うめ屋


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by netzeth
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約束はいらない

その日リザが目覚めて一番初めにしたことは、ベッド脇に置かれているカレンダーを確認したことだった。赤い二重丸が付いているその日付は間違いなく今日である。納得したように頷くと彼女はゆっくりと伸びをし、身体をほぐしてからベッドから降りる。
途端に足下に寄ってきた愛犬の頭を撫でてやりながら、さて自分のやるべきスケジュールを素早く頭の中で組み立てた。何事も計画的に、が信条の彼女にとっては朝の一秒だって時間を無駄にはできない。ましてや、今日は少し特別なのだから。
「さあ、やりましょうか」
自らに気合いを入れるように呟くと、まずは己と大事な家族の朝食を用意するためにリザはキッチンへと向かうのだった。


その日ロイが出勤して一番初めにしたことは、机に置かれた己宛ての郵便物を開封したことだった。無機質な事務封筒に混ざって、赤、緑、白地に金の飾り……といった華やかな封筒が見て取れる。それを一つ一つ開けてから、ロイは中を丁寧に確認していく。既に不審物がないか精査はされた後なので警戒する必要はないが、それは別の意味で緊張感を伴い、気を使う作業だった。
「それ、女の子からッスかあ~?」
手紙に目を通しているといつの間にか、金髪ひよこ頭の部下が執務室に入ってきていた。ノックしろと苦言を呈してからロイは頷いてみせる。
「そうだ」
「うへー毎年のことながらモテモテですねえ」
くわえ煙草をぴこぴこと揺らしながら、ハボックがうんざりといった顔をする。実を言うと司令官執務室は禁煙なのだが、(書類に引火すると大変なので)今日はこわ~い副官が非番なのを良いことに羽を伸ばしているのだろう。特にそのことついて彼を咎める気は無かったのでそこはスルーすると、ロイは涼しい顔を部下へと向けて見せた。
「何を今更」
「うわっ、ムカつく……」
今日はクリスマス・イブ。
毎年この恋人達のイベントが近づくと、ロイの元には女性達からたくさんの手紙が届く。クリスマスカードを装って届けられたそれらの内容のほとんどは、彼との約束を取り付けるための誘い文句だ。イブは空いている、クリスマスは手作りの料理を用意する……だから連絡を待っている――普段の行いの賜物かそれらは下手をすれば三桁に届く数である。
しかし、そんな数々の女性からお誘いを受けている状況だというのにロイの顔は晴れない。ずっとムスッとまるで嫌な仕事をしているかのような顔で手紙に目を落としては何やらメモをとっている。
「……ところでさっきから何をしているんで?」
「見て分からないか」
「わかんないから聞いてるんス」
悪びれることもなくハボックが言うので、ロイもそれ以上やりとりをするのが面倒で部下の疑問に答えてやることにする。
「連絡する必要がある女性の名前を控えているんだ」
「デートの約束をするためにッスか?」
またもやってらんねえ……という顔をしたハボックに、ロイは首を振る。
「違う。穏便かつスマートに、君の気持ちは嬉しいが私は忙しい身でクリスマスを君のために使えそうに無い。この埋め合わせはいつか必ずするよ、可愛い人。ということを伝えて、デートの約束を断るために、だ」
「……最初から約束する気がないなら連絡しなければ良いでしょーが」
「だからお前はダメなんだ。女性にはマメすぎるほどのマメに。例え気持ちに応えられなかろーが、アフターケアは万全に。これが鉄則、だ」
「はあ……」
いくらモテたくてもそこまでは自分は出来そうにないな……なんてハボックは思ったが、そこではたと気が付く。
「……それって、誰ともクリスマスはデートする気が無いってことですか?」
「それがどうした」
「それって……あ。」
そこでハボックはロイが徹頭徹尾不機嫌そうな顔している理由に、ようやく思い至ったらしい。
「もしかして中尉と約束するために空けていたんでしょう? で、それなのに中尉が今日、非番を取ったからだからそんなにぶすっとしてるんスね」
「うるさい」
ロイが否定はせずにそれだけ返すと、ハボックはにやあと笑う。
「大佐、今日中尉が非番だったこと知らなかったんスね~」
「私は昨日非番だったから、うっかりしていただけだ」
元々ずっと前からロイはリザとのクリスマスの約束を取り付けようとしていた。しかし、仕事が忙しかったこともありなかなかそのタイミングが無かったのだ。そうしてずるずるとイブ当日になってしまったのだが、蓋を開けてみればイブのこの日、リザは非番を取っていた。
今日が勝負、と気合いを入れて出勤したロイはどうにも肩すかしを食ったような気分になった。よりにもよってこの日に休みを取ったリザの本心がどこにあるのか分からず、思わず自分の誘いを避けるためだろうか? なんて邪推してしまったりもした。
別に仕事が終わってから、いや休憩中にでも電話を入れてそれとなく切り出せば良いだけなのだが。ここまで気合いが空回りしているだけに、それをしてはたして成功するのかロイは自信が無くなっていた。
「時間を潰してないで、さっさと仕事しろ!」
「大佐に言われると妙に納得がいかないッス」
八つ当たり気味にハボックに怒鳴れば、肩をすくめて部下は部屋を出ていく様子である。しかし。
「ああ、思い出した。俺、これを渡しにきたんだった」
「なんだ?」
そう言ってハボックが懐から取り出したのはシンプルな封筒の書簡だった。
「フュリーに頼まれたんスよ。大佐用のレターケースの中にまだ残っていたのを気づかなかったみたいでって言ってました」
今朝、リザの代わりにこの机の上に手紙を置いたのはフュリーだったらしい。
それを受け取ったロイは、無言でそれを見聞する。機能性を重視したかのような真っ白なだけの封筒。何かの事務連絡だろうか。それにしては封筒に差出人の名前が記されていない。
「じゃ、大佐。中尉がいないからってサボらないで下さいッスね。俺、中尉にくれぐれもよろしくって頼まれたもんで、また見に来ますから」
「ああ」
上司に対する敬いが欠片も見あたらない言葉を残して、ハボックが執務室を出て行く。それにおざなりに答えてから、ロイはその奇妙な手紙の封を開けたのだった。


