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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

酔っ払いのララバイ

上官が飲み会に参加するのを歓迎しない下士官は多いだろう。同僚との酒の席で盛り上がるのは上司の悪口と相場が決まっているし、プライベートでまでいらん気を回して疲れたくなど無い。ましてやその相手が司令部の実質ナンバー2でなおかつ、天下の国家錬金術師様とくれば尚更ご遠慮願いたいと思うものだ。
だがしかし、俺達マスタング組と呼ばれる東方司令部の若手の間では話は違ってきたりする。
俺達の上司、マスタング大佐は若くして東方司令部を任され、泣く子も黙るイシュヴァールの英雄と名を馳せる国家錬金術師様であるが、その条件下での飲み相手としては最良の部類に入るのだ。
何しろ高級取りだから金払いが良い。大抵は大佐の驕りで飲めるので、特に給料日前の薄給野郎共にとっては救世主と言っても過言ではない存在だ。
それに加えて酒の席は無礼講というルールを遵守してくれるのもありがたい。(まあ多少やり過ぎると軽く前髪を焦がされたりするが)これが肝の小さい融通の効かない奴が相手なら上官侮辱罪なんて平気で言ってきたりするのだから(過去に前例あり)、どれほど大佐みたいな上司が希少種か分かろうものだ。
「大佐ぁ~もうちょっと!…もう少しだけ! 飲みましょーよー」
「これっくらいで潰れるようじゃあ、焔の錬金術師の名が泣きますぜ」
「うる…さい…らまれ……。私の銘と酒の強さには何の関連もらいだろうが……そもそも…錬金術師たるもの、常に明晰なせいしんを保つために酒は嗜む程度にしておけと私の師匠がだな…そう、ありは私がうっかり口にした蜂蜜酒で酔っ払った時の……」
空になったジョッキにビールを注ぐと、注がれたものを飲まないのは礼に反すると(変なところで律儀だ)仕方なくあおるが、既に大佐の呂律は怪しく、もうこれ以上付き合わせるのは無理だろう、と俺は判断した。彼が心底酔うと始める長話が始まったのが決定的だ。大抵は錬金術の修業時代の師匠の娘さんとの甘酸っぱいロマンスとやらを懇々と語るのだが…今夜もそれは例外ではないらしい。
「そしたらな……お嬢さんがな…一緒に蜂蜜酒を飲んれ…酔っ払ってしまって…マスラングさんわらし変れす……って、私にだきついてきてな…スッゴく可愛くれ……れも師匠にみられて…私は危うくはもんになるとこれ…」
大佐が語るそのお嬢さん(そういえば名前を出した事はないな)は美人で気立てが良くてしっかり者でちょっと頑固で意地っ張りな所がチャームポイントらしい。……あれ、何となくデジャヴを感じるんだが。だが、俺も大概酔ってたんで、その不明瞭な直感はうまく形を成してはくれなかった。
まあ、いいや。
とにかく、大佐もそろそろギブアップみたいだから、その美しい思い出話が本格的に始まるまえに俺は撤収する事にする。正直この話は食傷気味なのだ。ブレダの奴も俺と同じ考えだったらしく、俺が目配せをすると心得た様に頷いた。
「じゃあそろそろお開きにしましょうや、大佐。あんまり付き合わせて明日に響いたら監督不行き届きで俺ら蜂の巣になりますんで」
「うむ……」
素直に応じて、ちょいちょいとブレダを手招きした大佐は懐から財布を取り出した。羨ましいくらい厚いそれから適当に札を掴んで彼はそれをブレダに渡す。
「私は、帰る、が…お前らはこれで好きなだけのめ……ただし。明日も仕事ら…ほどほどにら……」
すぐにブレダが聞いたか皆大佐の驕りだ! と野郎共に金を披露した。奴らは口々に大佐に礼を述べると早速気前の良い我らが上司殿に乾杯! と更に杯を重ねるつもりらしい。流石は歴戦の軍人、底無しである。
俺も奴らの輪の中に入ってまだまだ騒ぎたい気持ちもあったが、ホークアイ中尉がいない以上必然的に大佐の面倒は俺かブレダの係となる。ブレダは幹事だから、帰る訳にはいかない。よって我らが上司殿を送る重要な役目は不肖このジャン・ハボック少尉が拝命賜った。
少しだけ名残惜しい気もするが、今夜の俺は疲れと寝不足のせいで酔いが回っていた。ここらで大佐と一緒に退散するのが得策かもしれない。出ないと悪酔いしてしまいそうだ。
酒宴を続けるブレダ達に見送られて、俺は大佐に肩を貸しながら店を出た。当然車なんか運転出来ないので徒歩である。幸い大佐の自宅はここからほど近い場所にある。まあ、飲み会の出資者であり、1番偉いお方の大佐に合わせて店を選んだので当然なのだが。
「おっと……」
油断すると足元をフラつかせている大佐ごとよろけそうになる。俺も思ったより飲み過ぎていたらしい。
「ほら、大佐。もうすぐっスから、しっかり歩いて下さい」
大の男2人で寄り添って歩く姿など見苦しい以外の何物でもないため、俺は大佐に激を飛ばしながら歩調を早めた。
それでも2人で蛇行しながら歩いているため、どうにもじれったい。おまけに鼻先に何か冷たい物が当たったと思えば、あっという間に雨まで降ってくる始末で。
「やばっ、ほら大佐、急いで! 無能になりますよ!」
「うう……」
素面なら燃やされそうな台詞を俺は吐きながら(多分俺もだいぶ酔っている)俺達上司部下コンビは大佐のフラットにまで何とかたどり着いた。
既に意識を放棄している大佐の懐から鍵を探しあてて、俺は上司宅へと踏み込んだ。家の前まで送ることはあっても、部屋の中まで入ったのは初めてだった。
大佐の部屋は一言で言うと雑然としていた。必要最低限しか家具という物が置いていない。リビングにあるのは酒瓶の並んだローボードとソファーとテーブルのみ。それでも雑然としているという言葉が出てくるのは、床に積み上げられている本のせいだ。
歩くのにも邪魔なほどにあちらこちらに置かれているそれらは、おそらく錬金術関連の書物なのだろう。ちらっとタイトルを確認したところ、俺には理解不能な単語が並んでいて。俺は早々に本への興味を失った。
「とりあえずここに座ってて下さい。タオルとって来ますから」
持っていた大佐という名の荷物をソファーに投げ出して、俺はバスルームを探してそこから適当なタオルを持ってきた。一枚を大佐に頭からかけ、もう一枚は自分で拝借する。
しかし、あーとかうーとか呻いてばかりで大佐は一向に動かない。埒が明かないので俺は仕方なく大佐の頭を乱暴に拭いてやった。
……どうして俺、男にこんな事してやっているんだ? どうせなら可愛い女の子にしてやりたい。
「う~ん、ありあとう……君が…こんな事してくれうなんて…嬉しい…」
俺を誰と間違えているのか知らないが、大佐は幸せそうな顔してそんな事を呟いている。どうせ、沢山いる遊び相手の女だろうけどな。
酔っ払いの言葉は適当に聞き流す事にして、俺は何気なく窓に目をやった。外は雨が本降りになってきたようで、おまけに風まで出てきたのかガラスに水音が叩き付けられている。
「あ~あ…ほとんど嵐じゃん。どうすっかなあ……」
「泊まっていけばいい……」
「へ!?」
思わずぼやいた俺だったがまさか返事があるとは思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「いいんスか?」
だが大佐の言葉は正直ありがたかったんで、俺は改めて確認をする。
今夜は俺もだいぶ酔いが回っていて(幸い意識はしっかりしているが)これから自分ちまでこの雨風の中帰るのは正直しんどかったし、大佐の家は司令部までも近い。朝の出勤を考えてもありがたくお世話になるのが俺にとってもベストだと言えた。
「ああ……」
「んじゃ、遠慮なく」
大佐の了解を得て、俺は渡りに船とばかりに二つ返事で返答する。
……思えば俺はこの時、もう少し状況というものを考えてみるべきだったかもしれない。しかし、この時の俺は酔いのせいで非常にかったるく、頭が全然回っていなかったのだ……。


