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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

ペーパーSS集

◆遠回り◆ 2011 スパーク

ロイ・マスタング大佐とリザ・ホークアイ中尉が帰路を共にする時、必ず二人の間で意見がぶつかる事柄がある。それは、どちらの家に相手を送って行くかというもの。ロイからしてみれば軍人といえどリザは女性。男が女性を送るのは当然だという論調であり、リザにしてみればロイは上官。自分は副官兼護衛であるのだから自分がロイを送るのは当然という主張である。
 二人の言い争いは大抵は平行線で、絶対に意見を曲げないリザに最終的にロイが折れて彼女に送って貰う事になる―それがこの二人の間での常であった。
ロイの自宅へと至る道を歩きながら、リザはそんな事を思い返していた。偶然帰宅時間が重なったり、時には一緒に食事を取ったりした帰り道。何かと言えばこの送る送らない論争は勃発したものだ。結局は頑固な自分をいつもロイは尊重してくれていた。
 けれども、そんな問答も今夜は必要無い。
 あれから様々な事があり、いつしか二人は恋人同士となった。そして、今日は初めてリザはロイの部屋を訪れるのだ―つまり今夜、リザは自宅には帰らない。
 改めてその事実を確認すると何だか恥かしくなって、リザは傍らを歩くロイを見上げた。いつも通り斜め後ろを歩こうとしたリザを、恋人だから……と言って隣に招いた彼。少々緊張気味なリザとは裏腹にロイはいつも通りに見える。それが何だか悔しく、そして余計に経験値の少ない自分が情けなく思えた。そりゃあロイは女性を部屋に連れて行く事なんていつもの事で、とりたてて特別な事では無いのかもしれないけれども。
 リザはワザと足早になると、ロイに先んじて道を行く。自分が前を歩けばこの余裕の無い狼狽えた顔を見られずに済むだろうかと。
 けれども、リザが街路樹が茂る広い通りへ出ようと道を曲がったところで、
「中尉。違う、こっちだ」
 振り返るとロイがリザが曲がった道とは逆方向を指差している。
 リザは混乱した。
 今まで何度となくロイを送って来たのだから、道を間違えるはずはないのだ。確かこの銀杏が植えられた石畳の歩道が続く道をまっすぐに行き、突当たりにある市民公園を通り抜けるのがいつものルートのはず。
「……いつもこちらの道ではないですか。近道だとおっしゃって」
 そう指摘すると、ロイはバツが悪そうな顔をした。
「いや……そっちは遠回りだ。実は最短距離はこっちの道」
 ロイの告白に驚きよりも何故という疑問が湧き上がった。
 今まで何度もロイ送って来たこの道を遠回りだと知りながら、彼は何故近道などと偽っていたのか。不可解だというその表情がリザの顔に出ていたのだろう。彼女のそんな顔を見て、ロイは照れた様に笑ってこう言った。
「……少しでも長く君といたかった。……今日はそんな必要はないからな」
 何しろ君は帰らない。
ロイの言葉をゆっくりと咀嚼して、その言葉を飲み込むのと同時に、リザは胸の奥がどうしようも無く熱くなるのを感じた。
 ――ああ…もうずっと、彼は私を想っていてくれたのだ―。
「……バカですか」
「ああ、バカだな」
 君の事となると私は大バカになるんだ。
――ロイの顔が見られない。今、自分はきっとみっともない顔をしているだろう。
 だから、リザは俯いたまま、ロイの手を取るとその手を引いて歩き出した。彼を引っ張る様に前を歩いていく。
「お、おいっ、中尉?」
 後ろからロイが戸惑った様な声を上げたがリザは構わなかった。
 ――この胸に溢れる想いを私も貴方に伝えたいから。
 早くロイの部屋に着くように、今度はちゃんと近道を選んで。リザはロイと二人、夜道を歩いて行ったのだった。


