うめ屋


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by netzeth
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紅茶テスト

「舌には自信がある」
そう豪語するのは、東方司令部司令官であるロイ・マスタング大佐その人である。そのセリフだけ聞けば女性関係の派手な彼のこと、ある意味誤解を招く発言であるかもしれないが何のことはない。単に美食に慣れているという意味で、同司令部勤務のジャン・ハボック少尉に対して使われた言葉である。それはロイが持って来た高級菓子をハボックが食して、安い物との味の違いが分からないと発言したことに起因している。
せっかく有名店の菓子を持ってきたというのに以上のようなことを言われて、つまりロイはえらく気を悪くしたのであり、そして、そんな舌の貧しい部下に対して言ったのだ。
「だからお前はダメなんだ。もう少し味の違いが分かるようにならねば女性にはモテんぞ。その点私は――」
という経緯により前述の発言は成されたのである。


「という訳で。本当に大佐の舌は言うほどのもんなのか、俺は試してやりたいんだ」
「……つまり、悔しいから試して失敗させて鼻を明かしてやりたいだけだろうが」
こぶしを握って力説していたハボックに、ブレダが呆れたように視線をくれた。図星を突かれたのが痛かったのか、彼はすぐにバツが悪そうな顔をしたが、しかし。
「いやっ、俺は純粋に大佐の味覚能力が知りたいだけだ! 大佐だってこれから出世していくんだ。それなりに上流階級の奴らとも付き合わないとならないだろう。そういう段階になって、料理の味の一つも分からないんじゃ笑われるだろう? だから、今のうちに大佐の本当の力を試しておく方が……」
「ハボック少尉……そこまで大佐のことを考えていらっしゃるんですね! 僕、尊敬します!!」
怯まずに変な持論を展開し出したハボックに対して、傍らで話を聞いていたフュリーが感激の声を上げた。両手を握って、憧憬の眼差しでハボックを見つめている。こんなあからさまに適当な言い訳にころっとだまされるこいつも危ういよなぁ……なんて思いながらブレダが同僚を諫めようとした時のことだ。
「大佐の何を試すの?」
涼やかな声が後ろからかけられた。野郎三人で一斉に振り返る。部屋の戸口には金髪の麗しい彼らの上官が立っていた。彼女は不思議そうな顔で小首を傾げている。
「ホ、ホークアイ中尉……」
「え、え~と試すというか……これはですね……」
慌ててブレダとフュリーがその場を取り繕おうとするが、しかしその声を制して彼らの言葉を遮ったのは、意外にもロイを試す発言をした当の本人である。
「中尉! ちょうど良かった。中尉も協力して下さいよー!」
「協力?」
ますます訳が分からないという顔をするリザに、ハボックはあっという間に事の次第を説明し出してしまう。おそらくここで彼女を巻き込んでしまえば、仕事を放り出している事を咎められずに済む……という計算もあったのであろう。
「……という訳で。ここは大佐の味覚をテストさせて貰おうと思いまして」
「テストねえ……」
「大佐の将来のためにも、ぜひぜひ!」
ハボックの話に当初はピンと来ていない様子のリザであったが、ロイの将来……と聞いて少しだけ考え込むそぶりを見せた。彼女にとってそこは聞き流せない部分らしい。
「まあ……テストと言ってもそんな大げさなことをする訳ではないんでしょ?」
「もちろん。仕事に支障がでるような事をするつもりは無いッスよ。休憩の間にすぐに終わる程度のもんです」
「そんな事言って、お前どうやってそのテストとやらをするのか考えてあるのか?」
「もちろんだ」
ブレダの突っ込みにハボックが、自信満々と言った表情で力強く頷く。そして、早速その方法とやらを話し始める。
「うちの名物を使おうと思ってる」
「名物……ですか?」
首を捻ったフュリーに、ハボックはニヤリと笑う。
「そうだ。東方司令部名物不味いお茶だよ」
「……それをどうするって言うんだ」
「だから。いつも俺が淹れると不味いって大佐、ぶーたれるけど、中尉が淹れると美味いって言うだろ? つまり大佐の舌は個人のお茶の淹れる癖って奴を見分けられると言っているのも同じだ。だからさ、中尉にご教授願って中尉と同じ方法で俺……いや、俺だと不器用だから…フュリーにでも淹れさせるんだよ。んで、中尉とフュリーのその個人の差を見分けられるかって試すんだ」
「それはいくら何でも……」
「ああ。中尉に淹れ方を教わって淹れるんだろう? 茶葉もいつもと同じで。そりゃあ……分からないんじゃねえか?」
ハボックの提案したテスト内容に困惑気味の表情をするフュリーに、ブレダが同意する。いくら何でもそれはテスト内容が厳しすぎるのではないかと言うのだ。しかし、
「それ、面白そうね……」
不安げな男性陣に対して、意外にもリザは乗り気な様子を見せた。いつもはこんな悪ふざけには乗ってこない女性なのだが、今日ばかりは興味津々と言った風に目を輝かせている。いつも無表情な彼女には珍しいくらいである。
「お茶にはこだわりがあるとか、茶葉にはうるさいんだとか言っていたから、常々どれほどのものかと私も思っていたのよ。この際はっきりさせて貰いましょう」
「でしょ、でしょ! いやあ~中尉がそう言ってくれるとは思って無かったッス!」
心強い賛同者を得て、ハボックがハハハハっと豪快に笑う。その表情は、これでロイをぎゃふんと言わせられるという確信に満ちていた。そして彼と同じく珍しく口元に微笑みを浮かべているリザだったが、心なしかその笑みは意地の悪いものに見えて。
ブレダとフュリーは顔を見合わせて、微妙な気分になる。はからずも二人の思考は今、ぴったりと一致していた。
(……中尉。大佐にたいしてそんなに鬱憤がたまっていたんだな……)


