うめ屋


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by netzeth
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黒猫とダンス

その日、自宅に帰るとそこには黒猫がいた。
その黒猫は黒い耳と黒い尻尾とそしてピンクの肉球がついた手を持っていた。が、同時にふっくらと魅惑的な曲線を描く臀部とくっきりと描く胸の谷間と、そして弾けるような弾力を持つ(と思われる)白いもちもちの太股をも持っていた。
短い金髪との対比がほどほどにイケナイ雰囲気を醸し出しているその黒猫耳に視線を合わせながら、(というか他の部分は見てはいけない気がした)私はなんとか声を絞り出した。
「……少尉。これは一体何なんだね?」
「猫です、中佐」
簡潔過ぎる彼女の返答は当然私の疑問を払拭してはくれなくて。
――いかん。頭痛を通り越して、少し目眩がしてきた。
「……それは見れば分かる。私が訊きたかったのは、どうして君が私の部屋に居るかって事だ。しかもそ、そんな格好で、だ」
言いながら私はちろり、と少尉に視線を向けた。
黒のレオタードに猫耳と尻尾と肉球手袋装備なんて、きっと幼い子供がやれば可愛らしいで済むんだろうが、彼女の様にナイスバディの女性が着ればそれはどこのイメクラパブだ、という危ない格好である。
もしかして彼女はこの格好で私の部屋まで来たんじゃなかろうな? なんていう恐ろしい考えが浮かんで来て私は身震いした。
けれども。
少尉はあっさりと私のその懸念を否定してくれた。
「勝手に部屋に上がり込んだ事はお詫びいたします。中で勝手に着替えた事も。けれど、全ては中佐とのお約束を果たすためなのです」
約束? なんの事だろうか。
疑問符が頭の中に浮かぶが、私には少尉の言う約束が何の事なのか思い当たらない。というか、それよりも。少尉、私の部屋で着替えたのか?
そのとたん今度は少尉の着替え映像(妄想)が脳内を駆けめぐる。
……勘弁してくれ。私と少尉はあくまでただの上司と部下なのだ。確かに、まだ若い、しかも美男美女(何か文句あるかね?)の我々は常に注目されていて、中には下衆な勘ぐりをする輩も存在するが、断言しよう。少尉と私は清い仲である。そこには共に戦う仲間としての信頼関係はあっても、それ以外の余計な軟弱な感情など介在してはいないのだ。……本当だ。まあ、私も男だから、少尉のような美人にこんなセクシーな格好をされたのならば、多少その信念が揺らぐ事があっても勘弁しても貰いたいものである。
と、こんな風にぐるぐる考えつつも私は疑問を素直に口にしていた。
「……約束とは…何の事かね?」
「覚えておられないんですか?」
がっかり……というより意外だという表情で少尉が問い返してくる。
嘘を言っても仕方がないので私はその問いかけを肯定した。
「ああ、覚えていない。……出来れば説明して欲しいのだが」
……その猫耳とか尻尾とか肉球とかも。
「分かりました」
私の心底戸惑っている顔をどう思ったのか知らないが、少尉は頷くとようやくこの謎の状況の説明をし始めてくれた。
「一週間前、仕事が0時を跨いだ時の事を覚えていますか?」
「ん? ああ、あれか……」
それは一週間前の事だ。
運悪くその日にいろいろな書類の締め切りが重なって、私の仕事は日が変わっても終わらなかった。普段なら副官である少尉がうまくスケジュールを組んでくれているからこういう事態にはならないのだが、その時は本当に間が悪かったというか、巡り合わせが良くなかったというか。
とにかく私は処理しても処理しても終わらない書類の蟻地獄に陥っていた。文字を読みすぎて目が霞むわ、ペンを握り続けた右手は痛いわ、禄に食事もとっていなかったから身体に力が入らず、私はヘロヘロになりながらもサインをしていた気がする。
