うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth
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いつかどこかで。

気が遠くなる感覚。永遠の様に長く、でもきっとほんの一瞬の出来事だった様にも思う。
リザの意識がどこか深いところから浮上して、彼女が目を開けた瞬間に見たものは……もう見慣れすぎた顔だった。
男にしては綺麗な肌と、すっと通った鼻筋。閉じられた瞼がその深い色合いと強い意志を合わせ持つ瞳を隠し、更に目を閉じているせいでただでさえ童顔のその顔が余計に幼く見える。
彼は自分を見下ろす体勢でいるので、その長めの前髪がこちらにカーテンの様に垂れ下がっているのを、リザは不思議な思いで見上げていた。
――中佐の前髪って、こんなに長かったかしら?
とりあえず、彼の顔が問答無用で近づいて来るのをリザは片手でムギュッと押し退けた。
……あっ、変な顔。
「はにほふるのはね……ひひゃ」
……何を言っているのか分からない。
しょうがないので手をどけてやると、改めて彼はリザに視線を向けてきた。開かれたその瞳は不可解だ、と語っている。
「何をするのだね? リザ」
目を開けた彼――リザの上官マスタング中佐が発したのは疑問系。それを聞きたいのはこっちの方である。
「そのセリフそっくりそのままお返しします、中佐。一体何をなさろうとしていたのですか」
「君、少し変だぞ? 何ってそんなの決まっているじゃないか。愛の営み……いや、待て。……中佐…だと?」
「変なのは貴方です。とにかくどいて下さいませんか」
己を見下ろされる体勢――多分客観的にみると押し倒されている――の恥ずかしさに我慢が出来ず、リザは自分の上から身体をどけてくれたロイから逃れる様に身体を起こした。
そこは知らない部屋だった。
広い部屋の中には大きめのベッドが一つ。それが今、リザとロイが居る場所だ。壁紙やカーテンなどは明るい色で統一されており、シンプルながらも趣味が良く、置いてある家具や、寝具なども全てリザの好みの物ばかりであった。
ロイが居て自分が知らない部屋なのだから、おそらく彼の部屋なのだろうとリザは推測する。整理整頓が苦手なロイにしては綺麗に片づいているのを意外に思いながらも、リザはロイを睨みつける。
「まったく、今度は何を企んでいらっしゃるのですか? 私をこんなところに連れてきて。悪ふざけも大概にして下さい」
リザにはロイの部屋にやってきた記憶も、この部屋のベッドの上に乗った記憶もない。だとしたらば、絶対にまたロイが何かふざけた事をして自分をからかっているのだと、リザは決めつけた。
本気で怒ればロイはすぐに謝ってくるだろうと思ったが、しかし、このリザの目の前にいるロイは先ほどから困惑の表情を浮かべたままだった。
「企んでるって……一体どうしてしまったんだ、リザ。こんなところと言うがここは私達の家だろう」
「は? また、おかしな事をおっしゃいますね、中佐。頭でも打ったのですか」
「おかしいのは君だ。さっきから私の事を中佐と呼んでいる様だが……私が中佐だったのはもう何年も前の事だぞ?」
そう言って立ち上がったロイがクローゼットから出してきたのは軍服だった。見慣れたアメストリス国軍の青い軍服。そして肩の階級を表す星とラインをリザに示して見せる。その肩章は少なくとも閣下と呼ばれる地位にいる事を表すものだ。
「……この軍服はどなたの物です?」
「おかしな事を言うな。私のに決まっているだろうが」
省略された胸の徽章を確認する。東部栄誉勲章、勇戦獅子勲章……どれもイシュヴァールでの功績によりロイが授かった勲章である。中にはリザの知らない勲章もあったりしたのだが、どうもこの軍服が彼の物だという事は間違いがないようでリザは混乱した。
自分の記憶ではロイは中佐で、自分は少尉で……東方司令部で勤務していたはずで。何がなんだがさっぱり分からない。更にリザの混乱に拍車をかけるような言葉をロイは続ける。