◆春風の悪戯◆ 2012 春コミ

麗かな春の陽射しが降り注ぐ昼下がり。時折強く吹く春風が頬に当たらなければ眠気を誘う陽気であるだろう。ロイは人々が行き交うイーストシティでも一際賑やかな通りにあるオープンカフェで、コーヒーを啜っていた。
非常に暇である。
本当に久しぶりの休みで有意義な時間を過ごそうと思っていたのだが、うっかりと読書用の眼鏡を踏んづけてしまったのは失敗だった。せっかく積みっ放しになっていた本をまとめて読もうと思っていたのに。
別に眼鏡無しでも読めない事はないがなんとなく集中しきれなくて、ロイは眼鏡の修理に街へと出てきていた。幸いレンズは無事だったため、フレームの歪みだけを直せば大丈夫との事だった。実は錬金術で直してみようともしたのだが、やはり微妙な調整がいる物らしく餅は餅屋に任せようという結論になったのである。
そういう訳で眼鏡の修理が終わるまでの間、ロイは適当に時間を潰す事になったのだが。眼鏡無しでは一応持参した本も読む気にならず、かといって話相手も居ないため、ロイは暇を持て余す事になった。
普段は仕事に忙殺されている自分である、たまにはこんな時間があっても良いかもしれない……なんて思いつつも、やはり手持ちぶさたでロイは何の気なしに通りを行く人々の姿を目で追った。
春を迎えて、皆一様に明るい色の軽やかな服装で街を颯爽と歩いている。特に華やかなパステルカラーのフレアスカートが流行りらしく、裾を揺らして歩く女性が多く目に付いてロイの視線は知らず知らずその姿に惹かれていた。
(七十……いや、六十五点か。お、向こうは八十点)
そして、終いには道行く女性のふくらはぎの脚線評価なんてとんでもなく趣味全開な採点など始めたりしてしまう。しかしこれは意外に楽しく、退屈を紛らわす遊びにはぴったりで、ロイは思わず時間を忘れて集中してしまった。
(う~ん、惜しい。九十点。ん?……あれは……!!)
「百二十点だ!」
「何の話ですか?」
理想的なラインを描く脚を見つけて興奮していたらば、気付かぬうちにその脚は自分に近付いて来ていて。思わず口を付いて出た満点越えの声に、返事があったのにロイは驚き、更にはその声がよく聞き慣れた物だったので慌てふためいた。
「ち、ちゅーい!?」
「はい」
目の前には金色の髪を降ろした、クリーム色のフレアスカートと薄ピンク色のブラウスといった姿の己の副官が立っていた。足下には小さな子犬を連れている。いつもと違う柔らかな雰囲気の彼女に幾分戸惑いながら、ロイは己の発言を誤魔化そうとする。
「な、なんでもないんだ。ちょっと考え事をしていてね……」
「へえ……、女性の足を見ながらですか?」
うっ、と呻き声を上げるとロイは明後日の方向を見る。すかさずジットリとしたリザの視線が顔に突き刺さったが、ここで彼女の瞳を見る勇気は無かった。―リザも、大概意地が悪い。
「そ、それより。珍しいな。君とこんなところで会うなんて」
必死に話題を逸らそうと適当に話を振れば、リザがフッと笑う気配がした。
「せっかくお天気が良いので、少し買い物でも…と思いまして」
リザの言葉にロイはああそれでか、と納得する。今日の彼女の服装はいつもよりお洒落に気を使っている気がしたのだ。リザも普通の女性の様に流行りの服を着て、ショッピングを楽しむのだな……と当たり前の事がなんだかとても微笑ましく思えた。
「そうか。だから今日の君はスゴく素敵なのかな」
素直に思った事を口にすれば途端にリザは顔を赤らめる。
「なっ……お世辞なんかおっしゃっても何も出ませんよ」
銃の腕を誉められる事はあっても、お洒落を誉められた事などないのだろう。リザの反応は初々しくて非常に可愛いらしい。
耳まで赤くした彼女は俯いて、ハヤテ号のリードを両手でキュッと握っている。
「お世辞なんかじゃ無いさ。特にその……」
フレアスカートが似合っている―とロイが続けようとしたところで。不意に強い風が吹いた。悪戯な風にスカートを巻き上げられた女性達の悲鳴が周囲のあちこちから上がる。
「きゃ!」
そして。もちろんそれはリザも例外では無かったのだ。
……その一瞬。ロイの目の前には秘密の花園が広がった。
「………見ました?」
「……いや」
「……嘘吐かないで下さい」
「……見てない」
「……本当に?」
「……本当だ」
「……でも、やっぱり少しは見ましたよね?」
「……いや。本当に白の花柄レースなんて見てな……」
「やっぱり見たんじゃないですか!! 今すぐ忘れて下さい! 記憶を抹消して下さい!!」
「なっ…、そんな勿体ない……」
「もうっ、知りません!」
プイッと顔を背けてしまったリザに、ロイは慌てて言い訳をし始める。曰く、本当に一瞬だったから見たとは言い難い。見たカウントに入らない。既に記憶もあいまいである―などと。しかし、しっかり色と形状まで記憶していては説得力は皆無であった。
とんだ春風の悪戯はロイに一瞬の眼福をもたらしたのだが。その代償はかなり大きかったといえよう。
「だから…本当に見たのはちょっとなんだっ。なあ、おい、中尉……」
そして春の陽射しのもと、弱り切ったロイの声がいつまでも響く中―くあっと足下に座っていた小さな子犬が退屈そうに欠伸をしたのだった。                