「あの時、中佐、おっしゃいましたよね?」
「……何をだ?」
「「もうダメだ。あと少しだがこのままではもう頑張れない……頼む少尉。何でも良いから私の気力を回復させる言葉をくれ」と」
……そんな事言ったっけ?
正直意識も朦朧としていたから、自分の言った言葉とはいえまったく覚えが無かった。
「だから、私、中佐に言いました。「もう少しです。もう少しで終わります。もし、この書類を終わらせる事が出来ましたならば、私、中佐にご褒美を差し上げます、だから頑張って下さい」って」
「……は?」
「それで、本日はそのご褒美を中佐に受け取って頂くためにお邪魔したんです」
ちょっと、待て。……ご褒美?
その単語に含まれる怪しい響きと、目の前のセクシー黒猫さんが私の脳内で踊る。え……ちょ、それって、つまり。にゃんこでニャンニャンとか、ご奉仕☆とか……ご褒美ってそういう方向の?
――この時点でこう思ってしまったこの私の思考回路を、誰が責められるだろうか。男なら。話の流れから絶対そうだと思うだろう?
「さ、中佐。こちらへ。準備は整っております」
私の部屋であるのに何故か少尉に手を引かれて、私は玄関扉をくぐった。
準備ってなんだろう? とか、そういえば鍵を持っていないのにどうやって少尉は部屋に侵入したんだろう? とか他にもいろんな疑問があったのだが、これから私の身に起こりうるかもしれない事で頭が一杯で、私はそれどころでは無かった。
視線は歩く度に少尉のまあるいお尻の上で揺れる、黒猫の長い尻尾に釘付けである。ヒップラインが丸分かりのレオタードが目にまぶしかった。
無駄に心臓の鼓動が早くなる。
そして、リビングの手前で止まると、少尉はくるりと振り返えった。
まるでとうせんぼをするように私の視界を塞いでリビングの様子を見せようとしない。
「さ、中佐。びっくりしないで下さいね?」
悪戯っぽく微笑むその表情は猫というより小悪魔だ。
私の期待はいやが上にも高まるというものだ。
そして、軽やかに私の背後に移動した少尉が私の背を押した。
「どうぞ!!」
私は一歩を踏み出して見慣れた我が家のリビングへと入った。
……この驚愕をどう表現すれば良いだろうか。私は自分のボキャブラリーの貧相さを悔やむ。
天井には色紙で作られた飾り輪が。そしてコウモリやお化けやカボチャと思われる切り紙が暗幕を垂らした壁にベタベタと貼られている。床の上にはこれまたカボチャ。これは紙製ではなく本物だ。ドデカいものから小さなものまでその全てが中身がくり抜かれて、ニヤリと笑う目と口がついている…ジャックオーランタンだ。テーブルの上にはパイやらクッキーやらキャンディやらのお菓子類。極めつけはソファーの上の巨大なぬいぐるみらしき犬である。
「……こ、これは一体…え…ご褒美は…? 少尉?」
あんぐりと顎を落とした私に少尉は満面の笑みを向けて来た。無駄にまぶしいその笑顔。
「中佐の分も用意してありますから! どうします? すぐに着替えますか? やっぱりハロウィンパーティといったら仮装は外せませんよね!」
ソファーから巨大な犬のぬいぐるみを持ち上げる、少尉。よく見るとそれには背中にジッパーが着いていた。……着ぐるみだったのか。というか、それ私が着るのか。
「ちょ……待ってくれ。少尉」
頭痛がして私は額に手を当てた。
……深刻に意味が分からん。
「あ……、そうですよね。やっぱり犬ではお嫌でしたよね……オオカミにすれば良かったですね……」
そこじゃない。
そもそも、どうして私の仮装は着ぐるみ一択なんだ!? この色男の私が着るんだから、それこそカッコいいヴァンパイアとかだな……。と、そこで私は己の横道に逸れてしまった思考をえいやっと引き戻した。そして、少尉に請う。
