うめ屋


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by netzeth
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おとなりさん 1

リザにとってアパート暮らしというのはこれが初めての経験だった。実家は一軒家であったし、家を出てからは士官学校の寮暮らし。無事に卒業して、新たな誓いを胸に東方司令部への着任が決まった。そこで初めて探した自分の部屋。出来るだけ妥協をせず、自分の希望に添った部屋を探した…つもりだ。
そして見つけた理想のアパルトマン。自分の部屋。そして初めてのお隣さん。引っ越しの挨拶だけはきちんとしなければ…なんてはりきっていたのはいいが、生憎と隣の部屋は空き部屋だった。
東部内乱がおさまってまだ幾ばくも時を経ていない時分だったので、イーストシティには人が少なかったのかもしれない。きっとこれから、東部の情勢が落ち着けば、そのうちお隣さんが引っ越して来るだろう。その時はそんな風に考えていた。

――それから数年が過ぎた今となっても。リザのおとなりさんはずっと空き部屋である。



◆おとなりさんやってくる◆


それはとある非番の日の事だった。
掃除に洗濯と溜まっていた家事をようやく片づけ終えたリザは、お気に入りのティーカップを手にソファーへと腰掛けた。途端に足下に寄って来たのは黒いもふもふの毛玉。
「ふふ、ゴメンね、待たせちゃって。今から一緒に遊んであげるからね」
微笑んで頭を撫でれば、まだ甘えん坊で遊び盛りの愛犬は嬉しそうにリザを見上げて尻尾を振っている。午前中は忙しく動き回るリザを大人しくいい子で待っていた彼。ご褒美にたっぷりスキンシップを…とリザが考えていた時の事だ。
コンコン、というドアのノック音が響いた。すぐさまお届け物でーすという郵便配達員の声が続けて聞こえてきて。
「はーい!」
ハヤテ号を足下に従わせてリザは玄関へと赴く。
「あ、ホークアイさん。お届け物です。ご確認の上、よろしければこちらにサインを……」
リザの顔を見るなり配達員は愛想良く笑顔を見せ、荷物を差し出してきた。それは一抱えほどもある段ボール箱だ。もちろんリザに荷物を受けとる心当たりなどないので、差出人の名前をまずは確認する。
それはリザのよく知る癖のある文字でこう書かれていた。
――ロイ・マスタング。
「…………」
「…あ、あの…ホークアイさん?」
荷物をじっと見たまま渋面を浮かべ沈黙した彼女を、配達員が訝っている。しかし、リザにはそれを気にしている余裕などなかった。彼女の頭の中はニヤニヤ笑いを浮かべる上官殿の顔で占められていたのだから。
(……あの人。今度は何を企んでいるのかしら――?)
……ただ荷物を送ってきただけで彼女にこんな風に疑われるのには、ロイにはそれなりの前科があるのである。そう、リザの誕生日には山ほどのバラの花束を送って来たり、任務で必要だからと高級なドレスやら靴を送ってきたり…数え上げればキリがない。(花はともかく物品などはそのまま丁重に返品してやったが)
今回のこの荷物もいつもの勝手なロイからのプレゼントなのだろうか。
「あ、あのう…ホークアイさん…よろしければサインを……」
「え、ああ…ごめんなさい」
もの凄い形相で考え込んでいたリザに、申し訳なさそうに郵便配達員が声をかけてくる。そこで我に返ったリザは真面目に仕事をしている彼に迷惑をかけてはいけない、と慌ててサインをした。
「ありがとうございました!」
頭を下げて引き上げていく配達員を見送って。
リザは段ボール箱を抱えるとリビングへと戻ってくる。その大きさに反比例してそれは案外軽かった。よいしょっとリビングのテーブルの上にそれを置くと彼女は早速その梱包を解く事にする。送り返すにしてもまずは中身を確かめなくては。
しかし。
「ホークアイさーん、お届け物でーす!!」
続けざまのノック音と呼びかけに、リザは箱を開ける機会を逸した。
「……はーい!……もう、なんなのかしら……?」
落ち着く間もなく呼び出されて、思わずため息を付きながらリザは再び玄関口へと向かう。
珍しく来客の多いホークアイ家で、ただハヤテ号だけがぴょんぴょんと飛び跳ね、楽しげにはしゃいでいた。


