うめ屋


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by netzeth
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KY

その日俺はもう何度目になるか分からない失恋の傷を心に負いながら司令部に出勤していた。俺の顔を見るなり何があったのか悟ったのだろう、同僚達は無言で肩をポンと叩いたり、女は1人じゃないぞなどと慰めの言葉を口にした…が。
奴らの気遣いは嬉しいが、正直そんな事でこの俺の傷心が癒えるはずもなく、俺の気分はずっとどん底だった。
そんな俺を見かねたのだろう。
ホークアイ中尉が俺に声をかけてきたのは、ちょうど仕事部屋に俺と二人きりになった昼過ぎの事であった。
「ねえ、少尉。気持ちは…正直分からないけど、元気出してちょうだい」
中尉のこういう裏表のないところは好きだ。俺は苦笑しながら返事を返す。
「中尉に心配されちゃうほど俺、落ち込んで見えたっスか?」
「ええ。生きててすみません…って顔してたわ…? 大丈夫よ、少尉。別に女の子にフられるほど気が利かなくても、空気読めないサイテー男でも、少尉は少尉ですもの。生きていても大丈夫よ」
……俺、慰められてる…よな?
疑問が首をもたげるが中尉の顔は真剣そのものだったので、俺はその辺りはスルーする事にする。
いちいち突っ込んだら負けである。
「すんません、中尉。気を使わせちゃったみたいで」
「いいのよ。部下が落ち込んでいたら慰めるのも上司の勤めですもの…そうだわ」
珍しく口元に小さな笑みを浮かべた中尉は、そこでポンと両手を合わせた。素晴らしいアイデアを思いついた、とその表情が語っている。
「良かったら、今夜うちに来ない? 実はすごく高価なワインをある人から頂いたのだけれど、私1人で飲むには勿体無いと思っていたの。私の手料理で良ければだけど、夕食も用意するわ。どう? 少尉の愚痴くらい聞いてあげられると思うけれど」
……中尉の提案は素晴らしい、なんてもんじゃなかった。
美人でボインな一人暮らしの年上女性の部屋に夜、招かれたあげく、なおかつ手料理に、二人でお酒を楽しむ……だと? なんだ、それ!そんな夢の様な話があっていいのか、まさか俺がフられたのはこの桃源郷体験への前振りだったのか?
ていうか、それ、いくら信頼している(と俺は自惚れてはいる)部下だからって、やっちゃいけなくないか? 男に対して警戒心無さ過ぎじゃないっスか?
ぐるぐると俺の思考は自動洗濯機の様に回る。
そして、多分純粋に俺を元気づけようとしてくれている中尉に対して不埒な事を考えてはいけないと思いつつも、俺の脳内はあっという間にピンク色のお花畑と化していた。
いかんいかんと俺の理性がストップをかけたりもしたが、こんなチャンスきっと俺の人生においてもう、二度とは訪れないかもしれん! という切実さには勝てはしない。
「え、いいんスか? それじゃあ遠慮なく……」
俺は己の欲望の赴くままに中尉の提案をありがたく受けようとした。正直、動機は不純、下心ありまくりで。
しかし。
その瞬間俺の危機管理を司る脳みそだか、五感のどこかが感じ取ったのだ。中尉の後ろ、部屋の扉の向こうから凄まじい殺気を放つ人物の存在を。
いる!!
俺の勘は告げていた。俺は中尉の肩越しにドアを注視した。よく見ると、それは少しだけ開いている。
間違いなく、いる。
俺は確信した。恐ろしい威圧感をもってその人物は俺達の会話を聞いているのだ。
「……と、思っだけど、やっぱり遠慮しておきます」
まだ死にたくなかったので、俺は己の前言をあっさり撤回した。
誰だって命は惜しい。迂闊にここで彼女の部屋を訪れようものなら、待っているのは炎の制裁である。
俺は女心は読めないかもしれないが、こういう空気は読める男だ。この部屋を包む空気を読んだ俺の危機回避能力が止めろと言っている。
しかし、
「あら? 遠慮しなくて良いのよ?」
