うめ屋


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by netzeth
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年を越えて

◆大晦日編


大晦日を迎えた東方司令部は喧噪に包まれていた。そこかしこで年を越すための準備に追われた軍人達がせわしく動き回っている。年も押し迫った頃に決まって忙しくなるのは、出来れば年内に仕事を片づけてしまいたいということなのだろう。面倒なことは年が改まると共にゆく年に置いてきたいと思う――それが人情というものなのだ。
各部署から今日中にお願いしますと回されてきた書類が三桁に達したのを目にした瞬間ロイはそんなことを考え、そして同時に執務室を脱出していた。
そりゃあ下の者は書類を提出してはい終わり、で良いかもしれないが、責任者であるロイの身体は一つなのである。司令部中の人間の仕事の面倒を一気に引き受けるのは流石にしんどい。それに、大晦日に至ってまで真面目に仕事をするつもりも毛頭無かった。(大晦日じゃなくたって無いだろうという指摘はこの際無視する)それでもこの期に及んでサボっていたなんて己の副官に知れたら命が危ないので、従ってロイが足を向けたのは食堂であった。
ただ今食堂では東方司令部恒例のカウントダウンパーティの準備の真っ最中なのである。つまり、監督責任者として様子を見に行った――というサボリの口実を付与するのにはぴったりの場所なのだ。
「おい! 違うって。もっと右だって」
食堂では司令部内でもお祭り好きな者達が集まって、飾り付けや飲み物、食べ物の手配がされていた。そしてその賑わいの中で一際目立つ男が一人。その男は何故か一人だけトンガリ帽子のパーティハットをかぶり、偉そうな態度でパーティ準備の指示をしている。まさかとは思いつつもその男の背後に近づいて、ロイは声をかけた。
「ヒューズ……おまえ、東方司令部で何をしている?」
「え? 何って……パーティの盛り上げ役?」
振り返った髭面メガネは見覚えがありすぎる顔で。あっさりと答えを返してくるその男――ヒューズにロイは脱力感でいっぱいになる。
「そういうことを言っているんじゃない。……何で、お前がここに居て、しかもパーティの指揮をとっているんだと訊いているんだ」
「そりゃあ、緊急でイーストシティに用があったからだな。で、せっかく出向いて来たからにはお前さんの顔を見ていこうかと思ってよ、東方司令部に来たんだが小腹が空いてな……それで先に食堂に来たんだが。何か楽しそうなことをしているからよぉ…ここはいっちょ俺が仕切ってやろうかとおもっ――」
「せんでいい!」
皆まで言わせずに怒鳴りつけてやるが、ヒューズにはまったく堪えていないようだ。むしろ何故ロイが声を荒げているのか分からないといった風に首を傾げている。
「ロイ。……もしかして、お前が仕切りたかったのか?」
「……もういい」
多分勤務中に何他司令部のパーティを勝手に仕切っているんだ、という苦言はこの男には通じないとロイは一切を諦めた。(仕事をサボっている時点でロイも同類であることだし)
「用はもう済んだんだろう?……私の顔だって、たった今見た。さっさと帰れ」
「なんだあ? せっかくわざわざ寄ってやったのに冷たいねえ、ロイちゃんは。そんなんだからいつまで経っても独り者なんだよ」
「うるさい!」
再び怒鳴ってから、この男相手にむきになってしまったことを後悔したがもう遅い。ヒューズはニヤニヤとロイの顔を眺めている。ロイの性格など知り尽くしている親友は、すかさずロイの嫌がる話題へと話をシフトさせていく。
「ふ~ん。なんだよロイ、そんなにムキになるってことはやっぱり独りが寂しいんだろぉ~。だよなあ~やっぱり新年を一緒に迎える相手がいるっていうのはいいぞう。その点、俺は愛しのグレイシアがごちそう作って待ってくれているもんなー」
「だったらさっさとその女房のとこに帰れ!」
「もちろん、今日中には帰るに決まってんだろ。年越しっていうのは家族とするもんだからな。何しろグレイシアは完璧だからよ、新年の準備も滞りなくばっちりなのよ。つまり、ニュウイヤーは俺はパリッした格好で迎えられる訳。だからお前さんもさっさと嫁さんを……」
「……私には必要無い。年越しの準備くらい自分で出来る」
「そんなこと言って、これは何だあ?」
言葉と同時にヒューズの手が伸びてロイの襟元に差し込まれた。堅い軍服の合わせから下に着ている愛用の白シャツの襟が引っ張り出される。
「襟がよれよれじゃねーかよ。のり使ったアイロンがかかってねーな?」
「……たまたま時間が無かっただけだ」
「お前……」
そこでヒューズは憐れみの視線でロイを見つめた。それは可哀相な生き物を見る目つきで、ものすごく不愉快である。
「まだリザちゃんとシャツにアイロンかけて貰えるような仲になってねーのか。ロイ・マスタングともあろう男が情けないねぇ……」
「燃やすぞ……ヒューズ。少尉とはそういう関係じゃないと何度言ったら分かるんだ。お前の耳は飾りものか」
低い声で恫喝を込めて言うが、部下達には効果覿面のそれもこの食えない男には通じなかった。
……耳は本当に飾り物のようだ。ロイが何を言っても、都合の悪い情報は右から左へ聞き流されている。そして強引かつ意味不明な会話をヒューズは続けるのだ。
「よしっ。今年……はもう、無理だろうから、来年な!」
「……何がだ」
「だから。お前の来年の目標だよ」
「目標?」
相手をしたら負け、と思いつつも疑問が先にたってつい聞き返してしまう。するとヒューズは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「そ。お前の来年の目標。――リザちゃんとアイロンかけて貰えるような仲になること――どうだ? なかなか良い目標だろ?」
「なっ、ばっ、お前……! だから私と少尉はそんな仲じゃっ……!」
「だ~か~ら~。そういう仲になるように努力しましょうね、っていう目標だろ。それとも何? お前リザちゃんとそういう仲には絶対になりたく無いわけ? それでいいわけ? リザちゃんが他の男のシャツにアイロンとかかけててもいいのか?」
「ぐっ……」
そこで言葉に詰まった時点で、既にこの問答の勝敗は決していたのであるが。幸か不幸かそのことに今のロイは気づいていなかった。ヒューズの笑みがより深くなる。
「よし、決まり。じゃあロイ君はこれを目標に来年は頑張るように!」
「こらっ、勝手に決めるな!」
慌ててロイは抗議の声を上げたのだが。昔からこの手の話題で親友に勝てた試しの無いロイには無駄な抵抗であったのだった。



