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by netzeth
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独身女性が犬を飼い始める理由

久しぶりに自宅でのんびりと夕食をとる事が出来たリザは手早く片づけを終えると、居間で良い子に待つ愛犬の傍らへと赴いた。床のラグの上に直接座って、可愛い彼と目線を同じくする。ご主人様に遊んで貰える! とブラックハヤテ号は、激しく尻尾を振ってリザにじゃれかかってきた。
まだ小さな子犬とはいえ、全力ではしゃぐ黒い毛玉に向かって来られるとさすがのリザもよろけ気味になってしまう。
「こらっ、もう……ハヤテ号? ちゃんと遊んであげるからちょっと落ち着きなさ…もうっ! ふふ……くすぐったいったら…」
ペロペロと手加減なく頬を舐めてくるやんちゃ坊主に手を焼きながらも、その背を撫でる手つきは優しい。リザもこの小さな新しい家族が、自分の元にやってきた事を心から嬉しく思っているのだ。子犬の頭やノドをこれでもかと撫でてやってから、リザは同僚から貰った犬用のおもちゃを用意する。それは猫じゃらしのように棒の先っぽにふさふさした毛が付いてるものだ。これで遊んでやると、ハヤテ号はたいそう喜ぶ。
そして早速棒を子犬の鼻先で振ってやろうとした時の事だった。おもちゃに気を取られていたハヤテ号が突然耳をピンっとあげて、何かに反応するように立ち上がった。
「どうしたの、ハヤテ号?」
彼は尻尾を振りながら、そのまま玄関まで走っていくようである。するとそのタイミングで扉がノックされた。
こんな時間に来客だろうか。
まだ子供とはいえ、さすがに犬。人が来るのを察知したのだろう。頼りになるわね、とリザはハヤテ号に歩き寄って彼の頭を撫でてやると、扉の向こうに誰何の声をかけた。
「はい。どなたですか?」
「私だっ」
それだけで分かるのが当然とばかりの不遜な名乗り。思わずどちらの私さんですかとリザは意地悪く問い返してやりたくなったが、もう面倒になったのと、彼の声が少し焦っているように聞こえたので黙ってドアを開けてやる事にする。
「大佐……来るなら来ると連絡くらい欲しいのですが」
いくら気安い仲だと言っても、それなりの礼儀は通して欲しい。リザだってロイが来るならば、いろいろ準備をしたい事もあるのだ。
「お夕食はもう済まされたのですか? 私はもう終えてしまいましたから、残り物くらいしか出せませんよ」
そんな小言で出迎えてやると、彼――ロイはリザの顔を見るなりがばっとその両肩を強く掴んで来た。
「えっ…ちょっ…大佐?」
「中尉!」
部屋に入っていきなり? とか一瞬馬鹿な考えが脳裏を掠めてリザは慌ててそれを打ち消した。まるで期待しているような思考回路だと恥ずかしくなる。
しかし、ロイは鼻息も荒くリザに詰め寄って来る。よくよく見てみれば肩で息をして、額に汗を浮かべていたりする。まるで、全力で走って来ましたと言わんばかりのその様子にリザは首を傾げるばかりである。
「あの…どうかしました?」
ロイの迫力に押されて若干引きながらも、リザは彼に問いかけてみる。そんな二人の足下ではどうしたの? と言わんばかりに黒い子犬がくるくる回っている。どうも、リザ達が遊んでいるのだと思い、自分も仲間に入れて欲しいようだった。思わずリザはそんなハヤテ号の頭に手を伸ばして撫でてやった。リザとしてはちょっと落ち着きなさい、という意味合いの何気ない仕草だったのだが、
「やっぱりそうなのだな……」
リザの行動を見てロイが訳の分からない事を言っている。
「大佐?」
いい加減リザも焦れてきて、少し強い口調でロイを呼べば。彼は両肩を掴む手に力を込めて来て、さらにはずいっと顔を近づけてきた。そして、
「私が君を娶る! 心配するな!!」
とまたも訳の分からない事を叫びだした。
「はい?」
いきなりそんな事を言われても反応に困って、とにかくリザはロイの興奮をおさめるべく実力行使に出る事にした。……いつまでも玄関先で騒ぐのもいただけないし、ロイがこんな状態では話も聞けない。
素早く手を腰に伸ばして、リザはそれを抜き出す。そして、ごりっとロイの顎下に押しつけた。
「……とにかく。落ち着いて下さい、大佐。そうしないとうっかり手が滑りますよ?」
顎下に冷たいブローニングの感触を感じたロイが、その瞬間ぱっとリザから手を離して両手を上げた。……成果は上々だったようだとリザは満足する。
「……落ち着いたよ、中尉」
「それはようございました。では、中へどうぞ」
「君、何かあると銃を出すのそろそろ止めようよ……なあ? ブラックハヤテ号?」
リザの銃弾のお仕置きを受けた同士として、ロイは子犬に語りかける。きゃん! と意味を分かっているのかハヤテ号は一声鳴いて返事をした。
「……何か言いました?」
「いや、別に」
ぶつぶつ言うロイを置いて、リザは子犬を抱き上げるとさっさと部屋に戻っていく。するとロイは大人しくその後をついてくるようだった。


