うめ屋


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by netzeth
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秘密のハニーブロンド

※ロイアイ←ハボみたいなお話です。


ジャン・ハボックがその光景を見たのは、切れた煙草を買い出しに行く途中の路地裏だった。老夫婦が営む小さな雑貨屋。ハボックが好む煙草の銘柄を絶やすことなく置いておいてくれるその店に至るには、彼の自宅からだとその路地を経由するのが一番の近道だったのだ。多少夜通るには薄暗く独り歩きには不安な道ではあるが、でかいがたいの野郎を襲う奴もいないだろう、とハボックはいつも通りにその道を軽快に歩いていた。が、しかし。彼はそのことをすぐに後悔することになる。それはとある光景が目に飛び込んで来たからだ。
(くそっ、やなもん見たな――)
出来れば見なかったことにして通り過ぎたかったが、見てしまったからには目が逸らせない。ハボックはその見慣れた漆黒の髪の男を注視した。他でもない、彼の上司である。そういえば、自分のアパートとロイのフラットは意外に近い距離にあり、以前にもこの路地や、かの雑貨屋で出くわしたことがあるのだ。そのことを失念していた自分が憎らしくて、思わずハボックは舌打ちをした。
しかし、明らかにこちらに気づいていながらロイはそんなハボックの様子など意に介さず、その行為をぬけぬけと続けている――そう、女の腰に手を回しての熱いキスを、だ。
ロイに抱き抱えられるように唇を奪われているのは見事な金髪の女だった。背の半ばに届くかという長さの美しいハニーブロンド。その髪にロイの指が絡んでいる。女の後ろ頭を引き寄せて、更にロイは濃厚な口づけを女性と交わし続けている。
女はハボックに背を向けているので顔は見えないが、あれは多分とびきりの美人だ、とハボックは判断していた。伸びた背筋、くびれた細い腰と絶妙なラインを描く尻に、形の良いふくらはぎ……とくれば後ろ姿だけで分かる。
(くそっ)
ニコチン切れのイライラが加速していくようで、ハボックはもう一度舌打ちをした。女性関係が派手な上司のラブシーンなど見たくもなかったし、ましてやこちらはフられたばかりの女日照り。しかも、ロイはハボックに気づいていながらやめないのだから、見せつけられていると僻むのは被害妄想ではあるまい。それに、何よりムカつくのは。ハボックの脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ。こちらも同じく彼の上司だ。
(あんたにはホークアイ中尉がいるだろうによ)
そうなのだ。誰より男に尽くし、何時でもそばにいて、ロイを支え続けてている――そんな女性。端から見ていてもロイに上司以上の想いを抱いている女性。彼女という存在が在りながら、日々複数の女達とデートを繰り返し、あまつさえこんな風に人目をはばからず艶事を行うロイのその神経が、ハボックは一番腹立たしいのだ。
もちろん二人はただの上司と部下で恋人同士ではないのだから、こんな風にハボックがやきもきしてロイに怒りを感じるのはお門違いなのであるが。そう理解していても、やはり理性と感情は別腹なのである。
その時、唇を奪われ続けている女がロイに腕を伸ばした。たおやかな白い腕が男の首に巻き付く。まるで縋るように男に身を任せている女。
それ以上の光景を見ていたくなくて、ハボックは踵を返していた。煙草は違う銘柄で我慢して雑貨屋に行くのは諦めることにする。
しかし、ロイの指に絡みついていたハニーブロンドが目に焼き付いて離れない。
(くそっ)
三度内心で毒づいて。ハボックは足早に路地を抜けていく。
――今夜は何ともすっきりしない胸くそ悪い夜になりそうだった。


