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by netzeth
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危惧

ロイ・マスタング。二十九歳独身。大佐。軍では東方を守護する司令部の司令官であり、日々その辣腕をふるい中央軍司令部での覚えもめでたい若手のエリート。私生活では年下で美人でナイスバディな可愛い恋人がいる。そんな人生の勝ち組である彼には最近悩みがあった。他でもないその可愛い可愛い恋人に関する事である。


「いらっしゃいませ、大佐」
仕事を早めに切り上げてロイは意気揚々と恋人の部屋を訪ねていた。特に約束をしていた訳ではないが、彼女はロイがやって来る事を予想していたらしい。特に驚かれる事もなくロイは部屋へと招き入れられた。
「おお…ハヤテ号。元気か?」
途端によってきた黒い毛玉――もとい彼女の愛犬を撫で回してやる。ぐりぐりと頭を押しつけて喜ぶ子犬は可愛いやんちゃ盛り。ちぎれんばかりに尻尾を振って遊んで欲しいと飛びついてきた。
「そうかそうか。よしよし、まあ、待て。すぐに遊んでやるからな」
「こら、ハヤテ号。待て!」
コートを脱ぐ暇も与えられず突進してくる黒犬を苦笑しながら宥めていると、すかさず彼の主人から厳しい号令の声が飛んでくる。瞬間ハヤテ号はその場でぴたりと動きを止めて大人しくお座りした。心なしかしゅんとうなだれている。
「すいません、大佐。ちゃんと躾はしているんですけど…楽しい事があるとつい我を忘れてしまうんですね」
「いいさ。まだ子供だろう? そんなに厳しくしなくても自由にのびのびとさせてやれば」
「そう言う訳にはまいりません。躾は早いうちでなくては……どんな事でも早いうちに何とかしておかなければ後悔することになるんですよ?」
まるで我が子の将来を心配する母親のような顔でため息を吐くリザに、ロイは心から同意した。
「そうだな」
(早いうちに何とかしないとな)
そして、ロイはリザの部屋を見渡す。
落ち着いた色合いのファブリックにシンプルな家具。彼女の性格を如実に表しているかのような部屋。その部屋に不釣り合いな金属製の器具が置いてあった。それもいくつも。
(……前に来た時よりも増えている)
初めてロイがこの部屋を訪れた時は何も無かった。本当に殺風景な部屋過ぎて、ロイは来る度に手土産として可愛らしい雑貨や便利な日用品などを持参してきたものだ。それらはロイの訪問の度に増えていき、リザの部屋に彩りを添えていった。
――そう、原因はその一つ。ロイが持ち込んだあるものがロイの悩みの元凶であったのだ。


