うめ屋


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by netzeth
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ラッキースター

うっかりお気に入りのパン屋のクロワッサンを買い忘れたので、今朝の朝食は無しになってしまった。何か食べ物は無いかと探してみたが、ろくに料理をしない自分が食材など買い置いているはずもなく。冷蔵庫には先日錬金術で合成した怪しい化学薬品の入った瓶のみ。せめて食べられるものを入れておけ自分……と、情けなく思いながらも仕方なくロイはサイフォンでコーヒーを淹れる。そしてそれをずずずっと啜りつつ、ラジオのスイッチを入れた。
「今日のイーストシティのお天気は……晴れ…ところにより局地的なにわか雨が降るでしょう……」
いつもチャンネルを合わせているラジオ局の放送が流れてくる。それを聞きながらソファーに腰掛けて、ロイは新聞に目を通し始めた。何て事はない、ロイの朝の日常風景である。
「続いては……占い界に燦然と現れし女神…マダム・カーニーの……カニ占い……さあ、カニバサミが貴方の運命を切り裂く…果たして今日の貴方の運勢は……?……まずは〇月生まれの貴方……」
最近評判の占いコーナーが始まったようだ。確か、当たるんですよ! とフュリーが騒いでいた気がする。お前はOLか! とすぐにハボックに突っ込まれていたが。肝心のマスタング組の紅一点はこういった類のものには興味が無いようなので、フュリーの方が女子の流行物などに敏感だったりするのだ。何となく興味がわいて、ロイは新聞を読みながらもラジオに耳を傾ける。
「……×月生まれの貴方……」
自分の生まれ月だ。
ずずずっとコーヒーをまた一口、ロイは口に含んだ。
「今日の運勢は人生最悪でしょう……外に出ては行けません……何をしても災厄が貴方を襲うでしょう……仕事運、金運、健康運、恋愛運…どれも最悪です……救われる手立てはありません……何をしても無駄無駄無駄……その証拠にまず、貴方は朝食用のクロワッサンを買い忘れたはず……」
ゴブフっ。
ロイはコーヒーを吹き出した。それは新聞を茶色く染める。そのまま液体が気管に入ったロイは盛大に咽せた。
「海の美味しい海鮮食材…カニ様のお告げです……今日の貴方は外出をしては行けません……運命は全て貴方の敵に回るでしょう……」
ごほっごほっとロイはしばらくの間、呼吸困難に陥った。そしてなんとか気管からコーヒーを追い出すと、涙目でラジオを見つめる。
「……◆月生まれの貴方……」
マダム・カーニーの占いコーナーは何事もなく続いている。聞いてみると別の月は至って普通の内容で、不穏な内容だったのはロイの誕生月だけだったようだ。
「まさか…な……」
コーヒーで汚してしまった新聞を折り畳みつつ、ロイは独りごちる。
まるでロイを見ているかのような占い結果に思わず動揺してしまったが。まさか、こんなものが当たるはずがない…そう、ロイは自分を納得させた。ましてやロイは錬金術師だ。非科学的なものは信じない。そう…占いなんて信憑性の無いものなど。……そんな風に考えなければ今聞いた占い内容は怖すぎる。
「……うん。こんなものは、気のせいだ。気分の問題だ」
まさか、占い結果が最悪なので仕事に行きません…なんて事が出来る訳もない。ロイは仮にも東方司令部を預かる責任ある立場の軍人である。
そして。
そんなこと彼の副官に言おうものなら、そっちの方が人生最悪、まさしく命が危ない気がする。
――占いなんて当たらない。
そうやってもう一度自分に言い聞かせてから、ロイは家を出るべく支度を始めた。


