うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth
プロフィールを見る
画像一覧

遅刻

平日とはいえ街の中心地にほど近い時計台は待ち合わせをする人々でごった返していた。友人を待つ者、家族を者、そして――恋人を待つ者。その誰もが待ち人が来る度に笑顔を見せてロイより一足早く時計台を離れていく。もう何人目か分からないその彼らの後ろ姿を見送りながら、ロイは懐へと手を入れた。
そして、見上げればすぐに時間を確認可能だったというのにも関わらず、ロイは銀時計を取り出して蓋を開けてしまった。すぐに己の行動の無意味さに気づいて苦笑するが、なんとなくせっかく取り出したのだからそのまま仕舞うのも悔しい気がして、ロイは時計へと目を落とした。
11時30分。
約束の時間から30分の経過。
それをまだ、と評するべきかもう、と評するべきか。今のロイには判断がつきかねた。
女性の身支度に時間がかかるというのは、この世の真理である。ロイは今までの経験上嫌というほどそれを理解していた。さすがに自分の相手には何時間のヒドい遅刻やすっぽかしなどする女性は居なかったが、それでも分単位での遅刻は当たり前。むしろわざと遅れて来る事で男の度量を試しているのではないかと疑ってしまうほどに定時にやってくる女性は皆無であった。その誰もが貴方に会うから支度に時間がかかってしまって…などと男心をくすぐる言い訳文句で登場するところも確信犯を疑いたくなる所以である。
さて、だがしかし、だ。
ロイが今、待ち合わせ時間よりずいぶんと早く着いてしまって実は30分どころでなく待ち続けている相手とは、今までのそういった一般女性達と同じ様に一括りに考えてはいけない相手だったりするのだ。
リザ・ホークアイ中尉。己の優秀なる副官。
厳しい規律に支配されている軍社会において時間厳守は絶対の法だ。それが身に染み着いている彼女が遅刻など――まして上司である自分を30分も待たせるであろうか。
ロイは悩む。
いつもの、軍務時の自分だったら彼女に何かあったのでは無いかと判断して早々に行動に移すはずだ。だが。今日はそのい・つ・もではない。
そう、今日は完璧なるプライベート。彼女との、リザとの初めてのデートなのである。それがロイの判断を鈍らせていた。
軍務での30分の遅れなどあってはならない事だが、一般的な男女のデートにおいて30分くらいの遅刻などどうと言う事はないものだ。むしろそんな事で騒ぎ立てれば器の小さい男だと笑われるだろう。むろん、ロイは少しくらいの遅刻などでリザに怒りを覚える事などない、ないのだが……。
「にしても、彼女にしては遅い。遅すぎる…」
書類の締め切り時間絶対厳守! と厳しい顔でロイに言い渡すリザの顔を思い浮かべるに、どうしても彼女が遅刻する…という状況が腑に落ちず、さりとてたかだか30分で慌てふためくのも男として情けなく。ロイはさて、どうしたものかと思案する。
デートが楽しみ過ぎて眠れず思ったより早起きしてしまい、待ち合わせ時間よりだいぶ前に着いてしまった自分。今日のデートは絶対に成功させたい。そのためには、動くべきか、動かざるべきか。それが問題だ…とロイが真剣に悩んでいたその時だった。
「……遅れまして申し訳ありません」
後ろから唐突に声をかけられてロイは飛び上がらんばかりに驚いた。しかしそれを相手に悟られぬように顔には出さずに、ロイは振り返った。
「いや。私も今来たところだよ」
とりあえずデートの定番の台詞を口にすると、相手――リザの顔を見つめた。
やはりデートの定番だと遅刻した女性は息を弾ませ、頬を紅潮させて、そう、いかにも走って来ました~みたいな感じで「ごめ~ん☆待った?」とか言うものだが、彼女はいたって普段となんら変わりが無かった。特に息の乱れも無く、顔はふつうに白い。金色の髪はキッチリと結い上げられており、なんとなく軍務時同様で少しの隙も感じられなかった。
ロイは私服なら髪を下ろした姿が見られるかもしれない、と秘かに期待していたので、内心少しだけガッカリする。しかしすぐに項が見えるのもいいだろう、と己を慰めて。
「それにしても、君が遅れて来るとは珍しいな」
と、触れない方がいいだろうかとも思ったが、好奇心に負けて聞いてしまった。一体どんな理由があったのか、と少し興味があったのだが、リザが返してきた答えは、