「いいか? ここは私達の家で、君と私は夫婦だ。君はリザ・マスタング。私の妻だ。で、私達は今まさに、これから夫婦の愛の営みを始めようとしていたところだったんだ」
なのに君は……となおもぶつぶつ言うロイの姿を眺めながら、リザは結論づけた。
夢ね。
そう、これは夢なのだ。ロイがもう将軍で自分と同居でおまけに夫婦……なんてあるわけがない。
きっと仕事仕事の毎日に疲れた自分が勤務中にちょっとうたた寝をしてしまって、そしてこんな訳の分からない夢をみるはめになったのだ。
そう考えるとリザの気は楽になった。そういえば、目の前にいるロイはリザの知るロイと少し違う気がする。リザの記憶より少し前髪が長いし、どことなく威厳…貫禄を感じるのだ。夢の中ならば現実のロイと違っていても不思議はあるまい。このロイは自分の知らないロイなのだ。
「もう……貴方が中佐だろうが、将軍だろうが、どうでも良いです。それに、夫婦だという事も」
夢だと思えばもう全てがどうでも良くなって、リザは投げやりに言った。
「なっ、どうでも良くないぞ! リザ。重要な事だろうがっ」
「リザじゃありません。ホークアイ少尉です」
「リザちゃん冷たい……ん? 少尉?」
冷たく言ってやるとロイはシュンとしてしまったが、しかしすぐになにかに気づいた様にリザの顔をまじまじと見た。
「なあ、リ……いや、君は少尉なのか?」
「そうですが?」
「……さっきまで何をしていた?」
「……確か資料室に中佐を探しに行っていた気がしましたが……それが、何か?」
「……いや、ふむ、もしかして……あの時の……」
「なんですか?」
「……いや、なんでもないよ」
少しだけ研究者の顔でロイは何かを思案していた様だったが、リザの訝しげな問いには何も答えなかった。
なんとなくその態度には引っかかるものがあって、リザは不愉快な気分になった。いつもならばロイの前ではそんな態度は露とも見せはしないが、ここは己の夢の中なのだ。この際言いたい事は言うべきだ、とリザは開き直った。
「もうっ。……だいたい、貴方が私の旦那様というのも疑わしい話です。嘘をおっしゃらないで下さい。貴方は私が何を言っても真面目に仕事をして下さらないですし、すぐにさぼってどこかに行ってしまうし、ちゃんと仕事をしたと思ったら、デートに行ってしまうし。私と夫婦になったというなら、私の事を少なくとも好意的に見て下さっていたのではないですか? そんな人が他の女性とデートに行きます? 私の言う事を聞いて下さるもんじゃないですか?」
矢継ぎ早に言いたい事を言い終えると、リザは一息置いた。言いたい事を言えるというのは案外胸がスッするものだ。夢の中だというのに妙に満足した。そんなリザとは裏腹にロイは言い訳めいた事を口にする。
「……あの頃の私は君に対してうまく気持ちを伝えられていなかったんだよ。君は私からのデートの誘いは全て悪い冗談だと決めつけて相手にしてくれなかっただろう? 直球で勝負してダメだったから、だから君の気を引くためにいろいろしてたんだよ。仕事さぼったり、他の女性とデートしたり」
「……あれ、本気だったんですか……。だって、貴方のデートといったら、絶対私なんか不相応な高級レストランとかに連れていかれるに決まってるじゃないですか。嫌ですよ」
「そんな事はない。それは君が誤解しているだけだよ。彼は君と一緒に居たいだけだからね。……多分、一番喜ぶのは君が手料理を作ってあげる事じゃないかな。一度言ってみるといい。きっとすごいスピードで彼は仕事を片づけてくれると思うよ」
ロイが自分の事を話しているはずなのに、どこか他人の事の様に話すのをリザは不思議な思いで聞いていた。
しかし、この夢の中のロイの言葉は妙に説得力がある。
「そんな事でですか……?」
「ああ。そんな事で、だ」
じっと彼の顔を見ていると、本当にその通りの様な気がしてくる。しかし、その彼の顔が次第にぼんやりとしてきて、リザは己の目を擦った。何度擦っても彼の輪郭はドンドンとぼやけていく。