ハヤテ号とたっぷり遊んでやってからロイはリザと二人で夕食をとった。それから、リビングで食後のお茶をしながらのくつろぎタイム。足下では遊び疲れたハヤテ号が丸くなって眠っている。恋人同士のささやかな一時。ロイがもっとも安らぎを感じる瞬間だ。
「あ、いけない。もうすぐだわ」
時計を確認したリザが立ち上がって、棚の上に置いてあるラジオのスイッチを入れた。ロイがリザに贈った最新型だがレトロな風合いのあるお洒落な一品である。ラジオくらい社会人なのだから持ちたまえ。情報収集に役立つぞ。そんな言葉と共に彼女に贈ったそれを、ロイは忌々しげに見た。恋人との一時を無粋にも邪魔し、そしてロイの悩みの原因となっているそれを。
『今夜も貴方と夢の一時~イーストネット~イーストネットマルタ~』
軽妙な音楽と共に流れる歌は、昨今イーストシティで流行っているラジオ通販番組のテーマソングである。
『さあ今夜最初のご紹介は…魚の動きで腹筋をシェイプ! あら不思議これを毎日寝ながらほんの十分使うだけでまるで板チョコレートのように腹筋がバッキバキに割れます! フイッシュムーブ腹筋マシーンです!』
胡散臭い男の声が高らかに筋トレマシーンを売り込む。ラジオ通販はこういったダイエットマシンが人気商品である。
ロイはそっと隣に座る恋人の顔を盗み見た。彼女は真剣な顔でふむふむとラジオに聞き入っている。
『今なら! なんと一つのお値段でもう一台付いてくる! さらに!! 三十分以内にお電話頂ければ送料は無料とさせて頂きます! さらにさらに、このラジオ番組をお聞きになった方だけのサービス!! 先着十名の方に近日発売予定のエクササイズマシーンの割り引き券をプレゼント!! さあ、今すぐにじゃんじゃんお電話下さい!! 先着順ですのでお急ぎを!!』
「大変…!」
「……待て」
立ち上がって電話に向かうリザの腕をロイは必死に掴んだ。そりゃあ、もうかなり必死に。
「何ですか、大佐。離して下さい。先着順ですから急いでいるんです」
「まさか買う気なのか? 今の魚マシーンとやらを」
「ええ? そのつもりですけど」
押し殺した声で問うとリザはあっさりと頷く。
「……君が自分の給料で買うものだ。私が文句を付ける筋合いではないが……」
そこで、ロイははあ……と深いため息を吐くと。
「見たまえ! 既にこんなに筋トレ器具があるんだぞ!? もう必要無いだろう!」
指し示した腕の先には、リザの部屋を占拠している怪しいトレーニングマシーンの数々。ぶら下がると鍛えられるという鉄棒や持って振るだけで全身運動が出来るというブレード。上に乗るとバランス感覚が養えるらしい大きなボールに屋内でウォーキングが出来るというマシーン。その他諸々…数え上げれば切りが無い程である。すべてリザがこのラジオ通販番組で購入したものだ。
「だいたい! 同じものがもう一台付いてきたって邪魔なだけだろーが!!」
「……それは、大佐に差し上げようかと」
「いらん!!」
全力で断ると不満そうな顔をする恋人にさらにロイは言い募る。
「筋力トレーニングなら司令部にトレーニングルームがあるだろうが! 何も君が自宅でまでこんな事をする必要は無いぞ!!」
ロイが持ち込んだラジオのせいでリザが怪しい通販番組にハマってしまった。そして、彼女はそこでこの怪しい筋力アップマシーンを買い込んでいるのである。リザの部屋を訪れる度に増えるその数々にロイはずっと不安と危惧を抱いていたのだ。
「見ろ!」
「きゃ…!」
掴んでいたリザの腕を引いてロイは彼女をソファーのうえに押し倒す。素早くセーターを捲り上げて、その素肌を露わにした。這わされた男の手にリザが可愛らしい悲鳴を上げるが、ロイの手に伝わってきた感触はちっとも可愛らしいものではなかった。
「君の腹が…割れて来ている!!」
白くしなやかなのは変わりないが、うっすらと筋肉が乗った女の腹にはごつごつと固い割れ目が出来ていた。すべすべもちもちだった感触が固い筋肉へと取って代わられてしまったのだ。これを悲劇と呼ばずになんとするのか。
「……私は軍人です。体を鍛えて何が悪いんですか」
「……ものには限度というものがある。鍛えるのも。無駄な衝動買いも」
反論するリザをロイはねじ伏せた。彼女も少し無駄遣いしている自覚があったのだろう。痛いところを突かれたという顔をして黙ってしまう。
「軍人として鍛えたいという君の思いは美しいがね……」
リザの腹を撫でながら、ロイはそこに口づけを落とした。リザが小さく息を吐く。
「それでも、アームストロングのような筋肉ダルマを抱くのは私はゴメンなんだ」
「……大佐!」
言葉と同時に白い腹を舐め上げれば、リザが再び抗議の声を上げた。
「……何を…これも仕事の…軍務のためです……」
それも引いては部下としてロイの役に立つという、すべてはロイ自身の為。直向きなリザの視線を受け止めて、ロイは苦笑する。
「仕事のためというならば、柔らかな女の体もやはり仕事のためだよ」
「どういう意味…ですか?」
「君の体は私の癒しだからな。……抱き心地が悪くなっては困る」
私が欲求不満になったらそれこそ、仕事に支障が出るというものだよ。
そんな風にうそぶく男をリザは睨みつけた。それも、上目遣いで頬を染めていてはあまり威力は無かったが。
「これ以上鍛えるなと…?」
「いいや」
ロイは首を振った。軍人であるリザを否定する気は無い。だが、女としての自分をもう少し尊重して欲しいだけだ。
「何事もほどほどに…という事だ」
これくらいでちょうどいいよ。
そう囁いたロイの手が動き始める。
明確な意図を持って体に触れ始めた男の手を、しかしリザは諦めたのか退けようとはしなかった。
『次は……大人のリスナーの皆様に…ご夫婦仲をさらに盛り上げる……大人の玩具……』
ラジオからは商品紹介の声が相変わらず流れている。
それを聞きながらロイは笑った。
「どうせ買うならあれがいいな」
「……馬鹿ですか」
罵りながらもリザが首に手を回してくる。
誘われるままにロイはその唇を彼女のそれに落としていった。リザの体を抱きしめる。ほどほどに引き締まった体と柔らかな肉。
(やはり、これくらいがちょうどいい)
ムキムキマッチョなリザの幻影をようやく頭から振り払うと、ロイは愛しい恋人をその手に抱いた。




END
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by netzeth | 2013-04-29 15:22 | Comments(0)