「えっとじゃあ、このソファーを借りて良いっスか?」
早速俺は今夜の寝床として大佐が座るソファーを指差した。がたいのデカい俺にはずいぶんと小さいが、床よりはましだろうと思ったのだ。
だが大佐はゆっくりと首を振った。
「……こんな所れはゆっくり…休めん……ベッドへ……」
ゲスト用のベッドがあるのだろうか。フラフラと歩いて寝室らしき部屋へと入っていく大佐についていく。そこには。
広めの部屋にこれまたドデカいベッドが鎮座していた。
「うわっ…」
こんなデカいベッド初めて見た。ダブルサイズよりもデカいのではないだろうか。いわゆるキングサイズというやつだろう。
「……ここで寝たまれ……」
……確かにこれなら大の男が2人で寝ても余裕だろうが。
やっぱり、男同士(しかもいい歳した)で同じベッドに入るのは抵抗があって。俺はベッドに上がるのを一瞬躊躇した。しかも一人暮らしのくせにこんなデカいベッド置いているって事は、どうせあれだろ? 百パーセント女を連れ込む目的だろ。
別に普段大佐が何しようが俺は構わないが、やっぱり気分は良くないよな。(羨ましいとか僻みとかじゃないからな)
「どうしら?……早くきらまえ……」
先にベッドに倒れ込んだ大佐が俺を呼ぶ。……誤解を招くような言動は止めて欲しい。言っておくが俺にはそういう趣味は無いからな!
仕方ないので意識的に大佐から距離をとって俺は横に寝転んだ。
意外と寝心地が良くて、いろんな葛藤とは裏腹に睡魔が俺を襲う。
終いにはもう、大佐の女連れ込み用のベッドだろうが寝られればいいや、という実用性重視の考えに落ち着いた俺はストンと眠りに落ちていったのだ。