「失礼いたします」
軽いノックの後に、返事があったのでリザは片手でその扉を開けた。慎重な身動きで歩を室内へと進める。片手に持ったトレイの上の物を落とさないようにと。
司令官執務室に入るとロイは大人しく机に座って書類に目を通していた。昨日一昨日に続いて、逃亡を謀ったり急に街の視察に出かけたりとしていないのは、さすがに書類の締め切り日が迫っているからだろうか。
「少し休憩をなさって下さい。お茶を淹れて参りましたから」
「ああ」
リザの言葉に手を止めたロイが顔を上げる。う~んと伸びをしてから、彼はリザの顔をまじまじと見つめて来た。
「何か?」
「……いや。君から休憩を持ちかけてくれるとは思わなくてね」
前日までの己の所業により、副官の目が厳しくなっている事に自覚はあったらしい。その意外だという顔をリザはねめつけてやった。
「私だって逃げたりせずに真面目にデスクワークをこなして下さる方には、それなりにねぎらいをいたします」
「……手厳しいね」
苦笑を浮かべたロイは己に分が無い事を悟っているのか、その話題をそれ以上続けようとはしてこなかった。代わりにリザが持っているトレイへと視線を移す。
「……いい匂いだな。お、菓子付きか?」
トレイに乗せられているのは、ロイの昨日の視察と称したサボタージュの戦利品である。つまり、イーストシティでも有名な洋菓子店の焼き菓子。ハボックに分けてやって安物との味の違いが分からないと言われてしまった一品だ。リザはその菓子がロイの財布を痛めて買った物では無いことを知っている。ついでに言えば、洋菓子店に勤めている女の子からロイがラブレターを貰っていたことも。
「はい。まだ残っておりましたので」
その事に関しての微妙な苛立ちを極力表情には出さずに言えば、ロイはそんなリザの顔をちらっと見た。……おそらく、女の子からのプレゼントである事をリザに知られていないか気にしているのだろう。もちろんそんなロイの態度にも反応を見せずに、リザはただ淡々と己のすべき事をする。
……すなわち、ロイの味覚テストである。
「どうぞ」
机の上にロイ愛用のティーカップと菓子が乗せられた皿を置いた。リザが持ってきたものだ、ロイは当然お茶もリザが淹れたと信じて疑っていないはず。むろん、それはリザ指導の元、フュリーが淹れたお茶で彼女の手によるものではない。さあ、ロイはこの味の違いが分かるだろうか? いや、分からないだろう、とリザは考える。
そもそも、ロイの味覚が鋭い……と言うのも首を傾げる話なのだから。
リザは少女時代彼に料理を作ってやり、さんざん食べさせている。その頃のリザはまだそれほど料理が達者でなく、失敗したことも数知れない。だというのに、ロイはどんな時でもリザの作った料理を美味い、と言って譲らず食べていた。いくら気をつかってのお世辞の言葉とはいえ、味覚が敏感な人間がそんな嘘を突き通せる訳もない。なにせ、その時のロイの顔は本気でその料理が美味しいと思っている顔だったのだ。彼が嘘を言っているのかどうかくらい子供のリザにだって分かった。だから、リザはロイの舌はある意味バカなのではないかとその頃から思っているのだ。