「……で、これは何なのかしらね?」
はあ……と深いため息を吐いて、リザ目の前に並べられた段ボール箱の大群を眺めやった。傍らで返事をするようにきゃん! とハヤテ号が鳴く。まだ子供の彼は常と違う部屋の様子に興奮しているようだった。
結局あれから休む暇もなく次々と宅配業者がやって来ては、荷物をリザの元へ置いて行ったのだ。大小さまざまな大きさと重さの段ボール箱。中身はそんな暇が無くてまだ確認していないが……全てロイから送られた荷物である。明らかに不審な量の段ボール箱。
(何なのかしら…ひしひしと開けてはいけない気がするのは……)
パンドラの箱…という開けてはいけない箱の話が唐突に思い浮かんだ。
神から贈られたその箱を誘惑に勝てずに開けてしまった愚かな女のお話。その箱から飛び出したのは……災厄。
バカな考えを……と思うが何となくロイに関するこういう時の勘は外れた試しがない。
「うん。このまま送り返しましょう。……それがいいわ」
ひとしきり一人で頷いて。ね? と足下のハヤテ号に同意を求める。子犬は純真無垢な瞳でリザを見つめると、キャン! 再びと鳴いた。その時だ。
コンコンコン。ノック音が三回。もう何度目になるか分からない呼び出し音。
それに内心うんざりしながらもリザは仕方なく応じる。……配達員に罪はない。彼らはただ己の職務に忠実なだけなのだ。そう自分に言い聞かせると、リザはイライラを顔に出さないように気をつけながら玄関扉を開けた。
「はーい…ーご苦労さ…ま……」
「やあ、中尉」
ドアの向こうには、胡散臭い笑みを浮かべた段ボールの山の元凶である男が立っていた。
……そう言えば、ハヤテ号がさっきから嬉しそうに尻尾を激しく振っていた。リザと近しい人物にしか見せない反応。それに気がつかなかった自分の迂闊さを呪いながら、リザは無言でそのまま扉を閉めた。爽やかに白い歯を見せていた男が慌てて閉まる直前のドアに足を差し込んでくる。そのせいでドアは完全に閉まらなかった。
「ちょ…待ちたまえっ!」
「嫌です。待ちません」
言いながらもリザはグイグイドアを閉める。
「ちょ…っ、休日にわざわざ部下の部屋を訪ねて来た上司に対してこれはひどくないかね!?」
「せっかくの休日の貴重な時間をこんな事で部下に割かせる上司なんて、私は知りません」
渾身の力でドアを閉めてやると、足を挟み込んでいたロイがいててっ、と悲鳴を上げた。たまりかねたのか彼はドアを掴むとギリギリと無理矢理それを開けようとしてくる。一瞬リザとの力比べとなる。
「だからっ! その、こんな事、の理由を君は知りたくないのかね!?」
「あ、そうでした」
ロイの顔を見てイラついていた自分はつい反射的にドアを閉めようとしてしまったが。そもそも、この大量の段ボール箱への苦情をロイに申し立てなければならなかったのだ。
リザがあっさりとドアから手を離すと、ようやく訪問を許されたらしいとロイが安堵の表情を見せる。
「大佐。一体なんなんですか? あの大量の段ボール箱は」
「……中を見たかね?」
「いえ、まだですけど……」
じゃあ、とりあえず中に入ろうとロイがズンズンとリザの部屋に入ってくる。なし崩しに家に入れてしまったが、まあ、仕方がないとリザもその後に続いた。
すると早速部屋のリビングを占領しているそれを見渡して、ロイは段ボール箱の数を確認している。そんな彼を鋭い視線で睨みつけると、リザはもう一度訊ねた。
「で。一体この段ボール箱はなんなのですか? 中には何が入っているんです?」
「見るかね?」
そう言うとロイは手近かにあった段ボール箱を一つその場で開けた。彼が中から取り出したのは、本である。
「それは……錬金術書?」
「ああ。私の研究に必要なものだ。といってもこれはごく一部に過ぎないがね」
覗き込んだ段ボール箱の中には、リザにも見覚えのある錬金術の専門書がぎっしりと詰まっていた。しかし、とリザは首を捻る。軽い段ボール箱もあった。それにも同じように本が入っているとは思えない。そう疑問を口にするとロイはもう一つ段ボール箱を開封する。そこにはタオルや石鹸に歯ブラシにパジャマ、そしてロイの部屋着とおぼしき日用品が類が納められていた。
「あの……大佐。これは……」
段ボール箱の中身を見てもリザの困惑は深まるばかりだった。ロイはこんなものを自分の部屋に送りつけて一体どうしようと言うのだろうか。
「うん。私の身の回りのものだ。全部は無理だったから必要最低限のものを一応厳選してある」
「はあ…ですから。これを何故うちに……?」
「分からないかね?」
「はい……いえ、一つ思い浮かぶ事がございますが」
「何かね? 言ってみたまえ」
しかし、リザはその一つだけ思い浮かんだ可能性を否定する。まさか、そんな事はない…と思いたい。そして戸惑いながらもその可能性についてリザは口にした。
「いえ……だって…まさか私の部屋に住むおつもりではないでしょうし……」
「そのまさか…だと言ったら?」
「へ?」
ロイの言葉にぽかん、とリザは口を開けてしまう。ちょっと間抜けな表情だ。
……コノヒトハイッタイナニヲイッテイルノカシラ?
リザの脳が理解不能のオバーヒートを起こしかける。そんなリザを余所にロイは爽やかな笑みを浮かべて続けた。