「申し訳ありません。少し想定外の事がありまして、家を出るのが遅れました」
という、まるで業務報告のようなそっけないものだった。初デートだというのに、リザはいつもと変わりがない様に見える。そんな彼女の様子を見ていると、夜も眠れぬほどに浮かれてた自分が滑稽に思えて、ロイの気分は少しだけ沈んでしまった。
遅刻してきたというのに慌てるでもなく、淡々としているリザ。彼女が冷静なのは今に始まった事ではないが、こんな時くらい感情を見せてくれてもいいだろうに。もしかしてデートを楽しみにしていたのは私だけで、彼女にとってはたいした事だとは思っていないのだろうか? だからこんなにも無表情で……。
「ん?」
いつの間にか視線を下げていたロイは思わずリザの膝丈のスカートとそこから伸びる形の良い脚に見とれ、そして更にその下へと注意が引き付けられた。
「大佐?」
己の足下を注視しているロイにリザが疑問の声を上げる。
「どうかしましたか?」
「いや……うん…」
それに対してロイは彼らしくない歯切れの悪い返事を返してよこし、そして。
「どうかした…というか。……それ、流行ってるのか?」
顎をくいっと動かしてそれ、とロイが指し示して見せた物。リザもそれにつられて己の足下へと視線を移した。スカートとストッキングに包まれた脚と、そしてスカートに合わせたパンプス。それは黒いシンプルな形のものでいかにもリザに似合っていると言っていいだろう……片方だけでなければ。右足は黒のパンプス。そして、左足にはこれまたリザによく似合っている繊細な造りのパステルカラーのパンプス。花があしらわれていてとても華やかである。
互い違いの靴を履くのが流行っているなどとは聞いた事はない。
「――!! こ、これはっ、そのっ!」
ロイの指摘にここに来て初めてリザの表情が崩れる。
「い、急いで…いたので、そのっ…つい……間違えて…!」
「ついって……ついで間違えるには間違え過ぎだが……」
「しっ、仕方ないじゃないですか! お、起きたらっ、11時だったんですから――! すごく…慌てていて――!」
リザは恥ずかしいと言うように腰を折って、手で必死にパンプスを隠そうとしているが成功していない。
――なんだ。想定外って寝坊だったのか。そういえば、彼女の顔やけに白いと思ったがこれ、寝不足って顔だよな。しかもうっすらとクマが見えるし。
「き、昨日はっ…その…緊張してっ朝までね、眠れなくて――!」
「っぷ…くくく……」
とうとうロイは堪えきれなくなって吹き出した。
――寝不足はお互い様だったという訳か。
「はははは――!」
「なっ、わ、笑わないで下さい!!」
無表情は動揺を隠すための仮面だったという訳か。
すっかり仮面が剥がれたリザの顔は真っ赤に染まっており、心なしか目元には恥ずかしさのために涙を浮かべている。
「く…す、すまん……だってなあ…。という事は君、朝食もとってないのか?」
「……はい」
観念したのか、開き直ったのか靴を隠す事をやめた彼女は頷いた。
「OK。じゃあ、まずは少し早いがランチといこうじゃないか。君もデート中に腹の虫を鳴らしたくないだろう?」
「一言余計です!」
少しむくれた顔をするリザにロイは笑いかける。
「さあ、行こうか。よければ先に靴を見繕っていこう。プレゼントするよ?」
「…………」
反論を諦めたらしい彼女はロイが差し出した腕に素直に掴まった。歩き出しながら、ロイはああ、とずっと思っていたことを口に出す。
「ああ、そうだ。せっかくプライベートなんだから、髪を下ろしてくれると嬉しいな」
「……ダメです」
「どうして? その髪型が気に入っているのか?」
「……寝癖が……直っていないので……」
消え入りそうな声で答えるリザに、ロイが再び堪えきれずに笑い声を上げた。
「もう! 大佐!!」
「ははははは――」
今度はふくれっ面。
そんなリザをロイは笑いながらも愛しく見つめた。
冷静沈着な彼女が見せた可愛らしい顔。もっともっといろんな顔を見せて欲しい。自分の元で――。


そうして昼前の喧噪に包まれたイーストシティに一組の初々しいカップルは消えていったのだった。




END
**************************
[PR]
by netzeth | 2012-09-07 01:32 | Comments(0)