うめ屋


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by netzeth
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男の純情

強く降りしきる雨に予定外の時間をとられて、私が彼女との待ち合わせ場所に到着した時、きっかり約束の時間から30分が過ぎていた。
馴染みのバーのドアを幾分乱暴に開けて中へと足を踏み入れた私は一番奥のカウンター席を目指す。ちょうどよく他の客からは死角になるその席は彼女とのデートにはもってこいの場所だ。ちらりと目配せだけで挨拶してくる寡黙なマスターに軽く手を挙げて、私は30分も席を温めて居たであろう彼女の隣の席へと滑り込んだ。
「待たせたな」
少し俯き加減にカウンターに肘をついて、カクテルグラスの縁を指でなぞったり、金色の液体に浮かぶサクランボのヘタをちょんちょんと触ったりと、とりとめもない仕草をしていた彼女――リザはゆったりと私の方を向く。
「いいえ? ちっとも待っていませんよ?」
彼女にしては珍しく花が綻ぶような…とでも言おうか、そんな美しい笑顔をリザは見せる。
私は内心、おやと思いながらもとにかく用意してきた謝罪の言葉を口にした。
「……司令部を出ようとした途端にこの雨だろう? 当然傘なんてもってないから車を出そうと思ったんだが、あいにく使える軍用車がなかった。かといってこの雨の中歩けば君にいらぬ心配をかけるだろう? だから、外回りに出ていたハボックが戻るのを待っていたらこんな時間になった。――すまない」
私の言い訳めいた言葉を聞いてもリザは特に表情を変える事なく、相変わらず口元を緩めている。
「謝る必要はありませんよ? 私はちっとも待たされたなんて思っていませんし。……それに」
「それに?」
「とっても楽しかったですから」
「――楽しかった?」
彼女の言う意味がいまいち理解できなくて、私はオウム返しに聞き返した。
「ええ、楽しかったです。さっきまで向こうの席に座っていたんですけど、可愛い男の子や素敵なおじ様に声をかけられたりして……」
「んな!!」
――ちょっと待て。言うに事欠いて、私以外の男に声をかけられて、あまつさえ楽しかっただと…?
「ふふふ…私もちょっとしたものですね? すごくモテモテだったんですから」
乱れる私の心境とは裏腹にリザをころころと楽しそうに笑っている。その様子からしてどうもいつもの彼女と違って見えて、私は改めてリザをつぶさに観察してみた。
バーの雰囲気のある薄暗い照明の中、出会い頭には気づかなかったが、彼女の頬はふんわりと薄いバラ色に染まっており、目元はトロンと甘く潤んでいる。そしていつもはきっちりとボタンが留まっているはずのブラウスは今夜に限って際どいところまで外されていて、白い谷間がうっすら覗いて見えた。
――私は彼女がこうなってしまう時を熟知していた。彼女はその時、決まって暑いと言ってブラウスのボタンを外し出す――。
「中尉…君、酔っているだろう?」
「はい? 酔ってませんよ?」
――酔っぱらいは決まって皆そう言うんだ。
くそ。私が来るまでの間、彼女のこんな無防備な姿が他の男共の目をたのしませていたかと思うとゾッとする。私は雨のせいでとんでもない失態を犯してしまったようだ。
「大佐? どうしたんですか?」
黙りこくってしまった私を訝ったのか、リザが私の顔を身を乗り出してのぞき込んで来た。隣の席からそんな事をされたら、私の目と鼻の先に彼女の眩しい谷間が来る。……今夜の彼女はサービスし過ぎである。
「別に。ただ私とのデートで他の男と話して楽しかったなんて不本意だ、と思っただけだ」
虚勢を張ろうとして失敗した私はつい本音を吐露してしまう。今夜は彼女との久しぶりのデートで私も張り切っていたのだ。なんとか良いムードに持っていって、あわよくば……なんて下心を隠してもいた。それがたかだか雨ごときで出鼻を挫かれたのだ。面白くないのは当然だろう。
すると、彼女は私の露骨に不機嫌な顔を見上げて、
「……だって。大佐が遅いから寂しかったんですもの……」
少し伏し目がちにそんな事を言うから私の心は更に乱れた。無防備万歳。と思わず彼女の行いを許してしまいそうになる。
――君はいつからそんな女の武器を使うようになったんだね?
「だがな……」
しかし、ここで簡単に許しては今後のためにも良くないと、私は心を鬼にした。
彼女は私のものだ。それをリザ自身ももっと自覚するべきなのだ。我ながら身勝手な独占欲だが、こればっかりは譲るつもりは毛頭ない。
「それに――」
しかし、続けようとした私の言葉は先んじたリザの言葉によって遮られた。
そして次の瞬間には彼女はくすくす、と笑い出して。
「誰に声をかけられたって、私にとってはみんなジャガイモやカボチャ…お野菜とかわりありませんよ」
「なんだって? 男は野菜?」
「ええ。――大佐以外は」
「…………君、やっぱり酔っているだろう」
「いいえ? 酔っていませんよ?」
そう言ってやっぱり可愛く笑う彼女に、私はもうお手上げだった。
――頼む。これ以上男の純情を弄ばんでくれ。




END
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by netzeth | 2012-08-29 23:48 | Comments(0)