◆新年編


リザが彼の部屋に到着したのは一七〇〇の十五分前であった。迎えに行くと予告した時間より少しだけ早めにやってきたのには理由がある。リザは路肩に車を停めると車を降り、足早に彼の部屋――ロイのフラットへと歩を進めて行った。
二階の角部屋であるロイの部屋の前で立ち止まり、無意識に深呼吸を一つ。そして、ノック。コンコンコンという軽いノック音には返答なし。それは半ば予想していたことだったので、次にリザは少しだけ強く扉を叩く。ドンドンドンという音にも反応なし。仕方なく最終手段として、リザは口を開いて呼びかける。
「中佐っ、中佐? 聞こえておりますか?」
「あっ、ああ……ちょっとまっ…いてっ」
そこでようやく室内から聞き慣れた声が聞こえてきた。バタバタと何やら忙しい音と、何かに蹴躓いたような音。ドンガラガッシャンっと響いてきた音にリザが一体彼の部屋の中はどんな惨状になっているのかと怖くなったところで。
「や、やあ。少尉。早かったな」
扉が開いてロイが顔を見せた。そう、……文字通り顔だけ。ものすごく不自然な体勢である。シャワーを浴びて間もないと思われる黒髪はまだしっとりと彼の額に張り付き気味で、その毛先は自由気にまま遊んでいる。明らかに仕度は整っていない……といった様子であり、これはリザが時間通りにやってきても同じであっただろう。後十五分足らずで何とかなるとは思えない。そして、何より気になるのは。
「……中へお邪魔してよろしいでしょうか」
「へ? い、いやっ……ちょっと、今は…って少尉!?」
ロイの言葉なぞ聞かずに、リザは無理矢理ドアを大きく開けると遠慮なく部屋の中へと足を踏み入れた。そして彼がどうしてリザの前に顔しか見せなかったのか、たちどころに理解するのである。
「なっ、ちゅ、中佐っ……何ですかっ、その格好!」
思わず悲鳴のような声を上げてリザは視線を泳がせた。注視してはいけない気がしたからだ。別にそんなものは軍にいる以上見慣れたはずであったのに、何故かロイのものは直視できなかった。
「い、いや……」
そう、ロイは上半身に何も着ていなかった。いわゆる裸である。たくましく鍛えられた腹筋と胸板が彼が男だということをリザに意識させて。知らず顔が熱くなる。
「す、すまん。今、準備をしていたところだったんだ……」
「だからって何で何も着てないんですか!」
「いや、ズボンは履いているだろうが」
「上も着てください!!」
赤くなった顔をロイに悟られまいと横を向きつつも、リザは思う。ああ、やっぱり早めに迎えに来てみて良かった、と。
ロイのことだから、絶対になんだかんだと仕度に手間取るに違いない――と予想してのことだったが正解だった。仕事ではサボリはするが時間には正確な男であるのに。ロイはこういうことに関しては能力が低い。おそらくいろいろと手際が悪いに違いないのだろうけど。
「そもそも、どうしてこの寒い時期にそんな格好なんですか」
「いや……昨日まとめて服をクリーニングに出したところだったんだ。部屋着とかも全部。昨日は酔ってたから熱くて裸で寝ても寒くなかったし。で、今夜のために用意しておいたはずのシャツに着替えようとしたんだが、手違いでクリーニングに一緒に出してしまったみたいなんだ。仕方ないから昨日着ていたものを……と思ったんだが、何しろ何日も着ていた汚れ物だしな、そのままでは着れん。なんとか自分で洗濯まではして、乾かしたまでは良かったんだが。アイロンが間に合わなくてだな……」
「……分かりました」
やはり、こういうことに関してはロイは用意の悪い子供のようである。リザは小さくため息を吐く。
今夜はイーストシティの名士達が集まる新年のパーティがある。ロイは腰が痛いというグラマンに代わって(おそらくこれは仮病である。彼は常々あのパーティは退屈で嫌いと明言していた)東方司令部を代表して出席する予定であった。大晦日の忙しい仕事を終え、その後軍部内のカウントダウンパーティで朝まで飲み明かして、それからまた夜には仕事の延長ともいえるパーティに出席する……ハードスケジュールであることは認めるが、それでもこれはあんまりである。
