うめ屋


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あなたに夢中

ちょうど良い具合に仕事の区切りが付いた午後三時。
タイミングを見計らったように席を離れていたホークアイ中尉が、ティーセットを乗せたトレイを持って入室してきた。
「大佐。少し休憩をなさって下さい」
朝から真面目に仕事をしていたおかげか、彼女の言葉は優しい。中尉がトレイを応接用の大きなテーブルに置くのをちらりと横目で確認してから。私は書類を手繰る手を休めて椅子から立ち上がった。そしてその時、中尉がこちらに注意を払っていないのを確認した上で、机の引き出しから素早くとあるものを取り出してズボンのポケットに放り込んだ。そんな私の様子には気づかず、中尉はお茶の準備をしている。
「あーー中尉」
私はゴホンっとわざとらしく無いように咳払いをしてから、彼女に話しかけた。
「はい?」
お茶の準備に余念が無い様子だった中尉は唐突に話しかけられたのに驚いたらしい、愛らしい瞳をパチパチと見開いて私の方を向いた。
「悪いが、この書類の七枚目の具体案を述べた文章が不明瞭でな。少し君が見てくれないか?……何、お茶は私が見ていよう」
茶葉の蒸らし時間が気になるようで、ティーポットから目を離すのを躊躇っている彼女に私はそう告げると、納得したのか中尉は立ち上がって私の机の前に来る。
「では、お願いいたします」
彼女と入れ替わる様に私はテーブルに置かれたティーセットに近づくと、中尉が書類に目を落とした隙をついて素早く行動を起こした。ズボンのポケットから先ほど引き出しから持ってきたガラスの小瓶を取り出す。中にはピンク色に輝く液体。いかにも怪しげなそれを、私は用意されていたティーカップの片方へと入れてから、わざとらしく声を上げた。
「もう、良いみたいだな」
そして、ティーポットから熱い紅茶をたっぷりとカップへと流し込む。中にたまったピンク色はあっと言う間に紅茶色と混ざって消えてしまった。
よし。うまくいった。私は内心でガッツポーズを決めながらも、顔は極力平静を保つ。意識して頬の筋肉を引き締めていないと、自然と弛んできてしまうのだ。……彼女がこれを口にするまでは、我慢我慢。
私は不自然にならぬ様に自分用のカップにも茶を注いで。それから、中尉に声をかけた。
「中尉、お茶の準備が出来たぞ。冷める前に飲んでしまおう」
「え? あ、はい。すみません、大佐に全部させてしまって……」
書類に集中していた彼女は私の呼びかけに反応して、書類を一端置くと申し訳なさそうな顔でこちらにやってくる。上司である私に茶を淹れさせてしまったのが、きまりが悪いのだろう。
「いいさ。書類の確認を頼んだのは私だからな。ほら、上官手ずからのお茶だ。ありがたく飲みたまえ」
オドケた調子で片目を瞑ると、中尉も顔を綻ばせる。すっかり油断しきったその様子がとても可愛くて、私の胸は期待に躍る――そう、これから起こるであろう彼女とのラブ・ハプニングに。
何を隠そう、私が先ほど彼女の紅茶に淹れたもの。その名を「あなたに夢中」という……ほれ薬である。ほれ薬なんて怪しい眉唾もの信じる方がどうかしているのかもしれないが。しかし、この薬を持ってきた男――ヒューズは、絶対に効くから試してみろと疑う私にこれを押しつけていった。奴が言うにはこれで何組ものカップルが誕生した…らしい。最初は半信半疑だった私なのだが、試しに近所に居たメス猫に試したところ、たちまちそばに居たオス猫にメロメロになったという実験結果を目にして、考えを改めた。……これは試す価値ありだ、と。使う相手はもちろん、私が愛して止まない我が副官リザ・ホークアイ中尉だ。普段は素っ気なく、私に対してツレナい態度の彼女もこれを飲めばイチコロ。私に対して素直になってくれるはずなのだ。なにせ、付属の効能説明書には、「これで彼女の目には貴方は薔薇の国の王子様に写るでしょう」や「彼女はメロメロ夜にご奉仕したくなっちゃう☆」などなど私の心を擽る文句が記されていたのだ。これは期待するなという方が無理だ。
「ありがとうございます」
中尉は控えめに微笑んで、私の手からティーカップを受け取った。私は彼女の薔薇色の唇を注視する。もうすぐ…もうすぐ…だ。もうすぐあの唇が私のものに……。彼女はゆっくりとカップを口元へと持っていって。
「あ、大佐」
何かに気づいたように、手を止めてしまった。
ま、まさか……気づかれた?
私の企みがバレたのだろうかと、心臓がドキッと跳ねる。しかし、それは杞憂であった。
「お砂糖を入れ忘れていますよ、もうっ……」
無糖派の彼女に対して、私はいつも砂糖たっぷり派である。そして、そのたっぷり具合を中尉は正確に把握していて、私の好みの甘さにいつも紅茶を仕立ててくれるのだ。
「ほら、貸して下さい。お砂糖入れてさしあげますから」
私の手からカップを奪った彼女の甲斐甲斐しさと、私を困った人だと見つめる瞳に、私は心秘かに思う。……なんだか、ほれ薬なんか使わなくても良い気がしてきた。
結局、こんな風に私の世話を焼いている彼女は、私以外の男なんて眼中に無いのだろうし。
だが、それでも。
もっと、と。その先を求めてしまう己の貪欲さに私は逆らえない。彼女の全てを自分のものにしたい。……それが例えこのような手段を用いた結果であっても、それで良いと思えてしまうほどに。私は彼女を欲しているのだ。
「大佐?……大佐っ、紅茶、出来ましたよ?」
中尉の声に私は我に返った。
思いに沈んで、一瞬現実を忘れてしまったようだ。訝しげにカップを差し出している彼女に、私は慌てて取り繕う。
「あ、ああっ…中尉。ありがとう」
笑みを乗せて礼を言えば、中尉はほんのりと頬を染めて嬉しそうな素振りを見せた。……やっぱり、ほれ薬いらない気がするな。
だが、彼女は私にカップを渡すと自分用の紅茶に改めて手を伸ばし…とうとう口にしてしまうのだ。
私はその様子を固唾を飲んで見守った。いよいよという緊張感にノドが乾いて、私も自らの紅茶を口にする。
一口、二口。
緊張感を誤魔化す様に、お茶でノドを潤して。その間に中尉もカップの紅茶を飲み干していく。やがて、彼女は全てのお茶を飲み終えて、テーブルの上にことり、とカップを置いた。
「それで、大佐。先ほどの書類ですが…特に分かりづらい表現などは無かったようですが、具体的にどの部分が――」
「待て!!」
何事も無かったかの様に話始めた中尉に、私は全力で待ったをかけた。
「何ですか?」
小首を傾げる可愛らしい仕草をする彼女。しかし、そんな事に惑わされている場合ではない。
「……どうしてっ、いや、そんなはずは……」
実験によるとこの薬の効果は超速攻性であったのだ。飲んで私を見た瞬間、中尉は私にメロメロになるはずなのに!
「……なあ、中尉。私の事、どう見える?」
「はい?」
「ど・う・見・え・る?」
「別に普通の大佐に見えますが……」
「薔薇の国の王子様に見えないか?」
「は?……大佐。頭、大丈夫ですか?」
眉を顰める彼女の肩を、私は必死の形相で掴んで揺さぶった。期待が大きかっただけに、絶望感が半端ではない。
「夜にご奉仕☆したくなっていないか!?」
「ちょ……何を……」
彼女の反応は変わらない。
私にメロメロになってもいない、百パーセントいつも通り変わらぬリザ・ホークアイである。
夢に描いていた、数々のラブシチュエーションがガラガラと音を立てて崩れていく。私は頭を抱えた。
「そんなはずないんだ!!」
己の机に足早に駆け寄ると、引き出しをあけてほれ薬の入っていた箱から紙を取り出す。それに目を落として。
「あの…大佐?」
「ほら、見ろ!! ちゃんと取り扱い説明書にも書いてあるんだぞ!? これを飲めば「あなたに夢中」って!!」
近づいて来た中尉の鼻先に私はその紙きれを突きつけた。もはや夢中で、自分でも何をしているのかよく分かっていなかったのだろう。彼女はその取り扱い説明書にゆっくりと目を通している。
「どうだ!? ちゃんと書いてあるだろう!?」
「はい、書いてありますね。……でもこうも、書いてありますよ」
興奮している私に対して、彼女はあくまでも冷静であった。いつも通りの変わらぬ冷静沈着なホークアイ中尉。
「なお。もう、「あなたに夢中」な人には効きませんって。……だから効いてないんじゃないんですか」
「なっ……」
私は言葉を失った。
そして、彼女の言葉の意味を反芻する…つまりそれは、もう、彼女は私に夢中だということか…? だが、今の私にはどうにもそれは信じ難くて。……やはり、薬はまがい物でただ効いていないだけなのでは? というかその可能性の方が高い気がしてしまって、つい、彼女に反論してしまう。
「どうしてそう言い切れる!? ただ、薬の効能が嘘なだけだろう!?」
「……だって、それ。私も貴方に盛りましたもの」
「んな!!」
ぽかんと口を開けた私に、彼女は懐から私が持っていた小瓶と寸分たがわぬ同じものを出して見せる。そして淡々と事実を告げた。
「私もヒューズ中佐に頂いたもので。先ほどの紅茶に入れさせて貰いました。まさか、同時に大佐も私の物に同じ薬を入れているとは思いませんでしたけど」
私は口をぱくぱくと開け閉めする。展開に付いていけず、うまく呼吸が出来ない。まるで、金魚の様だ。そんな私を彼女は艶然と微笑んで見やって。
「……これで証明になりませんか?……つまり、私も、あなたも。こんな薬盛るくらい、相手に夢中なんですよ」
薬なんていりませんね。

