うめ屋


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by netzeth
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浪漫飛行

午後の空気は絶妙な加減でまったりとしていて、人の気をつい緩ませる。
油断しているとすぐにサボる上官が愛用の万年筆をクルクルと回し始めたのを見てとって、リザはため息を吐いた。
あれはデスクワークに飽きてきたという彼のサインだ。あの癖が出始めるとロイの作業効率は著しく下がる。そろそろブレイクタイムを入れてガス抜きしてやらねば、彼は早晩執務室から脱走するだろう。
そして優秀な副官であるリザが、その未来を回避するためにロイに休息を提案しようとしたところで、
「……海を見てたいと思わないかね?」
しかし、先に口を開いたのは上官だった。
「海…ですか?」
あまりにも脈絡の無いロイの話題について行けず、リザはオウム返しに聞き返してしまう。
「そう、海。…見てみたいと思わないか?」
ニッコリ、と形容出来そうな笑みを浮かべるロイ。
その表情を見てリザは確信した。これはいつものロイ特有の戯れ言なのだと。
彼は時々仕事の合間を縫っては、このようなリザを戸惑わせる話を振ってくるのだ。きっと話自体にはたいした意味はないのだ。事実これまでがそうだった。軍部の食堂のメニューへの不満から街の美味しいパン屋まで。話題は全て他愛の無いものばかり。
だから今回もそうなのだろう、とリザは決めつけ、そしてもう一度今度は内心でため息を吐く。
正直に言えば、下らないお喋りをしている暇があったら少しでも仕事を進めたい。しかし、既に完全にロイの手は止まっている。リザが彼の退屈しのぎに付き合わなければきっと書類処理を再開してはくれないだろう。
リザは仕方が無いとロイの話題に応じてやる事にした。
「それは…そうですね。書物や人づてにしか聞いた事はありませんが…生涯に一度は、と、この国に住む者ならば思うのではないでしょうか」
大陸の中央に位置するここアメストリスには海は無い。故に、憧れを抱いている者も少なくはないだろう。事実、リザ自身子供の頃に海の話を聞いて見てみたいと思ったものだ。
「……そうだな。君に海の話をしたのは私だったが…覚えているか? 君、海の水がしょっぱいと聞いて、そんなに沢山お塩を用意して入れられるならお料理する時困りませんねって、羨ましがっていたよな?」
くくくっと思い出し笑いをするロイに、リザは居心地が悪くなった。少女時代の話を持ち出すのは反則だ。
「…子供時分の戯言です。お忘れ下さい」
極力顔色を変えない様に注意して、リザ冷静に言葉を返す。ここで過剰反応してしまえばロイの思うつぼである。
しかし、リザの予想に反して、ロイはそれ以上リザをからかおうとはして来なかった。代わりに少しだけ目元を和ませると、どこか遠くを見る様に窓の外へと視線を向ける。
「私はね、中尉。いつか海を見てみたいよ」
今はこの通りの状態で到底無理だけどね、と彼は笑う。
「…いつか海を見に行きたいんだ。聞いてくれるかい?」
もう一度海が見たいと言ったロイは、そんな事を尋ねてくる。ロイの雰囲気が少しだけいつもと変わって見えて、リザは言われるままに頷いていた。
「……海を見に行く時は汽車に乗って行きたいな。豪華にセントラルから皆で個室を貸し切りたいね」
現在鉄道が敷かれているクレタ、アエルゴとは国境紛争の真っ最中である。汽車に乗って国境を抜ける事など出来ないだろう。
それを知らないロイではないはずだ。
けれども、ロイはそんな事など何でも無いかの様に話を続ける。
「窓際は魅力的だが譲ろうと思う。きっと彼らにとって汽車で旅行なんて初めての経験だろうからな。彼女も大人げない事は止めて譲りなさい、と私を叱るはずだ」
彼らや彼女とは誰だろうか。先ほどからロイは同行者が居る前提で話をしている気がする。
「お兄ちゃんと妹は仲良く窓際に向かい合って座るんだ。で、その隣に私と彼女。彼女の隣に座れないのは残念だが、彼女の顔を見ながらの汽車旅行も良いものだろう」
だんだんとロイが言う彼らの正体が見えて来た気がする。ロイの顔をちらりと盗み見る。彼は相変わらずどこか遠くを見ていた。
「もちろん、大事な家族がまだ居る事は忘れてはいない。残念ながら彼は同じ車両に乗れ無かった。だから彼が寂しくない様に貨物車両に様子を見に行く。彼は頭の良い子だから、ケージの中で大人しく待っているよ」
リザはロイの言う良い子の彼が誰なのかも分かった。そしてロイがいつかの未来の話をしている事も。
「窓は開けて置いた方が良いね。海沿いの線路を走ると潮の薫る風が吹くんだ。海風で彼らの黒と金の髪がぐしゃぐしゃになるのを、私と彼女で撫でてやる。そしてはしゃいでいる彼らに、こう言うんだ。明日は海に言って塩を沢山取って来ような。お母さんがお料理に沢山使える様にって」
その瞬間、リザは目を見開いた。そんな彼女をロイが優しい瞳で見ている。
「……そんな風に海を見に行ける未来が来たらいいな、と思うんだが。君はどう思う?」
「……私もそのような未来が来れば良いと思います……ただ…」
「ただ?」
「……男女の産み分けは無理です」
顔を赤らめてやっとそれだけ言ったリザに、ロイは声を上げて笑った。




END
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タイトルは飛んでないけどなんとなく。
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by netzeth | 2012-10-09 21:51 | Comments(0)