うめ屋


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by netzeth
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午睡

湿り気の無い爽やかな風がリザの前髪を揺らしていた。
頬を撫でていくその温度は優しい。凶悪なまでに暑かった夏が終わりを告げて、秋が始まろとしている。
心地良い気温と湿度、昼食を終えて適度に満たされたお腹の具合。仕事中にいけないとは思いつつも、リザは眠気を覚えて欠伸を噛みころす。
今、司令官執務室にはリザしかいない。主であるロイは軍議中であり、リザはその間に彼が終えた書類のチェックをしていた。
そしてそれも終えてしまってリザは現在、非常に手持ち無沙汰だった。書類の直しはロイ自身に行って貰わねばならないため、これ以上リザに出来る事は無く、したがってロイが戻って来るまでリザには何もする事が無かった。
もちろん雑務ならここを出ればそれこそ山の様にあるが、軍議が終わるまで残り10分強。移動時間を考えればここでロイを待つ方が効率的であるとリザは判断していた。
忙しい仕事の合間にぽっかりと出来た10分の時間。何をするのにも短か過ぎて逆に何もしない方が利口な時間。
それが常に張り詰めているリザの緊張の糸を切ったのか、いつしかリザはうとうとと船を漕ぎ眠りの世界へと誘われていったのだった。


部屋の空気が動いた事で扉が開いて、そして閉じた事には気づいていた。
本来軍人なら飛び起きねばならない場面だろう。
しかし、馴染み過ぎたその気配にリザの半分眠っていた意識は、その存在を許容し、勝手に受け入れてしまっていた。
彼ならば大丈夫。
その絶対的な信頼がリザに目を覚まさせなかったのだ。
相変わらず暖かなぬるま湯にゆったりと浸かっている様な心地良い眠りがリザを支配していて、部屋に入って来た彼が近づいて来てもリザは目を開けなかった。
ただ半分夢心地で、彼がそばに立っている事だけを感じていた。
ここで彼がリザに声をかけたなら、きっとリザは覚醒しただろう。そして仕事中の失態を詫びて、そのままいつもの自分に戻ったのだろう。
けれども彼は何も言葉を発する事は無かった。そう、何も。
ただ無言でじっとリザの傍らに立っている様だった。
顔に視線を感じる。穴があくほどに見つめられる気配に、何だか顔中がくすぐったくなる。そして。ついつい笑みをこぼすと、ただ立っているだけだった彼が動く気配がした。
次の瞬間。
手のひらに熱を感じた。己の体温とは明らかに違う温度が手を通じて伝わってくる。平熱が低めのリザを暖める様に、それはリザの掌を握りしめ、熱を伝えてくる。
彼の手がこんなにも熱い事をリザは初めて知った。まるで、彼が操る焔の様だ……。どうしてこんなにも熱いのだろう?
ぼんやりとそう考えて、そしてリザは彼との距離がいつの間にか近くなっている事に気づく。彼の熱い手と同じ様に、彼の纏う空気はとても熱い。その熱さがリザにだんだんと近づいてきていたのだ。
その瞬間、リザの意識は完全に覚醒していた。
何…っと思う間もなく、熱く柔らかく、少しだけ湿った感触を唇に感じた。
それは長くは続けられず、ほんの瞬く間の幻の様な出来事であったけれども。
リザの唇は確かにそれを感じ取った。
離れていく彼の熱と、そして顔に体中の血が集まったかと思うほどに登る己の熱と。
リザは混乱する。
今のは…何?
その行為の意味を知ってはいたけれど、明確に言葉を思い浮かべる事をリザの無意識は避けた。
唐突に混乱に放り込まれた彼女は、波間の木の葉の様に揺れる感情に翻弄されるしかない。
そして、ただただ赤らめた頬を見られる事で、彼に――ロイに、自分が目覚めている事を知られてしまうのを怖れた。上司部下としてこれまで築いてきた二人の関係が崩壊してしまう事が、そこから別の何かが二人の間に生まれてくるのが怖かった。
しかし。
ロイはリザの顔をはっきりと眺めていたにも関わらずこう呟いた。
「……眠り姫は目覚めないか」
自分が王子だとでも言うのだろうか。
如何にもロイらしい気障な台詞に内心呆れつつも、彼の意図が読めずにリザは困惑を覚えた。リザが起きている事に彼が気づいていない筈はないというのに、一体どういうつもりだろうか。
しかしリザの疑問を解決する事無く、ロイはそのまま執務室を出て行ってしまう。
ゆっくりとリザは目を開けた。
どんな顔をすれば良いのか分からない。
ただ、今起こった事は午睡の夢と片付けてしまうにはあまりにもリアル過ぎた。
指をそっと唇に添える。
触れた唇にはまだ彼の温もりが残っている気がした。
リザが起きていた事を彼は知っていたと思う。知っていて、見逃してくれたのか。
胸がざわざわと落ち着かない。
己の想いのもって行き場にリザは惑う。
彼に焔をつけられたこの感情をどうやって鎮めれば良いのか、リザには検討もつかない。
――ただ、この胸の中に蟠る感情を持ったまま、戻って来るロイに部下としての顔を向ける自信が今のリザにはまったく無かったのだった。




EDN
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普段はまったくそんなそぶりを見せない男がこんなことしたら動揺するよね、ってお話。この話のロイさんは普段は上司としての顔しか見せない感じです。
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by netzeth | 2012-09-27 23:00 | Comments(0)