「…………で。それが貴方がズタボロの状態で司令部に出勤して来た理由なのですか?」
目の前に立つ副官が呆れたような視線を向けてくるのに対して、ロイは己の執務室の机に座り重々しく語っていた。彼の両頬には絆創膏と傷用のガーゼ。髪の毛は心なしか薄汚れており、全体的にヨレヨレといった風体である。
「そうだ。私はマダム・カーニーを信じるべきだった。彼女はまさに私を助けるために天から降臨してきた女神だったのだ。……そう、私が今朝彼女の言う事を信じていれば、私は……朝家を出た途端に車に泥水を引っかけられ、その拍子によろけて転んで猫の尻尾を踏んづけて猫に顔をひっかかれて顔にミミズ腫れを作り、それが猫髭みたいになったせいで迷子の幼女に懐かれて、仕方なく彼女の親御さん探しをしている間に憲兵に変質者と疑われて職務質問されて、必死に東方司令部の大佐だと弁明するもこんな若造で威厳の無い大佐が居るわけないと侮辱され……あいつ左遷してやる!……なおかつ幼女を迎えに来た美人の母親に顔を見られて必死に笑いを堪えられて、幼女に猫髭のおじさんありがとうとか言われて……私はまだお兄さんだ!!……ようやく憲兵から解放されたら、突然集中豪雨に襲われて、傘と着替えを買おうと思って懐をさぐったら財布を落としていて、財布を拾って落とし主を捜してくれていた人と出会えたのはいいが、そいつが偶然にも指名手配中のテロリストで……テロリストが一日一善するんじゃない!……確保しようとして逃げられてイタチごっこの追いかけっこが始まって、途中でマンホールの蓋が空いていたせいで奴がそこに落ちて、思わず助けようとした私も巻き込まれて落ちて、下水道を何百メートルも流されて、何とかそいつを連れて上に這い上がった所でハボック隊と遭遇して、隊の奴らに色男の大佐もヤキが回ったようですね、すげー格好! そんなずぶ濡れじゃあ雨で無くても火は点きませんね! とかって笑われずに済んだんだ!! 結局財布は下水で流されてしまったしな!!」
「……テロリストを逮捕出来て良かったではありませんか」
「君の感想はそれだけかね!?」
だんっと机を叩いてロイは立ち上がる。
最初はボロボロのロイを見て心配してくれていたはずのリザは今、心底呆れたような…いや、もっと冷たい視線でロイを見ている。
「……それだけですよ。それで。どうしてそれが貴方が今日、この部屋を一歩も出ない理由になるのか、その方が私には問題です。午後から何件も視察や面会が入っているのですよ? それを全部キャンセルしろと?」
「君の耳は飾り物かね? 私の話を聞いていただろう!? 私の今日の運勢はマダム・カーニーの占い通りに最悪だったんだ! 彼女の言う通り、私は今日は外に出ては行けなかったんだ……。今からでも遅くはない。私は彼女の言いつけを守ろうと思うのだ……!」
「はあ……」
困惑したようにリザは眉間に皺を寄せている。
分かっている。いい歳した大人の男が何占いなんか本気で信じているのか、と言いたいのだろう。ロイだって今朝まではリザと同じ考えだった。しかし、これほどに占い結果が当たってしまった今となってはロイはどうしても占いを無視する事が出来なくなってしまったのだ。
「私はマダム・カーニーを信じる! いいか、今日は絶対にこの部屋から一歩も外に出ないぞ!!」
ロイがガンとして言い張るとリザは眉間にますます皺を寄せ、そしてロイをじっと見つめてくる。
……そんな顔をしても、ダメだ。
今日だけはリザにも負けまいと、ロイは自分の意見を固持する。すると、リザは根負けしたようにふうっと深いため息を吐いた。
「……分かりました」
「分かってくれたかね!? 中尉!」
厳しい副官を説得出来たか? とロイはその顔に喜色の笑みを浮かべる。しかし、リザはゆっくりと首を振った。
「貴方の言い分に納得したんじゃありません。……貴方をそのくだらない占いの呪縛から解放して差し上げる方法が分かったんです」
「何だって?」
リザの言葉が理解出来ずロイは戸惑う。
「……大佐。今朝の占いは、全ての運勢が最悪だったのですよね?」
「……そうだ」
「では、当然恋愛運も最悪だったんですよね……?」
「もちろん…そう…だ、が……中尉?」
「なら……」
彼女の言葉の意味を理解する前に、リザはロイに近づいて来ていた。仕事中では絶対にありえない近すぎるその距離。
それは一瞬の出来事だった。リザの腕がロイの首に回り……素早くその柔らかな唇が重ねられていた。甘やかな熱を唇に感じ、そしてそれは一瞬後には離れていった。
「ちゅ…中尉……な、何を……」
勤務中に行われるはずもない行為にロイは狼狽した。
そんな彼を正面から見つめて、リザが囁く。
「……これでも…今日の恋愛運は最悪だと?」
「え…いや……なっ……」
驚きで言葉が続かないロイに、リザが畳みかける。
「……もし今日一日きちんとお仕事をなさってくれたなら、今夜は私の部屋にお招きして貴方のお好きなビーフシチューを作って差し上げます。いつもは食べ過ぎるなと注意いたしますが、今夜だけはおかわり自由です。……貴方の態度次第では……美味しいデザートも付くかもしれません……」
そこでたまりかねたのか、リザがふいと視線を逸らした。その耳が赤く染まっている。もちろんそのデザートが彼女自身だと気づかないほどロイは鈍くはない。
「……占いがハズレたならば、貴方がこの部屋を出ない理由はありませんよね?」
「いや……しかし…中尉……」
「私と……マダム・カーニー。どちらを信じるのですか?」
頬を赤らめて視線を逸らしたままそんな事を言うリザに、ロイはとうとう降参した。
愚問である。そんなのは最初から決まっている。自分の女神は…マダム・カーニーなどではない。この目の前にいる可愛い彼女以外に、誰がいるというのか。
「……もちろん、君だ。……忘れていたよ。君は私の幸運の女神だって事をね」
「もうっ。幸運とか、不運とか、そんなの気のせいです」
復活したロイの軽口にリザは再び呆れたような表情を見せたが、それと同時に安堵もした様だった。眉間の皺が消えている。
「うん…そうだな………」
とりあえず。滋養強壮、栄養補給、そしてついでに幸運の補給も……という事で、ロイはリザの体に手を回すとぎゅっと抱きしめる。もうっ、と抗議の声を上げた彼女だったがそれでも体は抵抗せずにロイの腕の中に収まっていた。
そのしなやかな感触を味わい、彼女自身の良い香りを吸い込む。
今日は人生最悪の日。しかし――恋愛運は……絶好調であった。




END
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by netzeth | 2013-05-23 01:59 | Comments(0)