――そう言葉を付け足した中尉に、私はもう二の句がつげなかったのであった。




END
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by netzeth | 2013-02-21 01:57 | Comments(4)
Commented at 2013-02-24 16:51 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by うめこ(管理人) at 2013-02-24 18:23 x
>慧茄 様
こんにちは。コメントありがとうございます!
メールの件お気になさらないで下さい~(^^)本をお手元に無事にお届け出来たならば私としては充分でございます☆というか、送ったと思っていたメールが実は送ってなかった!ってよくありますよね。私もよくやります(笑)
本に対して嬉しいお言葉を頂き、感激です(*^_^*)読者様からそのように言って頂けるのが一番の元気の素でございます☆また、書くぞ~!と一層気合が入ります♪ ありがとうございます!
どうぞ通販またお待ちしておりますので、こちらこそよろしければお願いいたします!<(_ _)>
それでは~。

Commented at 2013-03-09 17:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by うめこ(管理人) at 2013-03-09 23:47 x
>慧茄 様

こんにちは、再びのコメントありがとうございます♪
一昨年に鋼にハマられたのですね!まだまだ鋼好きの同志様がたくさんいらっしゃるかと思うと嬉しいですヽ(*´∀`)ノ
そのように拙作を楽しみにして頂けているのかと思うと、大変励みになります☆ありがとうございます(^^)本の執筆も通販も、もりもり頑張っていきますので、こちらこそよろしくお願いいたします!
ではでは~。