「いやあ…やっぱ、女性の部屋に上がり込むのはちょっと図々しいかな~なんて」
「なんだ。そんな事を気にしているの? 私とあなたの仲じゃない。私は別に気にしないから」
ニコリと笑ったりして。中尉は必死に断る俺をぐいぐいと追いつめてくる。
……空気読んで下さい、ちゅーい!!
大佐が脱走する前触れには直ぐに気づくくせにどうしてこの部屋の不穏な空気には気づかないんですか!?
「ね? 私も1人でワインなんてちょっと寂しいから……本当に遠慮なんかしないで? 少尉?」
ちょっと小首を傾げたりする男心をくすぐる可愛い仕草でなおも俺を誘惑する中尉。
なんかもうだんだんと中尉は大佐を使って俺を間接的に抹殺するつもりなんじゃないかと思えてきた。
「いやあ…でも、やっぱり」
ちょっと半泣きで俺は断固として中尉のお誘いを断る。
「そう…、やっぱり私の手料理なんて嬉しくないわよね……」
すると、中尉はあからさまにシュンとした顔でそうのたまった。
なんスかその、余計な事言っちゃって私ったら、馬鹿ね、みたいな顔!
違います! 違いますから中尉! 俺が断ったのは中尉の料理の腕に疑問を持っているからじゃないですから! 全部扉の向こうにいる独占的と嫉妬心だけは強い上司様のせいですから!
しかし、そんな事を口に出して言える訳もなく。
「いや…そういう訳じゃ……」
「いいのよ、少尉。気を使ってくれなくても。自分の料理の腕くらい分かっているわ……」
目に見えて落ち込んだ悲しそうな顔をする中尉。俺は扉の向こうからの圧力の意味が若干変化するのを感じ取った。そう、何中尉を悲しませているんだ、こら! 的なものへと。何度も言うが俺は空気の読める男だ。
……俺にどうしろと?
進むのも地獄。引くのも地獄。ならば、俺は一体どうすればいいのか。逃げ道が全て塞がれた袋小路に迷い込んだ気分だ。だが、俺はここで起死回生の手を思いついた。
伊達に短気な嫉妬心の強い男の下に長年居る訳ではない。
そして俺はその思いつきを逆転の一手として口にした。
「あの。なら、俺1人ではさすがにお邪魔し難いんで、もう1人連れて行っていいっスかね? そしたら、俺も遠慮なくご馳走になれます」
「ええ、良いわよ。人数が多い方が食事は楽しいものね」
「じゃ、じゃあ…! 大佐を誘って……」
「ダメよ!!」
「へ?」
「大佐はダメ!」
「中尉…? でも俺大佐にも話を聞いて貰いたいなあ…なんて…」
「大佐は絶対ダメ!!……それなら少尉。悪いけれどこの話は無かった事にさせて貰うわ」
あれだけ遠慮する俺に食い下がっていた中尉は大佐の名前を出した途端、あっさりと引き下がった。
こうして、俺は呆気なく危機的状況から生還を遂げた訳だが。
しかし、その夜。俺は失恋したのは自分であるのに、その自分よりもどん底まで落ち込んだ男を何故かバーで慰める羽目になっていた。
「ハボック……私はそんなにダメな男か? 中尉の部屋に行ったらダメダメ男か?」
やけ酒で酔っ払って絡む鬱陶しい上司。
あ~あ、雨の日じゃなくても火がつきそうにないな、こりゃ。
「ちゅーいぃ…私の事、そんなに嫌ってたのか……?」
今の大佐には何を言っても無駄だろう、と俺は喋るのは諦めて煙草をくわえた。
昼間の事を思い返す。
大佐を部屋に連れて行くと言った時の中尉の顔。俺にしか見えていなかった彼女の顔。あれは俺に対しては欠片も見せなかった、女として男を意識して警戒する顔、だ。
……それを大佐に言ってやるべきか俺は非常に迷っていた、が。失恋したてでキューピッドなどさらさらやる気の俺は結局黙っている事にした。
それくらいの意趣返し、可愛いもんだろう?
「ちゅーい…ちゅーいぃぃ……」
そして俺は相変わらず鬱陶しく好きな女を呼んでいる男を放置して、ライターを取り出すと、くわえた煙草に火をつけたのだった。




END
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by netzeth | 2012-07-12 01:14 | Comments(0)