◆ためになる?アドバイス◆ 2012 夏コミ

婚約をしたという報告をしてきた青年にロイが述べた言葉は次のようなものだった。
「そうか。で、もうヤッたか?」
「やかましい!!」
「……なんだ。まだなのか」
それはご愁傷様という顔をしたロイにエドワードは久しぶりに殺意を覚える。昔からやな奴だと思ってはいたが、時を経た今でもやっぱりいけ好かない男である。
せっかく立ち寄ったついでに挨拶も兼ねて近況報告に来てやったというのに、この態度。来るんじゃなかった…とエドワードは早くも後悔していた。
しかしそんな苦虫を潰したような顔をしているエドワードに、ロイは涼しい顔で続ける。
「誤解するな。私はあくまでも人生の先輩として心配しているのだよ。……君、ちゃんとデキルのかね? ヤリ方くらいは知っているよな?」
「バカにするな! それくらいの知識はあるわ!!」
「ふ~ん、そうか。だが、それは書物の知識であって実践経験に基づいた知識ではあるまい? 君、そういう事を話す男友達や知り合いとかいなそうだしな…違うか?」
「ぐ……」
そこでエドワードは言葉に詰まった。……全てロイの指摘した通りだったからだ。これまで波瀾万丈な人生を送ってきたせいで仲間と呼べる信頼のおける人達はいるが、確かに下らない馬鹿話をするような同年代の友達…というと思い当たらない。男兄弟はいるけれど、弟とそういった話をした事はなかったし。
「だから心配しているんだ。君はそういった事には疎そうだしな……おそらくウィンリィ嬢が初めての相手…といったところか…」
「…………」
何もかも全て図星である。
「それを悪いと言っている訳じゃない。結構な事だ。だが、やはりこういった事は男がリードしてやらねばならない事だ。察するにウィンリィ嬢が経験豊富とは思えんからな……」
「あったりめえだ!!」
豊富であってたまるか、と思わず怒鳴ったエドワードにロイはニヤリと笑う。
「だったらなおの事君がしっかりとヤラねばな? 書物の知識などいざとなったら何の役にも立たんぞ?……何しろ性の不一致は離婚原因の大半を占めるそうだからな……パートナーを満足させられない不甲斐ない男と思われたくあるまい?」
「……で、てめーは結局何が言いたいんだ」
エドワードはロイを睨みつけた。ロイは相変わらず涼しい顔である。
「何、老婆心ながら初めてでも失敗しない上手いヤリ方を伝授してやろうかと思ってな。……もちろん君がよければ、だが」
「…………」
「どうだ? 知っておいて損はないぞ?」
「だ、だれが…てめーなんかに……」
「あ~あ、愛しているけど、うちの旦那アッチの方はいまいちなのよね~って愚痴る嫁さんの姿が思い浮かぶなあ~~」
「ぐ……!!」
拳を握ってエドワードは震えた。ロイの言う事はもっともであり、己が経験不足なのは否めない。そして、目の前のこの男はプレイボーイとしてならした男である。その知識と経験は確かなものであろう。
「……教えてくれ」
「ん? よく聞こえなかったな?」
「……オシエテクダサイ」
「多少棒読みだが、まあ、いいか」
エドワードの言葉に満足そうに頷いたロイはでは、とエドワードを手招きする。あまり声を高くしてする会話ではないから近くに来いという事なのだろう。エドワードはロイの座るデスクへと近づいた。
「まずは……そうだな…、まずピ――をピ――してピ――なのは知っているよな?」
そしていきなり飛び出した卑猥なワードに顔を赤くしつつもエドワードは己の幸せな夫婦生活のために、とロイの話を真剣に聞き入ったのだった。


