ああ、ロイ。確かに届いてたぜ。え~と、差出人は……リザ・ホークアイ。これでいいのか?」
「ああ。確かにその手紙だ。すまんが封を開けて中を読んでくれないか」
「いいのか? 俺が読んじまって。……これってお前がこの前話してたプロポーズの返答の手紙だろう?」
「ああ、そうだ。……だからこそそっちに戻るまでなんて俺は待ちきれないんだ! 今、すぐに知りたいんだよ。そのためにはお前に読んで貰うより他にないだろうがっ」
「まあ、そうだけどよ。お前が良いって言うなら……ちょっと待て…よし開けたぞ」
「……ああ。よ、読んでくれ」
「分かった。……いいか読むぞ?」
「いや! 待て! 読むな!!」
「……どっちだよ」
「……言ったろうがっ、俺の人生がかかってるんだ! 心の準備ってもんが必要なんだよ……いや、いい、すまん。やっぱり読んでくれ。……まずはお前が」
「はあ?」
「だから、読み上げるんじゃなくて、お前がまず手紙を読んでくれ。……それでその後、お前の口から俺にその……内容を、彼女の返答を教え欲しい。……その方がショックも少ないと思うんだ」
親友――ヒューズからは臆病者と思われたかもしれないが、その時のロイは本当にリザの手紙をそのまま読んで聞かせて貰う勇気がなかったのだ。それで断られていたのなら、多分自分は立ち直れない。男としてロイの気持ちが痛いほど分かったのだろう。ヒューズは何も言わずロイの頼みを了承してくれた。
そして。
永遠にも思える沈黙。ヒューズがリザからの手紙を読んでいるのが電話越しにも分かって、ロイの胃はキリキリと痛んだ。先に受けた試験の時だってこんなに緊張はしなかった。
やがて、手紙を読むにしてはやや、いやかなり長めの時間が経過した後、ヒューズがゆっくりと口を開いた。
「……ロイ」
「ああ」
「……その、なんだ。まあ、落ち込むな。女は一人だけじゃない」
その瞬間、ロイは己の恋が終わった事を悟ったのだった――。


「あの時、私はお前に手紙を読んで貰ってその後、その内容をお前の口から教えて貰ったよな?」
「ああ、そうだったな」
結局試験を終えてイーストシティに戻ったロイにヒューズはリザの手紙を渡してくれたが、失恋の手紙など読みたくもなかったロイは中を見もせずに、さりとて捨てる事もできずその手紙をずっとしまいこんでしまった。
だが、今になってその時の事を思い起こさなければならない事態が起こっていた。
――本当に私の手紙を読んで下さったのですか?
リザの言葉が脳裏に蘇る。
彼女は明らかに困惑していた。……まるで、フラれたと思っているロイの方がおかしいかの様に。
あの時の手紙。その内容の理解が違っていたというのか? ロイはヒューズを信頼している。彼に限ってロイに嘘やデタラメを言う訳はない。
だが、それでも。あの時の事を確かめる必要があったのだ。
「その時の手紙の内容……いや、その文章を覚えているか? 一字一句とは言わん、だいたいで良い」
ロイの真剣な様子が伝わったのだろうか。唐突な質問にも特に何を聞くわけでもなく、ヒューズは答えを返してくれた。
「正確には覚えてないが……確か隣家のおばさんちの猫がどうとかお向かいさんちに子供が産まれたとかいう、本当にただの世間話みたいな内容だったぜ。正直プロポーズの事には一切触れてなかった。……だから、俺はリザちゃんは遠回しに断ってるんだな……って思ったのよ」
――貴方ご自身の目で手紙を読んで下さったのですか?
リザの言葉の意味を今、ロイは朧気ながら理解した。
ヒューズは嘘をついていない。彼は悪くない。そう、自分達以外の人間がその手紙を読んだのならば、彼の様に意味を取ってもおかしくないだろう。
だからこそ、ロイはどんなに怖くとも、結果が恐ろしくとも、自身の目でリザの手紙を読まねばならなかったのだ。
「分かった。ありがとう」
礼を述べて受話器を置くと、ロイは電話ボックスを後にして走り出した。目的地は己の自宅。幸いそれほど離れた場所ではなかったので数分で帰り着き、ロイは乱れた息を整えながら書斎として使っている部屋へ急いだ。
大股で愛用のデスクへと近づくと、上から二段目の引き出しを探る。そしてその奥の奥に置かれていた小さな紫色の小箱を取り出すと蓋を開けた。
中には古びた手紙が入っている。
――差出人の名はリザ・ホークアイ。
ロイは無言でその封を初めて開けた。
この何年もの間、中身を改める勇気を持てなかった、その手紙。
広げると、彼女らしい几帳面な文字でその文章は書かれていた。