そんなロイに対して、今回は厳しすぎる条件のテストかもしれない。が、リザは手加減するつもりはさらさら無かった。――仕事をサボって女の子と会っているような男は、たまには部下に手痛く恥をかかせられれば良いのだ――。
「ああ、ありがとう」
机の上に置かれた琥珀色の液体の入ったカップを、ロイが手にする。すっとそれを口元に持って行った彼は、しばらくゆらゆらとカップを揺すってその香りを楽しんでいる様だった。その様子を思わず固唾をのんでリザは見守る。それから、ゆっくりとロイはお茶を口に運んで行った。
「――中尉」
一口、二口。その液体を飲み下した彼はカップを置くと、静かに己の副官を呼んだ。
「……はい」
ロイの行動に意表を突かれたリザの返答が遅れる。
「……このお茶、誰が淹れたんだ?」 
ちょっと不機嫌そうな顔でロイが言うのを、リザは信じられないといった表情で見つめた。
――まさか。分かる訳がない。
そんなリザの動揺など知らずに更にロイは続ける。
「これ、君が淹れたものじゃないだろう。……不味い」
――そんな。バカな。
思わずそんな言葉が口をついて出そうになるのを、リザは必死に押しとどめた。フュリーが淹れたお茶を何度も試飲して、自分の淹れたものと寸分違わないと確信して持ってきたのに。リザにさえ違いが分からぬそれを、何故ロイが分かるのか。
「よく…お分かりになりましたね?」
降参を認めることになるのは癪だったが、それでも疑問が先に立ってリザはロイに尋ねる。やはりロイの味覚が確かだと言うことだったのだろうか。
「だって、全然違うじゃないか」
あっさりと言い放つロイに、リザは更に困惑を深める。
「……このお茶は正真正銘私が淹れたものと、同じ香り、同じ味かと……」
「…………」
そうリザは言うと、ロイは沈黙する。何かをじっと考え込むように黙っていた彼だったが、やがておもむろに口を開いた。
「うん。……だが、足りないものがある」
「足りないもの?」
疑問の声を上げるリザに、ロイは正解を告げるかのように答える。
「ああ。……愛情が足りない」
真顔で告げられたその言葉に、リザは不覚にも顔が熱くなってしまった。
そんなバカげた非科学的な要素を、本当にロイは信じているのだろうか。不意に、過去のロイの顔が今の彼に重なった。リザの失敗した料理を本気で美味しい、と言って食べていた、彼。そこに一切の嘘は無かった。
……つまり。
そこから導き出される結論を脳裏に思い浮かべて。リザは首から顔までを真っ赤に染め上げた。
(私が作るもの淹れるものなら、本気で美味しいって思っているんだわ…この人……)
……そう、それが例え失敗した料理であったり、安い、不味い茶葉で淹れたお茶であっても。
「な、何をバカなことを……」
ロイに見られまいと、リザは俯いてその赤い顔を彼から隠す。
――どうしてリザの手によるものを彼は美味しいと認識するのか。
これ以上その問題を追求すると、またもとんでもない結論に至ってしまいそうで。リザは必死に己のバカな思考から目を逸らすのだった。


――ロイの味覚の実力は結局分からずじまいである。





END
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by netzeth | 2013-01-14 01:49 | Comments(0)