別銘柄の煙草を吸って一夜を明かしたハボックの調子は、いまいちだった。もちろん仕事に影響など出さないが、何となくいつもの調子がでない。しかしそれでも何とかその日の仕事に区切りを付けて、ハボックは自分のデスクの上にぐたーっと身体を投げ出した。
「あーだりい……」
「ハボック少尉。そういうことは思っていても口に出さないの」
隣の机で書類整理をしていたリザが聞き咎めて注意してくる。だが、窘める口調はキツいものだが、その表情はどこか優しい。仕事が一段落ついたからか、それとも何か良いことでもあったのか。最近ようやくこの表情に乏しい女性の感情の機微を読みとる事が出来るようになったハボックは、思うままにリザにその疑問をぶつけてみた。
「……なんか、良いことあったんスか?」
「え……?」
驚いたように少しだけリザは目を見開く。それでも表情に劇的な変化が無いあたり流石だが、しかしそのわずかな反応だけでハボックは己の問いが肯定であることを察していた。
「あ、やっぱり。いいことあったんスね」
断言するように指摘すれば一瞬だけリザは瞳を伏せて。だが次の瞬間にはじっとハボックを見つめ返して来た。
「……いいえ。特に何もないわよ」
そこいたのはいつものクールなホークアイ中尉だった。彼女は更に言い募ってくる。
「そういう少尉こそ、顔色がよくないわね。具合でも悪いの?」
明らかに話題を変えようとしての台詞であったけれども、リザの淡々とした態度に気圧され、それを指摘するのはハボックには憚られた。
「え? ああ、そうッス。昨日いつもの煙草を買い損ねて、別のにしたらな~んか調子でなくって」
そして、ついつい彼女に乗せられるままに自分のことに話題を移してしまう。
「あら? あなたが煙草を切らすなんて珍しいのね。いつもカートンで買っていそうなのに」
「いやあ……だから昨日の夜急いで買いに行ったんス……け…ど…」
「けど?」
そこでハボックは動きと言葉をピタリと止めた。急に黙りこんだ部下にリザが訝しげな瞳を向けてくる。その視線を受けて。ハボックの脳裏には昨日の一件の光景が今、まざまざと蘇っていた。
金髪の女と濃厚なキスシーンを演じていた、男。そして、目の前に居る、その男を慕う女。
おそらく、この時のハボックは魔が差していたのだろう。いつもの彼だったならば絶対に口が裂けてもそんなことは言わなかった。しかし、この時のハボックは昨夜からの合わないニコチンの吸い過ぎのせいか、少々感覚が麻痺していた。それを言ったら、目の前の女性がどう思うか、もしかしたら悲しむかもしれない、心を痛めるかもしれない……そんな考えなど頭の片隅にも無かったのだ。故に、彼はその言葉の先を口に出してしまうのである。
「……店に行く途中の路地で大佐が女とラブシーンしてまして。気まずくて引き返しちまったんス」
言った瞬間に、ハボックはしまったと思った。しかし、もう遅い。一度口から出た言葉は取り消せない。おそるおそるリザの顔を伺うが、意外にも彼女は表情を変えてはいなかった。ただ、ぴくりっと眉が動いたのみである。
「いやあ、さすが我らが大佐殿ですよねえ……羨ましいッスよーあ~んな美人とね――」
リザが無言であるので、居心地が悪くてついついハボックは余計なことまで口を滑らせてしまう。すると、それまで沈黙していたリザが口を開いた。
「……顔を見たの?」
あくまでも無表情であったが、その声には何か気迫の様なものが感じられた。そして、ハボックを見つめる瞳は鷹の目の輝きが宿っている。何かとてつもなくマズい状況に置かれているような気がしたが、ハボックはリザの問いに答える。
「いーえ。後ろ姿だけしか見てないスけどね。でも、ありゃあ、相当な美人ッスよ。見なくても分かります」
「そう……」
ハボックの言葉にどこかホッとした様にリザが息を吐いた。そこで、ハボックの内に疑問が首をもたげた。
……どうしてホークアイ中尉は大佐の相手が美人だってことにホッとしてんだ? そこは普通女としては逆ではないだろうか。