「シャツの一枚や二枚予備を用意しておいて下さい!」
「いや……ずっと十二月は忙しかったろう? 洗濯もクリーニングに出すのも追いつかなくて、脱いだ端から新しいのをおろして着ていたらいつの間にか……」
「……もういいです」
呆れ果てて言葉ももう出てこない。
リザは早々にロイへのお説教をするのは諦めて、今直面している問題へと頭を切り替えた。パーティに出席するために着る正装用の白シャツがない。今日のこの時間に開いている店などないだろうから、買ってくるという選択肢も無い。手元にあるのはロイが言う、洗い立てのシャツが一枚。ならば、リザが取るべき手段は一つである。
「仕方ありませんね……。アイロンとシャツはどこですか?」
「へ?」
ポカンとするロイをリザはねめつけて。
「時間がありません。お早く」
「い、いや、部屋の中だが……」
「アイロンは暖まっているでしょうか? アイロン用ののりは用意してありますか?」
戸惑っている風のロイにはかまわずに、リザは部屋の奥へと進んでいく。そしてリビングの床に置かれたアイロンとアイロン台を見つけるとさっさとそれを手に取った。
「私がアイロンをかけます。中佐に任せていてはそれこそパーティに間に合いませんから」
「…………」
「……なんですか?」
皺の寄ったシャツをアイロン台の上に乗せてから、アイロンの具合を確かめた。するとロイは微妙な表情でリザを見ている。訝しく思って尋ねるとロイはその顔に苦笑を浮かべた。
「いや。はからずも一日で目標を達成してしまったと思ってね」
「はい?」
「この場合、あとの三百六十四日はどうしたら良いだろうか。やはり新たな目標を立てるべきだろうか。出来ればもっと難しいものを」
「何のお話ですか?」
「……いや、こっちのことだよ。少尉」
ちっとも意味の分からないことを言うロイにリザは戸惑うが、ロイの顔がなんだか嬉しそうで、でも穏やかに優しげで。なんだか落ち着かない。
「もう…何なんですかっ」
これ以上問いつめてもロイは白状しそうに無かったので、リザはそれ以上の追求は止めて、今は目の前のアイロンかけの作業に集中することにする。ちょっとだけロイのあいまいな態度を腹立たしく思ったけども、同時にちょっとだけ安心している自分がいることもリザは否定できなかった。ロイがアイロン一つもかけられない不器用なことを。その作業をリザに任せてくれることも。そして何よりも、彼のシャツにアイロンをかける女が自分以外に居ないことを。
――それは小さな独占欲。
これは副官としての勤めの一つに過ぎないと分かってはいたけれども。男のシャツにアイロンをあてる行為はリザに大きな幸福感をもたらしていた。――自分がアイロンがけしたパリッとのりのきいたこのシャツを着て、ロイは男の戦場に出かけるのだ。それを女としての自分がサポート出来ることがたまらなく幸せで。思わずその口元にかすかな笑みがこぼれた。
「何を笑っているんだ?」
すぐ傍らからした声にリザは驚く。視線を向ければじっと自分の手元を見つめている男と目があった。その姿を一瞥して、リザは頬が再び熱くなるのを止められなかった。
「あの中佐……」
アイロンがけの手を止めて、ロイに呼びかける。
「ん?」
「……すいませんけど、タオルでも何でもいいので上に何か羽織って下さいませんか…目のやり場に困ります……」
そう遠慮がちに言えば、ロイも赤面して。すまないっとバスルームに早速タオルを取りに行くようである。二人の間に流れる微妙な空気が妙に気恥ずかしい。
けれども。
その後ろ姿を見送りながらも、リザは何となく彼とこういう時間を過ごすのも悪くは無いのかもしれない――と思うのだった。



END
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by netzeth | 2013-01-01 22:55 | Comments(0)