朝食を済ませるとリザは忙しく動き回っていた。
バタバタと洗濯を済ませてから掃除に取りかかる。それを終える頃にはソファーの上で丸くなっている愛犬がすっかり寝入ってしまっていた。時計を見るとそろそろ買い物に行かねば間に合わない時刻である。
眠っている愛犬にお留守番をお願いすることにして、慌ただしくリザはコートを羽織ると施錠すると部屋を出た。
あらかじめ買い物するものは控えて置いたので、リザは迷うこと無く目的の店へと向かう。青果店、マーケット、肉屋、ワインの専門店。メモを片手に各店を回って、やがて両手いっぱいに袋を抱えてリザは帰宅した。
部屋へ帰ると早速お昼寝から目覚めたらしいハヤテ号が寄ってくる。尻尾を振って遊んでとばかりに脚にジャレてくる彼をいなしながらリザは微笑んだ。
「もうっ、ハヤテ号? 夜になったらたっぷり遊べるからもう少し大人しくしていてね」
リザの言葉に納得したのか愛犬は大人しくまたソファーに戻っていく様子である。それを微笑ましく見守って。
「さあ、急がなくちゃね」
抱えていた荷物をキッチンのテーブルへと置くと、リザは再び忙しなく動き始める。購入してきたチキンの下拵えをしてから、スープや副菜の準備。メインのケーキは生クリームとイチゴのスタンダードなものにする予定だ。――それが彼の好みだから。