隣のサマンサおばさんちに新しい家族がきたんです。名前はユーナ。とっても可愛いとら猫です。私もときどき撫でさせて貰うんですよ。やっぱり動物は可愛いですね。私もいつか飼ってみたいな、と思いました。ところでお向かいのロットンさんの家でも新しい家族が増えたそうです。女の子の赤ちゃん。名前はエミリーっていうそうです。きっととっても可愛いんでしょうね……


手紙を何度も何度も読み返して、ロイは目を閉じた。
”SURE”(いいですよ)
名前の頭文字を繋げて言葉にする二人だけの秘密の暗号。それから導き出されたのはその言葉――文章に隠れた、リザからのメッセージを、想いを今、ようやく数年も遅れてロイは受け取ったのだった。


帰っているかは分からないがそれしか彼女の居場所を思いつかなかったので、ロイは自宅を出るとリザの部屋へと急いだ。
夜道を走り、彼女の家へと向かう途中にある公園を通り抜けて近道をしようとしたところで、ベンチにボーッとした様子で座っているその人影を発見した。
ぼんやりとした外灯の下でもキラキラと輝くその金色の髪を見間違えるはずがない。
「少尉……」
思わず呟いた声が耳に届いたのだろう。リザはハッとした様にロイがいる方角へ首を向け、彼の姿を確認すると立ち上がった。だが、そのまま近づいてくることもなく、さりとて逃げるでもなく、彼女はその場で立ち尽くし、ロイの方をじっと見つめていた。
こくり、と一回つばを飲み込んで意を決するとロイはそんな彼女の元へと近づいていく。やがて彼女の正面へとたどり着くと、ロイはゆっくりと口を開いた。
「君に謝らなければならない事がある」
リザは何も言わなかった。彼女がロイの言葉の続きを待っているのだと解釈してロイは話を続ける。
「数年前、あの時の私は臆病者で、とんだ腰抜けだった。事情があったにせよ、大切な女性からの手紙をちゃんと読む事ができなかった。だから、親しい友人に手紙を読ませて、そしてその内容を伝えてくれる様に頼んでしまった。……そう、私はあの手紙の文章を自身の目で見てはいなかった」
ロイの告白の最中も、リザは一瞬たりとも視線を逸らさなかった。その大きな瞳でロイの姿を映し続けている。
「……ずっと、君にフラれたと思ってきた」
「もう、今更です」
フッとリザの笑う気配がする。その細められた瞳は、まるで遠い昔を懐かしむ様だった。
「あの時の私はこう思っていました。貴方みたいな人が私のような子供に本気でプロポーズするなんてある訳ないと。勘違いしてはいけない、と何度自分に言い聞かせたか知れません。ずっと迷っていました。でも、もしかしたら――そんな希望にすがってあの様な手紙を書きました。私が好きだった貴方なら、もしもプロポーズが本気だったなら……あの手紙を分かってくれると思ったから」
「少尉……」
「でも手紙を出した後、いつまで待っても貴方からの連絡もなくて。私は思いました。ほら、やっぱりそんなはず無かったんだって」
リザの声が震えた。
「私なんかに、貴方がプロポーズなんてしてくれる訳なかったんだって……。でも、それでも。私は貴方の事が忘れられなくて。女として必要とされないならせめて、貴方の同士としてそばに立ちたいと――」
「――すまん。すべて、私が悪かったんだ」
我慢ができず、ロイはリザを己の腕の中へと押し込んだ。成長したと思っていた彼女の身体は、思ったより小さく感じられた。
「すべては私の臆病さが招いた事だ。許してくれ――リザ……」
返事を手紙で受け取りたいと願った事、試験でロイが自宅を空けなければならなかった事、郵便事故、リザが返答を暗号で書いた事、ヒューズに手紙の内容を伝えて貰った事、受け取った手紙を自ら読もうと思わなかった事。小さな事が積み重なって自分とリザの大きなすれ違いを生んでしまったのだ。そして、それは彼女の人生まで変えてしまった……。
「いいえ、いいえ、中佐。もう、今更です、と申し上げました。もう、昔の事です。今の自分を私は後悔はしておりません。むしろ、良かったと思っています」
腕の中のリザは何度も首を振る。
「あの時、貴方と一緒になれば、今の私はなかったでしょう――貴方をこの手でお護りする事も、きっと、出来なかった。だからこれで良かったんです……」
すべて終わった事です。と静かに言うリザに、だがロイは頷かなかった。
いやまだだ。まだすべては終わってない。
エリーゼの言葉がまた脳裏に浮かぶ。
――マスタング中佐。それは…それは本当にリザさんからちゃんと聞いたのですか? 本当に、ですか? 本当に直接確かめましたか? ……私にはどうしてもリザさんがあなたを拒む様には思えません。だって二人ともあんなに楽しそうで……。お二人と過ごした時間に私が拝見していた、お二人が互いにとられていた態度、行われた行為、その全てから、私にはあなた方が互いを想い合っているようにしか見えませんでした。――これは女のつまらない勘ととって頂いても結構ですが、リザさんは中佐の事をとてもお慕いしている様に見えました――。
エリーゼの言うとおり、今でもまだ、もし彼女の想いが自分に少しでも残っているのなら、これから始める事だってできるのだ。リザを抱きしめる腕に力を込めて、
「聞いてくれ、リザ。私はプロポーズの返事もまともに見られない様な臆病な男だが、それでも、これだけは言える。今でも、君にプロポーズしたあの時と少しもこの気持ちは変わっていない。好きだ、リザ……」
今度こそこの想いの全てが彼女に届く様に、ロイはリザの耳へとありったけの想いを込めて声を流しこんだ。リザからの返答はなかったが代わりに彼女の手がぎゅっとロイの背中の辺りを掴む。その行為は何よりも彼女の想いを雄弁に語っていて。ロイの胸の中に彼女への愛しさがこみ上げた。
「……君を待たせ過ぎた。だが、すまん。これからも君を待たせる事になる。今となってはもう、君をすぐに六月の花嫁にしてやる事はできない。……だが、今年の六月には間に合わないかもしれないが、いつか、きっと……」
「大丈夫ですよ。何年先の六月でもかまいません。いつまででもお待ちします」
待つのは慣れていますから。
そう言って自分を見上げて微笑んだリザの笑顔を、ロイは生涯忘れる事はないだろう。
それはきっとどんな六月の花嫁よりも美しい、幸せに満ち溢れた微笑みであったから――。