妙に暑苦しく、そして鬱陶しく、身体の自由が利かない事に気づいて目覚めたのは何時頃の事だったか。うっすらとカーテン越しに明かりが射し込んできているので、もう朝なのかもしれない。
俺は、まるで木に抱き付くコアラ(話に聞いただけで見たことはない)のように俺に手足を絡ませている大佐に気づいて、眠気が吹っ飛んだ。
「ちょっ……」
これは何だ。どういう事だ。もしかして、アレなのか。俺は襲われているのか。夜這いか。俺がそんな血迷った事をぐるぐると考えていると、俺を困惑へと落とした主がう~んと呻き声を上げた。
「う~ん……お嬢さん……いけません……師匠が…師匠が見てます……」
そんな呑気な寝言? に俺は一気に脱力した。何だ。酒の席の話の続きでも夢に見ているのか。
横目で確認すると、大佐の顔はだらしなく緩んでいる。色男が台無しである。実にこの顔を彼のファンの女の子達やこのベッドに招く女達に見せてやりたいものだ。絶対に幻滅だろう。そうすれば、俺にも一人や二人回ってくるかもしれないな。
「いえ、そんな……本当ですか……お嬢さん……いえ、とても嬉しいで……はい…俺も愛しています……」
よからぬ考え事をしている俺をよそに、大佐はずいぶんと幸せそうな夢を見ているらしい。
にやけた顔にだらしなく空いた口。
そして、その口が動いてとある名を紡いだ。
「う~ん…愛しているよ……リザ……」
もう大佐の事なんてほうって置いて寝てしまおうとしていた、俺の微睡んだ意識が一気に覚醒した。
……今、なんつった?
「リザ……リザ…俺の…リザ……君だけだ……」
……どうやら俺の聞き違いではないらしい。この上司は己の副官の名を先ほどから連呼している。何処にでもある名前と言われればそうかもしれない。だがしかし、その偶然を俺は無視出来なかった。師匠のお嬢さんと中尉に何の関係があるのかも、酔って寝ぼけた今の俺の頭では推察する事も出来なかったが。
だが多分。この大佐が呼ばうリザという女は、リザ・ホークアイで間違いないんだろうな――俺の直感はそう告げていた。
そう理解すると、何だか俺は大佐の事が可愛く見えてきた。(怪しい意味じゃないからな)この人は色男でイーストシティ一のプレイボーイなんて浮き名を流しているが、このキングサイズのベッドは見かけ倒しできっと女なんか連れ込んだ事ないんじゃないか? そう、もしかして、いつか中尉とベッドインする事を夢見てこんなキングサイズベッドを買ったのではないか? だとしたら俺は大佐への見解を少し改める必要がある。そんな健気な妄想でこんなバカでかいもん買って叶わぬ夢を見ているなんて不憫そのもの。グラビア眺めていつかこんな子と…と妄想するチェリーボーイもびっくりの純情さだ。親近感すら湧いてくる。
「う~ん…リザぁ…」
と、哀れな男に俺は少しだけ同情したのだが、そこはそれ。男に抱きつかれてもむさ苦しいだけなので。大佐が甘える様にすりすりと擦り付けくる頭を俺は乱暴に押しのけた。
……ん? もしかしたら、最初から酔った大佐は俺じゃなくて、中尉を泊めている気になっていたのかもしれない。……それはありうる。それならあれほど容易く俺を泊めてくれた理由も分かろうものだ。
「んん~リザ……」
「ちょっ……大佐……!」
押しのけた事で余計に愛の焔? に火がついたのか大佐は覆い被さる様に俺の上へと身体を乗り上げた。そして、ゆっくりと顔を降ろしてくる。ううおい。この体勢って……。
「リザ……好きだよ……」
待て待て待て。
必至で逃げようと大佐の顔を押しのけるが、しかし、どこにそんな力があるのかギリギリと俺の手に抵抗して大佐の顔が少しずつ降りてくる。
おい、ちょっ、やめっ!!
俺が悲鳴を上げそうになったその瞬間だった。
寝室の扉が唐突に開いた。
そこに立つ人物を目撃した俺は更に違った悲鳴を上げたくなった。
「大佐。とっくに出勤時間を過ぎていますが…何をしておられ……」
金髪が明るい朝日に眩しい、俺のもう一人の上司様はその大きな目をめいいっぱい見開いて。しかし、驚きの顔を浮かべたのは一瞬のことだった。
「……お邪魔いたしました。どうそごゆっくり。私は退散いたしますので」
「しないで下さい!」
そういえば今日は彼女が迎えにくる日だった……と俺はシフトを思い浮かべつつも、必至に良い訳を試みようとするが。
「……いいのよ、少尉。私、そういう事には理解がある方だから……」
「理解もしないで下さい!!」
無情な中尉の返答に、俺は不覚にも涙が出そうになる。こんな誤解を受けた悲しみの涙かって?……いいや、違うね。(確かにそれも少しはあるけど)この涙は同情と憐憫の涙だ。……夢うつつに思う恋い焦がれている女に、何の疑問も抱いて貰えず男との関係を推奨された……大佐に対する、な。





END
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思ったよりハボロイっぽくww
by netzeth | 2012-11-16 23:55