「何……?」
「ああ、多分そろそろ戻るんだろうな。じゃあ、私によろしく、リザ。別れのキスをしたいところだがそれは向こうの私に譲るよ。また、な」
「え? 中佐?」
ロイのその言葉を最後にリザの視界は完全に暗転した。そしてこの部屋を訪れた時と同じ様に、意識はどこか深い深い底へと沈んでいった。


「少尉! 少尉!!」
心密かに気に入っている良く通る低い声に起こされてリザは目を開けた。目の間には見慣れた顔。どこからどう見てもマスタング中佐だ。
今度は正真正銘の彼、本人らしい。その証拠にちゃんと前髪が短めだし、威厳も貫禄も微塵も感じられない。
「中佐? ああ、良かった。今度は本物ですね。威厳も貫禄もありませんものね」
「君……起きぬけに何失礼な事をさらりと口走っているんだ」
「え?」
ロイに言われて周囲を見渡すと、そこはリザが彼を探しにやってきたはずの資料室だった。いつの間にか自分はその床で何故か眠ってしまっていたらしい。
「私……どうして……」
「その様子なら大丈夫なようだな。ほら、これだ」
ホッとした口調でそう言って、ロイは手に持っていた分厚いファイルをリザに見せた。
「こいつが君の頭に落ちてきて、そのせいで君は気を失っていたんだぞ?」
棚の上から滑り落ちてきたというそれで頭を打ったというのだ。そういえば、少し後頭部の当たりがずきずきする気がする……とリザは頭に手をやる。少しだけ熱を持っているそこは心なしか膨らんでいてタンコブになっているようだった。
「……ここは…軍部ですよね? やっぱり、あれは夢だったのね……」
「……少尉? どうした、本当に大丈夫か? 君、ちょっと変だぞ?」
まだボーッとした様子のリザを心配するロイの気遣わしげな表情が、図らずもあの夢の中の彼と重なった。
――一度言ってみるといい。
「なんでもありません、中佐。それよりも」
と、リザはロイを睨みつけた。
「ま・た。ここでサボってましたね? まだ今日〆切の書類が残っているというのに!」
「ああ、うん? まあ、なんとかなるだろ」
「また、そんな事を言って! 本当に貴方はいつもいつも……」
すっかりいつもの調子を取り戻したリザに苦笑しながら、ロイもいつも通りの軽口を叩く。
「……君が私とデートしてくれたら、きっと早く終わるよ」
「嫌です」
が、あっさりすっぱりと切って捨てられて、ロイががっくりと肩を落としかけたところで。
「……でも。高級レストランへのお供は御免ですが……私の家での食事――という事でしたら、考えない事もありませんよ?」
「へ?」
「た・だ・し。ちゃんと今日の仕事が終わればのお話です」
リザの言葉にロイはポカンと口を開けて、信じられないといった様な顔をした。しかしすぐにその口元を引き締めると、その瞳に不敵な色を浮かべて。
「任せろ。定時には絶対に終わらせてみせるとも」
そうと決まればさあ仕事だ、戻るぞ、とロイが歩き出す。慌ててその背を追いかけながらも、たかだか己とのデートで劇的にやる気をみせてくれた彼にリザは驚いていた。まさか本当にあの夢の中のロイの言うとおりに、彼は自分の手料理ごときを望んでくれ、喜んでくれるというのか。
少しだけ面はゆい気持ちだったが、悪い気はしない。
「お待ち下さい、中佐!」
ロイに続いて資料室を後にする。
不思議な夢を見たその場所を一瞬だけ振り返って。
リザはどうせだったら好きな料理は何か、も聞いておくべきだったな……などと少し後悔する。そして、果たされるであろう今夜の彼との約束のために、さて夕食のメニューは何にしようかと思いを巡らせるのであった。




END
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お読み頂きありがとうございましたv
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by netzeth | 2012-06-11 01:46 | Comments(0)