諸々の準備を整えて、リザが一息を付いた時のことだった。窓の外はすっかり暗くなっている。エプロンを外して椅子にかけると、タイミングを計ったかの用にドアのノック音が響いた。
「ちゃんと時間通りね」
そう呟いてから玄関へと赴く。既に愛犬がドアの前に鎮座していていまかいまかと来訪者を待っている。
そんな愛犬を撫でてやってから、リザはドアを開けた。
「……メリークリスマス」
そこには、言葉とは裏腹にどこか憮然とした顔の上司が立っていた。もちろん、驚きはしない。彼がやってくることはリザには分かっていたことだったから。
「いらっしゃいませ、大佐。外はお寒かったでしょう、さあどうぞ」
彼女の招きに応じて部屋の中へと足を踏み入れたロイだったが、
「待て、中尉。まずは私の疑問に答えて欲しいのだが」
更にリビングへと誘おうとするリザを遮って、そんなことを言った。そのどうにも納得がいかないという顔を見やって、リザは花が綻ぶような笑みを口元に浮かべて見せる。
「ええ。疑問、質問、何でもどうぞ」
ロイはリザをじっと見つめながら口を開く。
「……君は私が今日ここにやってくるのは当然だったという顔をしているが、もし私が来なかったらどうする気だったんだ?」
「でも、現にいらっしゃっているではないですか」
「……そうなんだが」
だが、とロイは懐から例のものを取り出してみせた。それは真っ白い封筒に入った書簡。リザにとっては見覚えがあるものだ。何しろそれをロイのレターケースに忍ばせたのは自分なので。
「――仕事を終えられましたなら、よろしければおいで下さい」
読み上げられた内容も、当然知っている。
「……差出人の名前もなければ名乗ってもいない。このメッセージには何の主張も強制力も無い」
ましてや、とロイは続ける。
「私がこの書簡を開けて目を通すとも限らない。……これで、よく私がやってくると思えるな?」
こんな遠回りなことをしないで、はっきりと一言言って、約束を取り付けてくれれば良いじゃないか。ロイはそう不満そうに口を尖らせている。今日の今日まで悶々としていた自分が悔しいのだろう。せっかくのクリスマスだというのに不機嫌な様子の彼にしかし、リザはあっさりと言ってみせる。
「ええ。でも、私たちのあいだに約束はいらない、と思いまして」
リザの言葉にロイは驚きに目を見開いた。
「……来るものはくるし、来ないものは例え約束をしていたって来ないでしょう」
そもそも私はそうやって貴方を縛るのは好みませんし。とリザは続ける。
「……私が他の女性と約束している可能性は考えなかったのかね? 私が君からのメッセージだと気が付かなかったら? 仕事をさぼって帰れなかったら?」
ロイが言い募ると、一瞬だけリザは目を閉じて。
「貴方は絶対に来て下さる――私はそう信じてお待ちするだけです。現に貴方はいらっしゃった」
「……自信家だな」
「貴方のお相手をするにはこれくらいではなくてはつとまりませんから」
すました顔でリザが言うとロイは違いない、と笑う。
「いいよ、こんな回りくどいことをしたことを許そう。もちろん、今夜は君も含めたフルコースなんだろう?」
「さあ? それは大佐次第です、と申し上げておきます」
自信家の男にはそれなりに女も自信家にならざるを得ないのだ。ロイには嫣然と笑う彼女の表情が可愛くも憎らしい。
「さ、今日は貴方のお好きなビーフシチューを用意しました。もちろん生クリームにイチゴのケーキもです」
――これほど好物ばかりを用意されたならば、もうロイは降参するしかない。絶対にやってくる、と己の行動すらも読み尽くしている相手には白旗を掲げるしかあるまい。
それは嬉しい降参ではあるが。
「……確かに約束はいらない、な」
「何ですか? ほら、今お料理の用意をしますから、貴方はハヤテ号と遊んで上げて下さい。昼からずっと待っていたんですよ?」
主人だけでなく、犬にまでも絶対にロイがやってくる、と信じられていたらしい。早速すり寄ってくる黒い毛玉を撫で回してやりつつ、ロイはさて、今日の意趣返しは夜にでもしてやろうと不埒なことを考えるのだった。




END
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by netzeth | 2012-12-16 13:56 | Comments(0)