六月に入ったイーストシティは初夏の爽やかな空気と、続く晴れ間に恵まれて、過ごしやすい気候が続いていた。どこかの国ではこの時期は毎日雨に見舞われる――という話を聞いた事があったロイはそれはさぞ気の毒な事だと、他人事ながらも同情した。
それではせっかくのジューン・ブライドも台無しであろう、と。
あのお見合い騒動の後、ロイとリザにはエリーゼとサムから改めて結婚式への招待状が届いていた。
結局仕事の都合がつかずに二人とも欠席の返事を出したのだが、しっかりと祝いの言葉と贈り物を送って祝福をした。
そして、同じく招待状が送られてきたらしいグラマン将軍閣下は、懲りずにそれを引き合いに出してまだリザを六月の花嫁にする気はないのか――とロイに催促をしにくるようになった。
リザにきつくお灸を据えられたにも関わらず本当に懲りない人である。
そう苦笑しながらも、それに対するロイの受け答えは今までと少しだけ変わっていた。
今までは「我々はそういう関係ではありません」と答えていたものが、「まだ、その時期ではないのですよ」という返答に変わったのである。
本当にただそれだけの違いであるのだが、しかしグラマンは今回の見合い作戦の成果に満足した様であった。
そう、端から見れば小さな事かもしれないがロイとリザの関係にとっては大きな変化だった――それはロイとリザがようやくお互いの気持ちを理解し合った証であったのだから。
そして、いつか彼女を六月の花嫁にするために、ロイは今日も己に課せられた仕事に励むのである――。


「あ~少尉。ごほんっ。アイザックがこの前ライルと喧嘩してな。それをオニールが仲裁に入ったんだ。しかしそれでは収まらずにな、ヴィックまで巻き込んでえらい騒ぎになった」
「……それは、大変でしたね」
「ああ、大変だったよ。そのうち殴り合いの喧嘩にまで発展してしまってな、エドモンドもヨークもオコナーの奴も止めに入ってくれんたんだが、結局どうにもならずにとうとうアンダーウッドが最後に二人を殴って気絶させてようやく収まったんだ……ごほんっ」
「……バカですかっ。そんな事にかまってないでさっさと仕事をして下さい!」
”I LOVE YOU”
こんな風に愛しい彼女と日々を送りながら。





END
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by netzeth | 2012-06-11 01:21 | Comments(0)