「私が大好きで大好きで仕方がない君の気持ちを汲んでだな……私自ら君の元に…って…待て待て待て!」
「待ちません!」
今度こそリザは銃を取り出すと、ロイのこめかみに冷たい銃口を突きつけた。そのまま先端でぐりぐりしてやる。
「な・に・を、ふざけた事をぬかしているんですか? はい? 誰が誰を大好きで仕方ないんです?」
「もちろん、君が私を。……って、引き金に指をかけるのをやめたまえ!」
うっかり力が入りそうになったそこを見てロイが悲鳴を上げる。
「冗談! さっきのは冗談だからっ!!」
「冗談?」
「そうっ、私が住むのは君んちじゃない、君の部屋の隣だ!」
……となり?
ロイの必死の弁明を聞いてリザは銃を下ろした。
「君の部屋の隣。空き部屋だろう?」
――それは…確かにそうだが。
リザの部屋はアパルトマンの二階の一番端。そして、唯一のおとなりさんはずっと空き部屋であった。リザは東方司令部に着任して以来ずっとこのアパルトマンに住んでいるが、この隣部屋に住人が居た試しはない。
「そこを私が借りたんだ」
「……一体どうして…? 大佐にはちゃんとご自宅があるではないですか」
ロイはこのアパルトマンに比べれば数段グレードが上のフラットに住んでいる。リザも仕事上何度か訪れた事があったが、そこは十分な広さがあり、設備も整っていて、彼がその部屋を出る理由が思い当たらない。
「いや…実はな、先日私の住むフラットで火事があってな。まあ、幸い人的被害は無かったし、私の部屋もなんとか無事だったんだが……それをきっかけにフラットの修繕工事を行う事になったんだ。それで、しばらくの間仮住まいが必要になってな……」
そのフラットが気に入っているロイは引っ越すつもりはないらしい。だから、仮住まいということか。
「火事って……大佐。まさか……?」
「私じゃあないぞ!……そりゃあ、錬金術の実験で多少焦がした事はあるが……ちゃんと直しておいたし……」
じとーっとした視線をリザに向けられてロイが気色ばむ。あらぬ疑いをかけられて心外だという顔をしているが、怪しいものである。
「……まあ、いいです。それはそれとして。……なら、その仮住まいがどうしてよりにもよって私の部屋の隣なんですか」
「あー…うん。前からここ、住みやすそうだなって思っていたんだ。そしたら、ちょうど空き部屋があった。だから、借りた。善は急げで少しずつ荷物を送って……だが、受取人が居なければ荷物は送れないからな。そこで、君の部屋に送らせて貰ったんだ」
ぽんぽんと並べられる事実にリザは頭が痛くなる。
「なら…せめて…、一言事前におっしゃって下されば……」
「忙しくて忘れていたんだよ。それで、今日の君と私の休みに荷物が一斉に届くように期日指定おいたからな。早めに来て君に説明しておこうと思ったんだが……すまん、寝坊して遅れたんだ」
……大量の段ボール箱の謎は真相を聞けばそれはあっさりとしたものだった。リザは単に勝手に荷物の受取人にされただけなのだ。……しかしそれよりも問題なのは、ロイが隣に住むという事である。
「……本当に隣に住むおつもりなんですか?」
正直ロイならばもっと良い物件が見つかるはずだ。何も、よりにもよって自分の部屋の隣になんか住まなくても。
「そうだが?」
「ここは司令部からも少し離れていますよ。もう少し近い方が……」
「近いと却って落ち着かないだろう。このくらいの距離がちょうどいいんだ」
「それに部屋も狭いですし……」
「なあに、軍の寮に比べたら十分に広いよ」
「大佐のような高級士官が住むには少々身分に釣り合わないかと……」
「住んでるところで出世が決まる訳でなし、私はまったく気にしないが?」
「上司と部下がおとなりさん同士というのは…問題ではありませんか?」
しかも、ロイとリザは男と女だ。あらぬ疑いをかけられてしまうかもしれない。
「何、住所を変えた訳ではないし、あくまでも軍に登録してあるのは向こうの住所だ。……うまくやれば知られる事はないさ」
何を言っても暖簾に腕押し。ロイはまったく動じない。
そしてそうなると。リザも強くは言えないのが現状なのである。
ロイが隣に住む…というのはリザにとって何とも複雑な心境なのだ。出来れば避けたい事態である。しかし、ロイが住むという意志を曲げない以上、リザに口を出す権利などないのだ。
……そう、リザはただの部下なのだから。
「あ、もしかして。やっぱり隣じゃなくて一緒に住みたいのか? 実は期待してた? 残念。私はそこまで性急じゃあない。君との仲はもっとじっくりじわじわと進めていくつも……のわ!!」
人の気も知らずに脳天気なセクハラ文句を口にしようとする上官に向かって、リザは再び銃口を向けた。
「今すぐそのよく回るお口を閉じなければ、体にもう一つお口作って差し上げます!」
「ちょっ、ちょっとした冗談じゃあないか! これがおとなりさんに対する態度か!? ご近所付き合いは大切だと学ばなかったかね!?」
「だまらっしゃい!」

……こうして。
期間限定でロイはリザのおとなりさんになった。




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by netzeth | 2013-06-01 18:54 | Comments(0)