いまいちリザの女心が理解出来なかったが、ハボックは己に芽生えた疑問は取り敢えず置いておいて話題を続けることにする。
「やーしかし、さすがに路地裏とはいえ外であーいうことをするのはどうかと思うんスよね~。まー古くさい価値観かもしれませんけど、やっぱり男女のお付き合いっていうのはそれなりの節度ってもんを持たないとダメだって俺は思うんスよ。ホークアイ中尉からも大佐に言ってやって下さいよー」
つらつらと言い募るうちに、少し気分が乗ってきてハボックの口はますます滑らかになる。
「大佐だってもういい歳でしょ? 十代の若者じゃああるまいし、ましてや責任ある立場の仕事についてんスからっ、何やってるスかねーみっともない。相手の子もずいぶんと積極的で……ほんと近頃の女はどうなってるんでしょうねー。もう少し慎みってもんを持つべきだと思いますよ?」
この際だ、と言いたい放題ロイへの不満をぶつけてやると幾分ハボックの胸の内はスッキリした。多少口が滑りすぎた気もしないでもないが、日頃の鬱憤が晴れたおかげで今のハボックはそれに気づかない。
「……そうね。気をつけるわ」
だから、リザがそれをまるで自分の事のように反省した顔でそう答えるのにも、気づかなかった。そして、ますます調子に乗ったハボックはとうとう自ら地雷を踏み抜いてしまうのである。
「まあ、ずいぶんと綺麗な子だったみたいだし、ああいう子ほど根が大胆なのかもしれないッスね。……って言っても後ろ姿しか見てないんスけど。それにしても綺麗な髪をした子でしたよ、なんつーの、蜂蜜色の髪、ハニーブロンドってやつっスか? 艶々サラサラしてて……そう、ちょうど中尉みたいな色ですよ、長さもこう……そう、中尉くらいのなが…さ、で…………」
そこでハボックは口を噤んだ。リザの髪を指さす己の指を見て、そして、リザの髪を見る。その仕草をもう一度繰り返して。
「はははは……、そう、もう……そっくりっていうか……そのまん、ま……」
じっと己を見つめるリザの視線がハボックに突き刺さっていた。部屋の温度が十度は下がった様な気がする。ハボックの背中を冷たい汗が滑り落ちていった。
「え~と、俺、ちょっと用を思い出して……」
そそくさと立ち上がろうとした彼の背中をがっしりとリザが掴んだ。まるで逃がさないと言わんばかりの力加減。
「…………少尉。大事な話があるのだけれど。ここでは何だから、そうね、大佐の執務室で。良いわよね?」
限りなく低い声がリザから発せられる。既にその言葉は疑問系ではなく命令系である。
「はい……」
まるで罠に捕まった兎の様に大きな体を小さく縮こませて。ハボックは鷹の目に連行されていく。


――この時ハボックは本気で自分の命の心配をした。


結局ハボックはこの後、無事に生還を果たす事が出来た。むしろ命の危険に陥ったのは恋人にたっぷりとお灸を据えられていた、おいたが過ぎた男の方だったのだろう。当分デートは無し、スキンシップも禁止と恋人に宣言されて彼は本気で涙目をしていた。
そんな痴話喧嘩を目の前で見せつけられて、そして、ロイとリザの関係の真実を知ったハボックは、複雑な気持ちを持て余していた。以前から察してはいたが、彼らの間には他の誰にも立ち入れぬ絆がある。その絆に男女の愛情が介在していることを知って、納得と同時に、ひどく残念に思う自分がいたのだ。そう、やっぱりそうなのか、と。
……少しだけ心が痛いのは、どこか隙間が空いてしまった様に思うのは、きっと気のせいだと思いたい。
そうして己の心の在り様に無理矢理ピリオドを打ちつつ、ハボックはようやく手に入れた馴染みの煙草をくゆらせた。




END
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by netzeth | 2013-02-07 00:20 | Comments(0)