「少尉、説明してくれ。……どうして私へのご褒美で、私の家がハロウィンパーティ会場になるんだ」
すると、少尉は一瞬きょとんとした顔をしたが。
「はい。あの……実は私、中佐へのご褒美が何が良いだろうってものすごく悩みまして。友人に相談したんです。男の人を喜ばせるにはどうしたら良いかって。そしたら、これ着て(そこで少尉は己の猫レオタードを指さした)一緒に盛り上がったら大抵の男は喜ぶって。……この衣装を見て私、ピンと来ました! 黒猫といったらハロウィンです。幸いハロウィンが近かった事ですし、これはハロウィンパーティをサプライズでするしか無いって思ったんです!!」
君のその突飛な発想力には脱帽だ。そして、君の友人には一言もの申したい。……変な事をこの娘に教えないで貰いたい。見ろ、純真な彼女はこのいかがわしいセクシー黒猫の衣装をなんの疑問もなくハロウィンの仮装だと思っているんだぞ!……それ、絶対にハロウィン用違うから。 
さて、どうするべきか。私は頭を抱えた。
ここは少尉に礼を言って、一緒にハロウィンパーティを楽しむのが正解なのだろうと思う。事実、苦悩する私を少尉は心配そうな瞳で見ている。
きっと、私がハロウィンパーティをお気に召していないのではないかと不安なのだろう。彼女は心から私の喜ぶ顔が見たくてこのパーティを準備したのだ。
私はフッと笑った。
「……ありがとう少尉。嬉しいよ」
少尉の顔がぱあっと明るく輝いた。その可愛らしさに、思わず抱きしめていいこいいこしたくなるのは困り物だ。
彼女のためならば、着ぐるみを着るのも、セクシー黒猫の誘惑にも、耐えてみせる。
「では、早速、着ぐるみ着ますか!?」
「そうだな」
ワクワクと言った表情の少尉に私は苦笑した。
軍の狗が犬の着ぐるみを着るのも一興であろう。
そして、私が着ぐるみを持って着替えるために寝室に赴こうとしたところで。
「あ、中佐。お待ち下さい」
肝心な事を忘れていたといった風に少尉が声をかけてくる。
「なんだね?」
「……トリックオアトリート?」
虚を突かれた私はとっさに反応出来なかった。が、すぐにポケットを探ってみる。当然の事ながらあめ玉一つ出てこない。……あのテーブルの上にあるお菓子は少尉が用意したのものだからきっとノーカウントなんだろうな。
私は仕方なく、降参と手を上げた。
次の瞬間、勝ち誇った表情の少尉の顔が間近にあった。
「では……悪戯ですね?」
彼女が言うやいなや、私はマシュマロよりも柔らかな感触を頬に感じた。何と思う間もない、ほんの一秒にも満たないキス。それはパーティを純粋に楽しもうとしていた私の心を一瞬でかき乱すに十分なものだった。
不覚にも顔が熱を持つ。
「しょ、少尉……」
「うふふ……油断大敵ですよ? 中佐」
どこまでも私を惑わせ振り回す彼女に、私はもうお手上げである。
――今夜私が上司部下としての清い仲を少尉と保つ事が出来なくても、責めないでほしい。
全てはこのセクシーで凶悪に可愛らしい黒猫のせいなのだから。




END
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天然唐変木りざたんに振り回されるロイさん。inハロウィン。でした。
あんまりハロウィンぽくなくてすみません……。

で、この後。

「……どうして犬なんだ? 私に似合うもっとカッコいい衣装ならいくらでも……」
「……犬、好きなんです」
「…………(違う! 犬が好きなんであって私の事じゃない! 断じてない! 落ち着け! ロイ・マスタング!!)」

とかでロイさん悶々としていると思う。
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by netzeth | 2012-10-25 21:57 | Comments(0)