「で。一体どうしたというんです。いきなり押し掛けてきたかと思えば訳の分からないことを言い出して」
「訳の分からないって。一応、プロポーズみたいな内容だったのに……もうちょっと何か反応してくれもいいんじゃないかね?」
「……貴方の戯れ言にいちいち付き合ってはいられませんから」
「戯れ言……」
何やら目の前でしょんぼりしている三十路前の男にお茶を出してやりながら、リザは今夜の突然の訪問の理由を尋ねていた。
出された紅茶をごくごくと飲み下したロイはようやく、一心地付いたのか、ふうっと息を吐き出すとリザに答えてくる。
「実は先ほど司令部近くのカフェで、夕食をとっていたんだが……」
ロイは仕事を終え司令部を出ると、今日非番だったリザの元へ行こうかと考えたそうだ。しかし、リザに行くとは告げていないので夕食を世話になるのは申し訳ない、と目に付いたカフェで適当に食べていくことにしたという。
「それでだな、そのカフェで注文をして、適当に新聞でも読んでいたんだ……」
ロイが立ち寄った店はちょうど夕食時で、仕事帰りの女性やら、カップルやらで混雑していたらしい。ロイのちょうど背後の席にも友達同士らしい女性達が座っておしゃべりに花を咲かせていたそうだ。
「彼女たちの話が耳に入って来てね、私は何気なくその内容を聞いていた。まあ、最初は恋愛や趣味の他愛の無い話だったのだが……」
そのうち彼女達の仲間の一人が犬を飼い始めたという話になったという。
「そこでその女性達の一人が言ったんだ。……私にとってとても聞き逃せないことをっ!」
そこでまたも興奮が蘇ったらしいロイが、ダンっと目の前のテーブルを叩いた。
「おやめ下さい、大佐。人のうちの器物を破壊しないで下さい。……ハヤテ号もびっくりしています」
ティーカップが空だったのは幸いだったろう。倒れたそれをそそくさとロイが直している。リザは膝の上に置いたハヤテ号を大丈夫よ、と撫でてやった。大きな音に驚いていた子犬は安心したのか主人の手に甘えてくる。その様を何故かロイが、焦った様子で見つめてきた。
「やはり……手遅れなのか……?」
「何をおっしゃっているんです。……で。その女性が何を言ったというのですか?」
逸れた話題を戻して、早く言えとばかりにロイを促せば、彼は悩むようにしばし沈黙してから。ゆっくりと話始めた。
「…………二十代半ばの独身女性が犬を飼い始めるのは、結婚を諦めたからだと」
「は?」
その言葉があまりにもあんまりで、思わず間抜けな返事を返せば、ロイは更に言い募ってくる。
「彼女達曰く、やばいわよ! それっ、雑誌の特集にも書いてあったけど、お一人様フラグってやつよっ……らしい。――中尉。諦めるのはまだはや……」
「……待って下さい」
寄ってしまった眉間の皺を指でほぐしつつ、リザは深刻に悩んだ。まさか彼は本当にそれが心配で、それだけのためにリザの部屋に来たというのか。
「大佐……。大佐の地位にあろうかというお方が、そんな妄言に惑わされないで下さい。そんな事はただのマスコミの流言です。実際に犬を飼ったと言ったって全ての女性が結婚をしない訳ではありませんよ」
「だがっ!」
まだ納得出来ないらしくロイは食い下がってくる。
「だが、じゃあ実際君はどうなんだ? どうしてこいつを飼う気になった? 生活が不規則で仕事が忙しい君が何も無理に飼わなくても、もう少し探せば里親は見つかったかもしれない。他に飼う者が居なかったから――というのは君がこいつを飼う理由にはならない」
やっぱり……とまだ勘ぐってくるロイにリザはため息を吐いた。言ってしまってもいいものか、多少気恥ずかしいのもあってリザは迷うが。しかし、今のロイに対しては適当な理由で答えを濁せそうにない。嘘を吐けば見抜かれるだろうし、何よりリザはロイには嘘をつきたくないのだ。
はあっともう一度ため息を吐いたリザは、仕方なく話す事にする。――自分が子犬を引き取ろうと思ったそのささいな理由を。
「この子……黒毛に黒い瞳じゃないですか」
「あ、ああ…そうだな」
子犬を優しく撫でてやりながら、リザは話す。ロイは彼女が何を言うのかと、息を呑んで聞いている。
「だから、貴方と同じだなって思ったら情が湧いてしまって、もう放って置けなくて……」
「…………」
「……あの、大佐?」
沈黙したロイを訝しんで、リザは彼の顔を見つめた。それと同時にロイはリザの両肩をまた掴んでくる。……力が強すぎて痛い。
「……中尉!!」
「はい?」
「……私には! 君を! すぐに!! 娶る準備がある!! というか、すぐに娶りたい!!」
「ちょっ、またそれですか!!」
何故か再び興奮した様子で迫る男を、リザは必死に押し止める。
なんだかんだ言って仲の良いそんな二人を見上げて、子犬が尻尾を振っていた。





END
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by netzeth | 2013-03-10 21:20 | Comments(0)