「あら? エドワード君。もう帰るの?」
「あっ、ホークアイ少佐……う、うんっ、か、かえるっよ?」
ロイの執務室から出てきたエドワードに声をかけると、何故か彼は顔を真っ赤にする。目を合わせようとしても視線を逸らされてしまって、リザはその不審な態度に内心首を傾げた。
「そう……お茶を淹れてきたのだけれど……」
「う、うんっ、ごめんっ。それ少佐と大将で飲んでよ!……じゃ!!」
そうして脱兎のごとく走り去っていくエドワードはやはりどうみても変だ。幾分すっきりしない思いで彼を見送って、リザはそのまま持っていたお盆のお茶をロイの元へと運ぶ事にする。せっかく淹れたのだから無駄にしてはもったいない。
「……失礼いたします」
「ああ」
一声かけて部屋に入ると、ロイはいつもの場所に座っていて、特に異常はない。リザはロイの元へ近づいて、とりあえずお茶を置いた。
「今、エドワード君に会いましたけど……何か、ありました?」
「何か、とは?」
「……いいえ。なんとなく様子が変だったものですから」
「いや、ちょっと人生の先達者としてアドバイスをしていただけだよ。実践にそくしたアドバイスをしたかったから、つい身近な実例を挙げてしまってね。それはもう、事細かにいろいろ話してしまった……失敗だったな。それは私だけが知っていればいい事だったのに。……たぶんそのせいだ」
「はあ……」
ロイの言葉の意味が分からずリザは小首を傾げる。
「で。実は鋼のにアドバイスしているうちに私も少々困った事になってね」
「はい?」
「ぜひにも、君に力を貸して欲しいんだが……」
不覚にもリザはロイの瞳に潜む怪しい光に気づかなかった。だから、
「私に出来る事でしたら、なんなりと」
そんな返事をうっかり返してしまう。
「大丈夫だ。君にしか出来ない事だよ……」
ロイの口角がつり上がる。その表情を見て、ようやくリザはなにやら不穏な空気が部屋に満ちている事に気づいた。
「あ、あの……大将?」
リザは思わず一歩後ずさった、しかし。それを逃がさないとばかりにロイの手が伸びてリザの腕を掴む。ぐいっと引き寄せられてリザはイスに座るロイの上に倒れ込んだ。
嫌な予感がして、リザはロイを見上げた。彼はニンマリと満面の笑顔を浮かべている。
「少々、焔がついてしまってね……鎮めるのに協力してくれたまえ?」
「や……! ちょっ、大将!」
執務室にリザの悲鳴が響く。しかし、幸か不幸かそれを聞く者はなく。
そして同時刻、司令部の出入り口ではロイが居るであろう建物を振り返って、
「信じられねえ……あの二人あんな事いつもしてるのかよ……」
呆然と呟くエドワードの姿が見られたという。




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by netzeth | 2012-10-18 00:34